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では、私も浮気(仮)してみたいと思います。

またも思い付きですみません……。


浮気した事を責められた人が「じゃあお前も浮気してみたら? 出来るものなら」という事を言う心理に対して、じゃあ実際そうしてみよう、と思う女の子の話です。


ざまぁとかは無い予定。

「ねぇ本当にいいの?」


「いいっていいって。バレないからさ」


「まぁそうね。あの子鈍いもんね。だって私と2年も親友って言っているのにあなたとこんな関係だってこと全く気付いてないもの」


ふふっ。という笑い声。完全に私は見下されている。幸か不幸か私の手元にはお父様が発明された録音機なるものがあってこの会話は録音されている。そして私は……この場から動けなかった。頭ではこの場を離れる方がいいって分かっているのに身体が全く動いてくれない。


「本当か⁉︎ アイツバカだなぁ。俺とアリーはアリーとアイツが親友になる前からの関係なのに」


「本当よねぇ。私もいつ気付くかしらって思いながらもう2年よ? 鈍過ぎて笑えるわ」


「全くな。あーあ。アリーの方が可愛いし身体の相性もバッチリだしアリーと婚約したかったなぁ。なんでアイツが婚約者なんだか」


「本当よ。ねぇ婚約破棄出来ないの?」


「無理無理。アイツん家の金目当ての婚約だぜ? アリーん家にアイツん家と同じくらい金があるなら話は別だけどさ」


「さすがに無いわね……」


「なぁアリー。アイツとの結婚まであと2ヶ月だけどさ。初夜に俺んとこ来いよ。あんな胸も尻も無い女なんか抱きたくねぇし」


「ヤダ、もう、ハイルってば。でもそうしよっかな」


「アイツはお飾りの妻でアリーを実質の妻にしてやるよ。表向きは愛人だけどさ」


「ホント⁉︎ 妻にしてくれるの⁉︎」


「してやるしてやる。あんなお子様体型のファルなんて欲情もしねぇよ」


「そんなこと言って! ファルが愛人を持ったらどうするつもり?」


「愛人⁉︎ あのお子様体型に⁉︎ 相手の男に見る目が無いって思えるね! 出来るもんなら作ってみれば良いさ」


えっ? 本当に良いんですか? 本当にそう思いますか? じゃあ愛人を作りましょう。……ってお相手が誰も居ませんでした。


「ふふっ。悪い男」


その後は抱き合って口付けを交わす私の婚約者と親友。この2人……私を見下して莫迦にしているけれど、ここが私の家であるログリオ伯爵家の屋敷内って分かってるのかしら。しかも今日は私の17歳の誕生日なんですけど。別にハイルを男として愛していたわけじゃないけれど、私の誕生日パーティーに来ていてこれは無いと思う。


ちなみに現在私がここにいるのは、お父様がプレゼントして下さった発明道具の一つ録音機ともう一つ写真機なるものがどんなものか使いたくて外に出て来た所だった。そして婚約者と親友が見えたから近寄ったら先程の会話が聞こえてきた。

あまりにも惨めな誕生日パーティーになってしまった。さて、どうしよう。あ。写真機なるもので2人の口付けシーンもこっそり撮りまして今はようやく動いた身体に安堵しつつ2人から離れたところです。


「どうしましょうかね」


「何が?」


「わっ」


独り言に返事が来たので驚いた私は振り返る。そこには従兄弟で3つ年上のヘンディルが立っていた。私のお父様の発明を手伝っているヘンディルは我がログリオ邸で暮らしているのでほぼ兄のような存在。


「ヘンディル。パーティーが終わったらお父様と一緒に話を聞いて欲しいのだけれど」


「いいよ」


そんなわけで私はヘンディルにエスコートされて会場に戻った。少ししてアリーが。更に遅れてハイルが戻って来て私の隣に何食わぬ顔で立つ。アリーも親友の顔で私の側に来た。そのアリーはヘンディルに視線を向けて驚いている。


「えっ? 誰?」


「誰ってヘンディルよ」


「嘘! だっていつも目元まで隠れた前髪じゃない! しかもボサボサで!」


「何言ってる。可愛いファルの誕生日パーティーなんだから身嗜みくらい整えるに決まっているだろ。それにここ数年は叔父上の発明に付き合ってファルの誕生日パーティーに参加出来なかったからな。やっと久しぶりに参加出来るんだから余計に身嗜みは整えたいだろう」


アリーと私の付き合いは2年程。普段のボサボサの髪にだらしない服装のヘンディルしか知らないからアリーが驚いているらしい。一応私の隣にいるハイルは私達が12歳からの婚約者なので当然ヘンディルの顔は知っているので何も言わなかったが。


「えええ! ヘンディルってこんなにカッコ良かったの⁉︎」


アリーの素っ頓狂な声に私は思わずチラリとハイルを見た。案の定ヘンディルを睨み付けている。アリーがヘンディルに少しずつ近寄っているのを見て眉間の皺が出来た。嫉妬ね。莫迦みたい。


「アリー。もうお開きにするの。悪いけれどヘンディルと話したいなら日を改めてくれるかしら」


まだ未成人の私の誕生日パーティーなので夜中にならない前にお開きにするのが当然なのだ。アリーが不服そうな顔をしているけど、あなたさっきまでハイルとイチャイチャしていたでしょう。ハイルが怖いわよ。私はそんなハイルとアリーを横目に主催者として挨拶をする。


発明バカのお父様は必要最低限のことを終えると居ないのが常なので、お母様がご存命の時はお母様が社交を一切引き受けていた。……一応当主はお父様なんだけどね。元々男爵家だった我がログリオ家はお父様の発明が国を豊かにしたことで5年前に伯爵位を賜った。つまり陞爵をした。ここに招待された客のうち、何人が本当に我がログリオ家の味方なのかというところ。殆どはヤッカミがあるもののお父様の発明に頼っている家が多いから仕方なく参加しているだけの方達。


私とハイルの婚約もお父様の発明で財産がかなり貯えられてそれを狙ったハイルの家からの圧力で婚約が成立しただけの関係。ちなみにハイルの家は一応公爵家だけどハイルの両親もハイルも見栄っ張りの所為でその実情は辛うじて借金をしていない状況。借金をしていないのはウチからの支援金があるから。


ハイルは一応跡取り息子で私はログリオ家の一人娘なので婿取りなのに無理やり嫁に行くことにされた。一応腐っても公爵家。逆らう事は出来ない。でも国王陛下が見るに見兼ねてお父様に養子を迎える事を認めて下さった。その養子がヘンディル。でもまだヘンディルは養子縁組をしていない。私が結婚してから養子縁組をするらしい。


そんなヘンディルに婚約者が居ないので来月行われるヘンディルの誕生日パーティーは婚約者探しも兼ねている。もちろんそのパーティーも我が家で執り行う事になっていた。


さて。招待客が全員帰ってから使用人達に後片付けを頼んで私はヘンディルとお父様の執務室に向かった。大概この執務室で発明品を考えているが居なければ発明品を作る実験室だろう。果たしてお父様は執務室にいた。


「誕生日おめでとう、ファル。そしてどうしたんだい? ヘンディルと一緒なんて」


「お父様とヘンディルにお話があります。あ、お父様、この写真機のものを紙に写して下さい」


「分かった」


お父様が首を傾げながら紙に撮った物を写してくれています。この世界魔法があるので魔力を込めれば直ぐに出来るっていいですね。アリーとハイルの口付けがバッチリの写真が出来上がったところで録音機に魔力を込めて再生しました。全てが終わったところでお父様とヘンディルがお怒りモードです。


「婚約破棄だ婚約破棄」


「ヘンディル。怒ってくれるのは嬉しいけどハイルの家に多額の支援金があるの。それが返って来ないのに?」


「しかし、こんなファルを見下したような男と女が婚約者と親友なんて」


「うん。私も物凄く怒っているよ。でもね。少し仕返しをしたくないかい?」


お父様が何か怖いオーラを背中から出して微笑んでいます。お父様は実は転生者という存在らしくて日本という国の人だったそうです。物を造る事をお仕事にされていたのでその記憶を元に発明されていますが、日本という国に居た時のお父様は私くらいの年齢の頃、暴走族というお仕事もされていたそうです。この暴走族ってどんなお仕事なんですか? と小さい頃尋ねたら、今のように怖いオーラを背中から出しながら笑って馬車より早い乗り物であちこちを走りながら悪い人達とケンカするお仕事だと教えてくれました。


馬車より早い乗り物なんてあるんですね!

そして悪い人達とケンカするなんてお父様は怪我をしなかったのですか?

と尋ねたらお父様はとてもとても強かったそうです。なんでも王族を守る近衛騎士並みに強いとか。お父様ってばカッコいいです!

そんなお父様に鍛えられたヘンディルも実は騎士団に入らないか? と誘われる程強いらしいのですがヘンディルはお父様の発明を手伝う方が好きらしいので断ったとか。お父様もヘンディルも凄いですよね!

あら。思考が飛んでました。


「仕返しってどんな事をするんですか?」


「ハイルが言っているじゃないか。ファルに愛人が出来るなら作ってみろって」


「はぁ、まぁそうですね」


「だから作ってみれば良いんじゃないかな? まぁ結婚前だから愛人じゃなくて恋人だけど」


「えええええ⁉︎」


作ってみろと言われて作れるものなのでしょうか? というか私にそんなお相手が居ませんが。


「相手が居ません」


「いるじゃないか隣に」


隣⁉︎ 隣はヘンディルです。視線がバッチリ合いました。えっ? ヘンディルを恋人ですか? 兄みたいな存在ですよ?


「ヘンディルは従兄弟だから別に構わないだろう?」


「それはまぁそうですけど。ヘンディルの気持ちは」


「俺は良いよ。ファルを見下されて許せないし。ねぇ叔父上。支援金はいくら渡したんですか? その支援金は取り返す事は無理でしょうけど、それを上回るくらい稼ぎますからファルの婚約は無かったことにしませんか?」


「もちろんそうするよ。婚約破棄をさせてもらう。但しファルにもきちんと相手が居るよっていうくらいはやり返したって良いでしょ」


「お父様。そんなに簡単に公爵家との婚約が無かった事に出来るとは思えません」


「ん? 大丈夫大丈夫。お父様はなんて言っても昔は暴走族のリーダーだったからね」


そうでした。お父様は近衛騎士と同じくらい強いお方でした。そのお父様が仰るなら間違いない気がします。それにお父様を伯爵に陞爵させて下さった陛下は、実はお父様がお命を狙われた陛下を助けた事からお父様に恩を感じていらっしゃるそうです。ちなみに陛下がお命を狙われたのはお忍びで城から出て街に居た時の事だったそうで。まだ陛下が王太子殿下だった頃のことだそうです。護衛が2人のみだった陛下を暗殺者は知っていらしたようで護衛の隙を突いて襲い掛かったところにお父様が追い払ったとか。お父様カッコいいです!


さすがお父様です。お父様の娘であることを誇りに思います!

お母様はお父様に一目惚れしたそうで、お父様に猛アプローチの末に結婚したそうです。お母様は子爵令嬢だったのでかなり反対されたそうですが、お父様が発明品でお金を稼ぐようになったら掌を返して認めて下さったとか。お母様ってばお父様を選ぶなんてさすがですよね! 見る目があります!


「お父様にお任せします」


「ん。じゃあファルはヘンディルと恋人同士に見えるように頑張るんだよ?」


「……が、頑張ります。ヘンディルよろしくね」


「うん」


「そうそう。ヘンディルと恋人同士をやる時はサラシは取りなさい」


「えっ?」


「だって胸も尻も無いなんて失礼極まりないでしょ。このログリオ伯爵である私の可愛い娘に対して。ファルのお母様である妻に似た美人でバランスバッチリなボンキュッボンのファルに対してお子様体型なんて許せないよね」


「……お父様。何故私の体型がお母様そっくりだってご存知なのですか?」


私はお父様に言われて胸にサラシというものを巻いてます。コルセットよりキツくないものの胸が窮屈です。多分今のドレスでは胸部分がかなりキツイことでしょう。ちなみにお父様のそういう考えを知っているデザイナーさんが私のドレスをデザインして作ってくれています。あの方無くして私のドレスは成り立ちません。もちろん女性の方です。


「マダムからスリーサイズはバッチリ報告されているからね!」


満面の笑みのお父様にポカポカ殴っておきました。マダムとは、私のドレスをデザインし作って下さっている方のこと。サラシを取り外した下着姿で採寸も受けています。サラシを取ったドレスを着る事がいつでも出来るように。そのサイズをマダムはどうやらお父様に報告していたようです。恥ずかしすぎます!


「えっ? ファルってあの叔母上と同じ体型なの⁉︎」


忘れてました。ヘンディルもまだここにいました……。ヘンディルはお母様のお兄様の息子なので母方の従兄弟というやつです。そしてお母様の家は皆、顔立ちは整っていてヘンディルも例に漏れず中々に美しい人です。普段はその顔を隠すようなボサボサ髪ですけど。


自分で言うのもなんですがお母様似の私もそこそこに悪くない顔立ちだと思います。だからハイルは「顔は良いんだけどな」と良く言います。顔は、という裏を読めなかった私は今日初めてその裏の意味を知りましたが。顔は良いけど身体はお子様なんだよな。って事だったようです。


「そうだよ。でも可愛いファルが男共の欲望の視線を集めるのは我慢ならないから隠す事にしたんだ」


驚いて私の身体をジッと見つめるヘンディル。私は顔が熱くなるのが止められないままどうしようかと視線を彷徨わせるとお父様がアッサリと頷きました。ヘンディルは「そうなのか」と納得してようやく私の身体から視線を剥がしてくれました。確かに今のドレス姿じゃ信じられないですもんね。


ヘンディルが驚いたようにお母様はお胸が物凄く豊かな方でした。お父様はそのお胸に顔を埋めるのが至福だと良く仰ってました。ちなみに再婚話がしょっちゅうあるお父様ですが、お母様以外の女性に興味が無いと言い切って全てお断りしてます。お母様のようにお胸が豊かな方でも興味が無いそうです。もちろん爵位が上だろうが美人だろうが興味無し。そんなところも私がお父様を大好きなところです。


「ではヘンディルと恋人同士の時だけはサラシを取り外すんですね?」


「うん。だけどそれをハイルに見せつけないとね? 多分ハイルの事だから胸が偽物だと疑うだろうけど」


「ニセモノ? 胸って作れるんですか?」


お父様はお胸を作る方法までご存知なんですか⁉︎


「ドレスの中に色々詰めれば豊かに見えるよ」


「はぁ……そんな方法があるのですか」


さすがに胸は作れないみたいです。そうですよね。作れるって言われたらそっちの方がビックリですよね!


「まぁファルには必要無いものだけどね」


「ニセモノだと疑われたらどうするんですか?」


「別に良いんじゃない? どうせ結婚はしないんだから」


そういうものですか。よく分かりませんがお父様の仰ることは正しいので言う通りにしたいと思います。ヘンディルに向き合って改めて頭を下げました。


「ではヘンディル。よろしくお願いします」


「うん。いいよ。じゃあ早速次にあの男に会うのはいつか教えて?」


「ええと。5日後です。月に1回の婚約者同士の交流です」


「何時?」


「お茶なので午後ですね」


「じゃあいつもの時間だね。その日に出かけようか。それで遅れよう。ウチに来るんだろう?」


「ええ」


「遅れても問題無いよ。偶には義理の父親と話をしたって文句は言うまい」


ヘンディルと打ち合わせをしているとお父様がニヤニヤと笑っています。こういう時のお父様には逆らわないのが一番です。そんなわけで色々と打ち合わせをして準備もします。でも5日でドレスなんて仕上がりません。さてどうしましょう? と首を捻っていたらマダムがいつでも着る事が出来るように、と本当のサイズでドレスを作ってくれていました。


そういえば、そういうお話で採寸をしていましたね。本当のサイズで着る事なんて一度も無かったのでついつい忘れてました。とはいえ昼間ですからドレスというよりワンピースですが。


そんなわけでハイルとのお茶会当日にワンピースを着てヘンディルとデートに行きます。それにしてもさすがマダムです。お胸が窮屈じゃなく私のサイズピッタリのワンピース。ドレスでもないからコルセットも無くてこんなに身体が解放されているのは凄く嬉しいです。これだけ解放感があるとコルセットは仕方ないにしてもサラシはもう付けたくないです。お父様にお願いしてみましょうか。


「ヘンディルお待たせしました」


「いやそんなに待ってないから……」


大丈夫と言おうとしたのでしょうがヘンディルが固まりました。何故?


「ヘンディル?」


「本当に叔母上と同じ体型なんだなぁ」


どうやらお胸を見られていたようです。


「あの……」


「あ、悪い」


ジッと見られて恥ずかしくなった私がヘンディルを見ればヘンディルも顔を赤らめて視線を外します。それから改めて私の顔を見てにこりと笑いました。


「ワンピース、良く似合ってる。行こうか」


ヘンディルが腕を差し出したのでそっと手を乗せると馬車までエスコートしてくれました。今日は恋人同士ということで隣合って座ります。時々ヘンディルと馬車に乗る時は向かい合っていたのでなんだか新鮮です。なんでしょう。ヘンディルの腕や肩と密着している部分が熱く感じます。


「どうかした?」


普段は他愛無いお喋りをする私なのに黙っている事が不思議なのかヘンディルが尋ねてきます。その低い声が頭の上から降ってきてなんだかドキドキします。いつも聞いている声なのに何故でしょう。


「なんだかよく分かりませんがいつもとは違っていて」


「いつもと違う、か。身体が窮屈じゃなくなって解放されているからじゃない?」


「それもありますけどそれだけじゃなくて。なんだか心臓の音が強く聞こえる気がします」


「それは俺の?」


「いえ、私の」


ヘンディルの声が少し掠れて上擦ったいるように聞こえます。何故でしょう。私もいつもより小さく答えてしまってなんだか顔が熱くて恥ずかしいのです。どうしてかしら。ちょっとだけヘンディルをチラリと見ればヘンディルも私を見ていて視線がバッチリ合いました。それが凄く恥ずかしくて視線を直ぐに逸らします。こんなに近い距離は幼い頃は良くあったのに幼い頃と違って今は何か話したいのに話すことさえ浮かびません。無言のままですが不思議と居心地は悪くないです。


これがハイルだと無言が凄く居心地が悪くて肩身が狭い思いをするのに。私の気が利かないと文句を言われた事もあります。ハイルは殆ど話しかけてこなくて私が何か話さないと会話になりません。それでいて黙ったままだと気が利かないと文句を言われる。これって私が悪いのでしょうか。


「ヘンディル」


「なんだ」


「あの、その」


何か話さなくちゃ、と焦る私を見てヘンディルが頭を撫でてきました。


「落ち着け。話があるならきちんと聞く」


「……ううん。何か話さないといけない気がして」


「いや。無理に話さなくてもいいだろう? 別にファルと無理に話さなくても話したい時に話せば良いと思う。いつもそうじゃないか。話さなくても2人で肩を並べて空を眺めるだけだった事もあった」


それはまだハイルとも婚約していない幼い頃のことで。ずっと空を眺めていてもつまらないとは思わなかったし、いつの間にか互いに頭を寄せて眠ってしまう事もあった。


「そうね」


そうか。無理して話す必要が無いのか。そう思ったら緊張していた気持ちが切れて自然な自分になれた。身体も変に固かったけれど力が抜けて楽しくなる。


「ヘンディル。楽しみだわ」


私が見上げて笑えばヘンディルも嬉しそうに笑ってくれた。それから直ぐに目的地に着いて買い物をします。高位貴族だと店に出向かず商人を屋敷に呼んで買う物を選ぶのが普通ですが、私はお父様の方針で自分から買いに行く事を小さな頃から躾けられています。だから今もこうして出かける事に何の違和感も無いのですが。ヘンディルのエスコートが自然で私も自然に寄り添いながら買い物をします。それがお父様と一緒に買い物をするくらいとても楽しいものでした。


気に入った物をいくつか買い求めるとその支払いは「こういう時は男が支払うもの」というヘンディルの言葉につい甘えてしまいました。ハイルとこんな風に2人で出かけて買い物をしたことなどなくて、プレゼントは当たり障りの無い流行の物でした。それって考えてみたら流行の物をあげておけば問題無いだろう、という考え方が透けて見えます。そういう人だから私はハイルを好きになれないのでしょうね。


そんな事を考えながら帰りの馬車。私はヘンディルに心から感謝を込めてお礼を言いました。


「ヘンディル、ありがとうございます。とても楽しかったです」


「俺も楽しかったよ」


私の心からのお礼だと分かったのか、ヘンディルが優しく笑います。ヘンディルってこういう風に笑う時目尻に皺が出来るんですよね。昔からそれが可愛いなって思ってました。


「え」


「え?」


戸惑ったようなヘンディルの声に私が首を傾げるとヘンディルは困ったように私を見ます。それから視線をずらして私もヘンディルのその視線に合わせて視線をずらせば、私の手がヘンディルの目尻を触っています。


「あっ! ごめんなさい!」


私ってば何をしているのでしょう。可愛いなって思って……どうやら無意識のうちにその皺を触っていたようです。


「いやいいけど。どうした?」


「いえ。昔からヘンディルの笑顔が好きで。その目尻に皺が出来るように笑うので可愛いなって思っていたんです。それで」


「……触りたくなった?」


「多分? ヘンディルに指摘されるまで無意識だったので分からなくてごめんなさい」


あまりの恥ずかしさに顔を俯かせて言い訳をしていたから私は知らない。ヘンディルが耳まで真っ赤に染まりながら片手で口元を隠していたことを。その隠された口元が緩んでいることを。


「目尻の皺。触りたければいつでも触るといいよ」


やがてポツリと落とされた言葉に私は少ししてからコクリと頷きました。その時でした。馬車がガタンと揺れて私は思わずヘンディルに縋りました。


「大丈夫か?」


「はい。石に乗り上げたのかしら」


「そうだろうな。馬車の故障というわけでは無さそうだし」


縋ったままヘンディルに尋ねてヘンディルも私の背中に手を回して支えつつ私の問いかけに答えてくれます。当然それだけ近い距離で視線が合って……私の心の音が強く強く聞こえてきました。恥ずかしいのにヘンディルの夜空を思わせる濃い青の目から目が逸らせません。ヘンディルのその目にいつの間にか私の顔が映し出される程近づいて、ヘンディルが少しだけ首を傾けたところで私はそっと目を閉じました。


その直後に重なった唇。


婚約者が居るのにヘンディルと口付けをしている事実はとても恐ろしい気がして身体が少し震えます。そんな私に気づいたのでしょう。ヘンディルが私の背中を落ち着かせるように撫でてきました。その手の暖かさにホッとしてヘンディルの顔が離れたところで、急に恥ずかしくなってその胸に顔を埋めました。


「あーもう、可愛いな。ファル。もうダメだ。伝えるつもり無かったけれど小さい頃からファルが好きだよ。ハイルなんかと婚約されてショックだったけど。でも諦めきれなかった」


ヘンディルの告白に顔を上げれば真剣なヘンディルの表情が私を見ています。


「でも、私は……」


「婚約者の存在は取り敢えず忘れて。ファルは俺と口付けを交わして嫌だった?」


顔を横に振ります。嫌じゃなかった。寧ろ心がポカポカして嬉しい。


「私、私もヘンディルが好き」


そう。これはきっと好きって感情。ずっとヘンディルの腕の中に居たいと思う。とても安心出来るのです。


「良かった。だったらしっかり婚約破棄して俺と結婚しよう」


「はい!」


嬉しくて元気いっぱいに返事をしたらヘンディルがまた目尻に皺を作って笑ってくれました。


それに考えてみたらハイルは私の誕生日パーティーで言ってました。


「愛人を作れるなら作れば良い」


って。まぁハイルと結婚はしないので愛人ではなく恋人ですが作りました。ちゃんと私を好きでいてくれる人です。私もヘンディルが好き。王命でも無いし政略でもない私とハイルの婚約は比較的簡単に破棄出来る事でしょう。それに何と言ってもお父様は私の望まない結婚を強いるような方ではありません。


そろそろ来ているだろうハイルの事を考えれば溜め息が出そうですが、婚約破棄を突き付けるのですからそれまで我慢です。それに隣にはヘンディルが居てくれますからきっと何とかなります!

書いているうちに妙に甘い話になってきました……。後半、なんでこんなに甘い話なんだろう?


というところで次話はヘンディル視点です。


胸に関する発言が多いのでR15指定してます。(多分要らないレベル)


ハイルvsヘンディル。プラスファル父。

多分ファル父の方が出張る気がする……。まだ一文字も書いてませんが。きっとそんな予感がする……。

次話はなるべく早く書きたいと思いますが少々お時間をいただきます。

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