リターニア東部
――十日後。
僕とじいちゃんは、リターニア西部から馬車で移動し、このライン王国の三大公爵家の一つ。
シュタイナー公爵が治めるリターニア東部へ足を踏み入れようとしていた。
ちなみにこの道中でのじいちゃんの話によると、シュタイナー家以外の公爵家は二つの公爵家が存在しており、それぞれ治めている土地は国王であるロイ殿下により明確に分けられているようだ。
獣人の国アルフレザと面しているリターニア東部を治めるのはジークハルト・シュタイナー公爵。
ドワーフの国アイアンと隣接する西部を治めるのは僕の家系であるヴァートリー男爵家。
土地の八割が砂漠である南部を治めるのは勇者の師匠である剣聖ジフ・ジラット公爵。
ライン王国の領土リターニアで唯一海に面しており、ライン王国の貿易の要と呼ばれている北部を治めるのは商業ギルド元締めであるアート・モンド公爵といったように。
何故、男爵位であるヴァートリー家がリターニア西部を治めているのかだが、理由は色々とあるらしい。
冒険者時代にじいちゃんが手柄を立てたとか、なんとか……。
じいちゃんの口から明確な答えを聞く前に、領地の境に設けられた関所へと着いた。
「あ、話はまたあとでの」
「う、うん。わかった」
じいちゃんは、慣れた手つきで鈍く光る鎧を着た門番の男性に通行許可証を見せた。
「ほれ、これでよいかの」
「はい、大丈夫です! 確認できました」
通行証を確認した門番の男性は、僕とじいちゃんの組み合わせが珍しいのか、荷台にいる僕とスレイプニルの背に乗るじいちゃんへと視線を向けている。
「あの……そちらは?」
「ああ、孫じゃ!」
「そ、そうなんですね! お孫さんでしたか……。コホン、草原の町はもうすぐです。良い旅を」
門番の男性は、その答えに納得したのか戸惑いながらも笑顔で応じた。
その様子からしてじいちゃんのことを人攫いか、何かに勘違いしたに違いない。
確かに傍から見たら、怪しさしかないと思う。
自分でいうのもなんだけど、六歳くらい子供と二メートルほどの大きさのある強面の冒険者が一緒にいるんだ。
誰だってその関係性を疑うのが普通だろう。
まぁ、疑われた本人はそんなことに気付くこともなく、小さい魔物を食べられそうなくらい大きなあくびをして手綱を握っているけど。
そんなやり取りがありながらも、僕らは無事にシュタイナー公爵が治める領地へと足を踏み入れた。
☆☆☆
領地内は果てしなく草原が広がり、後ろには大きな山々が並んでいる。
リターニア西部と比べて、空気もカラッとしていて吹き抜ける風も心地良い。
「うわー、ひろーい! でかーい!」
僕は目の前に広がる壮大な景色に心を奪われていた。
「ふふっ、広いじゃろ」
後ろから聞こえたじいちゃんの声に反射的に振り返る。
そこには腕を組み自慢気な表情を浮かべているじいちゃんがいた。
まるで自分の手柄と言わんばかりの表情だ。
でも、じいちゃんの手柄と言っても過言ではない。
それは僕らこの土地に来た理由が関係しているから。
端的に説明すると、この土地の条件が今から行おうとしている魔力制御の修行に適しているのだ。
例えば、僕らが過ごしていたリターニア西部での修行するとしよう。
だが、その周辺は大中小さまざまな河川が存在しているので水属性の僕ではかなりの影響を受けることになる。
なので、西部ではなく、水辺の少ないリターニア東部を選んだようだ。
また、その他の地域については移動距離と時間が掛かってしまうから、その候補から外れたらしい。
実際、西部から馬車で移動すると北部なら馬車で二十日、南部も同じく二十日、そして今僕らがいる東部は十日となる。
なので、じいちゃんが態度で自分の手柄だと主張するのも頷ける。
それにしても当たりを見渡せど青々と生い茂る草、草、草だ。
あとは、大きな牙を生やした魔物がチラホラ居ている。
周辺にはその魔物を調教している人達だろうか?
「ヒュー!」と音の鳴る物を口に加えて魔物に指示を出しているようだ。
それに呼応するように「ブギィィ」と鳴いてその人達の後をついていってまわっている。
僕らは、この目の前に広がる草原の真ん中を突っ切り、少し大きめの木の木陰に馬車を停めた。
馬車を引いてきたスレイプニル(白銀の馬)は、見るからに栄養満点な生い茂った草を勢いよく食べている。
「美味しい? スレイプニル?」
その問い掛けに「ブルルッ!」と短い返事をしながらも、鮮やかな緑色をした草に夢中だ。
それもそのはずで、普通の人より大きなじいちゃん、僕と食料と薬草を積んだ馬車を一頭で丸二十日も引き続けているんだ。
きっと彼もお腹が減っているに違いない。
とはいえ、それは僕も同じだ。
身銭はじいちゃんが冒険者時代に稼いだお金しかないというのもあり、基本野宿で食べ物もすれ違う行商人から、安価で日持ちのする干し肉などを購入して生活してきたからだ。
しかし、そのせいでこの旅ではろくな物を食べていない。
印象に残っている物があるとすれば、行商人からおなじみ買ったカチカチのパンと干し肉。
それと食べ物ではないが、じいちゃんが行商人に直接売る為と言って採取し続けていた薬草なんかも印象に残っている。
ただ、今まで一回も行商人と取引しているところを見たところないのが一番の謎だ――。
疑いの目を向ける僕に対して、じいちゃんは「ちゃんと取引しとるから安心せい」と言っていた。
その時の挙動がいつもと同じように目を背けたりして怪しいので、絶対いつか問い詰めてやろうと思う。
そして、最後にというか、一番印象に残っているのはじいちゃんと、時には一緒に。
時には別々に。
苦労して討伐した僕らの主食で美味しくないの権化。
ヌルヌルした緑色の魔物、ペリドットフロッグの丸焼きだ。
だから、まともな食べ物があるであろう町に近くなると必然的にお腹が鳴る。
「ぐぅぅぅうう……」
「ガハハハ! 先に腹ごしらえじゃな!」
「えっ!? いいの? 修行は?」
「心配せんでもよい! それにほれ、腹が減っては戦はできぬというじゃろう!」
心の声(お腹の虫)を聞いたじいちゃんお腹を抱えながら笑っていた。
だが、その直後――。
「グォォォォオ……」という、お腹の底に響く低い音が鳴った。
そのあまりの大きさに僕と勢いよく草を食べていたスレイプニルの動きが止まる。
そして、お互いの顔を見つめ合った。
この旅の中で何度か聞いたことが特徴のある魔物が威嚇するような低音。
間違いなくじいちゃんのお腹の虫だ。
僕らはその音の主であろうじいちゃんの方を向く。
その視線を受けた瞬間、草原にじいちゃんの馬鹿でかい声が響いた。
「ガハハハッー!」
このリアクション、やはり僕とスレイプニルが考えた通り(実際、彼が考えたのはわからないが、きっと通じ合ったと僕は思っている)じいちゃんの腹の虫だ。
じいちゃんの腹の虫と馬鹿でかい笑い声を聞いた僕は呆れて何も言えなかった。
きっと同じように動きを止めていた彼も同じだと思う。
それは溜息のような「ブルルゥ……」という鳴き声を出していたからだ。
そんな僕らの態度に気づいたのかじいちゃんは腹が鳴った理由を話し始めた。
「いやー! この先の町では、驚くほど美味い名物があるからのう! それを思い出してしまい、腹が鳴ってしまったわ! ガハハハッ!」
名物……。
この町の名物は、じいちゃんが思い出してお腹の虫を鳴らすほどのものらしい。