哀しき女の性
瑞穂はマジックミラー越しの木暮敦士の奥さんの前にいた。
拠物件として保管してあったゴールドスカルのペンダントヘッド。警察の取り調べ室の隣の部屋で、瑞穂は又木暮敦士の意識と向き合うことになる。
それからはボンドー原っぱ以外に、木暮敦士のDNAも検出されたそうだ。やはり二人はこれで殺されたのだ。
「あっ!?」
ゴールドスカルのペンダントヘッドに手を触れた途端、瑞穂は思わず声を上げた。勿論みずほちゃんのコンパクトの力も借りてのことだ。
「デパートの従業員用エレベーターの鏡に、帽子を目深に被った人が映っていた。俺も木暮の兄貴もその人を男性だと思い込んでいたんだ。でも今解った。あの人は女性が男性に変装したものだった」
瑞穂は驚きの発言をした。
「だったらマイさんか?」
俺は不謹慎な発言をした。マイさんがデパートでのイベントを見に行って誤って殺した可能性もあるってことだ。
「違うよ。もしマイさんだったらゴールドスカルのペンダントヘッドを持ってるはずだろう? あのカフェで探してるって言ってた。だから違うと思うよ」
瑞穂は冷静だった。
「そうか? だったらマイさんじゃないんだな?」
俺はホッと胸を撫で下ろした。
「その人は鋭い目を、鏡に映る木暮の兄貴に向けて泣いていた。でもそれは目の前にいるマイさんじゃない。だから、この人は犯人じやない!!」
瑞穂ははっきり言った。俺は失言したことに気付き、慌てて手で口を覆った。
瑞穂の前にあるマジックミラーの中にマイさんの姿があったからだ。
「もしかしたらマイさんを犯人に仕立て上げるためにあの美容院を使ったのか? 完全犯罪を狙った誰かが企てて……」
独り言にも似た瑞穂の発言。
「ゴールドスカルのペンダントヘッドは、マイさんが犯人ではないと俺に告げている。確かに、木暮敦士の頭をスキンヘッドにしたのはマイさんだった。それはマネージャーへの抵抗のためだったのではないのだろうか?」
「ところでストーカーは?」
「さあ、何処の誰だかこのゴールドスカルのペンダントヘッドからは見えてこない。ただマイさんではないことは確かだ」
瑞穂はそれを握りしめながら言った。
木暮敦士はストーカー被害が深刻化したら、ロックなど辞めてもいいとマイさんに打ち明けていたからだ。
全てはマイさんを守るためだった。
自分のせいで、彼女を危険な目に合わせたくなかったのだ。
又介護ヘルパーとして働けばいい。音楽なら施設の中でも出来る。木暮敦士はそう思っていたに違いない。
でもマイさんは自分のことより木暮敦士の夢を叶えることを優先した。でもマイさんは事務所の姿勢には屈指たくはなかった。だからスキンヘッドにしたのだ。
「すいません遅くなりまして。木暮を殺したの犯人が逮捕されたと聞きまして……」
そう言いながら、木暮敦士の元マネージャーだと名乗る人が警察関係者を伴って入って来た。
「デパートで変死した木暮敦士さんの事件の関係者ですが、今回の被害者の当日の行動を知る方でもありましたのでお連れ致しました」
小部屋にいた刑事が少し首を傾げながら言った。半信半疑なのかとも思った。幾ら事件の関係者だと名乗ったとしても、無闇に取り調べ室には入れないのだ。
罪を犯したと思える容疑者の沢山いる拘置所の中だから、厳重なのだ。
俺達が部屋にいることを承知の上で、勝手に入ってくることなど出来なかったのだ。
いくら殺されたロック歌手のマネジャーだったとしても……
勿論俺達とは初対面のはずだった。
でも、瑞穂の態度がおかしい。
「何処かで会った人だ」
瑞穂は俺の耳元で囁いた。
(えっ!?)
俺は思わず彼女を見た。
俺がじろじろ見ているのが気にくわないのか、その人は俺を睨み付けていた。それと同時に瑞穂に鋭い眼光を向けた。
「ボンドー原っぱの時のように思い出せねー。ん!? ボンドー原っぱ! あっ!? そうだ、この人だ。刑事さん、この人がが木暮の兄貴を殺したの真犯人です!!」
瑞穂は大声で叫んでいた。
「さっき垣間見たゴールドスカルの意識。鏡に映ったストーカーを俺も木暮の兄貴も男性だと思い込んでいた。それが僅かな仕草で女性だと知った。そこに映ったのは女性が男装した姿だった。そしてその女性は俺の目の前にいるマネージャーだ」
瑞穂は言い放った。
「原田学さんが事務所に来た時、なかなか思い出せなかったのです。その原田学さんが、木暮の兄貴が首に掛けていたゴールドスカルのペンダントヘッドを着けていた」
「何なのこの子?」
マネージャーは戸惑っているようだ。
「俺はそのゴールドスカルのペンダントヘッドの中に木暮の兄貴の意識を見たんだ。つまりダイイングメッセージだ」
瑞穂は断言した。
「木暮君のお兄さんはこの人を男性だと思い込んでいたのか?」
「今とは違いあの時はノーメイクだった。でも目が同じなんだよ」
「それだけで判断したのか?」
「デパートの従業員用エレベーター前の鏡に、慌てている彼女の姿がはっきりと写っていた。男装していたから解なかったけど、目が、さっき俺を睨んだ目が同じのだった」
「さっきこの人は俺を睨み付けた。それだけで解ったのか?」
「うん。ゴールドスカルのペンダントヘッドの中の木暮の兄貴の意識そのものだった」
瑞穂は肩の荷を下ろすかのように静かに言った。
女は化粧一つで化けると言う。それは、このマネージャーのことではないのだろうか?
だから普段からメイクをしている人が素っぴんになったらきっと判らないはずだと思った。
常に一緒にいるマネージャーがマイさんのストーカーだったんだ。
でも木暮敦士はマネージャーの実態を知らなかった。だからマイさんのストーカーは男性だと木暮君のお兄さんは思ったんだ。
普通なら解るはずだ。
俺は単純にそう思った。
でも何故か気が付かなかった。
それはきっと、木暮には死神としての顔を見せていないからなのだろう。
彼女は恋しい人を手に入れるためには殺人さえも犯す、死神なのだろうと俺は思った。
「あの時俺は解らなくなっていた。確かに何処かで見た顔だと思った。でもそれにボンドー原っぱさんと結び付いた。そしてこの人へと繋がったんだ」
「何で私が犯人なんて言うの、証拠は?」
木暮敦士のマネージャーは瑞穂に迫った。
「案内された場所は一階の階段側にある小部屋だった。俺は其処で再びみずほのコンパクトの力を借りることにした。その時違和感を覚えた。犯人像が違うって解った。俺はマイIさんに謝りたくて警察に面談することを頼んだ。俺の思い込みによって、犯人扱いされてしまったからだった」
「『あのペンダントヘッドは私が買ってしまっておいた物に間違いありません』マイさんはそう言ったそうだ」
「だったら何で?」
「だから俺はマイさんに会わせてくれと懇願したんだ。その違和感が何なのか知りたくて……。その時貴女が現れた。何処かで見ている顔だと思った。でも思い出せない。ボンドー原っぱの時のように思い出せねー!! って俺は焦っていた」
「一体この子は何を言ってるの?」
「コイツには霊感がある」
「そんなもんで犯人扱いされたらたまったもんじゃやいわ。私帰らさせていただきます」
マネージャーが部屋から出て行こうとしたのを刑事が止めた。
「事情聴取に応じてもらいたいと思います」
刑事はマネージャーを別室へ連行した。
程なくしてマイさんが釈放された。瑞穂はそれを待ってひたすら誤った。
「感謝してます」
マイさんはそう言った。きっと刑事からそのペンダントから無実が証明されたと聞かされていたのでらないのだろうか?
マネージャーには木暮敦士の才能を見出だしたのは自分だ。と言う思いがある。
売り込みに次ぐ売り込みで、木暮敦士をやっとメジャーデビューさせてやった自負もある。
ただのマネージャーで終わりたくなかったのだ。
マネージャーは木暮敦士に心血を注ぎ込んだ。
木暮敦士の甘いルックスと張りのあるボイスは、ファンの心をくすぐった。
でもそれはあくまでも仕事だった。
木暮敦士は決してマイさんを裏切ったりしなかった。
でもそれはマネージャーを苛立たせた。
マネージャーは何時の間にか木暮敦士を愛してしまったのだった。
そんな時にマイさんの妊娠が発覚する。
マネージャーは嫉妬に狂い、男装をしてストーカーになりすました。
そして胎児共々始末しようとしてマイさんを階段から突き落としたのだ。
見る間に真っ赤に染まるマイさん。マイさんはその時流産してしまったのだった。
「私は流れた二人の愛の結晶を掌に乗せたの。小さな胎児。それは握り拳程度だった」
(えっ、握り拳? あのゴールドスカルのペンダントヘッドと同じ大きさか?)
俺は瑞穂がマイさんのお腹に触れたことを承知している。
瑞穂は女子会潜入時の衝撃を受けていたのだ。それはきっと流れた胎児とゴールドスカルのペンダントヘッドが同じような大きさだったからだろう。
俺はマイさんの苦しみが少しだけ解ったような気がしていた。
「私はそれを掌に乗せたの。我が子が戻ってきた。私はそう思ったの。まさかそれで木暮が殺されようとは……」
マイさんは泣き崩れた。
刑事立ち会いの元、瑞穂は又ゴールドスカルのペンダントヘッドを手にしていた。
木暮敦士の本当の気持ちを妻であったマイさんに伝えるためだった。
本当は瑞穂だって怖いんだと思う。でもそれをすることが、霊感を持った者の務めだと思ったようだ。
瑞穂はみずほちゃんが遺してくれたコンパクトを手に取った。
犯人を逮捕出来た。




