魔法の授業
あれから――
教会学校に通いはじめて、1ヶ月が過ぎた。
授業はそれぞれの子どもたちに合わせて行う形式で、まるで個別指導塾みたいなイメージだ。
すでに理解している子は、できない子に教えてあげたりする。
“教えることも勉強”ってやつだな。前世の学校とは全然ちがう。
まあ、人数も15人以下だし、来る子も日によって違う。
わからないところは、個別に先生に聞きに行く感じだ。
黒板で全体に教えるのは、歴史や読み聞かせ系の授業が多い。
文字の授業は、すんなり頭に入った。
発音と文字が一致してるし、構造も前世と似てる。漢字もないし、変な変化球もなし。
ただ、字を書くのは少し時間がかかりそうだ。
(いやマジで楽勝。前世の小学生より優しいまである)
算術にいたっては、もはやチートだった。
掛け算? 割り算? そんなもん、前世でとっくに習得済みだ。
この世界じゃ、足し算と引き算ができれば十分で、掛け算・割り算が使いこなせれば“計算役”として職に就けるらしい。
(いや、マジかよ。九九覚えてるだけでキャリアパス開けんの?)
この前、商人の息子に絡まれた時あった...
「ルクスくんって、ほんとに計算できるの? じゃあ、これ答えてみてよ」
そう言って、ノートに数字を書き始める。
「120 × 15。これ解ける?」
(うわ、イキってきたな……でも)
「1800かな」
ノールックで即答した。
教室が一瞬静まる。
「……は?」
(小学生程度の学力で学力チートなんだぜ?)
(なんかもう、笑っちゃうよな……これだけで褒められるとか)
そして、ついに今日。
魔術の基礎講義が始まった。
これを待ってた。ずっと。
俺の中の少年心が、もう爆発寸前である。
「魔術は、言葉によって精霊に命令を与える技です」
司祭様がそう言いながら、分厚い教本を開いていく。
「基本構文は決まっています。よろしいですか? 私のあとに続いて、声に出してみましょう」
教室の空気が、少しピンと張りつめる。
「最初は、水の魔法から――この場に水を出す詠唱です」
司祭様が、ゆっくりと朗読する。
「我は求む、水の精霊よ、この地に水を満たしたまえ」
(……おおっ、かっこいい。詠唱ってこうやるのか!)
「では皆さん、ご一緒に」
教室中で、声を合わせる。
「我は求む、水の精霊よ、この地に水を満たしたまえ」
その瞬間――
ぽた……ぽたぽた……
司祭様の手のひらに、水滴が浮かびあがった。
ゆっくりと下に落ち、おけに水が注がれる。
「……うぉ……!」
思わず声が出る。魔法、マジで出た。目の前で。
(てか、これ、俺もできるようになるってことだよな?)
次は、生徒たちの番らしい。
順に机の前へ出て、詠唱していく。
俺は――すでに指先に力を込めながら、言葉を反芻していた。
生徒たちが順番に前へ出て、詠唱していく。
でも、みんなうまくいかない。誰の手にも水は出ない。
(まぁ、そう簡単に出るもんじゃないよな……)
俺の番が来た。
胸の内に少しだけ緊張が走る。
「我は求む、水の精霊よ、この地に水を満たしたまえ」
しっかり、声に出した。
……が、何も起こらない。手も、空気も、変化なし。
「焦らなくて大丈夫ですよ」
司祭様がやわらかい口調で補足してくれる。
「魔術の基本は“言葉”ですが、大切なのは“イメージ”です」
「頭の中に、水が溢れてくる情景を、できるだけはっきりと思い浮かべてください」
水が……溢れる……?
(川……いや、湧き水? 水たまり? コップ?)
(とりあえず湧き水のイメージを思い浮かべてみるか)
「ではもう一度、詠唱を」
「……我は求む、水の精霊よ、この地に水を満たしたまえ」
……だめだ。やっぱり出ない。
(イメージって言われても、思ってるだけじゃ足りねぇのか)
すると司祭様が、今度は少しだけ真剣な顔で言った。
「今度は、手を出してみてください」
言われた通りに、右手を前に突き出す。
「そこに、魔力を集中させます。手のひらに、ぎゅっと集めるように意識してみてください。そして……その力を“外へ”放つのです」
「これが、魔術で最も難しい部分です」
魔力を……集中させて……放つ。
(身体強化の感じで魔力を掌に集中させてみる感じでやってみるか)
静かに目を閉じる。
手のひらに意識を向け、体の内側から、なにか“あたたかいもの”を引っ張り上げるような感覚で――
息を吸って、吐いて。
そして、詠唱。
「――我は求む、水の精霊よ、この地に水を満たしたまえ!」
その瞬間――
ぽたり。
手のひらから、透明な一滴がこぼれた。
それは光を反射して、小さく揺れながら、教室の床に落ちた。
「……で、出た……!」
俺の声が、思わず震えた。
ほんの一滴。それでも、たしかに“魔法”だった。
周りの子どもたちがざわっと息をのむのが、背中越しに伝わってくる。
その中で、フェリスが小さく拍手してくれて、
レティが「ふん」とだけ言った気がした。
教室がざわつく中、司祭様が俺の手元を見つめながら、少しだけ目を見開いた。
「……おや、ルクスくんは、水の適性があるようですね」
落ち着いた声だけど、その口調にはわずかな驚きと、興味が混じっていた。
「初めてでここまで発動できるのは、そう多くありません。とても見事です」
まわりの視線が一気に刺さってくる。
「すご……」「ほんとに出た……」「ズルくない?」みたいな声も聞こえた。
(いや、ズルくはねぇよ? 俺も努力してんだから……多分)
フェリスは微笑んで頷いてくれていて、レティは――
「ふーん、やるじゃない」
腕を組みながら、ちょっとだけ口角を上げた。
でも目は……少しムッとしてた気もする。
いろんな感情と視線に囲まれながら、俺はそっと手を引っ込めた。
手のひらには、まだほんのりと“魔力の余韻”が残っている気がした。
(よし、魔法が使えるのは確定だぜ!)
そのあとも、授業は続いた。
次に試したのは――風の魔法。
「我は求む、風の精霊よ、この紙を揺らしたまえ」
教本どおりの詠唱を、言われた通りに唱えてみた。
すると――俺の前に置かれた羊皮紙が、ふわっと軽く持ち上がった。
「……おおっ!」
手応えは、水のときよりもあった。でも、確かに“風”を感じた。
司祭様が、目を細めて言った。
「ふむ……ルクスくんは、風にも素質があるようですね。これは、珍しい」
(……あれ? 俺、これ、けっこうやれてないか?)
まわりでは、うまく発動できる子もいれば、まったく反応のない子もいる。
何度やっても詠唱だけ空振ってる子もいた。
(魔術って、ほんとに“向き不向き”があるんだな……)
隣のレティは、火の詠唱で小さな火花をパチッと出していた。
「ふふん♪ どうよ」
得意げにこっちを見てきたので、「おお、すげぇじゃん」と素直に言ったら、なんか照れてた。
そんな中――
フェリスが静かに手を差し出していた。
まず、水。手のひらに、ぽたぽたとしずく。
風。机の上の紙がふわりと浮いた。
火。指先に、赤い火花がちろりと灯る。
土。足元の床が、かすかに振動したような気がした。
(……えっ。全部……?)
間違いなく全部の属性に反応してた。
「すご……」
思わず漏れた俺の声に、フェリスが小さく首をかしげる。
「……えっ?」
「あ、いや……全部出せるの、すごいなって」
「……あ、えっと……その、わたし……なんかうまくやれたみたいです……」
頬を少し染めながら、フェリスは困ったように笑った。
(いやいやいや、十分すごいからな?)
俺が初めて水のしずく出した時なんか、歓声上がったのに。
この子、サラッと全系統やってのけたぞ。
レティもちらっとその様子を見てて、
「……ふーん。シスターって、万能なの?」
ってちょっと小声で言ってたけど、声にトゲはなかった。
(たぶんレティも、ちょっと感心してる)
(……俺のテンション爆上げ魔法体験、かすんだな。完全に)
フェリスって……何者?
……いやほんと、なんなんだあの子。
やっぱ、只者じゃないよな……どう考えても。
フェリスの魔法が消えたあと、教室に再び静けさが戻る。
すると司祭様が、ゆっくりと周囲を見渡しながら言った。
「さて――皆さん。魔法というものは、便利で、美しく、そして……非常に危険な力でもあります」
「ですので、魔法は私がいるとき以外には、絶対に使用しないでください」
きっぱりとした口調。
生徒たちが思わず姿勢を正す。
「魔力の扱いに慣れていない者が無理に魔法を使えば、魔力が枯渇して、気絶することもあります」
「もっと酷い場合には、魔力欠乏症という危険な状態になることもあります」
(魔力欠乏症……なんか、聞くだけでヤバそうだな)
さらに司祭様は、教壇に教本を置きながら続けた。
「また、詠唱構文を間違えると、魔法は本来とは違う形で発動することがあります」
「たとえば、“火を灯したまえ”と言うつもりで“焼き払え”と詠唱してしまえば……火傷では済まない事故になるかもしれません」
その例えに、生徒の何人かがゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
「魔術は、“正しい言葉”と“正しいイメージ”、そして“制御する意志”がすべてです」
司祭様の目が、こちらを見た。
(あ、俺見られてる……)
「特に、魔力の多い子ほど、発動時の反動も強くなります。才能があるからこそ、慎重に学びなさい」
やんわりとした言い方だけど、その意味はズシンと重かった。
(つまり俺、調子乗ったらやべぇってことか)
完全に釘を刺された気がした。
(……まあでも、これくらいでビビってたら、強くなれねぇよな)
俺は小さく息を吸い直し、ノートに魔術構文を丁寧に書き写した。
(魔法ってのは、“使える”だけじゃ意味ない。扱い切れて初めて、力になる)
……なら、ちゃんと覚えてやろうじゃないか。
【ステータス】
名前:ルクス
年齢:9歳
種族:人間(村人)
職業:狩人
出身:ユレリ村
金銭:36700円
現在の欲望:
・魔法を覚える
スキル:
・弓術 Lv2
・解体術
・矢製作
・身体強化
・精密射撃 Lv2
・隠密
・薬草学
・薬草調合
装備:
・ギザロドンの弓




