身体強化ってなにそれズルい
薪を運ぶ途中、ガロンおじさんが――
ヒュン!と音を立てて、高い木の上にひょいっと登った。
「……え?」
目を疑った。
木の上で、獲物を探している。
「お、おじさん!? 飛びすぎじゃない? 人間やめてるよ!」
「ん、あー……身体強化使ってたんだよ」
(身体強化?)
「……なんだそれ。ズルいぞ、それ! 俺にも教えてよ!」
おじさんは木から飛び降りると、軽く膝を曲げて着地した。トンッて軽い音しかしない。
「ふはは。教えてもいいが、甘くねえぞ」
「やった! それ、魔法ってやつ!?」
「魔法ってほどじゃねえな。俺は魔法自体は使えねえ。でも、魔力ってのは使える」
(……この世界、やっぱ魔法あるんだ)
「昔な、城の衛兵やってた時に鍛えた技よ」
「えっ、マジ!? すっげえ!! やっぱおじさん、ただの田舎狩人じゃなかったんだ!」
「煽てても何も出ねえぞ……ま、ちょっと嬉しいけどな」
(ニヤニヤしてんじゃん)
「よーし、教えてやるよ。まずは――魔力を“感じる”とこからだな」
◇
ガロンおじさんが俺の手首を掴む。
「いくぞ。俺の魔力を流すから、感じてみろ」
「う、うん……」
ビリ……っと来るのかと身構えてみたが――
「……な、なんも感じない」
「だろうな。俺も最初は全然だった」
(ちぇー……なんか才能とかで、パッとできると思ったのに)
「まあ、心配すんな。感じる訓練からだ」
◇
それから何度も、何度もやってみた。
でも、ほんとに何も感じない。
「……おまえも、苦手なことがあったんだな」
「う……」
「でもよ、弓の上達ぶりは本物だ。お前は“やればできる”ってタイプだろ?」
「……あたりまえだろ。肉のためならなんでもやる!」
「ははっ、じゃあ身体強化も、絶対できるな!」
俺は拳を握った。
魔力? 上等だ。
(ぜってぇ、俺も使えるようになってやる)
◇
それから何度も、何度も試してみた。
でも――全然ダメだった。
(ぜんっぜん、分からん……!)
薪を割って、矢を削って、くたくたになって帰ったその夜。
俺は囲炉裏の前で、だらけた体のまま母さんに愚痴をこぼした。
「……なんかさ、魔力ってやつ、全然感じられないんだよ」
すると、母さんがいつもの調子で返してきた。
「じゃあ、練習につきあってあげようか?」
「……え?」
「ほら、私も魔法、ちょっとだけ使えるから」
「えっ、母さんって……魔法使えるの!?」
思わず声がひっくり返った。
そんな話、今まで一度も聞いたことがない。
「ふふっ、そんなに驚かなくても。普段から使ってるわよ?」
「え、いつ!?」
「料理のとき、火をつける時とか」
そう言って、母さんは指先を囲炉裏に向ける。
パチッと小さな火花が弾けて、炭が赤く染まり始めた。
「……なにそれ、すげえ」
「でも、これしかできないけどね。しいて言うなら私は火起こし専門の“魔法使い”ってところかな」
そう言って、いつもの穏やかな笑顔を見せた。
「……じゃあ、魔力、流すよ」
母さんが、俺の手をそっと握った。
あったかい手だ。けど――
「……うーん、なんも感じないよ」
「うるさい、集中しな」
ぴしゃりと一言。母さん、わりとガチだ。
俺は目を閉じて、呼吸を整えて、手のひらの奥に――意識を向けてみる。
(なにか……感じろ……感じろ……)
「……わかった?」
母さんが手を離した。
その瞬間、ほんの少し――指先に残る“何か”に違和感を覚えた。
(なんだ、これ……)
でも確信は持てない。ただの気のせいかもしれない。
そして、それから一時間が経った。
「……もういいでしょ。母さん、晩ごはんの支度あるから終わるよ」
「ま、待って! 母さん……今、なんか掴めそうなんだ!」
俺が食い下がると、母さんはため息をつきながらも、渋々手を差し出してくれた。
「もう、今日だけよ」
そして再び始まった集中の時間。
部屋は静かで、囲炉裏の炭がカサリと崩れる音だけが響く。
――30分後。
(あれ……なんか、あったかい)
手の中から、腕、そして胸の奥へと――ふわっと、流れる感じがする。
(これが……魔力?)
「もういい?」
母さんの声が現実に引き戻す。
「……ごめん、もうちょいだけ!」
「ったく、父ちゃん帰ってきちゃうよ……」
「お願い! 今、体の中にあったかいのが流れてるんだ!」
「……もう、しょうがない子ね……」
そして――ゴンッ!
「いったぁ!!」
「いい加減にしなっ!」
母さんの拳骨が額に命中。
そのタイミングで、ガラッと戸が開いた。
「ただいまーって……なんだこの匂い、メシまだか?」
「ちょっとルクスと魔力の練習してて……」
「練習ぅ!? この時間まで何してんだ!」
「そりゃこっちのセリフよ! アンタが早く帰ってくるからでしょ!」
「うわ、ごめん……」
そのまま兄貴たちも帰ってきて、囲炉裏前に集まってくる。
飯がないとわかると、全員の目が俺に向いた。
「おまえのせいだぞ、ルクス」
「腹減った……麦粥もねぇのかよ」
「ご、ごめんなさい……」
(くっ、魔力より、家族の機嫌のほうが怖ぇ……)
――ドン!
土間が揺れた。
「ルクスーーーー!!」
父ちゃんの怒鳴り声が、家中に響き渡った。
「おめぇ、何時だと思ってんだこのバカヤロウ!!」
「ひいっ、ご、ごめんなさぁいぃ!!」
「母さんを巻き込んで! 火も炊かせず! メシもなし! 何が魔力じゃこのやろう!!」
「だって! 何か掴めそうだったのぉ!!」
「気がしただけで飯ができるかボケェ!!」
ゴンッ!!
額にデカい拳骨炸裂!
「いってぇぇぇっ!! 死ぬぅぅう!!」
【ステータス:ルクス】
年齢:7歳
種族:人間(村人)
職業:農家の三男坊
出身:ユレリ村
現在の欲望:身体強化を覚えたい
スキル:弓術 、解体術、矢製作