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さいごのえふつー ~Side XL。 // 2098年1月中旬 AM10:25

 三菱・F-2B、機体番号「63-8102」は、名古屋飛行場、あるいは航空自衛軍小牧基地に隣接する2千740m滑走路の34番Lの西側エンドへ到着した。


 パイロットである「朝間ナヲミ」は唐突に思い出す。今よりもとてもとても若かった頃、遙か大昔に失ってしまった相棒がいたことを思い出した。


 ーーー機体番号「63-8102」と同じく青い飛行機。


 マクドネル(M)ダグラス(D)社製のF-4EJ改「ファントムII」、機体番号「07-6433」。ガワだけRF-4だった、通称「901」。


 実は、スクラップ品を繋ぎ合わせた再生品。しかも、たったの一回だけしか搭乗、操縦していない。しかし、それでも、現在の「朝間ナヲミ」の幸せな生活も、「ファントムII」の犠牲によるところが大きい。


 非道いことだが、今の今まで、自分の責任で失われた機体のことをすっかりと忘れていた。前後に激しい不幸に見舞われて、それが立て続けに起こった。


 物語の余韻期間に、失った機体を回想する余裕を持てなかったせいだ。いや、もしかしたら、あの頃の「朝間ナヲミ」は、持て余すほどに巨大な"悲しい過去"と言う負の遺産を、まるごと、綺麗さっぱりと忘れてしまいたい。無かったことにしたかったのかも知れない。


 当時はまだ10代の子供で、今でもその時と変わらず常に後部座席に在り続けてくれている、最初で最後、たった一人の、掛け替えのない人生の伴侶を取り戻すために、たった一人で敵勢力下にあった硫黄島を目指して飛んだのだ。その時の乗り物が「ファントムII」だった。


 あの時は、搭乗していた「ファントムII」を失って、基地まで帰還(RTB)させてやることは適わなかった。


 ーーーあの時のMD・F-4EJ改「ファントムII」には悪いことをしたな。


「朝間ナヲミ」は、半世紀以上経過した後になって、やっと、初めて、仮初めの愛機となってくれた「ファントムII」の事を思い出した。すっかりと忘れていた。


 ーーー貴方のお陰で今の私は幸せになれたのに。ごめんね。


 三菱・F-2Bはいつの間にかキャノピーを下ろしていた。主翼、尾翼、垂直尾翼の動作、特に可動翼の動きを、上半身を左右後ろへ回して、もっとも原始的だが確実な手段である「目視」で確認し、スロットルを操作して最後のエンジン・テストを行う。


 管制官から離陸許可を取るべく交信を行うと、「名古屋飛行場」と「小牧航空基地」の両方から、しばらく離着陸機の受付を一時的に停止中だと言う状況説明を受けた。続けて、周辺空域を飛ぶ民間機の飛行場周辺空域への進入も制限しているとも。


 決してそうは言わないが、暗に「いつでも好きなタイミングで勝手に飛んで行け(ただし、取り決められている上昇ルートからは外れてくれるな)」と伝えて来ているらしい。


 おそらく、「朝間ナヲミ」関連へ対して、何の干渉もしない取り決めを徹底している筈の日本政府の指導層から各官庁へ「最大の便宜を図ってやれ。最後なんだから」みたいな通達が降りているのだろう。そうとしか思えない。


 だったら。そう考えると、航空自衛軍と言う古巣で過ごした日々をほんの少しだけ懐かしく感じた。しかし、同時に、古巣には顔を見知った仲間は誰一人残っていない事を思い出して、少しだけ寂しさを覚えた。


「朝間ナヲミ」は、後席へ、まるで借りてきた猫の様に温和しく収まっている人生の伴侶に、早口で二言三言を伝える。後席のコパイロットは、即座に抗議の声を上げかけたが、それを口から漏らす寸前に、「まあ最後だし」と考え直して、文句の弁を無理矢理に飲み込む事に成功した。そして、自分の身体に最適された形状のシートとネックレストへと急いで全身を押し込んで、歯の噛み合わせ具合を調整して、両目を瞑って、予告された衝撃へ備えた。


 後席の状況を後部ミラーで確認した後、「朝間ナヲミ」は機体番号「63-8102」のブレーキに全力制動を加えて、ランディング・ギアのタイヤがずれ動く直前までエンジン出力を上げた。


 次の瞬間、エンジン出力の全力制動から全力開放へ。それとほぼ同時にエンジン出力を更に上げる。


 機体番号「63-8102」は弾かれた様に滑走路を滑り出す。


 V1、VR、V2。すさまじい勢いで慣性力の段階は上へと移行する。


 100mも進まないうちに離陸規定速度を超えた。ランディング・ギアの前輪が宙に浮き、更に100mも進まないうちに、滑走路沿って高速低空飛行を始めていた。


 誘導路の向こう側へ詰めている「有志達」の誰もが、歓声を上げて見送っている。合同訓練で合衆国の軍用機が見せてくれる(何故か航空自衛軍機はやってくれない)、特別にハデで、見る者の記憶にとても長く残る「サービス離陸」である。


 何かとイレギュラーな逸話の多い、朝間ナヲミであっても、実戦(戦地)以外では、これまで一度たりとも実行した経験はなかった。だが、これが最後かと思うと、自分と自分の家族を、何十年もの長きに渡り支えてくれていた人々に対して、一度で良いから、こういう形で感謝を伝えたいと考えたのだ。


 機体番号「63-8102」は、これまた合衆国の軍用機が基地祭や合同訓練で見せてくれる「サービス離陸」の様に、滑走路のエンドの遙か手前で急上昇と右旋回を実行した。


「有志達」が興奮冷めやらぬ瞬間を体験した直後、飛行場の管制官は機体番号「63-8102」から、滑走路への今一度の通過許可の申請を受けた。


 曰く。


 ーーー計器類からランディング・ギアの収納の状態を示す情報を取得出来ない。地上より状況を目視で確認願いたい。


 飛行場の管制官は、「んな。馬鹿な」と思った。だが、真意に気付いて、棒読みなイントネーションの言葉ですぐに許可を出した。


 機体番号「63-8102」は、許可の受領と感謝を伝え、続けて「機体の上面と下面の両方を管制塔へ向けて飛行する」と続けた。


 飛行場の管制官は、パイロットの真意を即座に悟った。だが、それを敢えて無視する事にした。


 ーーー34L-Westへの進入を許可する。


「朝間ナヲミ」は機体番号「63-8102」は、"360 overhead Approach"の要領で、対地速度で時速500km未満を維持したまま、34Lへのアプローチへと戻って来た。シャープな弧状の軌跡を描き、滑走路へのパス直前ギリギリで直進飛行の姿勢を取り戻す。


「有志達」も機体番号「63-8102」が戻って来た事に気付く。


 離陸直後に返ってくるとは、何かトラブルがあったのだろうか? と心配になる。しかし、それは杞憂だった。


 機体番号「63-8102」は34Lへの進入ルートから外れ、唐突にやや斜め上に機種を上げた。進入時の高速を維持しながら、突然に機体の右回りの連続横転をはじめさせた。


 見た目の上では、滑走路と平行に直線飛行させながら、コマの回転の様に、仮想の樽の内径に沿って、主翼端をなぞる様に、機体の一軸だけを回転させた。


 ーーー螺旋飛行、バレル・ロール飛行を行ったのだ。


 一応、全方向から収納状態が不明となっておるランディング・ギアの収納の状態を地上から目視確認してもらえる様に、バレル・ロール飛行を実行したという言い訳が用意されていた。


 市街地の真ん中でバレル・ロール飛行。合衆国や他の国々であれば、別に珍しくもない曲芸飛行だ。だが、どういうわけか、日本国の航空自衛軍では、一部の人々(あんな人たち)から、「自国の軍隊が平和を愛する市民を攻撃(或いは威嚇)している」と言う内容に、実にお強い抗議活動(・・)(※ 声明ではない)のお届けが想定されることから、厳禁とされていた。


「有志達」は、それを承知してるが故に、あっけにとられる。そんな彼等へ向けて、「朝間ナヲミ」は、地上から(老眼持ちだから)は見えてはいないだろうと想いながら、ステルス処理されていない透き通るまでキレイに磨き上げられたキャノピー越しに視線を送った。それを最後の挨拶としてけじめを付けた。


「朝間ナヲミ」は、滑走路上空を通過した直後に、管制官から日本語で通信を受けた。


「貴機のランディング・ギアは正常に収納されている。安全は確認された」と伝えられたのだ。


 ーーーもう十分だろ。さっさと行け。


 管制側の本音は、問題になる前に姿を消せと言うことだ。正しい身の処し方=アドバイスを送って来たのだ。


「朝間ナヲミ」は管制官へ向けて謝意を伝えて、このまま目的地へ向けて飛行すると宣言した。


 着陸予定場所は、飛行計画書によれば、福島県の会津国際空港だった。


 管制官は「良い飛行を」とだけ返した。「またのお越しを」とは付け加えなかった。事情を深く知る管制官が、機体番号「63-8102」がもう二度と彼の管制下へと戻っては来ない事を承知していたからだ。


 その後は機体番号「63-8102」はゆっくりと、大型民間機の様に穏やかな上昇率へと操縦を切り替えて、何事もなかったかのようにジェントルに国内線様の空路へと収まった。


 ーーーこれで落ち着ける。


 機長であるパイロットは自動操縦へ切り替えた直後に、後部座席のコパイロットへ乗機が「巡航」へ入ったと伝える。


 すると、後部座席のコパイロットから物凄い抗議が、まるでM61機関砲の様に勢いよく打ち出される。


「あんな乱暴に飛ぶんだったら、乗る前から伝えておいてよ!! ううん!! 一人で飛んでよ!!」


 うんうん。そうだね。ごもっとも。反省してます。などと応えながら、抗議者の主張を遮らずに5分も怒るままにしておくと、一通りの抗議を吐き尽くしたのか、それとも文句の残弾数ゼロになったせいか、抗議の勢いに縮小に兆しが見られた。


 そのタイミングを拾って、「朝間ナヲミ」は、ゴメンゴメンから始まる謝罪一辺倒の次の5分で応じた。


「本当にこれが最後の飛行だから、葉子ちゃんと一緒に、家族で揃って皆とお別れしたかったんだよ」


 これがダメ押しとなった。コパイロットは一応は納得出来た様だ。平常心を取り戻した後で、こう尋ねた。


「で、どう。楽しかった?」


「朝間ナヲミ」は、ほんの少しの間だけ、架空の胸の痛みに耐えた後に、質問に同意した。


「うん」


 二人の会話は、ジェット気流に押されながらゆっくりと続く。


「寂しい?」


「うん」


「これで良かったの?」


「うん」


「本当に?」


「うん」


「・・・」


「・・・」


「なら良かった」


「うん」


「じゃ、権田さんのところへ向かおうか」


「うん」


「うん、しか言えないの?」


「うん? そんなことないよ」


「で?」


「結局、私に最後まで付き合ってくれるのは・・・」


「私だけ?」


「うん」


「良かったじゃん」


「うん」


「人生捨てたもんじゃないでしょ」


「うん」


「うん。そうだね」


「そうだね」


「やっと、ちゃんと喋れる様になったね」


「そうだね」


「私は幸せにしてもらったよ。ナヲちゃんは?」


「私だってたくさん幸せをもらったよ」


「これからはどうなるの?」


「おんなじ。これまでと」


「そう。きっとこれからも幸せは続く」


「ずっとね」


「ああ、なんかね」


「何?」


 三菱・F-2Bのコックピット間通信の音量が少しの間だけ穏やかになった。


「ねえ葉子ちゃん。今、世界が輝いて見えるよ。久しぶりに」


「そう。私はいつもそうだよ」


「え?」


「ナヲちゃんに愛されてから・・・私の世界はキラキラと輝いている。本当にずっとずっと。本当に絶え間なくね」


「ありがとう。なんか、勇気出てきた」


「そうなの? どういたしまして」


 機体番号「63-8102」は、富豪一族「権田家」が密かに運営する「地下機体保管場」へ向けて飛行を続ける。


 三菱・F-2Bの本当の行き先は飛行計画書通りではない。東北地方の会津国際空港ではなく、長野県の国道141号線だった。手筈通りに進んでいれば、着陸時間に合わせて、交通封鎖と除雪作業はが行われている筈だった。


 その後は、富豪お抱えのチームによる長期訪韓前提の再整備を受ける。更に、機体は無期限でモスボール保存される事となる。


 きっと、三菱・F-2Bが次に飛び立つのは、日本国が再び存続の危機に見舞われた時である。


 そして、その時に操縦桿を握るのは、おそらくは「朝間ナヲミ」ではない。きっと、2080年代にはまだ誕生すらしていない、見知らぬ誰かが新しいパイロットとなるに違いない。

次回は1月23日に公開予約を入れてあります。

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