03.帰郷
伏線を詰め込み過ぎて、これ単体では意味の分からない文になってしまいました。話が進むに連れて、意味が分かってくると思いますので、気長にお付き合いいただけると幸いです。
駅名を告げる車内アナウンスと共に、電車のドアが開く。夕凪駅のホームに降り立つと、二年ぶりの帰郷を歓迎してくれるかのように柔らかな風が吹き抜けた。
心地良い暖気を孕んだ、春めいた風。そこに何処か懐かしい匂いが紛れているような気がして、宗太は足を止めた。
国が違えば、空気の匂いまで変わってくる。意外に旅行好きなリゼリアが以前に言っていた台詞を思い出す。生まれ育った故郷の匂いで胸を満たしながら、宗太はそれを実感した。そして、半ば無意識の内に小さな呟きを落とした。
「帰ってきたんだな……」
紡いだ声は応える人もなく、風に紛れて消えてしまう。昼時のホームは人影も疎らで、独り言を漏らしても不審がる人はいなかった。
目的地への到着で気が緩んだのか、不意に重い眠気を伴った欠伸が漏れた。時差ぼけというやつか、それとも慣れない旅路で疲労が溜まっているのか。少し考えて、宗太は両方だろうと結論を下した。
イギリスと日本の時差は八時間。その上、島国、イギリスの玄関口であるヒースロー空港から日本までは半日近い空路を経る必要がある。飛行機の中で多少の睡眠は取ったものの、所詮はエコノミーの狭苦しい座席で、熟睡できるはずもない。旅慣れない者にとっては、日本とイギリスはあまりに遠い。
家に帰ったら寝よう。もう何をおいても寝よう。そんな決意を固めつつ、宗太は旅の供である大振りのキャリーケースを傍らに置いた。そして、高架線の下に広がる故郷の全景へと視線を移した。
手前に見えるのは住宅地と繁華街が混在した、よくある雑多な町並み。だが、遠く郊外へと目を凝らせば、街の特徴である戦時中に建設された紡績工場の名残だという廃工場の敷地が広がっている。故郷である御鏡市、夕凪の姿は記憶に残る二年前の状態のまま、大きな変化はなかった。
「変わんないな、ここは」
零れた自身の言葉に懐古の念が色濃く混じっていることに気付いて、宗太は思わず苦笑してしまう。まるで青春時代を懐かしむ中年親父のようだ。
多分、自分は嬉しいのだろう。そんな風に思う。
宗太にとって、この街は二年前に決別した場所。魔術師になることを決意した日、誰にも何も告げないまま、捨ててきた街である。それでも、変わらない姿で出迎えてくれたことが嬉しく思えた。我ながら虫のいい、自分勝手な話だと思う。
そう、虫が良すぎるし、自分勝手だ。だから、またこの街で普通に暮らせたらいいのに、などと考えるのは間違っている。
「……アホか」
呟きに込められているのは自嘲の響き。バリバリと乱暴に頭を掻き毟って、宗太は甘ったれた想像、否、妄想を打ち消す。
想像とは向かうべき理想に思いを馳せること。妄想とは現実味のない馬鹿馬鹿しい夢想に逃避すること。宗太の持論だった。そして、今の思考は紛れもなく後者に分類される。
街の姿は変わっていない。それでも上谷宗太という人間は大きく変わった。失ってしまったものも多い。捨ててしまったものもある。それを考えたら、平和ボケした二年前に戻ることなど到底叶わぬ話だった。零れた水を盆へ還すことはできない。
陰気な思考に溺れていると、疲れた体がドッと重くなったように感じた。丈夫なキャリーケースに手を突き、体重を預ける。
折り重なった淀みを吐き出すように、ふぅ、と息をついた。
「……行くか」
二年分の埃が積み重なっているであろう自宅の掃除。持ち帰った荷物の整理に、役所へ提出する帰国の旨をまとめた書類の準備。それと、この先頼りになるだろうタロットカードの買い足し。待ち受けるやらなければならないことに意識を向けて、無理矢理気持ちを奮い立たせる。
そういえば、この国ではタロットカードは何処に売っているのだろうか? 玩具屋か、書店にでも行けばみつかるか? 逃避気味にそんなことを考えながら、宗太は改札口へ向かうエスカレーターの方向へ踵を返す。そして、キャリーケースを引き摺って、のろのろと第一歩を踏み出そうとした時、不意に背後から声がかかった。
「どうも、お初にお目にかかります、上谷宗太さん。少々お時間を頂けますか?」
丁寧な言葉づかいなのに軽い響きとしか聞こえない声。恐らく、三十代前後の男性のもの。
つい数秒前まで、間近に人の気配はなかった筈である。武術の達人でもあるまいに、そこまであてになる感覚でもないが、名指しで呼ばれたことも相俟って、それは宗太をひどく驚かせた。
僅かに警戒しながら、振り向く。そこに立っていたのは、スーツを着崩し、顎に無精髭を生やした男性だった。何となく、仕事がいい加減な駄目サラリーマン然とした雰囲気を漂わせている。
汚れたワイシャツの襟から、独身であるという実にどうでもいい情報を得ることができたが、それ以上に宗太の気を引いたのはその立ち姿だった。
両手を上着のポケットに突っ込んだ、猫背気味のだらしない姿。だが、どういうわけか、その様子には隙というものが見当たらなかった。たとえば、風の魔剣を顕現させて切り掛かったとしても軽くかわされてしまいそうな気がする。いや、まぁ、そんな物騒な真似はしないが。
警戒のレベルを一段上げてから、宗太は尋ねた。
「えーっと、はじめまして。どなたですか?」
キャッチセールスの類ではないだろう。個人名やら容姿やらが簡単に出回るほどこの国の個人情報保護法はザルではないと信じたいし、普通の営業マンの必須スキルに得体の知れない身のこなしが含まれているとは思えない。
恐らくはあまり真っ当ではない人種。宗太のあまり当たって欲しくない予想は、続く言葉に見事に肯定された。
「おっと、失礼。申し送れました。私、WMF所属の魔術師、神代慶介と申します。高名な《英国のプロメティウス》の愛弟子殿とお会いできて光栄です。以後お見知りおきを」
短い紹介の中には、魔術的なワードが山盛りだった。
当たっちゃったなぁ、予想、と宗太は心の中でこっそり項垂れる。
魔術師なんて、大抵は変人奇人。自身も傍迷惑なアルコール中毒者である師の言葉だ。大抵は、というのはやや言い過ぎだが、皆が皆非常識な魔術という技術を扱う人間である。そういう傾向がある者が多いことも否定できない。
宗太はイギリスで出会った幾人かの魔術師を思い出して、途端に目の前の男性とお知り合いになるのが嫌になる。剣とか火とか出すけど、基本常識人なのだ、自分は。
とはいえ、初対面の人を邪険に扱うわけにもいかず、宗太はとりあえず気になったことを口にした。
「WMFってことは……《連盟》の?」
「ええ、日本支部に所属しています」
World Magic Federation、即ち、世界魔導連盟。通称、《連盟》と呼称されるその組織は、魔術界において最大にして最高の意思決定機関である。
その仕組みは表社会における国際連合に似ており、世界各地に散らばる魔術結社が加盟という形を以ってパイプを築き、魔術界を左右する様々な決定を下している。世界中の魔術師を統治する機関といっても過言ではない。
そんな組織の人間が、何故こんな地方都市にいるのか。
「連盟の人が、俺みたいな駆け出しの新人魔術師に何か用でも?」
不審に思って宗太が尋ねると、神代と名乗った男性はニコリと笑みを浮かべる。三流の詐欺師じみた、胡散臭い笑みである。
「かのリゼリア・ガーラントのお弟子さんともなれば、魔術界からすれば期待のルーキーですからね。日本に帰ってこられたなら、ご挨拶と出来れば勧誘を、と思いまして」
「勧誘?」
神代の笑みと相俟って、たった二文字の単語は溢れんばかりの怪しさを内包している。先ほどとは種類の違う警戒をしながら、宗太は首を傾げて見せる。
そんな宗太の内心を悟ったのか、神代は作り物めいた笑みを引っ込めて、かわりにいかにも楽しげな表情を浮かべた。
「そんなに身構えないでください。優秀な人材は喉から手が出るほど欲しいっていうのは普通の企業でも同じでしょう? 私共も人手が足りないものですから、今のうちに唾つけとこうと思いまして」
「あー、俺はそんなに大したものじゃないですけど。別に魔術で食って行こうってわけでもないんで、結社やら、連盟やらに入る気もありませんし」
後から面倒がないようにとはっきり告げながらも、宗太は無自覚的に自分が魔術師を志した理由に思いを馳せた。
脳裏に浮かぶのは好青年じみた容姿の、ラフな服装に身を包んだ魔術師の姿。
一瞬、本当に一瞬だけ、宗太は奥歯が砕けそうになるほど歯を食いしばった。すると、それに気付いていないかのような表情で、神代がやれやれと軽く両手を挙げた。
「それは残念です。お姉様のことで、私共がお力になれると思ったのですが」
何か物を持っていたら、それを取り落としていただろう。それほどの動揺が体の中心から末端へと走り抜けたのを感じた。
自身の目が大きく見開かれていることを自覚しながら、宗太は意味深な笑みを湛えた神代へ掠れた声を投げる。
「どういう……ことですか?」
「なに、大きな組織にはそれだけ情報が集まる、というだけの話ですよ」
何でもないことであるかのように言ってから、神代の視線が宗太の双眸を捉える。胸の奥を覗かれるような感覚に居心地の悪さを覚えると、彼は更に言葉を重ねた。
「まぁ、つれないことは言わずに、話だけでも聞いて行ってください。あなたにとっても悪い話じゃないと思いますよ?」
動揺する心に止めを刺すかのように言われて、宗太の頭の中は真っ白に染まった。ぼろぼろの思考をどうにか繋ぎ合わせて、神代の言葉を吟味する。
考え込む宗太に、神代は何も言わない。まるで、宗太がどんな決断を下すか知っているかのように、余裕の表情が見てとれた。それが僅かに癪に障るものの、誘惑の甘さに絆されて、頷きかけた時。
グゥウウウウウウ、と。
恐竜の寝息みたいな間延びした音が静かな駅構内に響いた。
それが自身の腹の虫だと気付くのに、宗太はたっぷり数秒の間を必要とした。
そういえば、四半日も前に機内食を食べて以来、何も口にしていなかったっけ……
空気の読めない己の腹部を呆然と見下ろすと、神代が笑いを堪えているのが気配で察知できた。
「とりあえず、場所を移しましょうか」
喉に餅でも詰まらせたかのようにピクピクと肩を震わせながら、神代が言う。
「いいお店を知っていましてね。お近づきの印に奢らせてもらいます」
「……………はぃ」
格好つかないなぁ、俺。
帰郷して早々、宗太はイギリスに回れ右したくなった。
神代に連れられて訪れたのは、大通りから外れた路地裏に暖簾を構える、お世辞にも綺麗とは言い難い居酒屋だった。
何だか得体の知れない茶色っぽい染みがついた暖簾を眺めながら、宗太は隣に立つ神代に半眼を向ける。
「知ってると思いますけど、未成年です、俺」
「おや、リゼリア氏は大層な酒豪とお聞きしましたが? あなたもいけるクチでは?」
師匠、あなたの酒癖の悪さは遠い極東の地までしっかり伝わっていますよ。
遥か遠いイギリスに居るであろうリゼリアに心の中で語りかけながら、宗太は神代の問いに首を横に振った。
「酒を楽しむのは大人の特権だ、ってのが師匠の持論なんで」
「ほほう、意外に堅物な方ですね」
感心したように呟いてから、神代は何事もなかったかのように暖簾を潜り、立て付けの悪そうな店の引き戸に手をかけた。それを見咎めて、宗太はピクリと眉を顰める。
「いや、だから、俺、未成ね――」
「いえいえ。ここ、フライ物も中々美味しいので。小鯵のフライなんか、絶品ですよ」
まぁ一番の魅力は地酒の品揃えなんですけどねー、と嘯きながら、神代はヘラヘラと笑う。
小鯵のフライにしたって酒のツマミだろうがと思わなくもない宗太だったが、その気の抜けた笑みを前にすると、真面目に取り合うのが馬鹿らしくなってしまう。空腹も手伝って、宗太は渋々、神代について店内へと入った。
店内は予想を裏切らず古臭く、小汚い。事件の捜査に行き詰まったベテラン刑事が愚痴を酒の肴に、クダを巻いていそうな内装だった。
壁際の棚に並んだ酒瓶には、様々な銘柄の記されたラベルが貼られていて、中には宗太でも名前を知っているような有名なものまで置いてある。入り口の戸を後ろ手に閉めながら、宗太は機会があればリゼリアを連れてきてあげようと決意する。
「おう、慶ちゃん、久々じゃねえか!」
店の奥から威勢の良いだみ声が聞こえてくる。視線を向ければ、手足の太さが宗太の二倍ほどもありそうな大柄な親父が、神代に向けて豪快な笑みを向けていた。恐らく、店主だろう。
「いやぁ、近頃は色々と忙しいもので。人使いの荒い職場に居ますと、酒を飲む暇も貰えないんですよ」
「ははっ、昼間っから酒をかっ食らう奴が何言ってやがんだ。ところで、そこの可愛い顔した坊ちゃんは連れかい?」
可愛い顔、というワードが二人のおっさん臭いやりとりをぼんやり眺めていた宗太の胸に弾丸となって突き刺さる。密かなコンプレックスを初対面のおっさんに撃ち抜かれて、一瞬本気で泣きそうになるが、どうにか愛想笑いを繕った。
「ええ。知り合いの息子さんでしてね。とりあえず、フライ物と飲み物を適当に出してもらえます?」
「あいよ。ちょっと待ってな。席は好きな所に適当に座っといてくれや」
経営者としてどうなのかと思うほどアバウトな台詞を吐いてから、店主は調理スペースと思しき店の奥へと引っ込む。宗太は神代に促されて、窓際のテーブル席へとついた。
「面白い人でしょう? いかにも場末の居酒屋の店主、って感じで」
言いながら、神代が正面の席に座る。
「……なんだかRPGの酒場にでも出てきそうな人ですね」
「上手いこと言いますねぇ。あれで料理の腕も結構なものですから、良ければ今後も贔屓にしてあげてください」
カラカラと楽しそうに笑うと、神代は唐突に幾らかの書類を卓上に広げた。そして、おふざけは終わりとばかりに、真顔を作る。
ここまで真剣な表情が似合わない人も珍しい。そんなことをぼんやりと考えつつ、宗太は書類の方へチラリと視線を向ける。
書類の頭に記されているのは『御神楽惣介』という文字。その文字列を目にした途端、宗太は頭の中が沸騰したかのような錯覚を覚えた。
御神楽惣介。それは宗太が生涯で初めて、本気の殺意を抱いた相手の名だった。
「真面目な話は、料理が来る前にパパッと済ませちゃいましょう」
そう前置きして、神代は書類を指し示す。
「あなたが私の勧誘に乗って下さった場合のメリットがこれです。《連盟》の情報収集力を以ってすれば、魔術師の個人情報なんて、簡単に集められる」
雑多に散らばった書類を集めると、神代はそれを宗太に手渡した。言葉を紡ぐ精神的な余裕もなく、半ばひったくるように受け取ると、宗太はすぐに目を通した。
書類に記されているのは、御神楽惣介という人間の情報。魔力量などの魔術的な技量に関するものから、所属していた魔術結社。そして、現在は行方不明であるという旨など。
「本腰を入れて捜査しなくても、データベースにアクセスしただけでそれだけの情報が得られます。仮にあなたが連盟の一員となって下さった場合には、専属の調査委員会を設立することをお約束しましょう」
そこまで告げてから、神代は情報を整理する時間を与えるかのように沈黙した。宗太は幾度も紙面に視線を走らせ、内容を記憶に焼き付ける。
そして、顔を上げないまま、発した自分でも驚くほど平坦な声で、ポツリと呟いた。
「……何をさせたいんですか?」
ギブアンドテイクという言葉を知らないほど、宗太も子供ではない。神代の誘いを受けたその先には、それ相応の対価が待っている。
神代が唇の端を吊り上げる。それは、愚かな人間との契約に臨む、悪魔の嘲笑にも似ていた。
「拝見させて頂きましたよ、あなたが叩き出した、あのとんでもない記録。あなたは未熟ですが、他のどんな魔術師にも叶わない可能性を秘めた種子でもあります」
「傍迷惑な才能に恵まれてるのは自覚してますけど、大袈裟ですよ」
「私は正当な評価だと思いますがねぇ。そして、ウチのトップも同じ考えです。私達の下で才能を開花させ、ゆくゆくはこの世界の安定を乱す存在への抑止力となって頂きたい」
本当に大袈裟だ、と宗太は顔をしかめる。
優秀な戦力を擁するということは、それだけで様々なことを有利に働かせる。たとえるなら、核兵器という存在が、兵器としてだけではなく、政治のカードとしても機能するように。
神代の言葉は宗太にその役目を負えと告げるものだった。宗太にとって、自分は師匠に怒鳴られ、どつかれるだけの未熟な魔術師以上のものではない。相手を間違えている。
普段なら、こんな分不相応な依頼は一考の余地もなく断るだろう。だが、支払われる対価の誘惑は宗太にとって抗い難いものだった。
安寧を捨てて、魔術師になることを選択した理由の全て。それを叶える手段が思いも寄らない近くに存在する。蟻が蜜に群がるかのように、宗太の胸中は惹き付けられていた。
「どうなされますか? 私共としては良い返事を聞きたいのですが」
「…………」
思考がグルグルと螺旋を描く。頷きたい思いに、何か拮抗する影があった。その正体を探る内に脳裏を過ぎったのは、酒乱な師の姿。
はぁ、と内心で嘆息する。
「すいません、お断りします」
勿体無いなぁ、ホント。
目を見開く神代を眺めながら、宗太は項垂れる。理想への近道が閉ざされる音が、確かに聞こえた。
驚愕を面に顕す神代は、それでもすぐに余裕めかした笑みを取り戻して、尋ねてきた。
「あらら、理由をお聞かせ願えますか?」
「んー、まぁ、理由というほどではないんですが……」
ポリポリと頬を掻きながら、気負いなく宗太は告げた。
「『あんたは他の誰でもない、あんたのための魔術師でありなさい』ってのが、師匠の口癖で……色々と駄目人間な人ですけど、一応、弟子のことを考えてくれる師匠ではあるんで、ここは素直に従うのがいいかなー、なんて」
神代の誘いを受けることは、魔術という力を政治の道具として使うことと同義。それは宗太にとって抵抗を覚えることだった。
脆弱な人間が、それでも望みを叶えるために願い、研鑚し、積み上げてきた希望そのもの。それが魔術。故に、それは自身の純粋な願いのために扱われるべきもの。
リゼリアという、魔術の果て無き可能性を追求する存在が身近に居たが故に、宗太はその流儀を確かな実感として胸に抱いていた。
性格は破綻しているが、宗太はリゼリア以上に賢い人を知らない。
彼女が言うのなら、どんなに遠回りに見えても、それが最適解なのだろう。
「そう……ですか」
他人に依存しているだけの回答に呆れるかと思ったが、神代は意外にも笑みを浮かべていた。それは交渉のために作った笑みではなく、純正の、何処かに明るい感情が混じった笑み。
何が彼にそんな顔をさせているのか、宗太には不思議で仕方がない。だが、神代はかえってすっきりしたかのように、軽快な声を上げた。
「麗しい師弟愛ですねぇ。羨ましいですよ、本当に」
「は、はぁ……」
気恥ずかしさが込み上げてきて、宗太はそれを誤魔化すように微苦笑を浮かべた。だが、眩しい物を見るような神代の視線は途切れず、堪らない居心地の悪さが体を突付く。
そこに現れた助け舟は、店主の豪放な声だった。
「ほい、お待たせ! ゆっくりしていきな」
ドン、と卓上に置かれる香ばしいキツネ色のフライが乗った大皿と、氷と水が入った二つのグラス。
それを見るや、神代は元のヘラヘラした笑みを浮かべて、言った。
「おお、いつもながら美味しそうですねぇ。さて、頂きましょう」
「あ、はい」
神代が掲げたグラスに、宗太は自分のグラスを触れさせる。チン、と涼しげな音を聞いてから、宗太は一気にグラスの水を呷った。妙な緊張状態が続いたせいか、ひどく喉が渇いていた。
そして次の瞬間、嚥下しかけた液体をブ―――ッと吹き出した。
喉に残る、焼け付くような感覚。
普通に、酒だった。
今回登場した神代は何気に超重要人物です。