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草原の町アイモーゼン

 名物の話を聞いた僕は自分も空腹だったことを思い出した。


 もはや、隣で鳴り続けているじいちゃんのお腹の虫より、その名物の方が気になる。


「じいちゃん! その名物ってなんなの?」


「ガハハハッ! それはシトリンゴートの串焼きと言ってじゃな……うむ、いや! 町に着いてからの楽しみじゃな!」


 じいちゃんのはしゃぎようからして、シトリンゴートの串焼きという名物はとても期待できそうだ。


 涎をすすり、ニヤける顔、名物の名前を言わずもったいぶる感じ、これだけ揃えば僕の期待値も自然と上がる。


「シトリンゴートの串焼き、早く食べたいなー!」


「じゃな!」


 そんなことをやり取りをしながら、シュタイナー公爵が治めるアイモーゼンという町に向かっていく。


 徐々に町の入口が見えてきた。


 領主が居ている町ということもあり、道中ですれ違った人の数より、目の前を歩く人の数の方が多い。


 道の先には、僕ら以外にも馬に跨る旅人、荷馬車を引く行商人、鎧や剣を身に着けた冒険者達が町へ入っていく様子が伺える。


「活気があるね! じいちゃん!」


「ああ、ここは比較的安全な地域だからのう! 旅の疲れを癒す目的で立ち寄った冒険者やその冒険者相手に商いを考えている商人も多いんじゃ」


「そっか、だから魔物の姿が見えないんだね」


「うむ。そうじゃな」


 町全体が草原に囲まれており、その後ろには大きな山々があった。


 ちなみにスレイプニルはお留守番だ。


 というか、よっぽど周辺に生えている草が美味しいのか、それとも何か特別な理由でもあるのかよくわからない。


 だが、僕の言うことはおろか、じいちゃんの言うことも聞かないのだ。


 いや、もしかしたらじいちゃんと一緒に居たくないという可能性もあるのかも知れない。


 とにかく理由はどうであれ、その場を動こうとしないので、彼は馬車と一緒に近くの木陰へ置いてくることになった。


 本来であれば、荷馬車と馬をこんなあまり人の気配がない草原に置いておくなんて、盗賊や魔物からしたら、いいカモに違いない。


 だというのに、じいちゃんは全く心配していないらしい。


 まぁ、じいちゃんがそういうのならきっと大丈夫なのだろう。


 それにスレイプニル本人が動きたがらないのだ。


 僕も彼の意志を尊重しようと思う。


 そんなことを考えながら歩みを進めていると、じいちゃんが歩みを止めて声を掛けてきた。


「よおっし、着いたぞ!」


「えっ! もう着いたの?」


「さては……また、考え事しておったんじゃろう?」


「な、なんでわかったの?」


「なんでもくそも、お主の顔に書いておるじゃろう……スレイプニルが心配じゃとな」


「バレてた!」


「当たり前じゃ! とにかく大丈夫じゃから。ほれ、入るぞ」


「う、うん!」


 まさか鈍感力の塊だと思っていたじいちゃんが、考え事していることに気付くなんて……少し驚きだ。


「ほれ、手を――」


「えっ、あ、うん……」


 僕はじいちゃんに手を引かれて目的の町であったアイモーゼンに入った――。




 ☆☆☆




 草原の町アイモーゼンの中。




 この町は、領土が獣人の国と面していることもあり、頭にふさふさの耳、お尻には長いしっぽを生やした獣人の人達。


 それに、何かの作業を終えたであろうつなぎ姿の人たちもいた。


 建ち並ぶお店や住居は、とんがり帽子のような屋根をした赤煉瓦の建物だ。


 そんな町に入ってすぐ、神々しい真紅色をした羽の生えた魔物? の像が噴水真ん中で佇んでいた。


 正直、違和感しかない。


 広大に広がる山々のバックにド派手な真紅色をした羽の生えた魔物の像。


 一体どんなセンスの人がこの像を設置するのだろう。

 

 真剣に像を見つめていたらじいちゃんが声を掛けてきた。


「なんじゃ? あれが気になるのか?」


「いや、だって……あの魔物この場所に溶け込んでないよ?」


「ガハハハッ! それはそうじゃな! 違いない!」


「でしょ? 誰かわかんないけど、あんなのを置くのはよくないと思う」


「ふふ、そうじゃな! じゃが、あれは魔物ではなくてはな――」


 その指摘を聞いたじいちゃんは、お腹を抱えながら、町の景観を損なっている像について解説してくれた。


 じいちゃんが言うには、遥か昔、町の後ろにある山々を棲み処とする燃え上がるような赤い体をした不死鳥フェニックスという神獣が住んでいたという逸話があったようだ。


 それを真に受けたシュタイナー公爵が自分の家の家紋とし、町で一番目のつく噴水のど真ん中に神々しく輝く真紅の像を設置したらしい。


 なんというか、そんな事で自分の家紋を決めるなんて物好きな貴族の人もいたものだ。


 きっと変わった人に違いない。


 よくわからない骨董品とか集めているとか?

 

 あとは……。


 無駄に迷信とか、人を信じやすいとかだろうか?


 だが、そんなことよりも気になることがあった。


 それはこの町に入ってから漂ってくる独特の香り。


 これがじいちゃんの言っていた名物に違いない。


 その香りの先にはより一層活気に溢れた街の大通りがある。


 ヒクヒクと動く鼻。


 じいちゃんがそんな僕の状態に気付きニヤリと口角を上げながら見つめてくる。


「ふふっ、いい匂いじゃろー!」


「う、うん。いい匂いだね……」


「ん? なんじゃ? 匂いを嗅いでいたのがバレて恥ずかしがっておるのか?」


「い、いや……まぁ……その……うん」


「ガハハハッ、大丈夫じゃ! この匂いを前にしては縄張り争いをしている魔物ですら、その諍いを止めるとも言うくらいじゃ!」


「えっ!? そうなの?」


「ああ、じゃから細かいことは気にせずじゃ、ほれ! 食いにいくぞ!」


 じいちゃんは、恥ずかしがる僕の手を引き街の大通りに向かった。




 ☆☆☆




 アイモーゼン、大通り。


 荷馬車三台は通ることのできる道幅。


 右側には武器屋、防具屋、宿屋が、左側には色とりどりの野菜や果実が陳列された露店も立ち並んでいる。


 そこには冒険者や行商人、ここに住まう人たちが列をなしている。


 そんな賑やかな大通りの様子も気になるところだが、じいちゃんのいうシトリンゴートの串焼きの匂いの方が色々と凄い。


 まだお店の影も見えていないというのに、匂いを嗅ぐだけで涎が溢れてくる。


 じいちゃんの言う通り、縄張り争いをする魔物ですらその諍いを止めると言うのも納得できる。


 この先にあるシトリンゴートの串焼きなるものは間違いなく美味しい。


 でも、同時に思った。


 シトリンゴートとは一体何なのだろうか? と。


 間違いなく魔物だとは思う。


 だが、もしそうなら――。


 じいちゃんと一緒に獲ったりするヌルヌルした緑色の美味しくない魔物肉という前例もある。


 あの魔物も焼いている時はいい匂いがするからだ。


 だから、この匂いだけでは判断がつかない。


「じいちゃん、そういえばシトリンゴートってなに?」


「ああ、シトリンゴートって言うのはじゃな、この土地特有の魔物でな――」


 と言うと、じいちゃんはシトリンゴートについて教えてくれた。


 その話によると、この町は山が近いということもあり、山岳地帯のみに生息しているシトリンゴートが生息しているらしい。


 姿は白くモコモコした毛皮、決して当たっても、痛くない丸みを帯びた頭の両側から生える角。


 額には薄い黄色い魔石が輝いて、討伐する難易度Fランクと低く、衣服に使える毛皮、装飾品として加工できる角など素材として買い取ってくれる部分が多いので、冒険者界隈では人気を博している。


 それに何と言ってもその身は食すのに適していてとても柔らかいらしい。


 ただ、シトリンゴートの主食が薬草な為、独特の香りがあるようだ。


 でも、それがこの町のもう一つの特産品である風味豊かな岩塩(町の裏にそびえ立つ山々から採れる)と合わせると抜群に美味しくなるとか。

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