聖女のお父さんは村に残りたい
「お父さん、行ってきま〜す!」
肩にかかるぐらいの金髪の少女は、開けたドアから吹き込む風で心地良さそうに髪をなびかせ、いつもの挨拶をする。
彼女の元気さを彷彿させるような眩しい光に目を細め、茶髪の男はカゴを背負った彼女を見送る。
「マリー、怪我しないように気をつけて行くんだよ」
「は〜い。お父さんこそ無理しないで休んでてね」
「ありがとう」
マリーを見送った男は家の中に戻り……
「よし!二度寝するか!」
惰眠を貪った。
俺はもとは貴族の息子だった。
俺の家は領民との距離が近く、人を疑うより人を信じることを大事にするほどお人好しな一家だった。
成人するまでバカみたいな教訓を真っ直ぐ信じ、バカ丸出しのまま育っていった俺は、成人後にめでたく妻と結婚し、娘マリーを授かった。
そのときはこれ以上ないほどの幸福を感じていた。
だが、俺がバカだったと気付かされるまで、そんなに時間がかからなかった。
俺たちのことが気に入らなった貴族は、妻を暗殺し、しかもその罪を俺になすりつけやがった。
『妻殺し』という汚名を着せられた俺は家を追い出され、妻の形見のようにマリーを連れ出し、今の村にたどり着いた。
最初は相手貴族への怒りが収まらなかった。
なんで俺がこんな目に合わなきゃいけねぇんだと、なんで人のために人一倍頑張ってきた俺がなんで苦しまねぇといけねぇんだと思った。
だが、そのぶつける場所のない怒りが、だんだん自分に向いてくるようになった。
バカみたいに人を信じてた自分に、人のために働いて裏切られた自分に、結婚生活にのろけてまわりを警戒しなかった自分に、ありとあらゆる自分に嫌気がさした。
だから俺は決めた。
もう人なんか信じてやらねぇ、毎日おびただしいほど変化のある人生なんてまっぴらだ。
人なんて信じるから、人のために何かをしようとするから、嫌なことに巻き込まれちまうんだ。
俺が生き残るために、俺のためだけにこの人生を使ってやる。
そのためには何だってやってやる、娘さえも利用してやる、と。
男手ひとつでマリーを育てなければならなかったから、彼女が幼い頃は苦労したものだ。
だが苦ではなかったし、むしろ生きがいでもあった。
なぜなら全部俺が怠惰な毎日を過ごすために必要なことだったんだから。
しかもどうだ、今では彼女は家事を全部任せられるほどに成長してくれた。
ざまぁみろ人類ども……。
俺は布団の上で勝利の味を噛み締めながら嘲笑う。
てめぇらはせいぜい死ぬまで必死こいて働くんだな……俺は死ぬまで怠惰を尽くしながらその姿を眺めてやる……どうだ?羨ましいだろ……だがどれだけ金を積まれようが俺はこの極上の座を明け渡してやらねぇよ……!!
さて、四度寝するとしましょ――――
コンコンコン
「アルベルト。いるんじゃろ?」
家のドアがノックされるろ同時に、聞き覚えのある声が聞こえた。
ん?村長のじじいか?
めったにうちに来ないってのに、どうしたんだ?
まぁこんな小さな村で何かあるとは思わねぇが、なぜか俺の危機管理センサーがビンビンに警報を鳴らしてやがる。
……よし、居留守を使おう。
ガチャ、キィィ……
「おい、アルベル――――」
「どうかしましたか?村長」
物理法則を超えて着替えと髪のセットを終えた俺は、爽やかな笑顔で村長を出迎える。
オイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!なに普通に入ってきてんだよ!?あれか!?てめぇの一家はサン◯クロース一家なのか!?なら玄関じゃなくて煙突から入ってくるのが筋ってやつだろぉがあ゛ぁん!?いや入らなくて良い!!入らなくて良いからプレゼントだけ置いていけ!!
「なんじゃ。おったんなら返事をしてくれんか」
「すみません、少し手が離せなかったもので」
血走った目で俺は答える。
「どうした?目でも痛めたのか?」
「いえ…玉ねぎを切っていただけですのでご心配には及びません」
いえ……これは怨恨の眼差しですよ……四度寝を邪魔したあなたを末代まで呪っているのです……ほら……あなたのせいで頭の中まで敬語になってしまったではありませんか……穢れてしまった落とし前どう付けてくれるんですか……?
「それで、どうかしましたか?」
「おう、実はな、王都から騎士団様が来ておってのう、なにしろマリーという娘を探しておるそうなんじゃ。おぬしの娘の名前も確かマリーじゃったろ?」
「村長、私の娘の名前はマリアですよ?マリーは愛称じゃないですか(嘘)」
騎士団が探していたなんて絶対碌なことじゃねぇ。
我が家の大事な労働者をおいそれと渡してたまるものか……!
「そうじゃったか?」
「はい。しかし、騎士団様がわざわざ来られるなんて、どうしたので…しょう……か………」
「それは私の方から説明しよう」
なんとかごまかそうと策を練っていたら、奥から鎧を着た2人組がやってきた。
「私は王都第2騎士団団長のヨハン=べーレンブルクというものだ」
「同じく王都第2騎士団副団長のクラウス=バイヤーです」
よりによって騎士団の団長と副団長かよ……上手く逃げれるか?
いや、こんな日もあろうかと必死に策を練ってきたじゃねぇか。
マリーはあともう少し日が沈まないと帰って来ないはずだ。
こんなベストなタイミングで出向いてくれたんだ、逃げきれねぇ訳がねぇ。
「申し遅れました、アルベルトと言います」
「丁寧な言葉遣いをされていらっしゃるな。なにか貴族と関わるでもしていたのか?」
「いえ、私と娘のマリアは村の外からの出身でして、この村の方と一早く交流を深めるために、旅の者に教えていただきました」
「アルベルト……!!」
村長のじじいは黙ってろ。
「ふむ、そうか。少し話が逸れたな。まだご存じではないと思うが、2ヶ月ほど前、王都の教会にて聖女様が現れたという啓示が授けられた。さらに聖女様はマリーという名で、この村にいるとのことだ。」
「なんと……!聖女様が……」
驚くフリをする。
なぜなら知ってるからだ。だって俺の娘だし。
長年過ごしていれば聖女かそうじゃないかぐらい見分けられるさ、元貴族を舐めんなよ。
ちなみにマリーには、自分を聖女だと思うなんて可能性が欠片もないように、情報統制および情報改竄は徹底してある。
てかどこの誰だよ、そこまで詳しいありがた迷惑な啓示を出したストーカー神は……ぶっ○すぞ。
「そこで私たち第2騎士団が聖女様を迎えに来たということだ。村長殿がアルベルト殿の娘がマリーという名だと仰っていたので、もしやと思ったのだが、どうやら勘違いだったようだな。」
「…ッ!!すみません……!!」
まぁ王都の騎士団に嘘ついたとなれば、最悪、処刑されても文句は言えねぇだろうな(他人事)。
「お気になさらず。愛称が同名であったのならば、勘違いされても仕方ないでしょう。他にマリーという名の女性はいらっしゃらないか?」
「いえ……私の記憶にはいないのですが……見落としもあると思うので、他の家にも尋ねてみようと思います」
「頼んでも良いだろうか」
「はい!よろこんで!」
焦った村長が逃げるように駆け出して行った。
よし!ここまではシナリオ通りだ……問題はこの後、どうやって誘導していくかだが……。
「団長」
「どうした?副団長」
さっきまで静かだった副団長が声をあげた。
「啓示が2ヶ月ほど前ですので、私たちがこの村に来る間に、他の村に移った可能性もあるのではないのでしょうか?どうやら旅の者も通りがかるようですので」
「ふむ、確かにそうだな。では、私が隊の半分を率いて他の村にもまわってみるとしよう。副団長は隊のもう半分を率いて王都へ戻り、他の隊も捜索に出てもらうよう要請を出してもらえるだろうか?」
「かしこまりました」
ニヤリ
副団長……あんたって奴ぁ……なんて頭が良くて気がまわる奴なんだ……!!
俺が提案しようと思っていたことを丸ごと代弁してくれるなんて……副団長だ~い好き!
せっかくここまでお膳立てされたんだ、このままごまかし切る!!
「――――お父さん何かあったの?」
「…………」
「ん?(首を傾げる、うん、可愛いね)」
振り向くと、野菜の入ったカゴを背負ったマリーがいた。
……主よ……あなたは私にどれほどの試練を課すのでしょうか……私が人生を終えた際には覚悟しておいてくださいね……全身全霊であなたを地獄のどん底に引きずり降ろしてさしあげましょう……
いや!まだごまかせる!立て!立つんだ!俺!
俺は超絶天才な頭をフル回転させる。
「マリア!おかえり愛しのマリア!今日は帰ってくるのがずいぶんと早かったじゃないか、マ・リ・ア(秘儀ウィンク連射)」
「も~お父さんボケちゃったの?私はマリーでしょ(パッシブスキル、ウィンク無感知)」
「…………」
「「…………」」
「……あれ?言ってなかったっけ?マリーの本当の名前はマリアなんだよ。ついつい可愛くてマリーって呼んでいたけど、お父さん伝えそびれちゃってたか!」
「え!?そうだったの!?」
よし!途中やばかったが、このままの勢いでゴールイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ――――
「団長、少しお話が」
「ん?どうした」
突然、副団長が団長を連れ少し離れた場所に行き、話をし始めた。
何か急用でも入ったか?
と思ったら、おっと副団長が俺を指さして団長に何か訴えかけている。
あの表情は敵意以外感じられないが……副団長……嘘と勘違いで結ばれた私たちの絆を覚えていますか……?
これダメっすね(諦め)。
…と思ったら団長が副団長のことをなだめているぞ。
これはもしかするといけるか!?いけるのか!?
フッ……やっぱり俺の超絶最強最速の頭脳には誰も敵わねぇんだ……ざまぁみろ人類……てめぇらがどうなっても知ったことじゃねぇ……俺が生き残ればそれで良いんだよ……。
数分後、2人が戻ってきた。
「すまないが、一度、2人とも王都まで同行願えないだろうか」
「ずびばぜんでじだ……」
ダメでした。
「ちなみにだが、一応理由を聞いておこう」
「可愛いマリーと離れ離れになるのが嫌で、少しでも一緒にいる時間を延ばすためにごまかしてしまいました」
「そうか」
ギロッ
先生~、副団長くんが僕のことを睨んできま~す、これはいじめではないでしょうか?(自業自得)
副団長なんて大っ嫌~い。
「それでお父さん、どういうことなの?」
「よく聞いておくれマリー……マリーという名前の聖女様がこの村にいるという啓示が教会に授けられたらしいんだ……賢いマリーならどういうことかわかっただろ?」
「…………」
「「「…………」」」
「……うん……村の友達もね……私が使う魔法がみんなと違って不思議って言ってて……お父さんがどんな魔法か一緒に試しながら使い道を探ってくれたから気にしなくなってたんだけど……本当は聖女様の魔法だったんだね……」
「マリー……」
誰だマリーの魔法を不思議だって言った奴ぁあ゛ぁん!?
そいつがマリーのことを教会に告げ口したんじゃねぇだろうなぁ!?
いや、今はそれどころじゃねぇ……もうバレちまったのは仕方ねぇんだ……だがなぜ俺も同行する必要がある?……副団長はなぜ俺を睨んでんだ?…… 労働力はまた後で調達するとして、どうやったら俺は村に残れる?
クソッ、情報が足りねぇ。
「親子の会話中にすまない。聖女マリー様、私は王都第2騎士団団長のヨハン=べーレンブルクと申します。先ほど、『不思議な魔法』と仰っておりましたが、もしや既に聖女の術が使えるのですか?」
「聖女の術……?」
――――コレだ(確信)。
「横から失礼いたしますが、発言よろしいでしょうか?騎士団団長様」
「どうした?」
「私も聖女様の術がどのようなものかは存じ上げませんが、もしかしたら先ほどマリーが申し上げた、『一緒に試しながら使い道を探っ』た魔法がそれに該当するかもしれません」
「……なるほど、もしよろしければ一度見せていただけないだろうか?」
マリーの方に振り向きながら、視線を下から上に持っていくことで色気を出し、眉毛を八の字にすることで困ってる感を演出しながら、いつもの微笑みで俺はマリーに尋ねる。
「マリー、お願いできるか?」
「わかった!」
フッ……娘に頼みごと1つするのにここまで全力を尽くすなんて……俺も成長したな……。
「では村の南にある森のほうへ行きましょう」
「「?」」
俺の突拍子もないような提案に、騎士団の2人は首を傾げる。
そうして歩くこと数十分後。
「アルベルト殿、そろそろ説明していただけないだろうか?」
「そろそろですよ」
「?」
「――――ッ!!団長、魔物です!!聖女様は後ろにお下がりください!」
そこには全身真っ黒で、成人男性の倍以上の大きさのある虫のようなものが飛んでいた。
突然現れたことに驚いた副団長を無視して、
「マリー、いつものを頼めるか?」
「うん!」
マリーは副団長の横を通りすぎて魔物へと向かっていった。
「聖女様!危険で――――」
「《害虫駆除》!」
彼女の手から放たれた神秘の光が壁をつくり、魔物へと広がっていった。
すると、
「――――!?」
魔物が粉々になるように消えていった。
「「今のはっ!」」
2人とも驚いているとこ悪ぃが、これだけでは終わらせねぇよ、もっと驚かせてやる。
「団長様、長旅でお疲れではありませんか?」
「へっ?あっ…あぁ……まぁ……」
驚きすぎて本音ダダ洩れだぞ。
「マリー、疲れているところすまないけどお願いして良いか?」
「全然大丈夫だよ!」
「「?」」
マリーは今度は団長の方へ歩いていき、
「《闘魂流入》」
「――――ぶべはっ!!」
「ちょっとマリー!?なんで顔にビンタしたの!?いつもみたいに背中や腰で良いでしょ!?」
ちょっとマリー!?なんで顔にビンタしたの!?いつもみたいに背中や腰で良いでしょ!?
あっやべ…俺も本音漏れちまった。
「えっ?でも村のおじちゃん達はこっちの方が良いって言ってたよ?」
誰だよ人の娘に変なことを教えた奴ぁ!?
「団長大丈夫ですか!?おい、今のはいったい――――」
「痛……くない。むしろ身体が軽い」
「――――えっ?」
一瞬危ねぇかと思ったが結果オーライ!
「団長様、いかがでしたでしょうか?これらは聖女様の術に近しいものでしたか?」
「あっ…あぁ……おそらく《浄化》と《祝福》だと考えられる」
「良かったです。実は、先ほど『少しでも一緒にいる時間を延ばすため』にごまかしてしまったとお伝えしましたが、もう1つ理由があったのです」
「ふむ……その理由とは?」
「はい。それはマリーに、彼女が使う魔法の認識を訂正させるためであります」
きっと団長は俺がマリーを一生会わせないつもりだったと――――事実ではあるが――――思い、その理由を探るために俺も連行しようとしたんだろう。
ならそうではないと納得できる理由を示してやりゃ良い。
「ほう」
「私も聖女様の術とは思っておりませんでしたので、何に使えるか探っていった結果、《害虫駆除》と《闘魂流入》などの名前を勝手につけていました。しかし、騎士団様がマリーを探されていらっしゃると聞いたとき、『彼女の魔法はもっと特別なものではないか』と考えました。ただ、このままマリーを送り出してしまうと、彼女もそれに気づくのが遅くなり、無駄に勉強する時間がかかってしまうと思いました。そのため、そのことを彼女に伝えた上で騎士団様にお話を通そうと考えていたのです」
これで俺が引き留めようとした理由を疑わずに済むだろう。
「ご理解いただけましたでしょうか?」
「あぁ。アルベルト殿、疑って悪かっ――――」
「ふざけるな!!」
…………へっ?
「さっきから黙って聞いていれば、聖女様の術におかしな名前を付け、しかも聖女様を危険に晒していただと!?いったいどれだけ聖女様を愚弄すれば気が済むんだ!!……団長、先ほども申し上げたように、この者は聖女様を侮り、あまつさえ利用することで、国家転覆を企てております。異教徒です。たった今、私は確信いたしました。即刻、打ち首にするべきです。許可をお願いします」
ハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?えっ!?えぇっ!?さっきそんなこと話してたの!?どんだけ想像力豊かなんだよこの副団長はよ゛ぉ!?いや確かに利用しようとはしてたけど!!えっちょっ待っ…副団長、剣引き抜いてるぅ!?許可出てないのに剣引き抜いてこっち来てるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?
副団長が俺の目の前で剣を振りかぶって……
えっ……これ……俺……終わりじゃね……?
降ろし――――
「待ってください!」
俺の首を切ろうとする剣が止まり、わずかに切れた皮から血が流れる。
愛しのマリー!助けてくれると思ってたよ!
「聖女様!なぜ止めるのですか!?このクズはあなたを侮り、利用しようとしたのですよ!?」
「あなたこそ勝手に決めないでください!!確かに最近のお父さんは寝ている間に怪しい笑い方をしますし、1日ずっと布団で寝ていますし、朝起きたら怪しい笑い方をしますし、お仕事サボりがちですし、村の人とすれ違った後に怪しい笑い方をしますし、日光を浴びると奇声をあげますし、お風呂の中で怪しい笑い方をしますし、お腹のお肉が少し出てきましたし、歯磨き中に怪しい笑い方をします。」
……ちょっと待って副団長さんそこまで言ってなかったよね!?副団長さん知らなかった情報もあるよね!?なんか悪口大会になっていませんかね!?てか俺そんなに怪しい笑い方してた!?ねぇ!?マリーさん!?
「でもお父さんは男手ひとつで私を育ててくれました。私に悪口を言ったこともなければ、私に手をあげたこともありません。困ったときは相談に乗ってくれました。解決するまで一緒に考えてくれました。おかげで私は1人で家事をこなせるほどになりました。村の人とも打ち解けることができました。それもこれも全部!ぜーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんぶ!お父さんのおかげです!!そんなことも知らないのに私のお父さんに悪いことを言わないでください!!」
おぉ……良かった……軌道修正したぞ……。
そしてよく言ってくれた!
「ぐっ……しかし……」
「もうそこで良いだろう、副団長」
「団長!?」
団長が副団長を引き止める。
「アルベルト殿、副団長がすまなかった。彼は入隊したときから聖女様が大好きでな。感情的になってしまったのだろう。」
いやもうそれ『大好き』って限度超えてますよ……完全に狂ってますよね……もはや狂信者ですよね?
「後日、改めて本人から謝罪と、治療費および迷惑料を払わせていただきたい」
「いっ……いえ……私もこうして無事ですし、あまりお気になさらず」
「寛大な心に感謝する」
「あっ……あの……とりあえず私の疑いは晴れたと考えて良いのでしょうか」
「あぁ。私が保障しよう」
「…………」
「…………?」
「…………」
「アルベルト殿……?」
黙り込む俺の顔を団長が覗き込むが、俺はそれどころではない。
俺の心の中では……
いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!勝ったぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!ざまぁみろこんちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
涙を流しながら勝利のガッツポーズを連打していた。
勝った……俺は勝ったんだ……これで心置きなく村での怠惰な生活を続けられるぞ……。
よし、喜ぶのはまた後にして、そろそろゴールインを決めようじゃないか(凱旋気分)
「あぁすみません、考え事をしていました。では、私はこのまま村に――――」
「良かった。そこでだが、王都の研究所にて、研究員として所属していただけないだろうか……ん?……アルベルト殿?」
「…………ほぁっ?今……なんと…………?」
えっ今なんて言った?『王都の研究所』とか言わなかったか?俺の怠惰な生活は?
「ですから、王都の研究員に任命させていただくため、改めてご同行願えないだろうか?と申したのだ。聖女マリー様を見たところ、歴代の聖女様よりも術の成長が早く、精神的にもお強く育っておられると見た。今後も聖女教育を取り行っていく上で、聖女マリー様のすぐそばで育てられてきたアルベルト殿の観点は大変貴重なものになるだろう。引き受けていただけるだろうか?」
「いやです」
「……えっ?」
もうこうなったら自棄だ!処刑は免れたんだ、この際どんな醜態晒そうが拒否ってやる!!
「いや……です。私には守らなければならないものがこの村に――――」
「お父さん良かったね!たくさんの人の役に立てるよ!!」
救世主が後ろで悪魔の微笑みを浮かべているように感じたのだが……マリー……さん……?
「聖女様?先ほど、アルベルト殿は『いや』と仰っていたように聞こえましたが?」
「はい、私はそう言いま――――」
「やだな~団長様。お父さんは謙遜しているだけですよ!しばらく働いてなかったので自信がないんだと思います!だよね?お父さん」
おい、なにを、言ってんだ、この、小娘、は……?
「いやマリー、私は――――」
「出発は明日ですか?」
「あっ、あぁ……そう予定しているが……」
「わかりました!お父さん、もう日も暮れそうだし、さっそく荷造りしに家に戻ろうね!」
コイツ無理矢理話を終わらせやがったぞ……!!
「いやマリー、私は――――」
「それでは明日からよろしくお願いします!いや~もっとたくさんの人の役に立てるって楽しみだね!お父さん!」
もう発言を許されないと理解した俺はマリーに引きずられていく。
……血の涙を流しながら。
俺は……諦めねぇぞ……絶対にこの村に戻ってきてやる……怠惰な毎日を過ごしてやるんだ……誰が人のために……自分以外の奴らのために働いてやるものか……覚えてろよ……こんちくしょぉ……。
そんな様子を眺めながら団長は、
「……今代の聖女様は、本当にお強く成長されたそうだな」
立派な聖女の様子に、今代の国の平和が確実のものと確信し、
「異教徒め……!!私はあきらめないぞ……!!絶対にお前の悪事を暴いてやるからな……!!」
「……強すぎる想いも考えものだな」
部下の教育に想いを馳せるのだった。