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【短編】俺は妹に脅されている。~絶対結婚すると言って聞かない妹が、小学生の頃にあげた『お嫁さんにしてあげる券』を片手に脅してくるんだが~

作者: 月並瑠花

「なぁ、妹よ」

「なにかな、お兄ちゃん」


 最初に強調しておこう。俺――青葉柚希はどこにでもいる平凡な高校三年生だ。

 少し変わったことがあるとすれば、小学二年生の時に父親の再婚でできた二つ年下の義理の妹である蜜莉と二人暮らしをしていることくらいだろうか。


「その紙はなんだ」

「お兄ちゃんが昔くれた『みつりをおよめさんにしてあげる券』だよ? 見たらわかるでしょ?」


 懐から取り出した紙を右手に持って、蜜莉は不敵な笑みを作る。

 確かにそんなのを書いて渡したような気がするな……。今考えると黒歴史級の記憶だが。


 テーブルの上には二人分のお皿とフォーク、そして真ん中にはケーキが置かれている。

 例年通り、ケーキは近くのケーキ屋さんで買ったホールのチョコレートケーキだ。キューブ状の生チョコが乗っていて、小学生の頃からリクエストしている俺の大好物だ。


「お兄ちゃんももう結婚できる歳になったしね。これをそろそろ使おうかな、って」


 上に乗った生チョコを崩さないよう、器用にケーキを切り分けながら、蜜莉は平然とそんなことを言う。見た感じふざけている様子は一切感じない。


 今日は俺がこの世に生まれてちょうど十八年。いわゆる誕生日というやつだ。

 中学生の時から両親が家にいないということもあり、あまり誕生日は好きではないが、蜜莉は律儀に毎年ケーキとプレゼントを用意してくれるのだ。

 いつも通り、このままケーキを食べ、プレゼントを受け取って誕生日会は終了、の流れかと思っていたが、今年はどうやらイレギュラーらしい。


「使おうかなって、じゃないんだけれど⁉ もう少し詳しく説明してくれる⁉ 高校生にもなってさすがに本気で俺と結婚するって言ってるわけじゃないよね?」


 よく漫画とかで見るシチュエーションだ。将来結婚しようねー、って約束を交わすありきたりな『あれ』でしょ?

 別に俺たちの場合は冗談で俺が一方的にしたようなもの。まさか高校にもなってうちの漫画ヒロイン顔負け、生粋のツンデレ妹である蜜莉が結婚したいなんていうわけが――


「え? しないの? ここには結婚を誓うって……」

「まじ?」


 そんな捨てられた子犬みたいなうるうるとした目で問いかけてくるな。そんな唐突なキャラ崩壊、世間が許してもお兄ちゃんは認めないぞ。可愛いから特別に今回は許すけど。


 渡してきたので一応紙を確認すると、全てひらがなの汚い字だが確かにそんなことが書いてある。


「約束を守らなかったら秘密を広めることを許すって……」

「え、そんなことまで?」


 うん、確かに書いてある。

 古代文字のようで解読にほんの少し時間はかかったが。


「いや、まぁ……さすがに子供のおふざけというか、冗談というか……? 別に蜜莉も本気でお兄ちゃんと結婚したいなんて思ってないよな?」

「今もこれからも私は本気だよ? 今日は改めて確認しただけ。お兄ちゃんに拒否権はないからね?」


 そう吐き捨てると、蜜莉は台所にお皿を置いて自分の部屋へと戻ろうとした。そんな蜜莉の小さな背中を見て、俺は何も言えずに見送ってしまった。


 なんだか、蜜莉は変わってしまった。それが最初に浮かんだ俺の感想だ。

 悪いように言えば自分勝手。だが、綺麗な言葉で片付けるなら『強くなった』の方が正しいかもしれない。


 今思い返せば、蜜莉が俺のことをお兄ちゃんと呼び、慕ってくれるようになったのも、あの紙――長いので略すと『嫁券』、それを渡してからだった。

 『嫁券』を渡したのは俺が小学四年生の時。再婚してから二回目の蜜莉の誕生日。それまではずっと俺のことを怖がっていて、話すことは疎か、目を合わせることもできないほどの人見知りだった。


 蜜莉は頭がいい。何故偏差値の高い高校を選ばず、俺が通う高校へ入学したのか不思議に思っていた。今では学年成績一位の秀才で一年生の中では噂になるほど有名らしい。

 それに兄としての贔屓目なしでも、蜜莉は美少女だと思う。家事は全般こなせる上に、料理はレシピさえあれば基本なんでも美味しく作れる。将来の旦那はおそらく苦労しないだろう。


 そう、他人事のように思っていたが、蜜莉自身はそうではないらしい。


 俺はこれからどう蜜莉と接していけばいいのだろうか。

 今まで通りで接せるか、蜜莉の気持ちを汲み取り、好意をそのまま受け取るか。


 静寂に包まれたリビングで一人、俺は頭を悩ませる。

 ケーキを一口、そしてさらに一口。

 頭を使うと甘いものが食べたくなるのは本当らしい。気付けばケーキは半分くらい無くなっている。


 まぁ、おかげで俺の中で一つの答えが出た。

 いくら義理とはいえ、兄妹だ。世間体もある。できるだけ好意は無下にせず、蜜莉の中から俺への恋心を消そう。


 正直言って難しいとは思う。どうすればいいのか、解決策を考えていると、突然リビングの扉が開いた。

 その開いた隙間から蜜莉はひょっこりと顔だけ出して言う。


「あ、そうだお兄ちゃん。一応この紙に書いてある通り、約束破ったらお兄ちゃんの秘密、学校中に広めるからねー。浮気なんて以ての外だよー」


 笑顔で消えていく蜜莉。

 分かったことは一つ。


 ――俺は、妹に脅されている。


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