グリ(モア)
令和某年8月、私が偽名を作ってから一日が経ち、サカキ市が天檻樹の結界により閉ざされてから今日で五日が経過したらしい。
昨日と同様、保健室のベッドで目を醒ました。黒を主とした動きやすい服装の少女が椅子の背もたれに抱き着く様に座りご機嫌な目付きで此方を見つめている。
「おはよーお姉さん、こんな時間まで寝れて平和だねぇ」
ベレー帽を脱いだベレーはそこから何かを取り出して私に手渡した、形が歪な大きなおにぎり、ラップに包まれている。
「これ今日の朝ご飯、家の痕跡を見た感じ何日も食べてないっぽいのにお粥とか非常食しかなくてごめんね」
そう言いつつ、指の間に挟んだコレと同じラップの塊を見せびらかして来た、平等を主張したいのだろう。
起きあがり蒸れた臭いがするラップを剥がしておにぎりを頬張った、米と海苔と酸っぱい梅の味、赤い果肉が中心からまるだしになっている。
「美味そうに食べるね」
「・・随分楽しそうに見るのね」
「まぁね」
何処か大人ぶった微笑みを浴びながらそれを食べ切った。
「ごちそうさま、美味しかったよ、ありがとう」
「・・作ったのは私じゃないけどね」
君がさっきのしたり顔とは別の笑みを晒している事は胸の内にしまっておくとして、残り二人の所在を突き止めておきたい。
廊下へ出て窓から見える駐車場に停まるどの車よりも大きな黒い車の側に居た。
「今、此処を離れる準備をしてるんだ、私達は防災用品とかを漁る為に学校を転々としながら被害状況や生存確認をしてて今から本部に帰還する・・ってキララさんが言ってた」
今、彼らは車の後方から見た目超えの膂力で段ボールを積んでいる、あれらが盗品だとすれば辻褄が合う。
そろそろ終わりそうかも、廊下の窓から様子を伺ったベレーはそう呟くと準備を私に促した。
着替え、整髪、メイク、朝のルーティーンは現状叶わない事柄なので、トイレに行く事しか出来なかった。
「あ、水道止まってるから小は小便器の方が目立たないよ」
・・流せない時点で大差ないだろう、トイレで用を済ませて何かを堪えるベレーと共に大人二人と合流した。
「・・お前、どうしてそんな笑いを堪えてんだ?」
「だってよ父さん、この人父さんと同じ事してィッ?!」
平手打ちで黙らせた。
長身長髪で白衣を靡かせる自称男、この小娘の親であるナグに視線を遣ると罰の悪い顔で目を逸らした。同じく元男、礼服を身に着けるお団子金髪のキララは動じず・・と言うより状況を読み込めていない感じだった。
「えー・・今から自警団本部に帰還する、ナグは助手席へ、ベレーとブランは後部座席で待機、運転は私が行う」
言われた通り車後部に向かう、大きな車の割に座席は二列だけで代わりに段ボールが一段びっしり積まれていた、端の方には何故か切り取られた鉄棒が置いてある。
「この段ボール全部、災害用品なの?」
「そだよ、何処の学校も三日分位の非常食を置いてあるらしいから単純計算で15日は持つっぽいけど、父さんコレ足りるの?」
「分からん、けど本来の目的は生存者の確認と衛生用品の確保だからな、前者の方は3日費やしたにしては・・だが」
助手席のナグは振り返り私に一瞥した。
「ブランさん、今から自警団本部・・市役所に向かいますが、この市街の現状を知ってもらう為に少しだけでも外の景色を眺める事を奨めます」
ルームミラー越しからの視線にナグが今まで私に対して醸し出していた生温かさは無かった。
ただ廊下から見た景色に変化は無く、目的地も現在地から脳裏でルート取りが出来る位土地勘があるので心構えもせず発進する車から外を眺めていた。
それが呑気である事を知ったのは学校が目視できる範囲の道路沿いの空き地に人が倒れていたから。
一画が畑として利用されているので一瞬マネキンの案山子かなと注視したら顔に残る苦悶の表情と服に首から服に滴る血液まで確認してしまった。
「えあれ、死んで、なんで人が・・」
「アレは私達で殺した、殺されそうになったから、本部に帰還してから実況見聞を行う・・だよねキララさん」
「その通りだ、アレは人間とは逸脱した化け物だ、此処で処分しなければ今後あの歯牙に傷付けられる者が出るかもしれなかった」
だから私達が殺した、淡々と言い切ったベレーはアウターで隠れていた腰のホルスターから拳銃を取り出した、その瞳は私を見つめ続けて逆に照れてしまう瞬前まで陰りを帯びていた。
車が進むにつれて凡ゆる場所から人の死体や破片、血痕を見つけてゆく、その度に抱く恐怖は少しずつ消えていってしまう。
「しかしキララさん、結界とやらでこの世界が閉じ込められたとして、仮にそれのせいで治安が崩壊したとしてたった5日でこうもなるのでしょうか?」
「確かに結界に閉じ込められただけならこうもならないな・・ナグ、彼処にいる人間は生きてるか?」
左側の歩道の遠く佇む人が見える、近づくに連れて俯いているのと血塗れになっているのが分かる、女性はゆっくり道路へ歩み始めた。
「『解析』によると生命負荷は基準値を大きく超えて・・此処は上手く振り切った方が」
「いや、一旦様子を伺おう、基準値を超えているなら逃走すら悪手になる」
車線の真ん中で佇む大学生位の女の100m程前で車は停止を始めた。
突如、徐にベレーが私に抱き着き震える身体を預けた、少しずつ息が荒くなっていく。
「ごめん、ちょっとだけこうさせて」
「お前がそんなんじゃやれないだろ、それにキララさん、この距離ならまだ避けられますし・・」
「イヤ!やる!戦う!私だって強いんだから!指を咥えて見てたくない!」
「お前のエゴに付き合える程余裕が無い事が分からねぇのか!そんなに震えて銃口が定まるか!」
親子の口論の末、車は再び動き出した。
なんとナグが助手席から手と脚を出してキララの足諸共アクセルペダルを踏み込みハンドルを回している、キララは眉をひそめながらもハンドルから手を離していた。
「キララさん、いくら恩人の貴方でも此処は僕の我を通して頂きますよ?」
助手席から無理矢理操作された車は反対車線へ移り女を避ける位置取りとなった。
生命負荷という単語が気になる、あの女はそれを超えているとの事だがそれにより場の空気がこれ程に慄く理由足り得るのか。
車は法定速度を少し超えて後1秒もしない間に女の横を通過する所まで来た、そして何か考える間も無く横切った。
バギギギギリッッ!!!!
車の左側から物凄い異音がした、まさかと思い窓から顔を出すと黒いボディに大きな空洞が出来ていた。
さっきの女がやったのか?鋼板をまるで砂を掬う様に?振り返ると女は両手でひしゃげた黒い鋼塊を延ばしていた、見た目はともかく空洞にピッタリ嵌まるくらいには元通りになっていた。
「馬鹿野郎!無闇に顔を出すな!」
「全員伏せろ!特にナグはシートベルトを!」
大人二人の怒号が車内に轟くと反対車線の歩道へ車が突入した、刹那抱きついていたベレーが私を床へ押し倒した。
「な」
瞬間、硝子が破れる音と金属同士が勢いよく打つかる音、揺れる程の衝撃が車を襲った。
強いブレーキ音と共に車はまもなく停止した、不幸中の幸いか。
「あのアマが車のボディを削いで投げやがった?!」
後で聞いたがこの時ナグはシートベルトを外されており椅子下に縮こまったおかげで投げ込まれた鉄塊を避けたらしい、背もたれに大きく穴の空いた自身の席に驚怖を隠せていない。
「だから言ったろ父さん、野生動物と違ってワンチャンでどうにか逃してくれるもんじゃないんだよああいう人間は今までだって!」
私の顔からお腹まで覆う様に倒れ込んだベレー、父親に対して悪態を吐きながら起き上がり私に跨ったまま運転席側のドアを開け降りたと思えば脇を掴まれ私を外に運び出した。
貫かれた箇所から生じる細々とした罅でいっぱいのフロントガラス・・数メートル先に鋭角に刺さった鋼塊、あれが投げ込まれたのか?走る大型車に対して的確に?
「分かったでしょお姉さん、あんな化け物がウヨウヨいるんだよ、逃げるなんて出来ないんだよ」
「今回もか、さて退ける策を弄しようか」
「あんなの私の銃で・・何ィッ?!」
車体に硬い何かが当たる音と再びガラスが割れる音と共にそれが大きく揺れた。
「道路の段差・・境界ブロックを投げつけてきやがる、あの怪力なら脚力も相当だろうしコイツの拳銃の射程より遠くの距離から攻めれるだろう・・」
「なら私一人で行こう・・ナグはブランとベレーを頼む」
そんなの無謀すぎる、車の中にスーツを脱ぎ捨て白いワイシャツを露わにしたキララが車の向こう側へ歩み出すのを誰も止めようとしない、なら私が止めるべきと手を出そうとしたが
「多分大丈夫だよお姉さん、あの人なら勝機はあるし、多分私達には何も出来ないと思う」
その手は知った口を叩くベレーに止められた。
「あの女に怪力がある様に僕達にも切札があるんだ、キララさんも例外無く」
「切札・・それがあの人の過剰な自信を生み出してるんですか?」
その問い掛けを聞いたナグは懐からヘアバンドを取り出して私の手首にくっ付けてこう告げた。
「貴方、ブランは『ギフト』を行使する際右手首に付けたものを全て外さなければならない・・復唱して」
言われた通り復唱した。
「あの天檻樹が齎したもう一つの贈り物『ギフト』・・技術、芸術、魔術、何でも頭で念じるだけで手にする事が出来る正になんでもあり」
「念じるだけで・・少しでも欲しいって考えただけでも?」
「ご名答、更にギフトの意味を知った者は既にそれを齎されたも同然、私達親子がキララさんに伝授されたのと同様にあの女も何処かでソレの存在を知ったのだろう」
だから先に『制約』を付ける必要があった、ベレーは親の解説にそう付け足した。
「さっき言った生命負荷はギフトで能力を生み扱う際の代償、掛かり過ぎるとその負荷に耐えられる身体に勝手に変貌してゆく、アレが好戦的なのもその結果でしょう」
身体中、特に腕と口べっとりと血が着いた女は品の無い笑い顔を見せ付けながら獲物を待ち構えていた。
「だがキララさんはギフトのルールをたった一人で解明した天才なんです、僕達が彼を送り出したのは命惜しさだけでは無いんです」
天才と呼ばれた彼は怪力女に対して真っ向から行かず歩道を通って道路上に佇む倒すべき敵の様子を伺ってるようだった。
彼等の位置を結んだ線が道路の中央線に対して垂直になった時、立ち止まってキララが口を開いた。
「なんだ、他人の車に傷を付けて謝罪の一つも無いのか?」
「あらごめんなさい、貴方の運転の腕を見誤った所為で楽にイかせることが出来ず、これじゃもっと怖い思いをさせる事になっちゃうわね」
「ああ、命を奪う事より怖い事は無いんだぞ?」
見た目より挑発の上手い二人に一触即発の雰囲気が漂う。
「なるほど・・じゃあこういたしませんか?大人しく貴方と白衣の首を出せばそれ以上の怖い事はしませんの、私の行末を思いやる貴方へのこれ以上無い孝行ですわ」
ナグが不意に立ち上がり腑抜けた声を出した、勝手に首が跳びそうになってるのだから当然の反応であるが。
「すまない、私は自分の命も惜しいし推しの源氏名を偽名にする位女好きなんでね、それにお前の器量は女を抱くのには足りないと思うが」
「言ってくれるじゃあないですの、女を悦ばせる手管も無いくせに!」
啖呵を切った女の頸から下の筋肉が膨張し始めた、さっきまで体躯は普通だった女は恵まれた体格の持ち主が血の滲む努力の末に辿り着けるはずの美意識を遥か通り越した超人的肉体にたった数秒で変貌して見せた。
「これから先に待つのは駆け引きも蘊蓄も無い、ただの暴力による蹂躙ですのよ?」
「お生憎様だが、話が早くて助かるよ」
伸縮性のある下着しか身に纏えないほど逞しく悍ましくなった怪力女は一蹴りでコンクリートの地面を粉々にし目にも留まらぬ俊敏な一歩でキララを両手に捕えまるで人形で遊ぶ女児の様に掲げた。
「思い上がっている様ですが貴方はこの世界の主人公でも何でもなくてよ!」
そして破裂した、骨、肉、血を道路上にぶち撒けながら・・・あの巨腕が跡形を残して消えた、辺りを朱に染めたのは怪物の血でキララは血に濡れど澄ました顔をしていた。
鮮血溢れる両腕を凝視して呆然とする怪物の両脚をぺたりと触ったキララは怪物に背を向けて叫んだ。
「案外上手く行った!此処を離れるぞ!」
早歩きで去ろうとするキララに屈辱を感じたのか怪物は更に飛び掛かろうとするが残る両脚も破裂し顔から地面に突っ伏した。
「アレこそキララさんの切札『改造』だ、手で触れるだけで他者の肉体に凡ゆる形で干渉出来る」
奇声が響く中キララは労いの言葉を掛けられながら無事に後部座席へ、散らばったガラス片は適度に取り除いてナグの運転で再び発進した。
「お前にはラバーソールとのキスがお似合いだ、クソアマ」
大きな車は歩道から本来の車線までバックで戻った、その際少し余分に後進したらしく絶叫と何か砕ける音が右のタイヤからした。
「今、轢いて・・」
生まれて初めて人の身体がタイヤで潰れる感触を音と揺れを通じて知ってしまった。ただそれより怖いのは決断の早さだ、殺人に慣れているというか嫌悪する冷静さがある。
「ギフトの源は願いから、そして願いは心から・・要するに頭を潰せばギフトは使えない」
どうしたって殺すしか無いんだ、隣のキララの呟きは浴びた血潮により説得力と諦観が増して聞こえる。
「君もああなりたくなければ、戦う為のギフトは辞めておけ」
そう続いた言葉には説得力が無い様に見えた、何しろ怪力女との戦いをギフトで制した張本人の言葉だったから。
「因みに私の能力は秘密で、『制約』はちゃんとあるよ」
そう言いつつベレー帽の中から羊羹菓子を取り出したベレーは包み紙を剥がすと
「お疲れキララさん、あーんして」
その手は私を通り越してキララさんの口元でご褒美をチラつかせた、ご機嫌か不機嫌か分からない顔付きをしながらもゆっくり口を開いて羊羹を口にしたキララは味わい咀嚼し美味しそうに飲み込んだ後外方を向くと血の臭いが濃すぎる、と静かに呟いた。
キャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャ!!!
殺伐とした今日に木洩れ日の如きオアシスに釘を刺したのはさっき聞いた事のある奇声。
「『解析』探知範囲にさっきの怪力女の反応あり・・・っ!死体が!死んだままこっちに向かってきている?!」
「血で反撃されるのを恐れて態々タイヤで脳を潰させたのにか?!」
思わず背後を振り向いた。
あの女が浮いている、脳の血で塗れた顔と見開いても焦点の合わない眼球と引き攣った口角を見せつけながら大きな飛沫の音を出しながら此方に迫ってくる。
「血飛沫、破裂した四肢の断面から大量の血飛沫を出してるのか!」
道路を見ると先の地点から血の轍が生み出されていて、既に致死量以上の出血が空飛ぶ肉体から今も噴出している。
「それで飛ぶってのかよ?!ペットボトルロケットじゃあるまいし!ねぇ父さんもっと速度出せないの?!」
「もう出してる70km!引き剥がせないはズルいだろ!」
推進力で尚更潰れた顎が塞がらないと言うのが分かる距離まで詰めてきた女の死体、名状し難い恐怖はしかし、簡単な機転であっさりと切り抜ける事となる。
「反対車線でブレーキ、全員備えろ!」
強引なハンドル操作で車線を変えた後の急ブレーキ。
反対車線から車が来ない事を過信しているのはともかく、無理な減速により生じる押される様な衝撃の中、ガラスのない窓の前で女が車内に血のミストを撒き散らしながら通過した。
肉塊はそのまま血飛沫で飛んで行くかと思ったが少し先で地面に墜落しドパンッと破裂した。砕けた骨に千切れた臓物や肉、飛び散る血液すら己の全てを武器とした一回限りの愚行を私達はそれの及ばぬ所で見届けた。
「ブッコんででも俺達を殺す気だったって訳か、爆発のタイミングが早かったらヤバかったな」
その爆発が車まで届かない事を察したナグは一息吐いて脱力した、アクセルもブレーキも踏まず車はゆっくり進む。
「死後にも能力は適応される、恐るべき発見だが体の損壊様でそこまでやるとは」
「骨髄の働きや血の巡りを異様に促進させたとしてあの大量の血は何処から・・・」
この襲撃以降、市役所へ着くまで人の皮を被った怪物とは出会わなかった。
市役所に近づくにつれ死体も消え普通の人は疎らながら居た、その誰もが珍しいもの、恐ろしいものを見た様な視線を向けてきたが。
しかし女性ばかりで貴方どころか異性すら居なくてキララの語る「男性が消えた」事と彼とナグの境遇の信憑性が深くなっていった。
駐車場入り口に立っている平均より体躯が良く緑よりの水色のツナギを着た女性と後部座席から降りたキララが会話を始めた、ツナギの女性が持つ書類にキララが確認を取っているらしく一分程で検問は終わり入場を許可された。
「学校を転々としながら生活するってのも悪くなかったけど、次はもう少し安らぎのある生活が良いなぁ・・早く家に帰りたい」
市役所玄関前付近に停まった大型廃車から降りて市役所を見遣ったベレーはそう独りごちた。
「そう言うベレーちゃんとナグさんの家は何処にあるの?」
「登り電車で三つ先の駅から徒歩10分、この結界の範囲外だね、私と父さんとで母さんの誕生日ケーキを予約する為に駅前の口コミの良いケーキ屋さんに居たら・・ね」
「だからこんな所はさっさとおさらばして彼奴の誕生日を祝いたいんです・・もう過ぎたんですけどね」
結界外に取り残された家族の為に、脱出を目指す原点が私と似通っている、そして三人の視線は自然とある人物に向いた。
「どうした三人揃って」
「いやさぁ、キララさんはどうして此処からの脱出を目指してるのかなぁって」
唯一答えを明かしていない血濡れの金髪は少し間を置いて口を開いた。
「なんでだろうな、妻は浮気相手と蒸発したし子どもは独り立ちして此処より遠い場所に居るし・・・本能的な何かかも・・」
このノリで聴く内容では無かったと考えている事を見透かされたか、途中で言葉が詰まった。多分私達は今同じ顔をしている。
「えっと・・そうだね、正直に言おう、行きつけのスナックで頑張ってるキララちゃんに会いたいからだよ、この髪型もそっくりに・・」
「キララさん嘘も冗談も下手過ぎない?あともしかして最年長?」
お前が一番渋い顔をしていたから態々冗談を言ってくれてたんだぞ。
そして訪れる沈黙、深い深呼吸を添えて。
「荷物を積む為の台車を用意して来る、車から降ろしておいてくれ、それと身嗜みを整えてくる」
『改造』で性転換だけじゃなくて若く見せる為に・・と言い掛けたガキの口を塞いで市役所改め自警団本部に向かうキララさんの背中を見送った。
あとがき
アマリの貸出履歴
「やっほーアマリ、今日も来たんだね」
私よりも小さな代理司書は今日も無邪気に話し掛けてきた、結界間際の図書館の利用者は今日も私だけになりそう。
「今日も科学の勉強?立派だねぇ結界が解ける目処なんて分かっても無い様なもんなのに」
「こういう時だからこそ勉強するんだよ、学校が無いからって使命やらに踊ってるからって学業をおざなりにするのはお馬鹿さんさ」
「ふーん、じゃあそんなアマリに今日はこんな本を用意してみました!」
“有害物質大全”“四大公害病について”。
今日はこんな本を用意して、私は私が読みたいと思う本しか読まないって何度も言ってるのに。
「そう、じゃあ目は通しておくよ、それとこの本の返却お願い」
「はーい確認します“電気科学の基礎”“the・天気”の二冊ですね、ありがとうございました」
この子は返却手続きを終えると必ずありがとうで締める。
何に対して言ってるのかは知らない、でも薦められた本を大して読まずに返した時この言葉を聴くと何故か約束を反故にした様な罪悪感が生まれる。
だからってきちんと目を通す私は司書ごっこの相手になってくれるこの子にとって甘い人間なのだろう。
いつもありがとう、明日もよろしくね。