肉が食いたい
晩飯の時間。
囲炉裏の上で湯気を立てる鍋からよそわれたのは、麦粥と山菜の煮物だった。
(……薄っ! 味が死んでる……)
ガリッとした麦の舌触りに、テンションはだだ下がり。
(俺、前世で何か悪いことしたっけ? なんでこんな“貧乏メシ”ばっか食ってんの?)
(……肉が、食いたい……!)
だけど当然のように肉はない。この村じゃ、祝い事でもなければ食卓にのぼらないってのが当たり前。
思わず湯気の向こうに“肉の幻覚”が見えた気がして、俺は決意した。
(俺は肉を食う!!俺は欲望のままに生きるって決めたんだ!)
そこで、口を開く。
「父さん、肉食いたい」
そこで、試しに親に言ってみた。
「父さん、肉食いたい」
父さんは顔をしかめて言う。
「なに言ってんだ、お前。祭りでもねぇのに出るわけないだろうが!」
母さんも苦笑しながらかぶせてくる。
「父さん、どうしても肉食いたいんだよ」
「祭りでもなんでもいい。俺、肉がないと育たない! 身長も! 筋肉も! あと色気も!」
「そんなに言うなら、自分で狩ってきな。ウサギでも猪でも鳥でもなんでもどうぞ」
(え、マジで!?)
父さんが鼻で笑って言った。
「弓は倉庫にあるぞ。仕留めたら褒めてやる」
そこへ長男が、真顔で口を挟む。
「やめとけ、無理だ」
次男は鼻で笑いながら茶碗を置いた。
「三男が狩人? ハハッ、せいぜい鳥に笑われてこいよ」
(……言われっぱなしで終われるかよ)
その夜、母さんがぽつりと呟いた。
「今日のあんた、なんか変だねぇ」
俺は黙って布団をかぶった。
そして次の日。
倉庫から引っ張り出した弓を持って、裏山へ向かう。
何本撃っても、まるでダメだった。
矢は左右にブレて木の横をかすめたり、手前の土に突き刺さったり、時には背後にすっぽ抜けて飛んでいったり。
――ピスッ! ズサッ! ガサガサッ!
(ちくしょう、なんでだよ……!)
腕はプルプル震えて、指先も痛い。弓の弦が擦れて手の甲が赤くなっている。どうにか当ててやろうと気合を入れれば入れるほど、矢は勝手な方向へ飛んでいく。
汗と泥にまみれた顔をぬぐいながら、弓を見つめた。
もはや心は半泣きだった。
……で、俺はついに観念した。
「――ガロンおじさーん!!」
ほとんど泣きそうな声で、村外れの狩人の家へ駆け込んだ。
ガロンおじさんは、いつものように薪を割っていた。俺の姿を見て、ひとまず手を止める。
「おお、どうしたルクス。なんだその顔、畑でも耕してきたのか?」
「いや、あのさ……この弓で練習してるんだけど、全然ダメで……」
俺は恥ずかしさをこらえながら、両手でデカすぎる弓を差し出した。
ガロンおじさんはその弓をひと目見た瞬間、ふいに肩を震わせ――
「……ぶっ、あっはははは!」
ついには腹を抱えて笑い出した。
「お前、それで練習してたのか? そりゃ無理だわ!」
「え、な、なんで!?」
「それ、大人用の長弓だぞ。お前みたいなヒョロガキが使えるわけねぇって!」
俺は思わず耳まで真っ赤になった。
「……笑わなくたっていいだろ……」
「ははっ悪かったな。しゃーねえ、ちょっと待ってろ」
そう言ってガロンおじさんは物置から、小さくて軽い、手慣れた感じの弓を取り出した。
「ほら、こっちだ。これならお前の腕でもなんとかなる」
……俺は、ようやくスタートラインに立ったのかもしれない。
さらに矢のつがえ方、狙い方も教えてくれた。
「ここでなら練習していいぞ。……まあ、どうせすぐ飽きるだろうけどな」
(ふふん、俺をナメるなよ俺は絶対に肉を食う!)
それから毎日、俺は練習場に通った。
朝の畑仕事が終わったら、すぐに弓を持って山へ。
汗だくになって矢を放ち、外して、拾って、また放つ。
だけど正直――
(もう、やりたくねぇ……)
腕は筋肉痛でパンパン。弦を引く指は豆が潰れて、ピリピリ痛む。
最初は「ちょっと練習すれば当たるだろ」くらいに思ってたのに、現実は甘くなかった。
(全然うまくいかない……こんなの、やらなきゃよかった)
矢がまた木の横をかすめて地面に突き刺さる。
イラッとした俺は思わず弓を投げそうになった。でも――
「……っくそ、でも……肉食うまでは諦めねぇ!!」
俺は吠えた。
「肉があるだけで、人生が変わるんだよ!!」
(やめたら、ずっと麦粥だけの人生だ。そんなのまっぴらごめんだ!)
必死に立ち直る。でもすぐに、心の奥で弱い声が漏れる。
(……でもほんとは……帰りてぇ……)
情けないくらい揺れる気持ちを押し殺して、俺はまた矢をつがえた。
五日目、ようやく的の端に当たり始めた。
七日目、中心近くに“刺さる感覚”を少しずつ覚えていった。
(俺だって……やればできるんだ)
そう自分に言い聞かせながら、疲れた体に鞭を打ち続けた。
そして十日目。
森の中。静寂の中に、風の音と小鳥のさえずりだけが響く。
矢をつがえ、息を吸う。
(いける……たぶん)
そう信じて、弓を引いた。
――ビュンッ!
矢は空気を裂き、木の幹の中心に突き刺さった。
ピタッと時間が止まったように感じた、その瞬間――
《スキル獲得:弓術 Lv1》
耳の奥に、不意に響くアナウンス。
……え、なに?」
驚いて周囲を見渡す。誰もいない。鳥のさえずりと風の音だけが聞こえる。
――だけど、それは確かに“聞こえた”。
そして次の瞬間、目の前に、ふわっと何かが浮かび上がった。
「……うそだろ」
青白く透ける画面の中央には、はっきりと《弓術》の文字。
(ま、まさか……スキル? ていうか、これ、俺にしか見えてない……?)
困惑のまま、弓を背負ってガロンおじさんのところへ駆け込んだ。
「おじさん、なんか今、弓術ってスキルを手に入れたっぽいんだけど!」
「……は? スキル?」
「ほら、目の前に出てんの。こんな感じで、画面っていうか、えーと……」
手を振ってみるが、おじさんはきょとんとしたままだ。
「……何にも見えねぇぞ? お前、弓撃ちすぎて頭やられたんじゃねぇのか?」
腹を抱えて笑い出すおじさん。
(……まじで、俺だけに見えてる?)
冷静になって、改めて浮かぶ画面に目を凝らす。
《弓術》の横には、見慣れた“漢字”が並んでいる。
(この世界じゃ見ない文字だ。やっぱり、これ……)
「……特殊能力、ってやつじゃね?」
胸の奥がドクンと高鳴った。
俺はこの世界で、確かに“何か”を手に入れた。しかも他の誰も持ってない――特別な力を。
年齢: 7歳
種族: 人間(村人)
職業: 農家の三男坊
出身: ユレリ村(山沿いの辺境・自然豊かな農村地帯)
現在の欲望:肉が食いたい