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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

男装したら嫌いな女に惚れられたので、それを利用して復讐しようと思った女の話

「芹沢さんってさぁ、男子みたいだよねぇ」


 男子っぽい。散々言われ慣れた言葉だ。

 私は背が高い。成長期にバカみたいに伸びて、男子より高いなんてザラだ。

 私は声が低い。電話した時に驚かれる事が何回あったか。おかげで声を高くして喋るのが上手くなった。

 言われ慣れている。悪意が無い事がほとんどだから、一々傷つきもしない。


「あはは……よく言われる」


「あはっ!声ひっくぅ!ホントに男子みたい!ね!佳奈!」


「ちょっとぉ、止めときなよ美香」


 でも、吉川美香(こいつ)だけは。


「髪長いの似合ってないよ!バッサリ切っちゃった方が良いって!」


 相手が何を考えてるかなんて平気で無視して、土足でズカズカと踏み荒らしてくるようなこいつだけは。

 明確に嫌いだった。



 ☆



「お姉ちゃんさぁ、男装してみたら?」


「はぁ?」


 リビングのソファーで横になって、私じゃ着れない物ばかりが載ったファッション誌を読みながら、妹の紗里がそんな事を言い出した。


「喧嘩売ってる?買おうか?」


「や、売ってない売ってない。ボコボコはやだよ」


 紗里は私のコンプレックスを理解している。冗談でもこういう事は言ったことが無い。

 その小さい体を更に縮こませて、紗里はわざとらしく咳払いをした。


「要するにですね、男装という表現は分かりやすいから使っただけでありまして、本質はそこではないのです」


「普通に喋れい」


「あい。ーーつまり!お姉ちゃん自身のキレイを表現するのです!」


 効果音が付きそうな感じで立ち上がり、私に人差し指を向けた。


「私自身?」


「そう!男の子とか女の子とかじゃなく、お姉ちゃん自身に合った姿をしてみようって話」


「……」


「大体お姉ちゃん、ショートにした事すら無いじゃん。もったいないよー」


 この長い髪が似合わないなんて、自分でも分かってる。でもこれさえも無くなってしまったら、私は本当に男の子になってしまうんじゃないか。

 そんな思いから、今まで一定より短くした事は無い。


「紗里は、私が短くしたら似合うとーー」


「思う思う!絶対似合うしキレイだしカッコイイしカワイイよ!」


「……適当言ってない?」


「そんな!キレイは全てを内包するんだよ!」


 ドヤ顔で紗里はそう言った。

 私自身のキレイ。妙に頭に残る言葉だった。

 ……物は試しか。


「じゃ、切ってくる」


「わっ、マジ!?ちょっ、ちょっと待って!今オーダー考えるから!服も必要だよね!あぁん、楽しくなってきたぁぁ!」


 やっぱり適当言って楽しんでるだけなんじゃないかこいつ。



 ☆



「きゃあああっ!やっばあああ!」


「これが私……?」


 善は急げと即効で美容院に引っ張られ、そのまま紗里が用意した服を着させられた。


「……男じゃん」


「そうかもしれないけど!やっぱ似合ってるよお姉ちゃん!なんかこう、抑えつけられてたのが一気に解放された感じ!上切さんも思うよね!?」


「マジパネっす」


 担当してくれた店員さんに同意を求める紗里。あんたら知り合いか。

 ……確かに、似合ってると感じる。

 私がたまに夢見る可愛いの欠片は一つも無いが、似合ってるとは思う。

 悪く、ない。


「あっ!私時間だからそろそろ行くね!町中歩いてみたら実感できると思うよ!マジで似合ってるから!じゃね!」


 そう言い残し、妹は去っていった。我が妹ながら嵐のような勢いだった。


「マジパネっす」



 ☆



「なんか、歩きにくいな」


 服から靴まで、全部紗里が用意した物だ。

 当然気慣れない。というか男物なんだから更に慣れない。

 まるで、全く違う自分に生まれ変わったみたいだった。

 そしてもう一つ。


「見られない」


 以前まで私は目立ちやすかったのだろう。

 町中で。学校で。ジロジロと見られる事なんて慣れっこだった。

 でも、男の子でこれくらいの背丈だったら特に珍しくもない。


「……あは」


 楽しくなる。ただ歩いてるだけなのに。

 紗里の言う私自身に合った姿、私自身のキレイ。

 この時の私は浮かれていた。だからあんな事をしたんだろう。


「ーー?ーー」


「ーー!ーーーー」


「ちょい」


 男にしつこく絡まれて迷惑そうに携帯を弄っている女の子が居た。

 それを見た私は、さながら少女漫画のイケメンの気分で割り込んだ。


「ああ?なんだよーー」


「この子、俺のツレ。オッケー?」


「オ、オッケー」


「ゴー」


 首を振ると慌てて男は駆け出していった。

 多分年上だったんだろうけど、恨めしかった高身長と低音ボイスが初めて活きた。気分が良い。

 でもそれも、すぐに霧散した。


「あ、ありがとうございます」


 絡まれていたのはあいつだった。

 私が唯一明確に嫌う、あいつ。

 顔が歪みそうになるのを抑える。浮かれていた自分とこの偶然を恨む。我慢が出来たのは奇跡だと思う。


「……良かったよ。じゃ」


「あ!待って、下さい!」


 何を思ったのか、早々に立ち去ろうとする私を引き止めやがった。

 恐る恐る顔を見る。


「お、お時間、有りますか?」


 学校じゃ見たことも無いような顔で、吉川はそう言った。



 ☆



「キョウヤさんは、大学生なんですか?」


「ああ、うん」


「ですよね!めちゃくちゃ大人な感じで、その、かっこいいです!」


「美香ちゃんは高校生?」


「はい!今は二年生です」


 私は何をやってるんだろう。

 浮かれて普段じゃ気にもしないトラブルに割って入って、結果偽名を使ってまで大嫌いなやつとどこへ行くでもなく喋りながら歩いている。キョウヤは従弟の名前。

 上がったテンションはもう冷め切っていた。代わりに生まれたのは、小さな悪戯心。


「待ち合わせ」


「へ?」


「してたみたいだけど、良いの?」


「ああ!大丈夫です!暇だったので!」


 髪、服、声。ここまで違うとバレないらしい。

 席順がずっと近いのもあって、吉川は良く話しかけてくる。そしてその都度私を苛立たせる。

 そんなやつが今、私と知らずに学校じゃ使ってるのを見た事が無い敬語で話している。


「俺ふらふら歩いてただけだから、目的地とか無いんだけど」


「あ、そうだったんですね。……あの、お昼まだですか?」


「うん。美香ちゃんも?」


「はい!……ご、ご一緒させてもらえませんか!」


 緊張した様子で吉川はそう言った。

 吉川のこんな顔、見た事が無かった。男子にも女子にも、いつもへらへらと笑って軽薄に接するのがコイツだった。

 小さな悪意が大きくなる。顔に浮かびそうな意地の悪い笑みを、自然な笑みに変換する。


「良いよ。俺の奢りかな?」


「や!そんな!払いますよ!ここらへんに美味しい(とこ)あるんです!えっと、どこだったかなぁ……」


 無神経に男子に昼ご飯をねだってたようなやつが、うっすらと頬を赤くして携帯で店を探している。

 笑える。本当の事を知ったら、どんな反応をするんだろうか。

 本当の私が漏れ出ないように、私はコイツが夢見るようなキョウヤを演じた。



 ☆



「ただいま」


「おかえりー。いやー、イケメンが家に帰って来るっていいねー」


「……男物の服、まだある?」


「お!自分の魅力に気づいちゃった!?色々あるから任せてよ!」


 ウインクとグッドサインをしながら紗里はそう言った。なんで男物をそんなに持っているのかは気になるが、役に立つ妹だ。


「あと、ウィッグある?」


「あるけど、隠しちゃうの?」


「明日だけね。後で渡して」


 明後日から冬休みだ。どうせそれが終われば髪の事はバレるが、明日だけは隠しておきたかった。

 紗里は少し不可解そうな顔をしていたが、気にせず部屋に戻る。

 ベッドに倒れこみスマホを見る。画面には吉川の電話番号が映っていた。


「結局、気がつかなかったな」


 終始吉川は借りてきた猫のような調子だった。番号を交換する時なんて、告白でもするんじゃないかって感じ。


「そういう事だよね」


 吉川は、私が演じるキョウヤに惚れている。恋愛ごとに鈍い私でも分かるくらい露骨だった。

 頬が緩むのを感じる。


「楽しみ」



 ☆



「冬休みどーする?どっか行く?」


「私もうバイト入れちゃったー」


「マジ?空いてる日ーー」


 ウィッグでも以外とバレないらしい。流石に他クラスの友達にはバレたけど、注目さえされなければ大丈夫だろう。


「美香はー?」


「あー、私はちょっと付き合えないかも」


「バイト?」


「いや、うん、ちょっと」


「なにその反応。--もしかして彼氏!?」


 目の前で吉川のグループが駄弁っている。明日から始まる冬休みの話題。こういう時真っ先に話に乗るのが吉川なんだろう。周りの女子が驚いている。


「まあ、そんな感じ」


「めずらしー!美香ってそういう話無かったのにー」


「なになに?いつの間に知り合ったの?」


 一瞬で話のマトになる吉川。クラス中に聞こえてるせいか、グループ外からも注目されてる。

 周りの反応は色々だ。興味津々で話を聞こうとする男子は結構多く、ショックを受けてそうなのも居る。

 男子女子問わず同じような調子で話しかけて容姿も良い吉川は、多分人気があるんだろう。

 その分、私のように無遠慮な言動で嫌いだというのも居る。話が聞こえてくるのが鬱陶しいのか教室から出ていく男子も居た。


「も、もぉ、止めてよー」


 しどろもどろになる吉川は、昨日の様子そのままだ。

 私の推測は間違ってない。この冬休みで、キョウヤとの距離を縮める気なんだろうか。

 完全に浮かれている吉川は、私には滑稽にしか映らなかった。



 ☆



 冬休み。

 この適度な短さが私は好きだ。


「へー、そっちも冬休み始まったんだ」


「大学でも冬休みってあるんですか?」


「長期休みは高校までと変わんないよ」


 大学の事なんて私も知らないが、適当に返してもバレないだろう。


「そうなんですね!ちょうどキョウヤさんも休みだって聞いてびっくりしました!」


 何しろキョウヤの前では吉川はコレだ。微塵も疑ってない。


「ごめんね。行先とかそっちに決めさせちゃって」


「いえいえ!私から誘ったんだから当然ですよ!任せてください!」


 冬休みが始まって早々に、吉川は連絡を取って来た。早すぎて少し笑ったが、それほどキョウヤが気になるのだろうか。

 遊びの誘いに応え、紗里から服を借りて、こうしてまた吉川の前でキョウヤを演じている。


「こ、こっちです!ここら辺にの近くに友達と良く来るーー」


 本当に、楽しそうな顔だと思った。



 ☆



 冬休みは短い。今年は特にそう感じた。


「あの、交換しませんか?」


 吉川の前でキョウヤを演じる日々。私もどんどん調子に乗って、理想に応えていく。


「やっぱりあの映画微妙でしたよね!?良かったー私だけじゃなくて」


 目の前で楽しそうに笑う吉川に調子を合わせるのにも慣れた。


「も、もうすぐ年越しですね。……初詣、行きませんか?」


 本当に楽しそうで、時々あの無遠慮な言動を思い返したりもした。


「キョウヤさんって彼女とか、いるんですか」


 私は、キョウヤを演じている。



 ☆



「好きです、キョウヤさんの事が。あの日助けてくれた時から。私と、付き合ってください!」


 来るだろうな、とは思っていた。

 年が明けて、冬休みも終わりが近いくもりの日。そこで来た緊張感の籠った呼び出し。

 待ちに待った瞬間だった。


「……それに答える前に、言わないといけない事があるんだ」


「?なんですーー」


 袋に入れて来たウィッグを取り出して被る。

 私の突然の行動に目を丸くしていた吉川の表情が、徐々に驚愕の表情に変わっていく。


「芹、沢さん?」


「良かった、気づいてくれて」


「声が……」


 もう出すのが慣れ切った低い声を普通に戻す。ここまですれば理解出来るだろう。


「今までの、全部私だから」


「な、なんで……」


「あの日、色々あって男装してたんだ。そこでちょうど、吉川さんに勘違いされちゃってね」


 理解が追いついていない顔だった。何か言い返してもこない。ずっと、揺れた目で私を見ている。


「よく、私の事男子みたいだって言ってたよね。それが理由でした訳じゃないけど、この格好は結構好きなったよ」


「……」


「でも、あの言葉でずっと苛ついてたんだよ?触れてほしくなかったから。そっとしといてほしかったから」


「……大学生って……一人暮らしだって……」


「全部嘘」


 ウィッグを取る。もうやりたかった事は終わった。

 立ち去ろうとすると、吉川の小さな声が聞こえた。


「キョウヤ、さん」


「居ないよ、キョウヤなんて」


 振り返らない。追いかけて来る気配も無かった。

 演じていた時間は終わった。もうキョウヤである必要も無い。

 このささやかな復讐が終わった時、私は晴れ晴れとした気分になるんだと思ってた。

 雨が降り出している。雪ですらない。


『つまり!お姉ちゃん自身のキレイを表現するのです!』


 ーー全然汚いじゃん、私。



 ☆



 冬休みが終わった。

 学校が始まってどうなるか。少なくとも、キョウヤの真実と私の所業を吉川が広めて、周りが同情していじめのようなものが始まるんだろうな、とは思っていた。


「ねえ、美香どうしたんだろ」


「ダルくて休んだんじゃないの?」


「いや、さっき電話したらちょっと泣きそうになってたんだよね」


「は、マジ?」


 私はクラスで影が薄い。そんなやつが大胆に髪を切っても、そこまで注目はされなかった。

 吉川は来ていない。その不在をグループが話している。


「アレじゃない、彼氏となんかあったとか」


「いや、美香が泣くってよっぽどだよ?そいつクソ男じゃね?」


「とりあえず、放課後美香の家行こう」


 面白がるような口調じゃない。本気で吉川の事を心配している。

 吉川は敵を作りやすい。でもその分、好かれやすくもある。

 この冬休みで理解した事だった。


「ーーーー?--」


「ーー。----」


 その日の授業は、何も頭に入らなかった。



 ☆



『私が告白した場所に来てください。お願いします。謝りたいんです』


 そんなメールが届いた。学校が終わって、家のソファーでぼーっとしてた時だった。


「ねえ。謝られたら、許さないといけないと思う?」


「……うーん」


 みかんを食べながらゲームをしていた紗里にそんな質問をした。

 少し唸った後、こっちを見る事も無く紗里は答えた。


「別にそんな事は無いとおもうけど」


「そう」


「でも、本気で謝ろうとしてる人って、多分苦しんでる人なんじゃないかな」


「……」


「ま、私は本気で謝った事ないけどねー」


「……出かけてくる」


「いってらー」



 ☆



 本当に吉川はその場所に居た。

 辺りはもう暗いが、街灯で顔が見える。目元が晴れていた。


「ごめん、なさい……」


 泣き出しそうな声の謝罪。

 学校でも冬休みでも、こんなに真剣な吉川は見た事が無かった。


「私、そんなつもりで言ってなかった……芹沢さんが嫌がってたなんて、思ってなかった……」


「……」


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 そう言って、吉川は地面に崩れた。膝を地面に付けて、静かに泣いてる。


「でも、キョウヤさんが好きなんです」


 縋るような声で、絞り出すようにそう言った。

 私は膝を付けて、吉川の肩に手を置いた。涙と嗚咽で歪んだ吉川の顔が上がる。


「正直、許せるって感じはまだしない」


「……」


「でも、許そうとは思ってる。……私はキョウヤじゃない。それでも、良い?」


 今の私の恰好は、紗里から借りたもう慣れ切った男物の服と、ウィッグも付けてない短い髪。

 キョウヤなんて関係無く、これが今の私だと思った。


「うん……!」


 少し苦しそうな声で、吉川はそう言った。

 その涙も苦しそうで、思わずその顔を胸元に寄せた。


「……!……!」


 静かに吉川が泣いている。

 ふと空を見たが、暗くて何も見えやしない。

 でも、雨は降ってなかった。

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