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蛍祭り

瑞穂が事件の真相を語る。

 後日、あの事件の全てを瑞穂が話してくれた。



『偶然じゃなかった』

俺はあの言葉が気になっていたのだ。



俺に仕事を依頼した松尾有美(まつおゆみ)

その指示で撮った継母の浮気現場の写真を父親に見せたのだ。



それは自分の父親を心臓麻痺で殺そうとした松尾有美の策略だった。

俺はまんまと瑞穂の同級生の殺人計画の片棒を担がされたのだ。

保険証に記載されていた生年月日を確認した時、確かに本人だと思った。



これは後で聞いた話だけど、松尾有美の継母は元々の名字が松尾だったそうだ。

だから本人でさえ、籍に入れてもらえてないことに気付かなかったのかも知れない。

瑞穂が松尾有美に聞いた話しによると、父親が継母を連れて来た日に婚姻届けを書いたには書いたらしい。

だけど『財産目当てだ』とか親類筋に言われ、結局出さず仕舞いだったようだ。

俺に言わせれば、どっちが財産目当てなんだ。ってことだ。

自分達の取り分が減るから、って理由で反対したのに決まっているからだ。



『濃き使われるだけ濃き使われてポイか』

瑞穂もそう感じたそうだ。


松尾有美の継母は皆から白い目で見られながらも懸命に家事などをこなしたそうだ。

その結果が、何も受け取られずに追い出された訳だ。

でもそれに松尾有美が反発した。

今まで自分が住んでいた家を慰謝料代わりに差し出したのだ。

本来なら総財産の半部を手にすることが出来たのだから、それでも少ない気がした。



聞く話によると、父親は結婚間近な恋人のいる部下と強引に関係を持ち家に連れ込んだそうだ。

その挙げ句の家政婦代わりだったようだ。

瑞穂が聞いた松尾有美の話によると、子供の面倒を見るのがイヤでこの女性に押し付けたらしいのだ。そんな状況下にあっても女性は優しかった。

だから松尾有美は親しみを込めて『お母さん』と呼んだのそうだ。

瑞穂からそれを聞いた時、松尾有美は本当は優しい人だと思えた。でも俺に言わせれば、瑞穂も優しい思い遣りに溢れた子供だったのだ。



でも話はそれだけで済んだ訳ではなかった。継母が別れさせられた恋人が自分の担任だったのだ。

それに気付いた松尾有美が、卑劣な父親を葬り去ろうと計画したらしいのだ。

俺達はその手伝いをさせられたって訳だ。





 香典の類や生命保険の受け取り額は財産分与や相続対象にはならないそうだ。

もし松尾有美の父親が継母を生命保険の受け取り人として記載していればの話だけど、継母はかっての恋人である瑞穂の担任と結婚したそうだから生活は安定していると思った。

父親の突然死が、有美の企みだったとは聞いていない。

表向きは過労死なのだ。

だから敢えて波風は立てたくはない。

痛くもない腹を探られて損をするのは俺かも知れないからだ。





 でも瑞穂は更に驚きの事実を言った。

それは瑞穂が女装することも承知の上で、イワキ探偵事務所にわざと依頼したらしいのだ。

ワンピースとパンプスに慣れさせようとした俺のせいだった。

此処へ遊びに来る度に面白がって着させていたからだ。

それも松尾有美がみずほちゃんを誘ったらしくて、目撃されてしまったようだ。



その時、俺は思い出していた。

みずほが初めて単独で女装した日のことだ。

みずほは録音した証拠を俺に聞かせたことがあった。



『瑞穂。これは他言無用だ。例えみずほちゃんに聞かれたとしても絶対に守ってくれ』

俺はそう言いながら小指を出した。



『乙女ちっくだね』

瑞穂はそう言った。



『そうか? あっ、それで思い出した。さっきみずほちゃんがこのアパートを見ていたような気がする』



『嘘だーい』

すると瑞穂は言った。

きっと俺の出任せだろうと思ったのに違いないと感じたのだ。

でもそれは本当だったのだ。






 瑞穂の通う高校に松尾有美の父親の死の一報が届けられた。

その時までは確かに松尾有美は其処で勉強していたそうだ。



(て、言うことは、松尾有美が家を出た時にはまだ父親は生きていたってことか?)

俺は松尾有美が加担していないことだけを祈っていた。



その偶然に降ってわいた死を町田百合子(まちだゆりこ)が利用した。

それがみずほちゃんを巻き込んだ三連続死の真相だったのだ。

三連続死とは地域の迷信みたいなものだ。

一人が死に、その後近い人が亡くなる場合がある。

それを死が死を呼んだ言い、不思議なことにもう一人に繋がるんだ。

だから三連続死を恐れたのだ。



犯人の中に瑞穂の幼馴染みで、保育園に入る以前から瑞穂と遊んでいた福田千穂ふくだちほちゃんもいた。



瑞穂って名前はみずみずしい稲穂と言う意味だ。

千穂ちゃんは、先に誕生した瑞穂の一字をいただいた。

瑞穂と千穂ちゃんは産まれた時から一緒だったんだ。

俺は千穂ちゃんのことを良く知っている。

実はお袋はみずほちゃんを紹介される前は、瑞穂の結婚相手として見ていたふしがある。

お袋は千穂ちゃんが大好きだったのだ。

だから死んだと聞いていたたまれなくなっていたのだ。

こともあろうに千穂ちゃんは瑞穂の目の前で屋上から堕ちたのだ。もしかしたら孫が荷担しているのではなかろうか?

お袋の心配は計り知れないくらい大きかったのだ。



千穂ちゃんは瑞穂の恋人のみずほちゃんと同じように、お袋にとっては大切な人だったのだ。

そのみずほちゃんの死に、千穂ちゃんが一役かっていたなんて言えるはずがない。



町田百合子は瑞穂のライバルをレギュラーにするために、サッカー場に寄せ付けなくするためにみずほちゃんを自殺に見せ掛けて殺したのだ。

瑞穂がサッカーをやっていたから、みずほちゃんは殺されたのだ。



でもそれだけじぁなかった。瑞穂が千穂ちゃんの恋心に気付かなかったせいでもあるのだ。

だから瑞穂は心を悩ませていたのだ。






 瑞穂は探偵事務所を訪ね、女装をした。その時、録音機も持って行った。

本当は俺には聴かせたくない内容だったのだろう。でもしぶしぶ聴かせてくれた。



『ねえ、次に死ぬのは誰にする?』

それは紛れもない千穂ちゃんの声だった。それでも俺は自分の耳を疑って聞き耳を立てた。



『だって三連続なんでしょう? 誰かが続かなきゃ意味無いと思うのよ』

千穂ちゃんはさも当たり前のように言った。



(まさか……)

そう思った。

千穂ちゃんは瑞穂の幼なじみで、保育園に一緒に通った仲だったのだ。





 (やっぱり……)

でもそう思った瞬間、俺の頬を熱い物が零れた。



(あ、俺泣いてる。そうだ瑞穂もきっとあの時……)

俺はあの日の夜、瑞穂が泣いていたのを思い出していた。




みずほちゃんが死んでから泣けなかった瑞穂。

だから余計に情けない思いをしていたのだ。

きっと訳が解らず悩んでいたはずだ。

何故泣けないのか? 本当にみずほちゃんを愛していたのか?

瑞穂は自問自答を繰り返し、苦しんでいた。

でも、やっと涙が出たと思ったら今度は止まらなくなったのだ。

瑞穂はお手上げ状態に違いなかった。



(でも何故だろう? 何故瑞穂はあのタイミングで泣いたのだろうか?)

それは瑞穂にとっての千穂ちゃんが、大きな存在だったと気付いたからではなかったからだろう。





 『そうね。やはり磐城瑞穂君かな?』

飄々と町田百合子が言う。



『イヤよ。だったらキューピット様に岩城みずほを殺して貰った意味がないもの』

千穂ちゃんは興奮していたのだろうか、声のトーン違った。



(今確かに、キューピッド様に岩城みずほを殺して貰った意味がないと言った。やはりこの二人がみずほを殺したのか?)

瑞穂は知らなかったのだ。千穂ちゃんが本気で恋をしていたなんて……本当に瑞穂は知らなかったのだ。





 千穂ちゃんは保育園時代、何時も瑞穂と一緒だった。いや、多分そのずっと前から……

瑞穂と千穂は遊んでいた。

お袋に送ってもらう時も、帰る時も。

千穂の両親は姉夫婦と同じ職場だった。

だから帰って来るまでずっと一緒だったのだ。

妹みたいな千穂ちゃんの恋心に瑞穂が気付けるはずがない。

保育園に行く前から、二人……

決して言い訳じゃない。

だから尚更気が付かなかったんだ。



やはりみずほちゃんの死は二人が仕組んだことだった。でも当の本人達は、自分達が殺したとは思ってのではなかったのだろう。

全てが他人任せキューピッド様任せだったのに違いなかった。

キューピッド様はコックリサンと同じ様な邪悪な占いゲームだ。

ただ、鉛筆を使うことで表記を簡素化出来るから人気があったそうだ。






 『そうね、それだったら、誰が良いの?』

町田百合子が殺してほしい人を催促した。



『うーん、そうだなー。磐城君以外なら誰でもいいわ』



『だったら、最初に戻そうか?』



(ん!? 最初? 最初って一体何なんだ?)



『最初?』

千穂ちゃんも俺と同じ反応だった。きっと千穂ちゃんは何も考えていなかったのだろう。次の犠牲者となる人物のことなど……

それなのに、次は誰にする? なんて言ったのだ。





 俺は何が何だか判らず、更に聞き耳を立てた。



『そうよ。始まりは有美の親父じやない? だから今度は松尾有美。後追い自殺なら誰も傷付かないから』



(えっ!? そんな……)

俺の脳裏に松尾有美の顔が浮かんだ。



『あっ、それがいい。物凄くいいアイデア』

暫く考えてから千穂ちゃんが言った。



『そうよね。松尾有美だったらきっとみんな大喜びするはずよ。だってあの子サッカー部のエースの彼女じゃない?』

千穂ちゃんは悪びれた様子もなく平然と言い放った。俺は恐ろしくなった。

あんなに可愛かった千穂ちゃんが、町田百合子の悪巧みに乗って魂までも売り渡そうとしていたと知ったからだ。

瑞穂を手入れれるために、悪魔になったのだろうか?





 『そう。ライバル何て始末した方がいいのよ』

百合子が言う。



『みんな喜ぶものね』

千穂ちゃんはご機嫌だった。



俺は愕然とした。

千穂ちゃんの発言は有美の死だけではなく、みずほちゃんの死さえも喜んでいるようにしか聞こえなかったからだ。



(千穂ちゃん、そんなにみずほちゃんの死が嬉しいのか?)

俺は恐ろしくなった。

同時に瑞穂の抱えた、背負わされた十字架の重さも知ることが出来た。

俺は瑞穂の手を取った。

だけと慰める言葉が思いつかずにいた。





 (そう言えば、次の土曜日蛍まつりだったな)

熊谷でも、瑞穂の住んでいる地域でも、同じ日に蛍祭りがある。

用水路だったり池だったりするが、住民がカワニナなどを育てて守ってきた。

瑞穂の地域は赤土が流出したりして特に大変だったようだ。



市に抗議してもらちがあかず、住民運動まで発展したと聞く。

姉貴もその一員になって頑張っていたのだ。





 そんなこともあって、小川の国道沿いの橋を渡った場所にある手作り看板に目がいったのかも知れない。

蛍の生息場所はその下のようだ。



何時は行きたいと思っていたから、仕事の合間に訪ねてみた。

でも結局、何処なのか解らず仕舞いだった。



きれいな水があり、カワニナが育つ環境が蛍を育む。

つまり急な流れだとカワニナも居着けない。

従って、蛍も育たないのだ。



(うん。確かに此処は育ちそうだ)

何気にそう思った。





 「そうだな。まずは蛍を愛することだ。みずほちゃんのように」

瑞穂の地域の蛍祭りを訪ねると中学時代に仲良しだった木暮君がいた。

俺はその言葉に唖然とした。

みずほちゃんが亡くなってまだそんなに経っていない頃だったからだ。



でもその言葉で瑞穂は真っ赤になっていた。

でもそれは瑞穂に哀しい現実を思い出させてしまうことになると木暮君は理解していたようだ。



そんな姿を見たためなのか解らないけど、瑞穂はおどけるように振る舞っていた。





 「久し振りに笑ったよ。お前はやっぱり俺の親友だな」

みずほちゃんの死以来、笑えなくなっていた瑞穂。

俺は瑞穂を誘い出してくれた木暮君に感謝した。





 「そう言えば、お前の兄貴の事故、あれから進展あった?」

何だと思いながら瑞穂の次の言葉を待った。



「何時かお前『あれは殺人事件だと思ってる』って言ってたな」



(殺人事件!?)

元敏腕刑事だと言われていた経緯もあって、俺は聞き耳を立てた。



「そう言えばお前の叔父さん、元は凄腕の刑事だったんだよね?」



(あれっ、今のは何だ? 誰が話した?)

俺は更に近場に寄って行った。



「何で知っているんだ」



(それは俺の台詞だ。大方瑞穂が自慢話でもしたのだろう)



「何言ってるんだ。お前が自慢していたんじゃないか」



(やっぱりそうか?)

俺は笑いたくなっていた。



「そうだ。何かあったらどうぞ」

瑞穂はイワキ探偵事務所の名刺を渡していた。






蛍祭りは地本の行事だった。

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