生まれた日
僕の名前はリズ・ヴァートリー。
生まれてからずっとじいちゃんと白銀の馬スレイプニルと旅をしている。
今は、リターニア西部の雪深い草原にいる。
六歳となった今日、じいちゃんから話したいことがあると言われ日課である薬草採取を終えて、この寒空の下。
焚火で暖を取りながらその話に耳を傾けていた。
「リズよ。今から話すのが、お主が生まれた日の出来事じゃ。よいか、心して聞くんじゃぞ」
じいちゃんはいつになく真剣だ。
僕はいつもと違う雰囲気に疑問を抱きながらも頷いた。
「あれは現在から遡ること数年前のこと。外の景色が白銀となり、吐く息が白く色づく季節じゃった――」
多民族国家ライン王国のリターニア東部に位置するヴァートリー男爵家、屋敷内。
本来であれば生き物は寝静まり静寂に包まれる真夜中。
僕が生まれたらしい。
じいちゃん曰く、初めの子供にも関わらず、時間をかけることなくすんなり生まれてきた子だったようだ。
母はそんな僕を愛おしいそうに抱きかかえ、近くで見守っていた父は出産をした母を労い、二人して僕に語り掛けてくれたらしい。
「生まれてきてくれてありがとう」と。
もちろん、屋敷に仕えている人たちも、少し遅れて僕が生まれてきたことを心から祝ってくれたようだ。
僕は自分が生まれた時の話をじいちゃんから聞いたことにより、ぼんやりと父と母の顔を想像していた。
きっと優しい人達なんだろうと。
「じいちゃん、じいちゃん、僕はどっちに似てるのかな?」
じいちゃんは僕の顔をじぃーっと見つめ、ニコッと微笑むと「母にじゃな!」と答えそのまま話を続けた。
じいちゃんの話によると、僕の両親は各分野で才気にあふれた人たちだったようだ。
母は魔法や戦闘に長けており、元々冒険者であったじいちゃんと引けを取らないほどの実力を持っていたらしい。
じいちゃんが言うには「魔法なしであってもその辺の冒険者には負けん」とのことだ。
一体、それがどれくらいの強さの冒険者を指しているのかわからないが、僕は余計なことを言わず話を聞くことにした。
「そっかぁ……母さんって凄く強かったんだね!」
「ああっ! 凄く強かったのう! まぁ今も強いじゃろうがな!」
母を強いと褒めたことが嬉しかったのか、じいちゃんは懐かしむような笑顔を浮かべている。
じいちゃんと母の過去……特別な何かを感じた。
では、父はどんな人だったのだろうか?
母が強かったなら父も強かったのだろうか?
それとももっと凄い人だったのだろうか?
母の話を聞いたことで自然と期待値が上がる。
「じ、じゃあ! 父さんは?! どんな人だったの?」
「ふふっ、そうじゃな。では次はお主の父について教えるとしようかのう」
「うん! お願い!」
「では、お待ちかねのお主の父ついてじゃが――」
話の続きを催促する僕の様子が面白いのか、じいちゃんは微笑みながら話を続けた。
じいちゃんによると魔法や戦闘に長けている母に対して、父には魔法や戦闘の才能は全くなかったようだ。
ただ、それでも幼少期から大人になるまで僕のように冒険者に憧れていたらしく、努力の末。
何とか冒険者になることはできたらしい。
だが、その後。
結婚の機に自分の才能なさと家族のことを考えてじいちゃんから家督を譲り受け冒険者を引退したとのこと。
それでも父は腐ることなく、領主としての責務を全うしながら自分にできることを探し続けたようだ。
そして、元々、興味のあった魔石や魔力の研究を始め、今では王命を受けて首都フリーデで魔石の新しい可能性を研究を任されるまでになったらしい。
「父さんも、凄い人だったんだね!」
「ああっ! あやつらはほんと色々と凄かったからのう……」
両親の話をするじいちゃんはとても誇らしげな表情を浮かべていた。
僕自身もそんな凄い人達の元に生まれたことがとても嬉しかった。
たとえ顔や名前も知らなくてもだ。
本音を言えば、会ってみたいと思う。
顔だって見てみたい。
だが、じいちゃんがその名を口にしないということ。
僕が生まれてから旅をしているということは、言えない理由、会えない理由があるということになる。
誰でもわかることだ。
僕は視線を落とし焚火を見つめる。
そんな様子が気になったのかじいちゃんは雰囲気を変えるように「ゴホン!」と大きな咳払した。
そして、大きな手を頭に置くと話の続きを語り始めた。
「それからじゃが――」
僕が生まれた翌日。
魔力鑑定士と医師が屋敷を訪れた。
理由は、子供は未来の宝というライン王国の指針により義務付けられている簡単な魔力属性の鑑定と健康状態の確認、身体測定の為。
その魔力鑑定によると、僕の魔力属性はありふれた水属性。身体測定、健康状態も特に異常はなく、平凡と診断された。
「……ここまではよいか?」
全く良くないし、普通にショックだ。
色んな分野に才覚を発揮している両親の話を聞いたことで他人とは違う、何かを持っていると期待しながら話を聞いていたからだ。
「うん……わかったけどさ――」
じいちゃんは不満げな表情を浮かべる僕を見て頭にポンポンと手をやり話を続けた。
「まぁ、そんな落ち込むでない。お主が生まれた時、皆、お主の将来に期待をしてじゃな――」
その話によると僕が平凡と診断されても治めている領地の人たちや家族は事実をしっかりと受け止めくれたようだ。
他にもじいちゃんの知り合いや色々な人がお祝いに駆けつけてくれたらしい。
大きくなってからの楽しみが増えたという人。
きっと大器晩成する子だという人。
無限の可能性を持っているという人。
そんなふうに駆けつけてくれた人たちは、測定結果で差別などすることなく、無事に生まれてきてくれたことを心から喜んでくれたようだ。
この話を聞けて本当に良かった。
たとえ才能がなくても自分を認めてくれる人はいることがわかったからだ。
特別でなくてもいい。
今の自分が出来ることをコツコツ頑張ればいいのだと。
僕の父がそうしたように。
だが、じいちゃんはこの話を終えると黙り込み俯いた。
その視線は焚火に灯されオレンジ色の雪から少し顔出している植物を見つめている。
先程まで、楽しそうに懐かしむような雰囲気で話していたというのにどうしてこんなにも急に雰囲気を変えたのかな?
何か落ち込むところでもあったのかな?
困難を乗り越えた父の話を聞いて落ち込むどころか励まされたくらいなのに。
でも、目も合わせてくれない。
この話は僕が考えているより、深刻な問題なのかな?
「……じいちゃん、どうしたの?」
「……うむ、ワシは大丈夫じゃ。それより心してきくんじゃぞ」
じいちゃんは僕の目を真っ直ぐ見つめる。
その視線は真剣そのものだ。
「う、うん」
「……リズよ、お主の命は持ってあと七~八年じゃ」
じいちゃんの表情はひどく暗く、口をつむぎ口唇を噛みしめている。
きっとじいちゃんもこの残酷な事実を僕に言いたくなかったのだろう。
だから、少し前から様子がおかしかったのだと思う。
でも、僕自身も突然告げられた事実を理解出来ないでいた。
いや、理解とか以前に自分の耳を疑った。
それはついさっき平凡で目立った才能がなくても、僕が家族だけでなく、色んな人たちに祝福されて生まれてきたことを知ったからだ。
だから、今の今まで自分のことを何も知らなくても、僕の将来を信じてくれている人たちの期待に応えたい。
そして、父のように頑張ろうと思った。
だというのに、じいちゃんの言葉を聞いたことで頭が真っ白になった。
「えっ? 七~八……年……?」
「そうじゃな……」
じいちゃんは、僕に衝撃の事実を打ち明けた後、頭に手を置いて次の日の出来事も少し躊躇いながらゆっくりと説明してくれた。