唇の島へ通うサーファーの博士とココという唇
指定ワードは『サーファー』と『助手』の2つです。
「この国は1万8千以上の唇からできていて、唇の数は政府も把握してません。毎年、唇がふえるんですよ」
観光客を相手に、現地ガイドが流暢な日本語で話した。
展望台から海に浮かぶ無数の唇が見えた。大きさは1つ2メートルくらい。
「あっ! サーファーのオジサン!」子供が指差したので観光客が一斉にそちらを向く。
サーフィンをした2人連れが、1つの唇に到着するとよじ登り始めた。
「あれはエドワード•パターソン博士と助手です」
「知ってるわ! 言語学の権威でしょ!?」
中年女性が言った。
ガイドがうなづく。「博士は唇に言葉を教えようと、もう5年ここに通っています」
博士が大げさな身振りで何かを叫んだ。すると唇たちが一斉に喋り始めた。
「バナーナ!」
それはまるで野鳥のさえずりのようであった。
「バナーナ!」
「バナーナ!」
1つの唇がさえずると次々と他の唇に移り、一際大きくなってしだいに収まっていく。
「博士はすでに10個。唇に言葉を覚えさせることに成功しました。私たちと話ができるようになるのもすぐです」
観光客からため息や拍手があがった。
あれから10年。
唇たちの覚えた言葉は2000になった。単語をいくつか組み合わせて話すものも現れた。特に博士は『ココ』と名付けた唇に注目していた。
「ココ。おはよう」博士が挨拶をする。
「ハカセ。オハヨウ」唇が答える。
博士と助手は興奮を抑えられなかった。もうすぐだ。もうすぐ俺たちは知的生命体と会話ができるようになるんだ。
人類史上始まって以来の快挙だ。
「ココ。元気かな?」
「ハカセ。ニゲナサイ」
え?
その瞬間。聞いたことのない轟音がして遠くの方で水蒸気が上がった。高く。
「ニゲナサイ」
博士は助手とともに必死に船まで泳いだ。大量の軽石が飛んでくる。サーフボードでなんとか避けた。
水の色が変わり魚の死骸が浮き始める。
『海底火山が噴火したんだ……』
「津波がくるぞーーー!!!!」
全速力で沖を離れる船から博士は身を乗り出した。
呑まれるように唇たちが波を被る。転覆する。
全ての唇が一斉にさざめいた。
「オワリ……オワリ…………サヨウナラ……」
「ココ!」博士はあらん限りの声で叫んだ「ココーー!!!」
「オワリ……オワリ……サヨウナラ……サヨウナラ……」
もはやどの唇が何を言っているのかわからなかった。大混乱の中で博士は確かにココの声を聞いた気がした。
サヨウナラ。ハカセ。
ココ。ネムル。
苦痛のない穴に眠る。さようなら。
【唇に名付けられた『ココ』の元ネタ】
1971年7月4日生まれの実在したメスのローランドゴリラ(2018年6月19日死去)世界で初めて手話を使い人間との会話に成功した(疑いの声あり)
『ゴリラは死ぬと、どこにいくのか?』と聞かれて
『苦痛のない、穴に、さようなら(Comfortable hole bye)』
と答えたエピソードが有名。
身長175㎝。体重127kg。ココは愛称であり、本名はハナビコ(Hanabi-ko)。「花火子」と書く。誕生日のアメリカ独立記念日にあがる花火からついた名前である。
2000語以上理解したと言われている。
☆☆日間3位。週間11位。月間48位。感謝です☆☆