ー理想の生活・終ー
異世界に来て数ヶ月が経った。あれから僕はトリトリスを捕まえ、卵と乳とマンドラゴラは定期的に手に入るようになった。あとは気が向いた時に川に魚を捕まえに行き、ラビットタビットを狩り、焚き火に獲れた獲物をくべながら、ぼーっとする生活を送っていた。何もすることがない時は筋トレをし、とにかく社会人だった頃の疲れを癒すように寝た。
寝て起きて飯を食い体を鍛え、耕作と狩猟をし、また飯を食い寝る。基本的な人間の全てが、この生活に詰まっていた。このまま一生を過ごすのはおそらく飽きてしまうのかもしれないが、あと二、三年はこの生活を続けたかった。
が…
「寒い」
流石にこの土地に来たままの、ワイシャツにパンツの格好だと限界がある。というかもう後半は、服が痛むのも嫌で、わりと上裸でいた。上裸では少し肌寒い季節になってきたのだった。
「マスター。服を買いに街へ向かいますよ。諦めてください」
「いやだ!もう何ヶ月人と喋ってないと思うんだ!もう人と喋りたくない!僕は絶対に人と関わりたくない!絶対に人と関わりたくないでござる!」
「はいはい」
ナビ子は慣れたようにあしらう。もう僕の扱いも慣れたもんである。付き合ってると言っても過言ではない。
「過言です」
「人の思考を読むのやめてもらって」
冗談はさておき、このままでは本当に風邪を引いてしまう。
「ここから1番近い街で歩いて半日ぐらいですね。干し肉とマンドラゴラさえあればいいでしょう」
「了解」
慣れ親しんだ家を離れるのは寂しいがしょうがない。トリトリスとウギに1週間分の餌を用意し、僕らは街へ向かった。
「ところで、お金がないんだけど」
服を買うのにも金がいる。そんな当たり前のことに僕は今悩んでいる。
「この数ヶ月作り続けたラビットタビットのなめした毛皮があるでしょう。あれ全部売れば服の1着ぐらい買えると思いますよ」
「あれ全部売っても服1着しか買えないのか…」
「一次生産者はとにかくコスパが悪いんですよ。大規模で大量に売らないと生活できないんで。設備もいるし。この世界で手軽にお金を稼ぐなら、やっぱ異世界らしくギルドに登録して冒険者ですね。ついでに登録して帰りましょう」
ナビ子は流れるように言う。そういやこの世界に送られた元々の理由も魔王を倒すとかだった気がするな。もう忘れたけど。
「痛いのはやだよ〜ナビえもん〜」
「舐めてことほざいてるとサーベルタイガーの巣穴に案内しますよ」
「すいませんでした」
水先案内人に裏切られたら僕はこの先何を信じればいいんだ。そんなつまらない会話をナビ子としながら、僕らは街へ向かった。