06.Clean my house 上
思いの外長くなったので、二話に分けて投稿することにしました。
「汚いな、うん」
それが帰郷二日目の朝の第一声だった。
パジャマ代わりの短パンとティーシャツだけのだらしない格好のまま、宗太は自宅のリビングの隅々まで視線を巡らせる。そして、フローリングに薄く降り積もった『それ』を見て、小さく溜息をつく。
人の住まない家はすぐに駄目になってしまう。いつだか、そんな言葉を聞いたことがあるが、こうして見てみると、なるほどと思う。
床に敷かれた、灰色がかった、汚らしい埃の絨毯。確かに、こんな状態で放置されれば、人の住めないような場所になってしまうだろう。早急に、掃除の必要がある。
「ったく、面倒臭い……」
ブツブツと呟きながら、宗太はテーブルの傍の椅子にドッカリと腰掛けた。
昨日、見惚れるような笑顔で自分を許してくれた明日香が帰宅した後、感傷に浸る間もなく宗太を悩ませたのが、この家の掃除に関する問題だった。
とりあえず、その日の午後に寝室でもある自分の部屋や、風呂、トイレ、キッチンといった生活に必要最低限のスペースだけは清掃を済ませた。
余談だが、冷蔵庫からカビが生えすぎて元が何だったのか分からないほど腐りきった食料品がいくつか出てきた時は、ちょっと本気で泣きそうになった。そんな苦難を乗り越えつつ、宗太は最低限度の文化的生活を送るための掃除を終わらせたのだ。
だが、宗太が生まれ育ったこの家は地味に広い。
大手商社にエリート社員として勤めていた父が二十半ばに購入、四十にしてローンを完済した上谷家のマイホームは母の意向を取り入れて、とにかく地味に広いのだ。自然、それに合わせて掃除に掛かる手間も多くなっていく。
二年前まで、平然とこの家の掃除をこなしていた母を今更ながら尊敬する。と同時に、宗太は父に対して複雑な思いを抱いた。地方都市とはいえ、若くしてこんな立派な家を購入できてしまう父の社会的地位を憎いと思ったのは、生まれて初めての経験だ。
別段、家事が得意でも何でもない身としては、鬱陶しいことこの上ない。とはいえ、こんな埃だらけの家で暮らしていたら、間違いなく体を悪くする。
気が滅入ってきて、宗太は顔を歪める。だが、掃除しないわけにはいかないし、午後には大事な用事が控えているから、あまりモタモタしていられない。
心の中で一通りの愚痴を漏らしてから、宗太は仕方がないか、と諦観の溜息を吐いた。そもそも、こんなことをしているくらいなら、さっさと掃除を始めた方が良いに決まっている。
大体、まともな掃除をする気など毛頭ないのだから、グズグズしていても時間の無駄だ。
気分を入れ替えるように、両の手で頬を軽く叩くと、宗太は立ち上がった。そして、テーブルの上に置いてあったタロットカードのデッキから、一枚の札を抜き取る。
「んじゃ、始めるか」
魔術師は魔術師らしく、掃除も魔術で済ませよう。
主のセンスの良さを窺わせる、白い外壁が特徴的な洒落た外装の一軒家。
気まずく、気恥ずかしい。それが、その家を前にした明日香が真っ先に抱いた感情だった。
「…………会い辛いなぁ」
二階建ての家屋に縦横に視線を巡らせてから、ポツリと呟く。頭の中には一人の少年の姿が浮かんでいた。
それは今現在、この家の唯一の住人である幼馴染、上谷宗太の姿だった。
「…………どうしよ?」
約二十分。それが、明日香がこうして幼馴染の家をストーカーの如くに眺め続けている時間だった。
現在の時刻は午前八時。こんな朝っぱらからこんな行動を取っているだけでも怪しい要素がてんこもりだが、明日香は自分の服装もそれに輪をかけていることを自覚していた。
ずばり、上下共に学校の体育の授業で使用している青のジャージ。脇から踝にかけて学年を示す一本のラインが走っている、超ダサいやつ。少なくとも、うら若き乙女が外出に着て行くような服装ではない。
更に、右手には風呂敷に包まれた三段重ねの重箱。まるで、弁当だけ持って、体育祭や運動会を抜け出してきたかのような、我ながら珍妙すぎる格好である。
勿論、この格好にはそれなりの意味がある。
宗太が二年もの時を経て、宮代家の隣家でもあるこの家に戻ってきたのは、つい昨日のことだ。彼と再会し、彼を許し、そしてとりとめもない会話をしてから帰宅した明日香はふと思ったのだ。この家、掃除しなくてはならないのではないか、と。
昨日見た限り、二年も放置されていた家は相当な埃が積もっていた。彼一人では掃除も大変なはずである。近所でも評判になるくらい広い家だから、尚更だ。
だったら手伝ってあげよう。明日香がその結論に至るのにそう時間はいらなかった。そうして、休日にも関わらず早起きし、掃除で汚れても大丈夫なジャージに着替え、母に宗太と食べる昼食の弁当まで用意してもらって、いざ彼の自宅前に至ったわけだが。
すごく入り辛い。宗太と顔を合わせ辛い。
「あーもうっ」
臆病な自分を叱咤するように、明日香は苛立ちの声を上げる。だが、それでも宗太の家への第一歩を踏み出す勇気は湧いてこなかった。
昨日は再会に際して溢れ出してきた様々な感情による勢いで、彼と言葉を交わすことができた。だが、一晩経って冷静になった途端、彼とどのような距離感で接していいか分からなくなってしまったのである。主に、二年前と同じ態度で接してよいのか、という点で。
更に昨日の自身の行動も明日香の足を止める要因となっていた。泣いた、喚いた、抱きついたの三拍子である。十四年という月日を宗太と共に過ごしたが、あんな大胆かつ情けない姿を晒したのは初めての経験だった。今、彼と顔を合わせたら羞恥心に押し潰されること請け合いだ。
極めつけは、このモッサリした服装。昨日、宗太と会った時は制服姿だったから、彼に私服姿を見せるのは、これが帰国後初の機会である。にも関わらず、このセンスのセの字も見当たらない姿を披露するのは、女の子として色々な物を捨ててしまっているような気がしてならない。
そういった要因が複雑に絡み合った結果、明日香の足を縛る枷となっている。情けなさのあまり、明日香の口から溜息が漏れた。
しばらく、宗太の家をボンヤリと眺めてから、明日香は踵を返して右隣の自宅に戻る。
せめて、服装だけはどうにかしようと思った。余所行きのお洒落服を汚すこと覚悟で。
竜巻が上代家のリビングを縦横に動き回っている。
昨夜の内にコンビニで買っておいた菓子パンをモサモサと咀嚼しながら、宗太はノンビリとその様子を眺めていた。
「意外と、やれば出来るもんだなー」
まったりと呟きながら、同じくコンビニで購入しておいた紙パックのミルクティーを啜る。ストローを通じて、安っぽい香りと行き過ぎな甘さが口腔に広がる。
宗太は顔を顰める。紅茶の本場、イギリスで二年間を過ごした人間のプライドが。この甘ったるい汁を紅茶と認めることを許さなかった。昨夜の自分の選択を後悔しながら、口内の甘すぎる液体を嚥下した。
もうこの国では紅茶は買わない。ひっそりとそんな決心を固めつつ、宗太は再度、室内で螺旋を描く風の渦を見た、否、見下ろした。
宗太の膝の高さ程度の規模で唸る風。それは積もり重なった埃を内部に取り込みながら、室内の汚れを徹底的に駆逐していた。
電力不使用で環境にも家計にも優しい、しかも吸引力の変わらない魔法の掃除機だ。
「我ながらナイスアイディア。偉いぞー、賢いぞー、俺」
至極適当にそんなことを呟きつつ、宗太は自分が行使したお掃除魔法の軌跡を目で追う。極小の竜巻が通るそばから、床が綺麗になっていく様子は見ていて清々しい。
単なる思い付きがここまでうまくいったことに、宗太は満足しながら頷いた。
部屋を掃除中の竜巻は宗太がタロット・スペル、大アルカナ零番の札《愚者》を用いて作り上げたものである。
《愚者》が示す意味は風の元素。火、水、土、風の西洋魔術における四大元素の中で、風は宗太が最も得意とする元素であり、同時に火に次ぐ攻撃力と最高の速度を併せ持つ、戦闘用魔術である。
本来、《愚者》の札で顕現するのは、触れるもの全てを切り刻む破壊的な暴風だ。しかし、宗太は今回、これの威力と規模を極限まで縮小することで、掃除に転用したのだ。
発想自体は単純だが、なかなか成果は大きい。一応、それなりに複雑な工程を経て発動した魔術だけに、感慨も一入だ。
魔術というのはアニメや漫画のように、術式に込める魔力を増減させれば威力が上下するような簡単なものではない。勿論、大量の魔力は強力な魔術においては不可欠なものだが、同時に、同じ魔術でも状況に応じて術式を組替えることも重要な要素だ。
極端に言ってしまえば、魔術という技術はその場で即席の電化製品を作り上げるようなものだ。
たとえば、暖房は機体に通された電気を熱として放射することで部屋を暖める。電力が多ければ、設定を変えることで発生させる熱量をある程度上昇させることもできるが、設計段階で定められた量を超える電力を流せば機械は壊れるし、逆に少なすぎては熱が発生しない。
魔術の場合、機体は術式、電気は魔力、熱が魔術により発生する現象にあたる。
まったく同じ術式で魔術を行使するなら、魔力の量である程度の威力の加減は可能だ。しかし、術式に対して魔力量が多すぎると術式が瓦解してしまうし、少なすぎては魔術が発動しない。
つまり、威力を増加させるにしろ、減衰させるにしろ、その魔術本来の効力からかけ離れた効果を望むなら、術式そのものを変更する必要があるのだ。
それは、それなりに高等な技術であり、その辺の三流魔術師には扱えない者も多い。リゼリアという恵まれた師を得た宗太でも、術式の変更には数秒のタイムラグが必要だ。
ある意味、この技術の巧拙が一流と二流三流を分つ、一つの基準だと言っても過言ではない。そういう意味では、宗太は未だ二流だ。
とはいえ、一瞬の隙が生死を分ける戦闘ならいざ知らず、こうして平和的に掃除に利用する程度なら、二流の技量でも問題ない。
魔術で家の掃除。何だか、さりげなく人間離れしている気がする今日この頃だが、気にしない。気にしたら悲しくなるから。
「一時間くらいで終わるかな、この調子なら」
順調に掃除を続ける竜巻を見て、それから壁の時計に目を向ける。時刻は八時を少し過ぎた頃。
この後、他の部屋でも《愚者》を発動させれば、九時過ぎには掃除は終了する。午後の用事には、十三時半頃に家を出れば十分に間に合うから、随分余裕が出来てしまう計算だ。
もうちょっと寝とけば良かったなー、などと考えつつ、宗太は再び菓子パンを齧る。そして、四時間以上の暇をどう潰そうか思案していると、不意に玄関からピンポーンと間延びした音が響いてきた。
それは、来客を告げるインターフォン。一体誰だ、と宗太は首を傾げかけるが、すぐにこの家を訪問してきそうな人物に思い当たった。
「いきなりかよ……」
間違いなく、その人物と顔を向き合わせたら気まずい空気になる。心情的にも、あまり顔を合わせたくない。だが、居留守を使うのも躊躇われるのが困りものだった。
何の用事か知らないが、さっさと応対して速やかに帰っていただこう。そんな結論に至った宗太は、残りの菓子パンを一口で胃に収めてから、重い腰を上げて玄関に向かった。
鍵を開けて、ドアノブを回す。昨日と同じ轍を踏まないように、静かにドアを押した。
果たして、玄関先に立っていたのは予想通りの人物だった。
「お、おはよ、宗太」
軽く手を挙げ、ぎこちない笑顔と共に挨拶してくるのは、大きな直方体の包みを片手に下げた明日香だった。
やっぱり、と心の中で嘆息してから、宗太も曖昧な笑みを浮かべる。
「あ、ああ、おはよう」
つっかえながらの不器用な返事。我が事ながら、要領の悪さが嫌になる。
挨拶を終えると、途端に二人の間に会話がなくなる。宗太としては明日香に対し、どんな態度を取っていいのかが分からない。恐らく、明日香もそれは同じなのだろう。
別に会話のない静寂は宗太の嫌うところではない。相手と親しければ、言葉を交わさない時間が心地良いことだってある。
だが、それが気まずい沈黙なら話は別だ。二年ぶりに再会し、距離感を掴みかねている幼馴染が相手では、沈黙は苦痛でしかない。
しばし、宗太は明日香に視線を向けたり、外したりと落ち着かない気分を味わったが、やがてこの雰囲気がダラダラと継続されることを嫌って、口火を切った。
「……っと、こんな時間からどした? 何か約束してたっけか?」
「え、あ、えーっと、そうじゃないけど……」
僅かに顔を伏せながら、明日香は恥ずかしそうに身を竦める。そんな様子は宗太にとってはひどく新鮮で、思わず明日香に見入ってしまう。
自分へのもどかしさか、それともうまく話せないことへの焦りか、滑らかな頬を微かに赤く染めた姿は、二年前の明日香からは考えられない。宗太に対してはハッキリとした物言いをしていたから、違和感すら覚える。
更に言えば、服装も彼女にしては珍しいものだった。
デニム地のショートパンツに、明るい色調の半袖のティーシャツという、スポーティーで涼しげな装い。僅かに露出した太腿や、二の腕の白さが目に眩しい。首元には十字をあしらった小さな銀のネックレスが光、下品にならない程度のアクセントをつけていた。
基本的に、落ち着いた雰囲気と色合いを好む彼女にしては、活動的な印象の勝る服装。似合うことには似合うが、宗太には同時に違和感を抱かせる格好だった。
と、そこで明日香が恥ずかしげに身を捩った。もしかして、足やら腕やらに視線が行っていたのがばれたのでは、と宗太は一瞬身構えるが、続く明日香の台詞で、杞憂は晴らされた。
「その……家の掃除とかするでしょ? 一人じゃ大変かなーって思って……手伝いに」
「え、その格好で?」
汚れたらマズイだろう。そう思って、宗太は反射的に尋ね返す。
すると、明日香はピクンと身を震わせて、居心地悪そうに顔を逸らしてしまった。その頬は一層赤みを増し、何故か桜色の唇を不満そうに尖らせていた。
何なんだ、一体。ついさっきの気まずさを忘れて、宗太は首を傾げる。しかし、いくら思考を回転させても、明日香の態度は不可解過ぎて、仕方がなく原因究明は断念した。
代わりに、どうしてか目を合わせてくれない明日香に向けて言葉をかける。
「あー、何と言うか、せっかくの休みなんだし、気ぃ遣わなくていいぞ? 俺一人でもどうにでもなるし」
明日香の気持ちはありがたいが、正直な話、宗太一人でやった方が確実に早く終わる。明日香がいると、堂々と魔術を行使することができないからだ。
人手と魔術で、作業効率を比べるなら、明らかに後者に軍配が上がる。掃除はなるべく早く終わらせたかったから、明日香がいると、逆に不都合だった。
それに何より、明日香と二人きりは気まずい。気まずすぎる。
とはいえ、それを面と向かって告げるわけにもいかず、宗太はなるべく柔らかい言葉を選んで、断りを入れようとするが、
「時間かかるだろうし、俺も午後から用事で出かけなきゃならないからさ、来てもらって悪いけど……」
「だったら、午前中に終わらせちゃえばいいでしょ。二人でやれば、大分片付くわよ」
取り付く島もない、強い口調だった。その声の何処かに不満が混じっているようにすら思える。
その妙な勢いに圧されて、宗太は言葉を詰まらせるが、すぐにまた二の句を継いだ。
「いや、でも、悪いだろ。結構大変だし……」
「大変なら、尚更二人でやった方がいいでしょ。変な遠慮しないの」
少しムッとしたような、眉間に皺を寄せた顔をしてから、明日香は宗太の横を通り過ぎて、背後のドアノブに手をかけた。そして、無遠慮にそれを回して、玄関に入る。
「あ、おい!」
「ほら、早く始めるわよ。グズグズしてたら日が暮れちゃう」
慌てた声音をサラリと受け流して、明日香が靴を脱ぐ。不退転の意思を示すその背中に、宗太はこれ以上の説得が不可能なことを悟った。
明日香にばれないように、宗太は小さな小さな、そして重い溜息をついた。
気に入らない。
とりあえず宗太に通されたリビングで、紙パックのミルクティーを飲みながら、明日香は不満と共に唇を尖らせる。
この場に宗太はいない。『ちょっと待っててくれ』と告げて、このミルクティーを出した後、自分の部屋に引っ込んでしまったのだ。
多分、見られたくない物を隠しているのだろう。女の子みたいな顔をしていても、やっぱり宗太も男の子だから、いやらしい雑誌の一冊、二冊は所持しているかもしれない。
そう考えると、益々苛立ちは募り、明日香はテーブルの足を蹴る。
ガン、と鈍い音。そして、爪先から走り抜ける痛み。すぐに後悔した。激痛で、目尻に涙が浮かぶ。
「もう、何なのよ」
二階の自室にいる宗太には聞こえないように、それでもハッキリと、明日香は苛立ちを乗せた声をあげる。
何が気に入らないかといえば、宗太の態度全般だ。
まず、折角着替えてきた服に、ケチをつけられたのが気に入らない。
そりゃ、確かに、『こんな格好で』掃除をするのはおかしいかも知れないが、これでもなるべく可愛く、それでいて掃除の邪魔にならないコーディネートに苦労したのだ。
驚いた顔でマジマジと見詰めてきた時には少し期待もしたのに、何の褒め言葉もなし。それだけで減点五十。
その上、やたらと手伝いの申し出を遠慮してきたことが腹立たしい。自分達の仲だというのに、何を遠慮しているのか。
二人きりで気まずくなるのを嫌う気持ちも分かるが、その辺りは全て勝手にいなくなった宗太が悪いのだ。二年の月日で刻まれた溝を埋める努力ぐらいはしてほしい。更に、減点五十。
減点は合計で百。宗太の持ち点は既にゼロ。
憤懣やるかたない。乱暴にミルクティーをすすり上げていると、廊下から足音が聞こえてくる。
「明日香」
リビングの入り口から声がかかる。返事はせずに、明日香は視線だけそちらに向けた。
当たり前だが、そこに立っているのは宗太だった。手には何かの服を持っている。明日香の方へ歩み寄ると、彼は手の中のそれを明日香に差し出す。
「とりあえず、着替えとけよ。そんな格好じゃ、掃除できないだろ」
よく見ると、それはくたびれた短パンとティーシャツだった。
わざわざ可愛い服を選んできた明日香にとって、宗太の言葉と行動は嫌味にしか思えない。自分勝手な被害妄想かもしれないが、タンスを引っ掻き回した苦労を嘲笑われているように思えてしまう。
そんな意思を込めて、無言の半眼で睨みつけると、宗太はたじろいだ様子を見せる。だが、差し出した服を引っ込めることはせずに、困ったような調子で、意外な台詞を口にした。
「それ、折角似合ってんだからさ、汚すの勿体無いだろ? 嫌かもしれないけど、着替えてくれって。頼むから」
目を見開く。宗太はこんな風にさりげなく褒め言葉を口にできるような、気の利いた男だっただろうか。
昔なら、服やら髪型やらの感想を求めても、わざと顔を顰めて「まあ、いいんじゃねえの」としか言えなかったというのに。
「分かったわよ。着替えるから、出てって」
急に恥ずかしくなって、乱暴な声音になってしまう。
慌てて踵を返す宗太の背中を眺めながら、明日香は胸の中で呟いた。
とりあえず、加点してあげてもいいかな、三十点くらい。
この前、竜馬伝を見ていてふと思ったのですが、大河ドラマの「大河」って、どういう意味なんでしょうか? もし、ご存知の方がいらっしゃいましたら、教えて頂けると嬉しいです。