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さいごのえふつー ~Side A。 // 2098年1月中旬 AM10:10

 暦の上では春。


 寒中の候。


 寒気ことのほか厳しく。


 天候は、寒風が容赦なく吹き付ける晴れ時々曇り。


 間もなく、真っ青な空と真っ青な海洋迷彩が重なり、交わり、混ざり合おうとしている。


 ここにいる誰もがそれを待ち望み、同時にそれを惜しみ、その上で覚悟を決めていた。


 たった今、三菱・F-2B(海洋迷彩の機体)が、2020年代の常識では珍しい単機だけで、何かと不自由極まる地上、その「岸辺」とも言える滑走路の()へと近付きつつある。


 ()の先にに広が、パイロット達の視界に写っているのは、何の障害物もなさそうな、何一つ不自由のない全くの自由な世界。


 ーーー真っ青な空。


 三菱・F-2Bは、そこから一歩踏む出すだけで、(しがらみ)雁字搦(がんじがら)な、社会のルールと呼ばれる圧倒的な重力に縛られる「地上世界(世間様)」から、一時的とは言え完全に逃げ出せる。


 ーーー何とも()ましい。


 その青い飛行機は、国際空港へよく目にするジェット旅客機と比べると、それはそれは小ぶりな機体は、自前のエンジンの出力で作業工場や保管庫の間を縫うように、ゆっくりと、確実に進む。。


 その光景は、三菱重工業小牧南工場で繰り広げられていた。


 ーーー小牧南工場。


 そう。そこは、生産された全ての三菱・F-2にとっての生まれ故郷(ふるさと)であった。


 かつて、そこから100羽近い数の猛禽(F-2)が巣立った。


 そして、この個体はそれらの最後の一羽。


 その三菱・F-2Bは、沿道に詰める多くの人々から見送られながら、広い誘導路へ乗り換えてから、大空の入り口である滑走路を目指してゆっくりと移動している。


 もし、これの光景が繰り広げられているのが、21世紀の初頭であれば、誰も驚いたりしない極めてありふれたイベントの一つであっただろう。


 あの頃(・・・)


 日本各地へと散らばっていた三菱・F-2。全機が飛行検査を受けるために、もれなく全機がここへと定期的に間戻ってきていたあの頃ならば。


 しかし、だ。現在はあの頃(・・・)、21世紀初頭ではない。既に21世紀の終点へと差し掛かっている。


 もう、2090年代後半を迎えている。


 擬人化させた時代が、その腕を持ち上げて、ちょっとでも未来方向へと伸ばしてみせれば届きそう。指先が擦りそう。


 間もなく、超えて来た21世紀と言う時代に、長い後ろ髪を引かれずにはいられない時期が到来する。


 ーーー世紀末。


 人類のとっては"21回目"のミレニアムの終わり。それがとても久しぶり、約100年ぶりに訪れて様としている。


"20回目"の世紀末には、カツラ・マニアが時代の先端を闊歩してた16世紀に、革命の兆し皆無なフランス社交家で活躍したオッサンとして知られる「ミシェル・ド・ノートルダム」が書き残したある書籍が大流行した。


 だが、今回の世紀末では、そのオッサンの著書も注目はされてる。だが、むしろ、パトロンとしても歴史に名を刻んだ文化人「カトリーヌ・ド・メディシス」の方がもてはやされている。


 ただし、それは彼女を中心人物とした日本製の歴史(ファンタジー)アニメの世界的な大ヒットを指しての事だが。なお、そのアニメには、前回にベストセラーとして売れに売れた書籍とは違って、社会に混乱と苦笑をもたらす様な終末思想は一切関係含まれていなかった。


 ただ、多くの紳士が真新しい「Waifu」或いは、「Yome」として(おのおの)の心の奥底へと招き入れた。


 そして、日本語の辞書的には「Yome」が誤用で、正しくは「Tsuma」であると、意識高い系「Gaijin」が日本文化の啓蒙活動に勤しんでいた。


 三菱・F-2が登場する光景の、誰もが驚く要素とは何だろう。それは、三菱・F-2が極めて前時代的(J.D.M.)な機体である事に起因する事だ。


 三菱・F-2は、20世紀に初飛行・初納入された戦闘機である。そんな古い軍用機が未だにフライアブルなコンディションを保持している例などほとんどない。事を知れば、普通の識者は驚くだろう。


 もし、そんな夢の様な話が減実であるならば、何らかの歴史的価値、例えば、国難を解決してくれた英雄の乗機であったみたいな、特別で複雑な事情を背負っている個体に限られるだろう。


 戦闘機と言う機種は、(すべから)く極めて短寿命な工芸品である。極めて限定された用途で使用され、極めて短いピークでパフォーマンスを発揮し、構造的寿命より前に存在意義を失う事が誕生した時、いや、開発開始時から運命づけられている。


 それは、クライアントが要求する性能が過酷であるが為に、作り手達は耐久性をギリギリまで落とさざる得ないからだ。設計思想で最も重視されるのは飛行性能第一。として置けばとても聞こえは良い。耳障りも最高だ。だが、量産品でありながら、機体寿命を1時間単位で計らなければならない脆さは隠しようがない。


 極めて高い存在価値を成立させるは、多いに無理(あるいは妥協)を受け入れることが必然であると言う不都合な真実の証明でもある。


 しかし、そうでありながら、青い海洋迷彩をまとった三菱・F-2は、今だに破棄されず、そこで飛び立とうとしている。


 多くの不利や不理を押しのけて、再び大空へ戻ろうとしている。


 ーーー驚くべきことに。


 三菱・F-2と言う戦闘機は、前回の(・・・)冷戦の産物である。開発が企画されて当時に想定されていた主敵は、共産主義を世界へ輸出するシベリアの大熊、"社会主義共和国連邦"が太平洋へ差し向ける大艦隊である。北海道や新潟県沿岸への上陸を試みる不届き者達の足止めである。


 これらの招かれざる客々を、日本国が誇る対艦ミサイルを一発必中()お持て成し(お見舞い)することだけを念頭において設計がなされた。


 だが困ったことに、1990年3月に三菱・F-2=支援戦闘機設計チーム「FSET」が設置・開発が始めると直ぐに、1991年12月には"社会主義共和国連邦"が完全に解消されてしまった。


 事の成り行きはこうだ。


 ある日、我々に目から見たら不思議ちゃん的(理解も共感も不可能)な経済理論と政治論理で構築されている"社会主義共和国連邦"と、我々にとってとても自然に見える(そこそこ使える)資本主義で構築される国家の企業との間で行われた国際取引の場で些細な問題が起こった。


 前者が少額の不払い=不渡りを出すと言う、褒められはしないが、まあ、ありきたりなミスが一つ起こってしまったのだ。しかし、誰もが、それが大事を招くとは考えていなかった。


 過去にも似たような問題が繰り返されて来たが、いつでも大事にはならすに済んだ。だから、まあ、なんとかなるだろうと言うのが大方の予想だった。だから、誰もが傍観するに止まった。


 にも関わらず、何故かその時だけは大方の予想を裏切り、"社会主義共和国連邦"にとっては小さな小さなかすり傷に過ぎなかった経済問題が、一気に政治的な致命傷へと転じてしまった。


 具体的には、資本主義国家(の市場。何も債券市場に限らない)における"社会主義共和国連邦"向けの与信評価は急激に下落してしまった。"社会主義共和国連邦"では、極一部の者達以外は、それがどれほどに危険なことか、その段階では解っていなかった(すぐに経験で学ぶ事になるのだが)。


 その結果は、資本主義国家(の市場)で、"社会主義共和国連邦"はほとんどの重要な信用取引が全面的にお断りされてしまうと言う大事件へと発展した。そして、大事件の結末は致命傷となった。


 元祖・労働者天国の崩壊を招いてしまった。だから、これを致命傷と言わざる得ないだろう。


 そう、意外にも、完全無欠な超経済理論で構成されている筈の"社会主義共和国連邦"は、資本主義陣営からの資金調達が不可能なったせいで崩壊してしまった。そんな馬鹿な・・・。


 何で進歩している社会主義や共産主義の経済が、古くさい資本主義の経済に生き死にのトリガーを握られてたの?


 まあ、マルクスもエンゲルスも憤死する様な悲劇が起こったせいで、"社会主義共和国連邦"が太平洋へ差し向ける大艦隊の到来と言う予定が完全にキャンセルされてしまった。


 日本国は全力でパーティーの開催準備(素晴らしき戦後の惜了)活動に励んでいたのだが、予定していたお客様が心臓発作で入院。更に、ぽっくりとお逝きなされてしまった。


 これでパーティーは中止が決定した。


 こんなどうにも納得できない、複雑怪奇な事情が突然に発生して、三菱・F-2の開発意義は根本から揺らいでしまった。


 ーーー一瞬先は闇。未来の予測は難しい。


"社会主義共和国連邦"が合衆国が開発宙の戦略爆撃機のB-70「ヴァルキリー」の脅威に対処すべく、厳しい国家財政を無視→巨額の予算を投じて超高速迎撃戦闘機のMiG-25「フォックスバット」を完成させてどドヤ顔で待ち構えていたら・・・肝心の「ヴァルキリー」は来なかった。開発中止となっていた・・・的に。


 これは、三菱・F-2が、生まれ出る前から存在意義を失ってしまったと言うことになる。


 兎に角にも、三菱・F-2の量産初号機は、主敵の消滅と言う混乱に見舞われた後にロールアウトされた。


 そんな事情もあってか(?)、三菱・F-2は、()った()んだの(すえ)に歓声した。開発がかなり遅れたとは言え、20世紀の最後の年に最初の量産機が防衛省・航空自衛軍へと納入する事に成功した。


 それから約一世紀が経過。そして今に至る。


 量産ペースが乗って来た事になって、何十年か後に日本国の首相に就任することになるちょっとエキセントリックな防衛大臣の意向で、途中で生産を打ち切られると言う不運に見舞われた。そんな事情で、最も若い機体(最終号機)であっても、2011年中に納入が終わっている。


 と言うことは・・・。


 ーーーすべての三菱・F-2の機体年齢は、どう考えても三半世紀は余裕で超えている。


 80年以上前に生産が終了済の戦闘機。それこそが、三菱・F-2がクラッシク中のクラッシク機と評価される所以である。


 もちろん、太平洋戦争などで大量生産されたレプシロ機であれば、単純なメカニズムであるお陰で、愛好家がフライアブルなコンディションを維持する事は可能であるかも知れない。しかし、ジェット機は違う。無理だ。交換部品は圧倒的に高価で。入手は極めて困難で、作業技術も段違いに高度さが求められる。


 ーーー三菱・F-2を取り囲む状況はレプシロ機のそれとは明らかに異なる。


 極論を言えばレプシロ機は叩けば直る。エンジン・パーツも、そこそこ技術力のある企業であれば、互換品が製造出来る。だから、太平洋戦争当時の機体が世界中の空のどこを飛んでいても驚きはしない。しかし、ジェット機はそうは問屋が卸さない。


 ターボファン・エンジン搭載機である三菱・F-2は、極めて複雑な構造(冶金技術も含めて)で成り立っている。そのせいで、メーカーからのしっかりとしたサポートを失えば、展示飛行を実行することもままならない。


 ーーー出所も不明瞭が交換パーツを使用して作業する事は、安全面を考慮すれば決して許されない。


 だから、既に官民共に同機を採用する組織を失っている=完全退役済み、メーカー・サポート終了済みである筈のF-2が未だに稼働状態にあるなんて基本的にあり得ない。しかし、動いているのは事実だ。この件は、航空機の運用事情を理解している者達からすれば極めて理不尽。正直、驚愕せずにはいられない大ニュースとなる。


 稼働状態にある筈のない三菱・F-2。それこそが今目の前でタキシング中に、事実上の、「最後のF-2」だった。


 著名なSF小説愛好家、その一部界隈(父ヴォネガット好き)では、超極地的に「最後のカンカボノ族」と言う詩が知られている。


 御大が書いた世界(・・)の作中で、大昔にスペインがどこかの宣教師が、数を激減させて行く植民地の先住民であるカンカボノ族を哀れと思って「詩」を創造したと言う(くだり)がある。にも関わらず、人類世界が終了した時に最後まで生き残ったのは、最後であった筈のカンカボノ族の末裔であり、彼等彼女等が人類を次の段階へと審査させる種となったと言う皮肉(ネタ)である。


 その詩で語られた「最後」は、物語の中では、「始まりの始まり」となった。しかし、三菱・F-2で語られる「最後」は、「終わりの終わり」であった。


 愛知県豊山町にある組み立て工場から伸びる誘導路を進む三菱・F-2を見送る人々は、全員がこの光景がこの先、二度と繰り返される事はないと承知していた。


 たった今、最後の三菱・F-2にとって最後の『定期整備(IRAN)』が完了したところなのだ。


 それはの三菱・F-2は、今後は大きな修理を受けることができない。そして、今回の整備がもたらす飛行許可期間が終了するれば、そのまま地上で保管するしかなくなってしまう。


 ーーー今回は再び離陸出来る。しかし、次の『定期整備(IRAN)』を受けるチャンスは二度と訪れない。絶対にだ。


 まるで、闘病の末に死期が予告された病人に与えられる退院期間の様な、最後の猶予期間を自由に生きることを許された様なものである。その事実を誰もが理解している。しかし、それでも、今だけはと言う心持ちで、明るく三菱・F-2の門出を祝っている。


 その三菱・F-2は、三菱・F-2B。つまりは複座型だった。


 青い機体はキャノピーを開けたまま地上を進む。


 コックピット前後の座席はいずれの側も埋まっている。


 パイロットとコパイロットは、自分達が搭乗する機体を見送る人々に向かって全力で手を振って応えている。


 三菱・F-2Bの通過を見送り終わり振り返ると、感極まって、多数の者達が涙を頬に伝わせた。


 彼等が人生の意味や、役割や、何やらいろいろな全てを、惜しみなく注ぎ込んで来たもの。それが特別な三菱・F-2である。


 息子や孫と同じくらいに思い入れの強い機体の晴れ姿ではあるが、同時にこの光景はこのF-2を最後に目にする(終わりを看取る)姿であるからして、気が付かずにはいられないのだ。意識の隅の隅へと常に押しやっていた非業な事実。


 今ここで見送った自分達も、逆に見送られることになる。それも近いう中に。


「終わりの終わり」を迎える運命を受け入れるべきは今花道を征くF-2だけでない。


 ーーーつまり、自分達も三菱・F-2Bと等しく「終わりの終わり」を迎えなければならない。


 彼等は、今後は、残された短い人生を、非道く退屈な「老後」を好むと好まざると関わらず受け入れる事を強要される。その末に、心身共に朽ち、認知症を患ったり、四肢の不自由化、ただでさえ調子の悪い内臓系の不調に悩まされることになる。しかも、それに例外はない。


 誰もが等しく平等に、「終わりの終わり」を迎えることを強要される。


 今この瞬間こそが人生最後の輝きである。花道を征く三菱・F-2Bを見送る自分自身が誇らしい。実戦に繰り返し参加した戦闘機を、初飛行から約一世紀もの長き間に渡って維持し続けていたのだ。


 やり遂げた。確かにやり遂げた。しかし、今後はこれ程に充実した、本当に必要とされる(・・・・・・)、自らが掛け替えのない(・・・・・・・)役割を演じていると言う強い自負を保ち、心の底から満ち足りた瞬間を迎えることは適わないだろうことは、容易に予想出来る。


 それが悲しい。この世界に永遠はない。もう少しだけ夢を見続けたい。しかし、それは決して許されない。


 三菱重工業小牧南工場は、この様にやや複雑な想いがあちらこちらで交差していた。


 しかし、である。


 彼等は幸いである。この根拠は、その様な複雑な想いに捕らわれると言う、極めて特別な瞬間を迎える幸運に恵まれたことにある。


 この世界のほとんどの人々は、彼等のような複雑な想いに苛まれる程に誇らしい経験を送ることなく、生まれて死んで逝くのだ。


 この世界のほとんどの人々は、思い残す様な特別なトロフィーを思い出すこともなく、意外と満足して、人生に一度だけ体験出来る「死」というイベントが不意に訪れても・・・。


 意外であるが、すんなりと受け入れる様になるものなのだ。

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