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09.火種

思ったより、早く書き上がったので投稿します。でも、その分短めで文が荒いかもです。

 路地裏を温い風が吹き抜ける。

 フラウと名乗った道化を前に、宗太は右手をそっとズボンのポケットに入れる。


「魔物……ね」


 神経を研ぎ澄ませ、辺りに人の気配がないかを探る。風が建物の外壁を叩く音がひどく耳障りだった。

 一瞬だけ、足下で倒れ伏す男性に視線を落とす。


「ってことは、この人もアンタが?」


「御明察。こう見えても、私、多芸な方でございまして。生き物を己が傀儡とする術を有しております」


「ったく、悪趣味だな」


 顔を顰めつつ、宗太は男性の首に光る『それ』を引き抜いた。

 長さ五、六センチ程度の銀の針。裁縫針より少し太い程度のそれには、よく見ると繊細な文様が刻まれている。


「媒介はこれだろ? 相手の魔力を乱して催眠状態にするとか、そんなところか?」


「クスクスクス、二度目の御明察ですねぇ。概ね当たりです。私は《傀儡のパペット・メーカー》と呼んでおりますが」


 楽しそうに、愉しそうに、道化は笑う。

 まるで蟻を潰して喜んでいる子供のような表情は不愉快極まりない。宗太は手にする針を投げ捨て、踏み砕くと、口の中で二つの言霊を唱えた。

 一つは小アルカナ《剣の五番》。もう片方は大アルカナ《力》。

 烈風が五本の剣を紡ぎ、圧倒的な剛力が四肢を満たす。

 衛星のように自らの周囲を浮揚する剣の一振りを手に取ると、宗太はその切っ先をフラウへ突きつける。


「尻尾巻いて逃げるなら見逃す……って言っても無駄かな?」


「そうでございますねぇ。せっかく《魔神》殿とお会いできたのです。そのような勿体無い真似ができようものですか」


 おどけた口調を継続しつつも、フラウは視線を宗太の魔剣達へと向けている。不退転ということか

 面倒事は避けるに限る。それだけに、さけられない時は鬱陶しいこと極まりない。宗太は諦念の溜息を一つ吐くと、剣を持つ右手を前にした半身に構える。


「《魔神》……ね」


 前足の大腿部に力を込める。ピシリとアスファルトが悲鳴をあげた。


「そう呼ばれるの嫌いなんだよ」


 溜めていた力を一気に解放。前足を中心にアスファルトが放射状に砕けるほどの力で地面を蹴り、フラウへ突進する。

 本来、戦闘において隙も作らずに真正面から突っ込むのは愚策でしかない。相手にとっては、カウンターを狙い易い絶好の機会だからだ。

 しかし、魔術はその常識を軽々と踏み越える。カウンターを恐れるなら、カウンターが狙えないほどの速度と勢いで突っ込めばいい。肉体強化によって可能となる、極単純な発想。

 まして、路地裏の狭い道。この場において宗太の突進は、身動きのとれない者を列車で轢き殺す行為に等しい。

 左右への回避は不可能。受け止めようとするなら、それは無謀以外の何者でもない。

 しかし、相手とて人外の存在たる魔物。魔術師と同じく、常識の垣根を越える者なのだ。

 左右への回避が不可能な状況で、フラウはまるで自分だけ重力の枷を外したかのように、飛翔したのだ。


「言ったでしょう、多芸な方だと」


 回避されたことを悟った宗太が速度を緩めた途端、中空のフラウがその異様に長い腕を振るう。すると、玉乗りの玉のようなカラフルなボールが三つ、何処からともなく現れ、宗太へ殺到した。

 宗太は浮揚していた四つの魔剣の内の三本をその迎撃に充て、残る一本を先の突進を越える速度でフラウへと撃ち出す。しかし、それもフラウが空を蹴ったことでシルクハットを掠めるだけに終わる。

 しかし、それも想定の範囲内。


「解けろ!」


 フラウに回避された魔剣に一喝。主の声を受けた魔剣の刀身に、唐突にヒビが入った。

 ほんの一瞬、剣は内圧に耐えるかのように小さく震えた。そして、硝子の砕けるような澄んだ音と共に四散する。

 内包していた風を周囲に炸裂させながら。


「ガッ……!」


 爆弾が破裂したような風圧を真上から受けたフラウが、苦悶の声と共に地面に叩きつけられる。一瞬、その表情からおどけた色が消えたのを見て、微かな爽快感を得る。

 しかし、それに浸って好機を逃すような真似はしない。手元の剣を強く握り、体勢を崩したフラウへ斬りかかる。


「ラァッ!」


「クッ」


 袈裟懸けに切り下ろす刃が左の肩口を切り裂く寸前で、フラウは赤と白の縞模様の長いバトンを取り出し、剣閃を受け止めた。

 ガキィ、と硬質の物体同士が擦れる嫌な音。構わず、宗太は剣を引き戻すと、フラウと高速の剣舞を演じる。

 一合、二合、三合、切り結び、やがて宗太の剣がバトンを半ばから分断した。防御の手段を失ったフラウの手足に、宗太は剣撃を見舞おうとする。

 しかし、刃がフラウを捉える寸前、今度はポンと間抜けな音と共に、ショッキングピンクの煙を噴射し、フラウの体が唐突に弾けた。


「っ……!」


 目くらましか。

 手元の剣を弱い風に解くことで、煙を吹き飛ばす。しかし、その場にフラウの姿はない。

 逃げられた。そう思って、眉根にシワを寄せるのと同時、後方五メートルほどから、ポンッと聞き覚えのある音が響いた。

 振り向くと、目に入るのはショッキングピンクの煙。それが晴れた時、中心にフラウが立っていた。


「変わり身の術、みたいなもんか?」


 忍者かよ、と半ば呆れながら呟く。多芸を自負するだけのことはあった。

 一方のフラウは白々しい仕草で顎に手を当て、首を傾けている。


「ふーむ、近接戦は分が悪いですねぇ。いやはや、これでも飛んだり跳ねたりは苦手なものでして、ここからは少々戦い方を変えさせていただきます」


「負け惜しみならやめときな。人様に二度と迷惑かけないって誓うなら、見逃してあげるからさ」


 挑発の意味も込めて蔑みの笑みを口元に浮かべつつも、宗太は待機させていた三本の魔剣を周囲に呼び寄せる。

 恐らく、フラウの言葉はハッタリではない。直感でそう感じた。


「まさか。私、こう見えて意地汚い性質でしてねぇ。口をつけかけた食事をお預けにされるのは耐えられません」


 先の劣勢は様子見のつもりだったのか、余裕のある表情でフラウは嘯く。

 フラウの力の全貌は未だ見えない。しかし、宗太に不安はなかった。


「とはいえ、本気を出していただかねば少々興に欠けますねぇ。随分と火付きの悪いご性格のようで」


「そりゃ、こんな面倒なことにいちいち力んでられないって。早く帰って飯食いたいんだよ、俺」


 そう、本気でないのは宗太も同じ。そもそも、主力級のカードはまだ一枚も切っていない。

 冷静に戦えば負けることはない。故にただ熱くなりすぎないことだけを心がける。

 だが。

 その冷静さは跡形もなく、掻き乱されることとなる。


「クスクスクス。では、少しやる気の出るお話をさせていただきましょうか?」


「ん? 手短にな」


 挑発的な言葉を軽く受け流すと、フラウはさも愉快そうな笑みを延々と漏らし始める。

 それが十秒も続いただろうか。もう斬りかかっちゃってオッケーかな、これ、とウンザリし始めていた宗太に、フラウは酷く鮮明な声で言った。


「貴方のお姉様のこと、聞かせていただきましたよ」


 姉。

 その短い単語に、頭の中が真っ白になる。


「性質の悪い呪いを背負っていらっしゃるようで。ご苦労お察し致しますよ」


 まるで、沸騰する直前の湯のように、激情の気泡が精神の深い処から湧きあがってくる。

 そして、最後の言葉でそれは理性で抑え付けられる許容量を越えた。


「御神楽殿が貴方によろしく伝えてくれ、と仰っていましたよ。早く殺しにこい、ともね」


 頭の奥で、何かが切れた音がした。

 業火のような感情が止め処なく溢れてくる。しかし、それに反して零れた声は酷く温度の低いものだった。


「あいつの居場所を知ってるのか?」


「ええ、知っていますとも。もっとも、お教えするわけにはいきませんが」


「そうか」


 一度、小さく息を吐く。まず浮遊する三本の剣を風に解いた。そして、ポケットから数枚のタロットカードを抜き取ると、濁流のような激情をどうにか飲み込み、平坦な声で言った。


「なら、吐くまで切り刻む」


 言霊を呟く。

 顕現するは宗太が扱える中で最強の小アルカナ《剣の十番》。十本の風の魔剣。


「喋るまで、焼き続ける」


 もう一度言霊。

 《審判》の焔が宗太の背後に現れ、焼け付くような熱気を放つ。


「んで、白状した後は殺してやる。元の形が分からないくらい、バラバラにして」


 最後の言霊。

 《愚者》の札は竜巻を顕現させ、触れるもの全てを切り刻む。

 十の剣と、業火と、暴風。それは宗太の憎悪と殺意と悪意と害意、全ての負の思念の象徴。

 壊す、嬲る、害する、砕く、斬る、燃やす、裂く、刻む、焼き尽くす、殺す、殺す、殺す。


「これはこれは……なるほど、なかなか良い火種をお持ちのようで」


 それを前にして尚、フラウは笑っていた。まるで、遊び狂う無垢な幼子の如く。

 馬鹿な奴だ。

 これからお前は生れ落ちたことを延々後悔し続ける運命だというのに。

 指先をそっとフラウへ突きつける。剣の切っ先を向けるように。

 そして、殺意の全てをフラウへ殺到させようとした時。


「ふーむ、気が変わりました」


 鼻歌でも歌い出しそうな気軽な口調で、フラウが言った。

 そして、宗太が眉を顰め、一瞬動きを止めたその瞬間、先と同じボールを顕現させて、見当違いの方向へと投擲した。

 放物線を描き、宗太の背後に落ちるその軌道。意図が読めず、何気なく視線を向けた宗太は気付いた。

 ボールが向かうその先に、操られていた男性が倒れ伏していることに。


「っ!」


 咄嗟に、魔剣でボールを切り裂き、男性の身を守る。しかし、それが致命的な隙になった。


「貴方はもう少し、じっくりと味わうことにしました」


 その声に慌てて視線を戻すと、フラウは空高く浮遊していた。宗太の殺意がギリギリ届かない所まで。

 何か魔術を使っているのか、二人を隔てる距離を飛び越えて、粘つく声が宗太に届く。


「ですから、私が満足するまでは踊り続けてください。貴方は愉快な道化になりそうだ」


「っ、待て!」


「それでは、ごきげんよう」


 それだけ言って、フラウは宗太に背を向ける。そして、高く、高く、やがて視認できない大空へ消えた。

 空を飛ぶ相手を追う手段はない。仕方なく、顕現させていた魔術を解いた。

 訪れる静寂。それが、ひどく虚しい。

 そっと、フラウの消えた届かぬ空を睨む。拳を握る宗太の手から、ポタリと血の雫が零れた。






 逃げ出すように路地裏を後にすると、その後は逆に違和感を覚えるほどの『いつも通り』の日常が待っていた。

 しかし、表面的な平穏に対し、内心は穏やかではない。簡単に我を忘れた挙げ句、呆気なくフラウを逃がした自分が情けなくて仕方がなかった。

 ファミレスでの食事はただの機械的な栄養摂取に成り下がり、帰り道はどのように帰ったか覚えていない。

 帰宅すると、時刻はすでに九時を回っていた。戦闘で汗ばみ汚れたティーシャツを着替える気にもなれなくて、宗太はテーブルの椅子に身を投げ出すように座り込んだ。

 天井を見上げる。何もする気にならない。だが、自室に引き篭もって眠る気にもなれなかった。

 二階には、『あれ』がある。今はなるべく近づきたくなかった。


「く……そ……」


 それは呻き声に近かった。言葉としての意味を成していない。ただ、あらゆる負の感情が溶け込んだ無意味な呟き。

 心が磨耗しきっている。体が重い。無力感に苛まれて、死にたいとすら思った。

 いや、もし何の責任もない身軽な身の上だったとしたなら、実際に首を括っていたかもしれない。唯一つの死ねない理由だけが、生きている意味だった。


「…………寝るか」


 体は休めておかねばならない。自分のためではなく、その理由のために。

 それでも二階に上がる気力は湧かず、このまま椅子で眠ることにした。とりあえず、電気を消そうと立ち上がる。

 その時、電話機の留守番電話を知らせるランプがチカチカと点滅していることに気付いた。


「ん?」


 気を紛らわせることも兼ねて、電話機の留守電再生のボタンを押した。

 途端に響く、聞きなれた声。


『宗太? 私、明日香。えっと、試験はどうだった? 帰ってきたら連絡して』


 不意打ちだった。

 打ちのめされた心が誰かを求めていたのかも知れない。留守電を聞き終えた途端、宗太の指は明日香の家の電話番号をプッシュしていた。

 コール音が三回。そして、声。


『もしもし?』


「あ、明日香か? 俺」


 平静を装った声で、電話口の向こうにいる明日香に呼びかける。途端に、熱の篭った声が返ってくる。


『あ、宗太!? 試験どうだったの?』


「あー、まぁ、多分合格かな。結構できたよ、うん」


『ホント? なら、来れるよね、ウチの学校』


「そりゃ、合格すりゃ、行けるだろ。明日合否の通知が来るって言ってたけど、多分大丈夫だよ」


『よかったぁ……心配したんだよ、ホントに。なんか、いい加減な感じだったから』


「だから言ったろ? 大丈夫だって」


『だって、宗太っていっつも大丈夫って言うじゃない。信用できません』


 焦ったような、安心したような、嬉しそうな、おどけたような。

 声が耳から体全体へ染み渡る。自分が驚くほど安らいでいるのを、宗太は感じた。

 そして、同時に罪悪感を覚えた。

 結局、また都合良く扱っている。

 幼馴染を。

 大好きだった女の子を。

 弱い自分の逃げ場所として。

 深い、深い、深い、自己嫌悪の嵐。


『あ、ねえねえ、編入先のクラスとか分かる? もしかしたら私と……』


「いや、そこまでは。ってか、大丈夫だとは思うけど、まだ合格って決まったわけじゃないからさ。気が早いって」


 思わず苦笑しながら言うと、照れ臭そうな笑い声が聞こえた。受話器を耳に当てて、嬉しそうな顔をしている様子が容易に想像できる。それが、自己嫌悪に拍車をかけた。


『そっか……でも、大丈夫なんでしょ? また一緒に学校行けるよね』


 なぁ、明日香。どうしてそんなに嬉しそうなんだよ。

 二年も待たせたんだぞ?

 こんな、体良くお前を利用してる奴なんだぞ?

 弱くて、臆病で、何にもできないちっぽけな奴なんだぞ?


「そう……だな」


 ずっと、このまま話し続けていたい。その感情を殺し尽くす。

 代わりに、上辺だけ平常通りを装った声で告げた。


「んじゃ、切るぞ。試験のせいで眠いんだ」


『あ……うん、そっか。じゃあお休み。しっかり休まなきゃダメだよ?』


 名残惜しさの隠しきれていない声で明日香が言う。最後にじゃあな、と締め括って、受話器を置こうとした。

 その時、微かな声が漏れてきた。


『あ、待って。あのさ、合格したら一緒に――』


 聞こえないふりをする。

 躊躇いを押し切って、受話器を置いた。そして、電話機に背を向けて、部屋の電気を消した。椅子に座り、目を瞑る。

 きっと、未練たらしく夢に見てしまうだろうな、と思った。

 明日香との一分にも満たない短い会話を。


宗太が異常に暗いです、はい。この章が終わるまでは何度かこんな感じに根暗になります。

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