遺言書 壱の2
「あ、あの、遺言状の件で依頼したものなんですが」
「お、お待ちしておりました。こちらにどうぞ」
女性をソファーに案内。
伶琉は絢斗の隣に移動して座る。
「えっと、それで、あの…」
女性が不安そうに、絢斗の方に目を向けていた。
それに気づいた伶琉が小声で
「顔怖いぞ。依頼相手を怯えさせるな」
と言う。
「ごめんなさいね。この人は表情が冷たいだけで、」
根が怖いとか悪い奴ではないんです。
絢斗の表情の弁解をする伶琉。
「気になさらないでくださいね」
依頼人も伶琉の言葉に、
少しだけだが安堵したようだ。
さっきまで怯えていた表情が少し穏やかになった。
「はい、それで依頼の件なのですが」
「はい、依頼内容は読ませてもらいました」
しかしだ、情報はあるに限る。
もう少し具体的に聞きたいと考えていた。
そのため、もう少し詳しく伺っていいか尋ねる。
「もちろんです」
と依頼人は首を縦に動かす。
この女性は如月麟と言うらしい。
今回の依頼は、両親に関するものという。
2週間前に両親が他界した。
彼女は俗に言うお金持ちの家庭らしい。
言いにくそうではあったが、
1番上の兄以外は皆、仲が良いという。
伶琉はお金持ちという言葉を聞くや否や、
依頼人の服装に目がいく。
確かに依頼人は結構なハイブランド系の、
ものばかりを身に付けている。
「両親が亡くなった後に分かったのですが、」
「はい」
「数十億という遺産があるらしいのです」
「わお」
その事を数日前に執事から聞いたらしい。
(数十億か。そりゃすごい大金だこと)
「それでどうするかと私達兄弟姉妹の間で話になりました」
それはなるよなと伶琉は思ってしまう。
「執事から聞いたので執事に遺言書を預けているのでは?と思ったんです」
執事がいるとなると、本当のお金持ちだ。
「でも預かってないと言われ、」
そもそも遺言書が存在したのかさえも分からないと。
「なるほど、それで遺言書があるのかを調べて欲しい」
と、言う事であってますよねと問う。
依頼人は首を縦に振り、ハイと答える。
だが、伶琉は不思議に思った。
相続人全員で遺産の分け方を話し合おう、
とはしないのだろうか。
その方が手っ取り早いはずと思われる。
それに、大した金額ではないかもしれないが…
わざわざここに、
頼まなくても良いのではと考えてしまう。
「ですが遺言書がない場合は、子どもたち同士で話し合うとか」
「確かにその方法もあるのですが、」
「?」
「その、何と言うか、、」
(あ、そうだったな。長男だ)
依頼人は言いづらそうな顔をした。
「兄弟姉妹間の仲があまり良いとは言えなくてですね」
伶琉はやっぱりかという顔をする。
依頼人は少し俯き、
兄弟姉妹構成を話し始める。
「まず、私と同じように遺言書を探して」
それに従ってと思っているのが、三女と次男なのです。
と、平和的解決を願う人達という事か。
(できるなら、平和的に解決か〜)
ただ、長女はあまり興味がないという。
そのため勝手にして良いと、それだけ。
お金に執着しない長女という感じ。
そして、1番の問題は長男の兄だ。
長男は自分が1番で、
遺産の50%を自分のものに。
と、考えているらしい。
(長女は傍観者、長男は自分勝手か。でも、なんか)
伶琉には、長男はただの自分勝手な人。
というわけではない感じがした。
ただの直感だ。
そう、ただの直感。
「1つお聞きしたいのですが、長男さんとご両親は、何か喧嘩でも‥?」
「まぁ、そうなりますよね」
長男が遅めの思春期を迎えて以来、
ずっと険悪状態という。
その頃から依頼人の姉弟(私達)にも、
冷たく当たっているという。
思春期の期間は仕方ないかとも考えていた両親2人。
しかしあまりにも険悪な状態が続くため、
両親は少し諦め気味に。
長男以外を可愛がり、
長男は少し蔑ろ的な感じになっていたという。
「それで、長男の性格は自己中心的な性格へ。というわけですか」
「はい。それに、今でもその状態がですね」
それでも両親は時々、
依頼人やその他の弟妹に頼み事をしていたらしい。
一人暮らしを始めた長男。
その家に行き、料理や趣味などに使えるお金。
それらを、こっそりと渡してとお願いしていたらしい。
両親から渡されるより受け取ってもらえる。
そう考えて託していたという。
そして両親は誕生日にプレゼントもあげていた。
しかし長男が今でも持っているかは、分からない。
もしかしたら、捨てているのかもしれない。
それを聞き、伶琉は少し切ない気持ちになる。
ご両親は長男との関係性を修復しようと、
自分たちなりに頑張っていたんだ。
それでも伝わらなかった。
人と関わることは難しいと言う。
それは家族であっても。
そして血は繋がっていても。
家族は家族でも、自分は自分。
"結局は他人だ"
(関わるという事は難しいことだな)
そして寄り添うことも。
寄り添おうと2人は頑張っても、
相手に拒否られてしまえば寄り添えない。
「なんとなく分かりました。それでそのご遺体は」
依頼人は申し訳なさそうに言う。
「お通夜、葬式、火葬も終わってしまいました」
伶琉は、そうですよねという顔をする。
(まぁ、当たり前か)
「では、生前ご両親がよく使われていた物。大切にされていた物などは、今持っていたりします?」
伶琉の言葉に依頼人は、
何かを思い出したかのようにハッとする。
鞄の中身を漁り、いくつかの物を机に出す。
物の中には髪の毛が小さめのビニールに入っていた。
今まで黙って話を聞いていた絢斗。
それを見た途端、驚いた小さな声を発する。
(まぁ、そんな反応になるよな)
と伶琉も絢斗に同感の反応をする。
誰の髪かなんて二択でしかない。
自分の大切な人の髪を集める趣味。
伶琉は、世の中には変わった趣味があるのだなと考える。
しかし、そう考えてしまうとその髪から目を離せなくなる。
すると、その二人の視線に依頼人が気付く。
『あ、、』と、つい口に出し状況を察した。
「あの、違いますよ!確かにこの髪の毛は両親である母の髪ですが、趣味で持っているとかそういう変態とかでは無いですからね!」
顔を真っ赤にして立ち上がる。
誤解を解くよう、早口に説明をする。
依頼人の話によると、如月家は普通では考えられない仕来りがあるらしい。
その仕来りとは。
亡くなった人の髪の一部を数本でもいいから切り取る。
というものらしい。
これだけでも少し引いてしまう2人。
その髪を小さめの袋に。壁にかけてあるピクチャーフレームに入れる。
写真の後ろに見えないように貼り付ける。
という内容の仕来りらしい。
それと父親の髪は、家の写真の裏に貼り付けてあるらしい。
母親の髪はもしかしたらと思い、持ってきたという。
正直、どちらの髪でも良かったと話す。
結局は何となく持ってきたという結論だ。
伶琉はニコッと笑い、『大丈夫です。わかりました』
と落ち着かせるように丁寧に接する。
◇◇◇
伶琉は絢斗を肘で合図するようにつつく。
察したのか絢斗は立ち上がり、緑茶を注ぐ。
火照った顔の赤みが落ち着くようにと思い、依頼人に出す。
「これでも飲んで、少し落ち着けばいい」
絢斗は先程まで座っていたソファーにもどる。
「あ、ありがとうございます」
依頼人はお礼を言い、出された緑茶を飲む。
伶琉は絢斗に、暖かい視線を一瞬だが、向けた。
テーブルに出された物は、腕時計、メガネ、ペアのネックレス、髪の毛。
そして家族写真だった。
その家族写真を見ると少し古いという事が分かる。
古いと言っても多分5〜10年ぐらい前だ。
写真の写っている頃は、仲が良い家族のように見える。
この数年のうちに何があったのか詳しいことは知らない。
知っていると言えば、今聞いた思春期程度の話だ。
その他にも色々あったのだろう。
だが、自分には関係ない。
依頼人の両親が残した遺言書を探す。ただそれだけ、それだけだ。
絢斗は自分に言い聞かせるように考える。
「この中で、1番思い入れがあるのは」
依頼人は母ならば髪とメガネ、父なら腕時計と言う。
分かりやすいように、指で指し示す。
また両親二人共の思い入れがあるのはネックレスと説明する。
テーブルの手前に出してある物達を、中央にスライドさせる。
絢斗はネックレスに視線を向け、了承を得る。
そして、3階の自室へ行った。
◇◇◇