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ノルンの再葬  作者: 草原の芦
ストーリーテラー その1
1/9

あらすじ連歌

[20××年、天檻樹天檻樹(てんかんじゅ)の日を通して私達は種としての存続と引き換えた選別の末に不可思議な進化を遂げた。

苦は無く一瞬で終わり選ばれなかった者は無に至る篩い落としをある日を境に突如行われ、日本人男性は恐らく死滅し、対して女性は恐らく全員が生き残ったと思われる。]



「ねぇアマリ、この後どういう風な文を書けば良い感じになると思う?」


少し遠くの図書館から暇潰しの本を借りに来た私は代理司書のネムレスに言われるがままに彼女作の小説、原稿用紙1枚目の紙を手に取った。

一通り空読した後、言葉に迷っていると正直に言っても怒らないと微笑みながら彼女は言った。


「歴史の文献や実験データ、何かしらの証拠や裏付けの無い小説を書いても大半は薄っぺらいだけだから諦めた方が無難じゃないかな、あと表現の仕方が分かり辛い」


だから正直に言ったのに彼女はお冠な顔つきになり紙を乱暴に取り返すと何も言わずに職務放棄してしまった。


[この言葉に予防線が張られるのは例え種として進化した私達でさえ、今の日本の総人口なんて知る術は無いからである。

あの日、突如として現れて選別を始めた大樹の透明な結界が私達の住む街を覆う限り、私達の街にあの大樹が根を張る限りは。]


やはり小説は難しい、カウンターテーブルにメモ用紙を置くと、読んだことの無い三冊の貸出手続きを済ませて図書館を後にした。





[この街のどの建物よりも大きな樹が人間を進化させてから常識が大きく変わってしまった。

心を躍らせる趣味や長年掛けて培った教養は暇潰し以下、超常的で想像力を沸かせたSFも魔法も特技の延長線になってしまった。]



〈アマリが受付に置いていった手紙を『透視』して続きを書いてみたけど、どうかな〉


ガスマスクの向こう側から女性的な機械音声を発するのは清掃のキノエさん。

入り口近くの受付カウンターに隠れる様に胡座を組んで革製の黒いコート越しの平たい胸と力強い腕で私を閉じ込めている、機嫌直しに業務の邪魔をした結果である。


「まるで人間の進化が間違いの様な書き回しね、業務の大幅時短は進化してこそだよ」


〈ネムちゃんには何度も言うけど、私はガスマスクもコートも機械音声も好きじゃないし、誰かの為にする掃除や手料理が好きな人間だったんだ、“ノルン”なんて枷は要らないんだ〉


無感情な音声が心の内を明かすと私を抱き留めていた両腕の力が緩んだ、察してそこから脱する。


〈そろそろ仕事を再開しないと、飼い殺しのくせにサボると怒られるから〉


気怠そうに立ち上がりズボンに着いた砂利埃を落としたエックスさんは牛歩で図書館を後にした。







[天檻樹が与えた想像を実現する能力は人類に自らを希望と宣う傲慢を、積年掛けて辿り着いた技術を捨てる怠惰を与えた]


[そして、努力と積年の無い進化と秩序の崩壊により一部の人間達は深層に沈めた本性を曝け出しました。

貴女達は興味、衝動、怨恨のままに仲間を傷つけ、辱め、殺した。ただ私も何かが違えば貴女達と同じ道を辿っていたかも知れない、心の内に殺意なんて無いのにそう思わずにはいられませんでした]



「ノワールらしい、暗い文章だな」


「ベレーのは端的で良いと思うけど、これじゃ2つの罪だよ、もう2つ位練ってみれば?」


ノワールはキノエさんに次ぐ長身で安産型、彼女曰く、白衣はマストアイテムらしい。

ベレーは私が知る中で一番小柄で(本気を出せば)一番強い、軍帽が好きなボーイッシュ。

名前は通っているが此処に来る様な性格では無さそうな二人が来たものだから断られるつもりで言ってみたが、小一時間も掛けて書いてくれた。


「暇だから書いてやったけど、急にどうしてこんな事を?」


「今日で365日になるから、この気持ちを忘れたくないから」


ありのままの気持ちを明かした。

ベレーは侮蔑めいた視線逸らしを、ノワールには何も考えてなさそうな褒め言葉を贈られ2人の閉じた世界に対する価値観の相違を感じた。


「因みにネムさん、次は誰に訊くつもり?ライファとか」


「話せる人には話した、どうせ誰もこないし今日は閉館するつもり、あいつは自分の考え全部載せてきそうでヤダ、それで男へのヘイトスピーチが大半」


「まぁ・・その通りかもね、旦那さんに会いたいなんて言ったらあの人の手先に殺されちゃうかも」


冗談抜きな冗句に場が凍り、この気まずい雰囲気を手放す形で井戸端会議はお開きとなり私は閉館準備に取り掛かった。

各回廊と部屋の消灯、戸締まり等をいつも通りに終えた私は玄関近くの事務室へ向かった、この空部屋の4畳半分を仕切ったパーテーションの中がネムレスという者の為だけの空間なのだ。



[まだ19時、寝るには早いと思うよ?それにシャワー浴びないの?]


だと言うのに突如仕切がゆっくりとこじ開けられガスマスクが顔を覗かせた。

外から入る扉は全て閉錠したはず、と思ったが今の世の中何でもありなのでタネと仕掛けの考察は放棄した。


「キノエさんノックしてって何回言ったら!」


〈ごめんね、昼に文章を書かされた件について聞きたくて・・〉


低反発のベッドに横たわる乙女の断りもなく仕切の中へ入り込むガスマスクに一抹の怒りを覚える。


「他人の家の中や家族事情とか、本来なら知り得ない事柄を知りたいと言う知的好奇心を満たしたい・・みたいな感じかな、書くにあたってはきちんと許可を頂いてるからね」


礼儀云々は置いといて折角来てくれたのだからこの人も巻き込もう、ベッドから起き上がり目の前の勉強机に置かれた今日聞いた者達の作文から無作為に1つ選ぶと、何の躊躇も無く仕切の中に入ったキノエに内容を見せながら書かれた文字を一つずつ触り軽くなぞる。


〈文字が消えたね、それでどうするの?〉


全ての文字が消え去り私の右手に収まったのなら次の段階、予め用意していたDVDを耳なし芳一の様に文字が書かれた右手で思いっきり叩く!


〈壊れ・・てないね、もしや〉


叩かれたDVDをプレーヤーに挿入すると、接続してあるテレビから映像が映し出された、それはキノエさんが察した通りのものだろう。


「これは文字から執筆者の記憶を解析し、データとして残す事が出来る名付けて『文字起し』」


〈へぇすごいじゃん、自警団の素晴らしき衰亡をこの目でもう一度見られるんだ〉


勝手にソファに座る此奴の膝の上に勢い良く座ってやり困惑する様を楽しみながらテレビをリモコンで起動させDVDの再生を始めた。


さぁ、我ながらつまらない進化を遂げた『ギフト』が出来る最大の暇潰しを始めよう。

用語解説

Lv.(Load vital)

天檻樹からもたらされた力を異能力『ギフト』に変換する為に消費した生命力の量を表す数値。

理屈が通らない能力ほどLv.が高くなり、同じ能力でも使い手の知識量や使い方によっては値に差が生じる。

本来、このLv.の総数が10を超えると人間としての生を失う。

手遅れになる前なら『ギフト』の抑制や封印、理屈や知識の学習次第でLv.を減らす事が出来る。


過去に教わった事を職場付近の河川敷で思い出しながら私は昔の憧れを手に取った。


「縺ェ縺懆ヲ九◆」


「銃、銃弾の設計と機構について熟知し素材の生産は他者に一任して『銃社会』を会得した私のLv.は基準の半分を上回るってのに、お前は何を願った?何処まで行った?」


肉か脂肪で隠れた口から掠れた音を吐きながらブヨブヨと上下運動をする肉の塊に向けて、ただ銃口を向けた。

目の前の元の輪郭すら失った人間の処理が私の役目、結果的に生物を物理的に葬れる『銃社会』には適任なんだ。

震える手と思考を落ち着かせると拳銃"悪戯"の引き金を引いた。

銃声と共に放たれた弾丸は地を這えない歪な肉塊を斜め上から貫く、間も無く気持ち悪い動きを止めたと思えば何度か痙攣しながら空洞から血を流す、ゴポゴポと泡立てる様な音が少ししてからやっと動かなくなった。

向こう側になっている顔を覗いて瞼だったと思われる部分に剥き出しになった眼球を確認した、ちゃんと死んでる、死んでしまった。

後はコレを川に流せば触れた有機物を文字通り消しさる天檻に勝手に接触してお終いだ。


「貴女のお子さんは帰られました」


向こう側で静観する様に頼んでいた肉塊の子を名乗る母親に向けて出来るだけ何も考えずに呟いた、女は自分の子を見つめながら近寄る。


「もう苦しまなくて済むんですね」


「はい、ですので、お別れの準備を」


ゆっくり頷いた婦人は涙ぐみながらその亡骸を抱き締める、まだ銃の反動に慣れない右手を揉みながらこの場から離れようとした時、婦人は我が子の名前をポツリと呟いた。


「ふざ」


この世界が始まった時から個体に定められている真名(本名)と肉体はその者の全てを知る鍵になる。

この婦人はそれを知らずに名前を呟き、さっき死んだ肉塊に無意識に興味を持っていた私はそれを聞いた途端、日常動作として鍵を捻る様に行われた『検索』により私の頭の中にさっきの肉塊の全てが流れ込んだ。

命を代償に全てを叶えられるギフトのとてもありがた迷惑な贈り物だ。



「おまっ」


誕生日、生きた時間、周りからの評価、自意識、過去に起きた出来事の全て、将来の夢、目標、挫折、長所、短所、好きなもの、嫌いなもの、性格、名前の由来、見た目、人の身を失った経緯。

私の語彙では全てを表せない程の情報量と脳裏の景色で埋め尽くされた視界の随にやつれた顔を真珠色の肉塊に埋める女を確かに捉えると“悪戯”の引き金を引いた。







「膨大な情報量が流れ込んだ事で錯乱し依頼者であるターゲットの母親を射殺、不意な能力発動を防ぐ『封印』はLv.0で出来るって研修で教わったはずでは?」


〈アニメと特撮の知識を元にしてるのが馬鹿馬鹿しくて途中退席して漫画喫茶に行ったらしい〉


「元ネタを学びに行ったか、あちゃー」

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