4話 「双雷竜」の御座す大地にて
「……くちゃい」
「ラルプさんのおならより臭いです」
良いことだ。
ルオは言葉に遠慮がなくなってきたし、メナもルオを通さず話すようになってきた。
「ルオ。俺の屁とメナの屁。どっちが臭いか正直に言ってみろ」
「メナのおならです」
「というわけだ、メナ。少しずつで良いから、好き嫌いを直すようにな」
ハーフエルフであり、ハーフドワーフでもあるメナ。特徴的なエルフの味覚と、雑食とも言われるドワーフの味覚と相俟って、偏食ともいえる水準。
フラウズナのことだから、メナ向きの料理を作っていたのだろうが、食材が限られる旅ではそうはいかない。
食い物によっては、屁も臭くなる。
「メナの屁と同じくらい臭い、あの洞窟が目的の場所だ。あの臭いで、魔物も近づかない。初心者の冒険者は、まずはあの洞窟で基本的なことを学ぶんだ」
「むい。やあ」
「やめましょう」
正直なのは良いことだ。二人にひとつずつ、小さな実を渡す。
「というわけで、最初の試練だ。これは、ハッガの実。食べると、味覚がおかしくなる。だが、その代わりに、というか、そのついでに、嗅覚もおかしくなるんだ」
「試練ーーということは。不味いんですか?」
「精霊が近寄ってこない」
率先して、食ってみせる。
ずがんっと衝撃がきたが、平静を装う。
「よく噛んでから呑み込むこと。そのあと、舌が馬鹿になって、喋れなくあぶ。回ぶくしえかあ、じゅっ発ま」
言いつけ通り、二人はモグモグとよく噛んでから呑み込んだ。
……限界だ。俺は樹に両手をついて、ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返す。
「ラルプさん、あみしげぇ……っ!?」
「口がしび……びびびびびっびぃぃぴぃっぴぴぴぃっっ??」
ちょっとした骨がある。
無理にでも呼吸を繰り返し、唾液をだらだらと垂らす。体裁なんて気にしていられない。
まさか再び、この試練を味わう破目になるとは。涙がダラダラだが、昔のように鼻水のズルズルは回避できた。
「幸い、近くに水場があるから、顔を洗ってこい」
まともに呼吸できるようになったから、戻ってくる頃には喋れるようになっているだろう。洞窟の中は安全なので、警戒の魔法具も解除する。
「メナ。精霊魔法は駄目か?」
「うん。洞窟に近寄ってこない」
「臭いじゃなくて、ここの気配を嫌がっているみたいです」
ルオは魔法が使えないので、俺が「光球」を行使する。
「俺が後ろ、二人は並んで前を。もう話したが、洞窟に魔物はいない。ここにいるのは、虫だけだ。見つけたら、軽く手を叩け。先に手を叩いたほうが、一点。洞窟のような、通常と異なる場所だと、神経が過敏になったり感覚が正常に機能しなくなったりする。間違えた場合は、一点減点だ」
現金なものだ。メナまで、俺をじぃ~と見てくる。
「ルオが勝ったら、好きな本を三冊買ってやる。メナが勝ったらーー、ちょっと高価いが、絵の具を買ってやる」
親しい間柄とて、勝負は勝負。そうして熾烈な競争の幕が切って下ろされたーー、
「ぴぃっ、ぴぃっ、ぴぃっ??」
ーーと言いたいところだったが。二匹目以降は、ルオの全勝だった。
「ルオは、凄い精度だな。微細な魔力の乱れを感じ取っているのか?」
「そこまでは、わかりません。ずっと洞穴にいたし、バゥラの生命力ももらいました。なにが作用しているのか、自分でもはっきりしません」
後ろにひっつかれて、悲鳴を上げられてもこの精度なのだから、ルオの感覚は本物だ。
「メ~ナ~? ほれほれ、見てみろ、可愛い芋虫さんじゃないか。ここの虫さんたちは無害だし、組合が害することを禁止しているから、人種を怖がらない。そろそろ慣れろ~」
「むいっ、むいっ、むいっ?? こんなでっかいのっ、虫じゃない! 魔虫!!」
そういう意味で、少しばかり特殊な場所でもある。
虫の半分は芋虫で、この途轍もない臭いは、芋虫の分泌物に因るものらしい。
「さて、この地点で道程の半分だな。記憶を頼りに、地図の作製だ。道順、距離、それと方角。メナ、いつまでもルオに甘えてないで、紙を二枚出してくれ」
魔法の鍛錬を兼ねて、「結界」を張ってやる。
「治癒」や「結界」は、半周期以上を掛けて習得するのが一般的だ。二人のお陰で、俺は短期間で物にすることができた。ユバの指導で、基礎ができていたからだが。
「ルオはさすがだな。売り物にできるくらいの正確さだ。特に、入り口とこの付近で、歩幅が変わっていない」
「はい。歩幅は、変えないように気をつけました。方角は、なんというかーー、意識しなくてもわかります」
「メナのは。最初の虫との遭遇までは完璧だが、そこから先はグダグダだな」
「……ぷぅ」
「後半にもなにかやるんですか?」
「メナがこの調子だからな。ルオには課題を出すとして、メナはこれだ」
芋虫の好物である葉っぱを一枚渡す。
「ゴールの、大きな空間に出るまでに、それを芋虫さんに食わせることができなかったら。次に村に行ったときに、紙の補充をしてやらないぞ」
「ラルプさん。好き嫌いは、仕方がないと思います」
「うんっ、うんっ、うんっ!」
「こらこら、ルオ。妹を甘やかすのが兄の役割じゃないぞ。好き嫌いを直せと言っているんじゃない。嫌いなものは嫌いなままで良い。その上で、できるようになれ、と言っている。ーー目を閉じる、別のことを考える。他のことでも、なんでも良いから、克服する手段を知っておけ、ということだ」
予想できたことではあるが、行き止まりの空間に辿り着くまでにメナは、ルオの背中から離れられなかった。彼女はきっと、最後の最後で、勇気を振り絞ろうと、そんなことを考えていたのかもしれない。
予想できなかったのは、最後の最後に現れたのが、「洞窟の主」とも言える、でっかい芋虫さんだったということだ。
「仕方がないな。ルオ、抱えろ」
俺の腿より太い芋虫を持ち上げ、ルオに渡す。
「ぴいっ、ぴいっ、ぴいっ!?」
「逆に、ルオは。あんまり苦手なものがないな」
「嫌うーーという感情が、まだよくわかりません。嫌だ、とか、嫉妬、とか、そういうものは少しわかった気がします」
よほど虫が怖いのか、ルオから離れて俺の後ろに退避するメナ。
「メ~ナ~? お前さんが芋虫さんに葉っぱを上げないと、いつまでもルオは魔虫を抱えたままだぞ? ーー可哀想なルオ! メナは心が痛まないのか!」
演技をしてみろ。とルオを見たが。
嘘を吐かなくて良いとラルプさんが言いました。と返してくる。
嘘と意地悪は違うのだが、そこは人それぞれということか。
ーーつかんでいたメナの手が離れる。恐怖に打ち克ち、ルオのためにーー。
「気絶しました」
「っと!」
地面に倒れる前に抱き留める。
その際に、メナの手から放り出された葉っぱがーー。
「芋虫さんが口で捕葉しました。今回だけは大目に見てあげてください」
仕方がない。
芋虫を少しだけ動かして、捕葉させたのは見なかったことにしてやろう。
「起きたか、メナ。おめでとう、よくやった。やればできるじゃないか。最後まで芋虫さんに葉っぱを食べさせることができた。ーーん? どうかしたのか、メナ?」
「え、え? あたし、……そうだったっけ?」
結果として克服できるのなら、当然手段など問題ではない。
「今もまだ、芋虫さんは苦手だろうが、今回みたいに、やればできるんだ。ほら、もう、芋虫さんを見るくらいならできるだろう?」
「う、うん? 見るくらいなら……?」
嘘が吐けないルオは、「芋虫の主」を遠くに置いてくることで、顔を見られないようにした。
戻ってきたルオの、拗ねた視線をどうしようかと考えていたらーー。
「綺麗な地底湖でもあれば、達成感に浸れるかもしれないが、あるのは沼地だからな。苦労しても成果が得られるとは限らない。冒険者の現実というやつだな」
ーー珍しい。
ルオが、話している相手のほうを向いていない。それだけ警戒しているということだろう。
「沼地の、向こう側の壁か。ーーメナ。なにか感じるか?」
「鈴ちゃん」に魔力を籠める。
反応はない。だが、「鈴ちゃん」にも対象とならないものがある。それが死霊や不死者ーーアンデットだ。ユバが言うには、世界は魔力が多いからアンデットは発生し難い、とのことらしいが、俺はかつて遭遇した。
思い出したくもない。まだ魔法具を持っていなかった俺は、逃げることしかできなかった。
あれが本当の恐怖というものなのかもしれない。倒す手段がなく、囚われれば、まともに死ぬことすらできない。
「壁の向こうに、ーーなにかいる。でも、それがなにかは、わからない」
「いるかどうかは、僕にはわかりません。ーーでも、あそこから出たがっているように感じます。解放……してほしいと、強く強く、願っているように感じます……」
まったく、優しいやつめ。
「ルオ。俺はお前さんの感覚を信じる。メナもそうだろう。だから、ルオの責任に於いて、決断しろ」
俺を、メナを巻き込むかもしれない。
酷なことをしている。それでも、俺はルオに求める。旅の相方だ。こんなところで遠慮などしない。
「ーーやります。解放……してあげたいです。なにかあったら僕がーー」
「そうと決めたのなら、一人で抱え込むな。俺たちでなんとかするんだ」
責任感が強すぎるのも考えものだ。強めに頭をくしゃくしゃしてやる。
「となれば、作戦会議だ。まずはあれだ、あの不自然な岩。俺には、あの岩を使って蓋をした、というか、なにかを閉じ込めたような気がするんだが、どうだ?」
「僕もそう思います。でもーー」
「うん。あんな大きな岩。ーー動かせる存在がいて、そんな存在が、閉じ込める相手」
丸っこい岩。直径は、俺の身長くらいはある。
ドラッペでも無理だろう。或いは「英雄」と呼ばれたドラッペの兄だったら、可能だったかもしれないが。
「そこは考えても仕方がない。解放すると決めたのなら、あとはその方法だがーー」
俺はリュックから必要なものを取り出す。
必要としたくない、魔具を最後にひとつ。
「まずは俺だが。『封ちゃん』がメインだ。状況によって、他の魔法具も使う」
ドワーフ対策のために使っていたが、当然今は、フラウズナのハンカチーフは肌身離さず持っている。
「リュリケイルからも頼まれていたが、メナは『浪ちゃん』だ。武器を扱うより、体術が得意なメナ向けだな。ーー一番重要な役目だ。そもそも、あの岩が砕けないのなら、解放もなにもない。できるか、メナ?」
「ーーうん。やる!」
リュリケイルの言っていた通りだ。魔虫を怖がっていた少女とは、別人と思えるほどの輝きを瞳に宿している。それから、向き直る前に答えが飛んでくる。
「やります」
「答えはまあ、わかっていたんだが、魔具の説明くらい聞け」
魔具は、ユバが作った魔布に巻かれている。
「この紐を、手首に結ぶんだ。これもユバ作で、減魔症になる寸前に、紐から魔力が溢れて、致命傷にはならないようにしてくれる」
「魔具ということは。魔力を、すべて吸われるんですか?」
「人狼の秘宝とされていて、『月の雫』と呼ばれていた。村に入れてもらう条件が、『月の雫』を村外に持ち出すこと。そのときは、旅を始めて一周期も経っていない頃でな。無茶と無謀の違いがまだわかっちゃいなかった」
袖を捲って、傷口を見せる。
「誰だったのかは、未だにわからない。腕を切り落としたあとに、誰かがくっつけてくれた。あのままだったら、減魔症で死んでいた」
ワーウルフたちにとって、宝だった。
だが、一人のワーウルフが声を上げた。それは、呪いであると。
命を必要とする、それは、呪いの邪器なんだと。
過ぎた道具は、過ぎた知識は、滅びをもたらすこともある。
「一度、触れてみてわかったんだが、恐らく、この魔具は獣人とは相性が悪い。とはいえ、人種のために作られたものでもない気がする」
魔布を開くと、布に描かれた金の円。
「この金円に触れれば、触れた箇所に、金円が移動する。魔具とは言っているが、正直、これがなんなのか、俺にはわからん。生きていると言われても、納得しちまいそうなくらい、おかしなものだ」
「どんな風に、使えばいいんですか?」
「それは魔具が教えてくれる。呪いなのか侵食なのか、使い方は、金円を宿せばわかる。魔布は俺が持っておくが、俺が使い物にならなくなっちまったら、ルオでもメナでも、魔布を使って金円を移すんだ」
二人は、同時に首肯する。
「覚悟がどうとか、もう聞いたりしない。ルオが触れたら、行動開始だ」
一呼吸。
気負いのない、ルオの澄んだ眼差しが合図だった。
俺はいつでも魔法具が発動できるよう最終確認。メナは、鉱石のような、ごつごつした「浪ちゃん」を握って、ただ一直線に、破砕すべき大岩を見詰めている。
「…………」
「……、ーールオ。準備完竜な俺たちの気合いを、どうしてくれる?」
一時たりとも無駄にはできない。
命が吸い取られるような、身の毛もよだつ感覚がルオを襲っている。ーーはずなんだが。
金円は、ルオの手首に移っている。金粉で描いたようではあるが、明らかに異なる。そこだけ肌の質感ではなく、金属のそれになっている。
「えっと、その、使い方はわかりました。……それと、なんというか、やっと持ち主が現れたとかなんとか、……『金ちゃん』から、そんな感じのものが伝わってきています」
所有物にならないように、あえて名前をつけなかったんだが、「持ち主」として認められたのなら問題ないーーはず?
「『金ちゃん』じゃなくて、『円ちゃん』のほうが可愛い」
「俺も同意するが、もう手遅れだ」
ブーたれるルオ。
それでもやることはやって、魔力に依る道ができる。
「ワーウルフは『天の階梯』と言っていたが、階段じゃなくて直線でも大丈夫なんだな」
「真っ直ぐのほうが簡単だと思います。ワーウルフは、なぜそんなことをしていたんですか?」
二人、並んで歩くのに丁度良い、板状の淡い道。俺とルオが平然と歩いていくと、おっかなびっくり、置いてけ堀が嫌なメナが後を追ってくる。
「『聖地』と、彼らが呼んでいる場所があってな。そこまで登るのに『金ちゃん』が必要だった。そこになにがあるのか、教えてくれなかったからわからないが。ーー『天の階梯』を作った者は、確実に命を落とす。そして、『聖地』に行った者も。戻ってくるまで、『天の階梯』を維持できなかったら、後を追うことになる」
「でも……、ワーウルフは、自分たちで止めることができたんですよね」
「そうだな。なにが大切かは、彼らが決めることだ。ーーひとつ、言うことがあるとするなら。ワーウルフは、儀式を止めることで、なにも犠牲にはしなかったってことだ」
「村の外に持ち出すことの条件として、ラルプさんがワーウルフに呑ませたんですか?」
俺はなにも言わず、いつもよりは優しく頭をくしゃくしゃしてやる。
物事には、大抵利害が伴うものだ。特に命が懸かっていれば、その振り幅も大きくなる。
馬鹿なことをしたものだ。
若かった俺は、遣り方がわからなかった。もうワーウルフの村には行けない。
ーーワーウルフの子供たちのもっふもふ。一緒に遊べないのは……、あの毛並みを堪能できないのは……、本当に残念でならない。
「どうせ、中途半端なことはできないだろうから、手を出せ、メナ」
「……ぷぅ」
ユバ作の、ルオの手首に巻いたのと同じ紐を結んでやる。
「弾け飛んでくる破片を防ぐためにも、正面から打ち込め。『浪ちゃん』の魔力が緩和してくれる。準備が整ったら、言え。俺の叫び声のあとに、ーーぶっ放せ」
「いつでも、いける」
メナの後ろにルオを。今回は、前より後ろのほうが守るのに適している。メナが準備完竜ということなら、間を置かず警告を発する。
「閉じ込められている者がいるのなら聞け! これから岩を砕く! できる限り奥に! 岩から離れろ! あとは! 『双雷竜』か信仰する神にでも祈っておけ!!」
「ううぅぅ~~っ、せぇぇやっっ!!」
後ろにいてもこれか!
膨大な魔力で視界が歪む。ルオの背中を支え、全力で踏ん張る。
風の音なのか悲鳴なのか、砕かれた岩の向こうから怨嗟のような怒号が轟く。
「……っ!? ぴゃ~~っ??」
「ルオっ! 『金ちゃん』の維持に集中しろ!」
まだ「浪ちゃん」が発動している。ルオの踵に足を当て、後ろに引っ張る。
次は、全力で逃げてくるメナの爪先だ。直後に、魔法具を二つ発動。
「きゃうっ!?」
受け身は取れないが、仕方がない。
ルオに触れようとするメナの右肘をつかんで、右に引っ張る。半回転したメナとルオを抱き締め、光板に背中を打ちつける。
「ごめんなさい。板をやわらかくするのが遅れました」
「問題ない。維持できただけで十分ーー」
「っ! ぴぃっ!」
岩の向こう側の存在より俺のほうが嫌なのか、俺の腕から逃げ出して、ルオの後ろに隠れる。
「こらこら、それだと光板から落ちちまう。ルオ、俺の腕が限界を迎える前に、メナを立たせてくれ」
「はい。わかりました」
「ぼっ」
騒がしいことだ。ついでに忙しい。
メナを落とさないように立ち上がるために、ルオは彼女に完全密着。
「『封ちゃん』と『断ちゃん』を使ったから、竜にも角にも、落ち着け、メナ」
メナを離そうとしたルオに、俺は首を振る。
「そうそう、ルオ。メナが振り返れないようにしておけ」
「ぴ…ぴぃ~~」
怯えているのか恥ずかしがっているのか、半々というところか。
「内になにがいたのか、きちんと答えないとルオは放してくれないぞ。なので、ゆっくりじっくり考えてから、まったりと教えてくれ」
「くっくっくっくっ……」
俺の助言は効果がなかったようだ。
「笑っていないで、落ち着け、メナ」
「やっぱりラルプさんは意地悪です。メナは笑っているわけではありません」
ーーあの悪戯妖精、いいや、悪妖精め。
「ルオ。頼むから、行動する前に俺に聞いてくれ」
まさかそんなところを噛むとは。そうすれば落ち着くと、プーパに教えられたのだろうか。ーーいいや、フラウズナにやってみたいとか、そんなこと少ししか思っていないぞ。
「……ぷぅ」
「ほれ、さっさと教えてくれ」
「……首がたくさん。たぶん、首塚」
プーたれるメナ。
首塚、か。そうなら良いんだが。大人数が叫んだような、引き裂くような音。恨みを持って死んだ死霊でないことを祈るばかりだが。
ルオがメナを放したので、二人の前に立つ。
「俺はラルプ。旅人だ。話せる者がいるのなら、名前を教えてくれ」
「封ちゃん」はそのままに。「断ちゃん」を解除して、会話を試みる。
長期間、閉じ込められていたはずだから、反応を期待しつつ、実際にあったらちょっと怖いのだが。
「気配が、たくさんーーあります。……近づいてきます」
ずり。ずり。
なにかを引き摺っているような音を聞き、メナが役立たずに逆戻り。
ずり。ずり。
金属の音のようだが。俺は、内から出てくる者が眩しくないように、「光球」の光量を調整する。
「頭……です」
「……だな。首、と言ったほうが正しそうだが」
金属音は、兜が出している音だった。左右に動かしながら、少しずつ近づいてくる。
ヘルムの内は闇がわだかまっていて、目の位置に、二つの光源がある。
「お初にお目に掛かりますじゃ。我こそは、ガブリエル・アーサー・クラウン。デュラハンの一族を束ねる者ですじゃ。先程は、解放される喜びに皆が歓喜してしまい、驚かせてしまって申し訳ないことをしたですじゃ」
「下を向いたままじゃ話しにくい。持っても大丈夫か?」
「ほっほっ、貴方様は我らを解放してくださった恩人ですじゃ。どうぞご随意に」
再度、発動できるようにしながら、「封ちゃん」を解除する。
「やっぱヘルムが重いな。闇みたいな靄みたいな、ヘルムの内に手を入れても良いか?」
「ゆっくりで、お願いしますじゃ。掻き回すのだけは勘弁ですじゃ」
手を入れると、少し冷たい。魔力を吸い取られている感じもある。
「地中から魔力を吸い取って、生き永らえていたのか?」
「光球」を操り、思ったよりも奥行きのある穴の奥に。
「半分に……減ってしまったですじゃ。退屈に耐え切れず……、この前などは、我のジョークが寒いからと、三首も逝ってしまったですじゃ」
「そうか。凍え死にたくないから、絶対にジョークは言わんでくれ」
「……なんと惨いことを。ですが、恩人には従いますじゃ」
カタカタと、左右に動いて自己主張。かなりの数がいるようだ。
「ラルプ。普通に会話してる。やっぱりおかしい」
「うん。ラルプさんはおかしいけど、大丈夫。メナは僕が守るから」
俺がおかしいことは決定事項か。否定はしないが。
良い傾向だ。二人には、もっと図太くなってもらわないと困る。
「『金ちゃん』の維持にも魔力を消費するだろうから、お邪魔するぞ」
ガブリエルを両手で持った俺を先頭に、穴の中に入っていく。
「目が光っているということは、すべてーー全首、生きているのか?」
「はいですじゃ。逝ってしまった者は、ヘルムごと魔力に還元されますじゃ」
ある意味、壮観でもある。
四十ほどの首が、じっと俺たちを見上げている。
ずり。ずり。
「感謝っす。あっしは部隊を纏める、サリュエル・メーサー・ブラウンっす。よろしくっす」
永いこと閉じ込められていたから、喋りに支障をきたしているのかもしれない。もしかしたら素なのかもしれないが、ここは聞かないでおくのが優しさというものだろう。
「申し訳ないが、まだガブリエルたちを助けると決めたわけじゃない。ここに閉じ込められた理由なり事情なりを説明してもらう。その上で、ルオとメナが了承すれば、全首を外に連れ出してやる。ーーああ、あと、いつかで良いから、デュラハンの居住地に入れてくれ」
「ーーわかってますじゃ。判断は任せますじゃ。我らの罪を告白しますじゃ。このまま我らを見殺しにしても、恨みませんですじゃ」
すでにルオもメナも、助ける気満々のようだが。
こんな仕打ちを受けるくらいだから、事実を知れば、二人の気も変わってしまうかもしれない。
「盗み食いをーー、してしまったですじゃ」
「……は?」
「誓って申し上げますじゃ。我らは知らなかったですじゃ。バゴンが落ちていたので、皆で魔力をいただいたですじゃ。それはそれは美味しかったですじゃ」
「ーー頭を縦に十回、ぐるぐるされたくなかったら、理解できるように話せ」
バゴンは害獣だ。予兆はあるから、地下から這い上がってくる前に倒す。それが「大地」での鉄則だ。
「というか、バゴンを放置とは。どこの馬鹿だ?」
「ラープセンナ様とラープカイナ様のお馬鹿様ですじゃ」
……、ーー。ーー、……。
「…………」
……、ーーすまん。あまりのことに脳が一時、活動を停止しちまった。
「……『双雷竜』の獲物を横取りするなんて、大胆だな」
「本当に知らなかったですじゃ~っ! ちょっとだけ不思議に思ったりはしたですじゃ~っ! 誘惑には抗えなったですじゃ~っ!」
魔力を吸い取る、ということは、妖精が要素を食べるのと同じことなのだろうか。どちらにせよ、味か食感か、もとのままではなくなってしまったのだろう。
「あ~、わかったから! 全首騒ぐな! カタカタ揺れるな!」
良い大人ーーなのかわからないが、わんわん泣くな!
「てことで、ガブリエルたちを外に出すと、『双雷竜』に目をつけられるかもしれないときた。ーールオ、メナ。どうする?」
「ルオ様っ、メナ様っ、どうかどうか、御慈悲のほどをっす!」
サリュエルは、ごろりと前に倒れて、顔(?)を地面につける。倣って四十首も、ごろん。
ーーやばい。なんだか可愛く見えてきたが、顔に出すわけにはいかない。さて、ルオもメナも悩んでいるので、あと一押しが必要だろう。
「それ、ガブリエル。対策くらいは考えているんだろう? 二人に媚びたり同情を誘ったりするよりも、そっちのほうが有益だと思うぞ?」
「はいですじゃ。色々と考えましたですじゃ。バゴンを捕まえ、献上し、許しを請うべきだと思いますじゃ」
「そうだな。下手に策を練るよりも、直接的なほうが効果はありそうだが。問題は、バゴンをどうやって捕獲するかーーだな」
統計なんかがあるわけじゃないから、はっきりとはわからないが、バゴンの出現頻度は高くないはず。さらに重要なのは、出現する場所だ。他種族の居住地に勝手に入れば、それだけで戦争案件だ。
「大丈夫っす。あっしらは頑張ったっす。体と騎馬を操って、長い周期を、魔力を求めて彷徨いまくったっす」
部隊の隊員なのか、半分くらいの首がカタカタ揺れている。首がここにあるということは、魔力だけを頼りに動き回っていたのだろう。過酷な任務だったに違いない。
「二百周期、ずっと、いつか来るかもしれない好機のために、ーー諦めなかったっす。魔力探査と感知は、ずぼずぼ磨かれたっす。信じてほしいっす」
「因みに、次にどこに出現するのかわかっているのか?」
俺はメナを見てから、「大地」の地図を取り出す。
「メナ! 頑張れ!」
「……頑張る」
「な、なかに手を入れても問題ないっす。でもでも、優しくでお願いしたいっす」
前に倒れたまま元に戻れない首たちが、メナを応援する。見兼ねたのか、ルオが首をせっせと戻していく。
「あふぅ…っす…ぅ……」
……好奇心が抑え切れなかったのか、両手で持ち上げたヘルムの内側に手を入れ、こりこりと擦るメナ。
「ーーガブリエル。デュラハンはもっと恐ろしい種族だと思っていたんだが、どうしてこんな面白種族になっちまったんだ?」
「ーー歳月は、首を変えてしまうですじゃ」
「そんな、しみじみと言われてもな。今更、心配はしていないが、呪い殺さないでくれよ」
「長いこと体と騎馬から離れていたですじゃ。魔力的な問題で、能力がなくなってしまった可能性もありますじゃ」
「そ……そこの、沼地っすぅ! あふぅっ、メナ様っ、そこっす、そこの奥の右っす! コリコリだけじゃなくてカリカリもお願いっす!」
期待の眼差しで見られたので、仕方がなくガブリエルのヘルムの内側を掻いてやる。
頼られるのが嬉しいのか、ルオがやる気満々。彼の前に首の列ができている。
「外っすーーっ! 娑婆っすーーっっ! ひゃっは~~すっっ!!」
まだロープでつながれているのに、お祭り騒ぎのデュラハンたち。
「ほれ、ロープを取るから、カタカタ揺れてくれるな」
早いな。もう駆けつけたのか。
騎馬の首なし鎧に、首を渡してやる。
「ふぉ~っ、二百周期ぶりの一体感ですじゃ! 感無量ですじゃ!」
ガブリエルが手を差し出してきたので、握って彼の後ろに、馬に跨がる。
「普通の馬とは違う感じだな。肉じゃなくて、別の物が詰まっているようだ」
「こらこら~、喧嘩するなっす~」
メナを乗せたサリュエルが、ルオを乗せるのが誰かで揉めている部下を宥める。
「あっしが先導するっす! 二百周期で開拓した秘密通路で、ひゃっほうっす!」
「お~、凄いな。無音で、障害物もものともしないとは」
ルオは目を輝かせ、メナはサリュエルに引っついてぎゅっと目を閉じる。
四十の騎馬での突撃。英雄の物語では、聖竜の守護を受けた主人公が、騎馬隊で巨人に突撃していった。
少年の心を失っていないとはいえ、二十歳を越えてしまっている俺は、首なし鎧と首なし馬で突撃というシュールな光景に、ルオほどのめり込むことができなかった。
「首なし鎧の中に、手を突っ込んでみても良いか?」
「そ、それはさすがに恥ずかしいですじゃ。ラルプ様も、ご自分の体に手を突っ込まれるところを想像してみると良いですじゃ」
「それはーー、嫌だな」
俺は、自他ともに認める意地悪だ。拒否はされなかったから、手が届く限りに、肩まで突っ込む。
「メナ様っ、メナ様っ、あっしもあれをっす! ちょっとだけ、やってもらいたいっす!」
「人馬一体というのか、こんな状況でも隊列が乱れてないのは凄いな。竜にも角にも、ガブリエル。鎧の中に、たぶん魔法具だと思うんだが、指輪があったんだが戻したほうが良いか?」
「あっ、思い出したですじゃ。四百周期くらい前に、魔法使いと闘ったですじゃ。その際に、鎧に紛れ込んだですじゃ。えらく強い魔法使いで、まったく敵わず逃げ出したですじゃ。しつこく追ってきたので、有用な魔法具かもしれないですじゃ」
普通の馬とは段違いの速さで走るデュラハンたち。そんな彼を追うことができたのだから、その魔法使いとやらは本当に強かったのだろう。
「もらっても良いのか?」
「デュラハンは、魔法具が使えないですじゃ。持っていても意味はないので、お礼の意味でも、もらってほしいですじゃ」
魔力を籠めてみる。
「……ラルプ様。よくこれまで生きてくることができたですじゃ」
「不思議なもんでな。これまで名前をつけたいと思った魔法具が、俺を傷つけたことはない。魔法具に好きになってもらうには、魔法具を好きになるべきだと、……小説にもあったからな」
「それで、どのような変化があったですじゃ。ちょっとだけ、わくわくでどきどきな気分ですじゃ」
「それなんだが。……俺になにか変わったところはあるか?」
「我にはとんとわからないですじゃ」
ほんの少しだけ、体があったかいような気がする。
それだけ。それだけ……?
「治癒」ではないし、「浄化」とも違う気がする。飲み食いしなくても大丈夫とか、体温が保たれるとか、そういったものだろうか? 悪い感じはしないから、あとでじっくりと調べてみよう。
「目的の沼地に着いたっす。おやおや、ゴブリンがいるっす。蹴散らすっす?」
「ーーメナ。俺の仲良しの、沼地のゴブをいじめようとする奴なんて、手を突っ込んで、ガタガタいわせてやれ」
「そ…そうっす。せ、背中っ、そこがいいっす……。こ、怖いけど、お腹も…すぅ~っ!」
大人気のルオ。デュラハンの面白ぶりを見せつけたので、武器を構えたゴブリンたちがぽかんとしている。
「久し振りだな、ゴブル」
「あ~、ラルラルだ~」
「プルプルっ、おみやげがきた!」
「ほれほれ、ゴブプ。お願い聞いてくれたら、あとでたんまり持ってきてやるぞ」
下馬すると、武器をほっぽり出したゴブリンたちがわらわらと集まってくる。
「おねがい? ラップはおいしい?」
「きっとおいしい、まずはルップをなめる!」
そうそう、この会話が微妙にずれている感じ。懐かしいな。
「ここら辺に、バゴンが現れるらしいが、知っているか?」
「しってる、しってる! はながさいたから、もうすぐ!」
「じゅんびできてるぞ! ブスっとやっちゃうんだぞ!」
噂通りだ。
花畑にバゴンは現れる。なぜ花が咲くのか、花畑が出現するのか、理由はわからない。
バゴンにとって、明らかに不利益となる現象。そういう呪いでも受けているのだろうか?
「そのバゴンなんだが、捕まえようと思っているんだ。協力してくれ」
「あなほるのか? あなほるんだな?」
「くさいぞ! うるさいぞ! さわったらやばやばだぞ!」
害獣と言われる理由は、ゴブプが言った通り。地中から出てくるときに始末し損ねると、竜すら逃げ出すほどの汚染を撒き散らすことになる。
「我らは臭いも騒音も大丈夫ですじゃ。ゴブリンも耐性があるようですじゃ。人種のラルプ様は、離れていたほうが良いですじゃ」
「臭いはまだ大丈夫だから、鳴き声は我慢する。俺がいないと連携が取れないだろうから、仲間外れになんてしてくれるなよ?」
ハッガの実で嗅覚はおかしくなっている。まだ持つだろうが、長引くと不味い。早々に決着をつけたいところだが。
「あなほるぞー? あなほれほれー?」
「ラプうめる! もりもりうめる!」
「ゴブル~、任せたぞ~、なるべく早くな~」
仲間外れになってくれない二人を見て、笑ってやる。
肯定してやる。やると、自分自身で決めたのなら、それ込みでどうにかするだけだ。
「ぎょあっつじゃぼぉぉごぁああぅうぇべらぃぃ!!」
残念だ。後悔というものは、あとにならないとできないなんてな。
耳はもう、正しく音を、鳴き声らしき騒音を認識することをやめている。
おかしい。ハッガの実の効果は持続しているのに、臭いで意識を失いかけた。
「俺が甘かった! ルオっ! メナっ! 良いかっ、気をしっかりと持て!!」
ラルプ隊、ルオ隊、メナ隊の三隊で牽制と誘導を行っている。
「こらっ、ルオ! 無茶するな!」
メナを守るためなのか、俺の番だというのに草球をバゴンにぶつける。
バゴンを傷つけてはいけない。体液で汚された地は、千周期の間、雑草さえ生えないと言われている。
「あうんぎらべらさにとふんぐらんばりえんぷた!!」
「ぴぃ~、ぴぃ~、ぴぃ~、ぴぃ~??」
俺の合図で、メナ隊が一旦離脱する。サリュエルを筆頭とする精鋭たちが、メナを守る騎士のごとく、機敏に行動する。
「ガブリエル! 年長者で構成されたラルプ隊の老練さを見せてやるぞ!」
「我らとて現役ですじゃ! まだまだ若いもんには負けないですじゃ!」
バゴンに草球を当てる。ルオが出しゃばらないように、隊員たちにも投げるように指示する。
「うっ……」
仕舞った。視界に入っちまった。
説明したくない。たぶん生き物。見ただけで、胃液がぐるんぐるんな、きっと生き物。
「ぃぃいっよし! 『火球』が空に放たれた! 向かうぞ!」
族長のゴブルの「火球」だ。
魔法が使える。それだけで族長になった彼だが、仲間から羨ましがられ、統率力は中々なので、今も沼地を住み処とすることができている。
遠目に、ゴブリンたちが逃げていくのが見える。
「メナ隊! 穴を確認! 最後の誘導を頼む!」
メナの守護騎士となったサリュエルたちのやる気が有頂天なので、一番の活躍の場を振ってやる。
あんな形の生き物が、どうしてデュラハンより速く走れる、というか移動できるのか不思議だが、体力のほうも尽きる様子は見られない。
しょぼんとしているルオ。調子に乗って、草球を投げすぎるからだ。
「というわけだ! ルオ隊を吸収! しかる後、再度分離だっ、急げ!」
足の遅い隊員を省いて、少数の二隊を編成し直す。
追いつかれそうになるが、離脱するデュラハンに渡した草球が、バゴンに当たり、わずかな猶予を得る。
二隊が左右に分かれ、バゴンはルオ隊に向かっていっちまう。草球を当てるが、数が少なかったのがいけなかったのか、そのままルオ隊を追っていく。
「散開!」
「ほっほっ! ルオ様もやりますじゃ!」
ガブリエルほど喜べないが、竜にも角にも、上出来だ。あとで褒めてやる。
バラバラに散ったルオ隊。目標を見失うバゴン。残りのすべての草球をぶつけて、あとは一直線だ。
「メナ隊! 最後のぅ……ぴいぃやぁ~っ??」
生理的に駄目なのはわかるが、最後くらい決めてほしかった。ただ、サリュエルたちのやる気を引き出すのには最適な行動だったので、あとは任せるとしよう。
ぼとっ。
よし。無事に穴に落っこちた。
「ぴぃ~、ぴぃ~、ぴぃ~、ぴぃ~??」
締まらない勝利の悲鳴のあとに、デュラハンたちの勝ち鬨が上がる。
「むらでいちばんの、ふたりのべっぴん。どっちにする?」
「ふたりともだと!? よくばりめ! でもでも、そこにしびれるあこがれる!!」
「ラープセンナ様とラープカイナ様が来たな。危ないからお前たち、村に帰っていろ」
嫁を選べと言われても困る。俺にはフラウズナがいるからな。一番と言いつつ、二人いるのは愛嬌だろう。
雷竜の威を借りる旅人。竜の威光でゴブリンたちを追っ払う。次に来るときは、たんまりどころかどっさりと、お土産を持ってくるとしよう。
「不思議な光景ですじゃ。人種とゴブリンと、デュラハンが協力しているなど、今もまだ信じられないですじゃ」
俺が下馬すると、二人も倣う。深い穴の中で、気絶しているらしいバゴンの状態を確認する。
「ーーガブリエル。『双雷竜』を呼んでくれ」
どくんっ、と心臓が跳ねた。
「双雷竜」がやってくる。そう思っただけで、言葉にしただけで、鼓動が高鳴り、呼吸が速くなる。
「……あ、ですじゃ」
「ーーサリュエル。『双雷竜』を呼んでくれ」
「……あ、っす」
二首とも、首なし鎧が首をそっぽに向けた。
アホかーーっっ!!
大空に向かって叫びたいところだったが、ーーん?
「どうした、ルオ? お空に向かって叫んでも構わないぞ」
「……あ、その、……来たみたいです」
全員が、ルオの視線の先に目をやる。
「予定通り、ですじゃ」
「ルオ。黙っていることが、真実から目を背けることが、優しさだとは限らないぞ」
「……はい。二竜は、別の方角に飛んでいて、ーーそれから、こちらに気づきました」
ーー偶然。
本当に偶然なのだろうか。そこに意味を見出したくなるのが人種というものだが、ーー駄目だ、思考が麻痺する。
まだ遠くだというのに、はっきりと確認できてしまう二つの竜影。
空へと吸い込まれる。
十周期前の、見上げた空が俺を呑み込んでいく。
「僕の秘密を教えてあげる」
「秘密って、なんだい?」
「僕はね、君が大好きなんだ」
「僕もね、君が大好きなんだ」
「本当?」
「うん、秘密でもなんでもないから」
「じゃあ、君の秘密ってなにかな?」
「僕は君じゃなくて、君は僕じゃない」
「それの、どこが秘密なんだい?」
「わからない?」
「うん、わからない」
「僕はね、そんな君が大好きだよ」
「僕もね、そんな君が大好きだよ」
「下りてこない」
メナの声で現実に引き戻される。
途中までしか心が奏でなかったが、そんな場合じゃない。……場合じゃないぞ!
沸騰するように覚醒した俺の頭が、一瞬で判断を下す。
「俺たちは魔法具で守る! ガブリエルっ、お前たちは離れろ!」
羽搏くのをやめた二竜。
直上から、絡み合いながら落ちてくる。眩暈を起こしそうになる。
恐怖が歪めている。巨大ななにかが破滅を運んでくる。
「ラルプさん!」
「ルオっ、メナっ、できる範囲で良い! 無理な補助はするな!」
怯んだ心を噛み砕く。メナの前に出たルオの前に、俺は立ちはだかる。
覚悟を決める。効果がありそうな魔法具をすべて発動させる。
「っ!? サリュエルっ、逃げて!」
「メナ様を置いて逃げるなど! このサリュエルっ、できるはずがないっす!!」
「陣形を組むのじゃ! デュラハンの誇りを今こそ見せるときじゃ!」
俺たちを囲うように、馬蹄形に陣を組む。
ぎぃぃぃぃんっ。
「鈴ちゃん」が断末魔のような音を轟かせる。
もう、退避できる時機じゃない。なら、あとは掛ける言葉は決まっている。
「ガブリエル! 全員で生き残るぞ!!」
「はいっ、ですじゃ!!」
ーー世界が落ちてきた。
錯誤だったのか現実だったのか、圧倒的な魔力で歪んだ、絶望と神秘で彩られた生物で視界が埋め尽くされてーー。
「このっ、馬鹿が!!」
魔法具を維持しつつ、ルオの頭に拳骨を落とす。
「金ちゃん」が解除され、デュラハンたちが暴風に曝された小枝のように散らされる。
「ガブリエル!?」
暴れ狂う、無尽に跳ね回る雷を背に、呼び掛けると。
身動ぎ一つしない、散乱したデュラハンたちのーー。
「わてらの雷で痺れてるだけ」
「あてらの『結界』を壊したから、助けた」
なにが起こったのかはわからないが、水蒸気のようなものが二竜の姿を隠している。
「……痛い、です」
「その痛みをよく覚えておけ。ーー『双雷竜』が張った『結界』を壊したんだ。御二方が助けてくれなければ全滅だって有り得た」
普通に下りてきてくれれば、そもそもこんなことにはならなかったのだが、相手は竜だ。この世界の神秘で、生物種の頂点に君臨する支配者。
不用意な言動は死を招く。浅慮は控えておかないと。
「……子供?」
水蒸気のような、ねっとりとした靄が晴れると、そこには二人の子供がいた。
ルオとメナが、俺の服をつかむ。
二人の手が震えている。あの二人の子供ーーラープセンナ様とラープカイナ様の絶大な魔力に怯えているのかと思ったが、違った。
二人と「双雷竜」は、空を見上げていた。
「むぅむぅ、これ見よがしに!」
「ふぅふぅ、『同調』してる!」
なにやら興奮している二竜。
二人と二竜と同じように、俺も釘づけになった。
「……速すぎる。あれはーー、竜なのか?」
「……ラルプさん。あの雷竜の竜頭に……、人が立っています」
これまでルオに常識を教え込んできたが、俺の内の、重要ななにかが崩れ去る音がした。
「双雷竜」は、子供にーー人の姿になった。ならば、竜頭に立っている者も、竜ということになる、のだが。
ルオは、「竜」ではなく「人」と言った。メナは「双雷竜」ではなく、空を舞う雷竜に、いいや、竜頭に立っている存在に畏怖している。
「またか!」
もしかして竜の習性かなんかなのか!
音すら出せずに藻掻くように揺れている「鈴ちゃん」を解除する。
「動かなければ問題ない」
「一応、あてらが守ってやる」
感謝の言葉を発する暇もあればこそーー。
「双雷竜」を凌駕する衝撃が、世界を、魔力を焼き焦がす。
「…………」
立て続けに起こった異常事態に、頭が一星巡りくらいの休息を要求している。
二つの手が加えてくる重みが、跳ね返るように意識を浮つかせる。
「セナ、カナ。久し振りだね」
ーー俺よりも若い。十八……くらいだろうか、どうも周期がつかみづらい。
普通の、いいや、どちらかといえば、ひ弱な、人種の男に見える。
その青年の肩を、首と肩口の真ん中辺りを。たぶんこっちが青年を乗せて飛んでいた雷竜なのだろうか、あむっ、と噛んだ。
ーーすまん。あまりのことに、現実を直視できなかった。
「わてらだって噛みたいのにっ、噛みたいのに!」
「所有権を主張してるっ、してる!」
竜にも角にも、落ち着こう。無理かもしれないが、落ち着こう。
青年と、青年の肩を噛んでいる雷竜に突っ掛かっているのが、「双雷竜」ということで間違いないようだ……。
駄々っ子みたいな、子供が二人。
いいや、「双雷竜」が想像と違っていたからといって、落ち込んでいる場合ではない。少年の頃に抱いた憧憬が、ガタガタと音を立てて崩れているが……泣くな、俺。
三枚、いいや、二枚なのか、二竜は不思議な構造の服を着ていた。白と金が入り混じったような意匠。ーーと、ここで気づいた。青年たちを見た「双雷竜」の頭の後ろ。
角が生えている。確認してみると、噛みついている雷竜にも角が生えていた。「双雷竜」は二本ずつ。雷竜は三本。頭に沿うように垂れている。噛みつき竜のほうは、雷のようなジグザグの金の房のような髪が幾本も垂れ下がっている。
ーーあえて、直視しないようにしていた。
どこにでもいそうな、普通の青年。三竜の雷竜がいるのだから、そちらに心が奪われて然るべきなのにーー。
「ーー、……」
……あ、これは駄目なやつだ。
悟っちまった。なにかが異なる。係わったらいけない。気づかれたらいけない。災害のようなものだ。通りすぎるのを、祈りながら待ってーー、
「あ、あのっ!」
やぁめぇろぉぉおおおおぉぉっっ?!
俺の魂の叫びを知ってか知らずか、ルオが横に並ぶ。
止めたい! 今すぐ「大陸」の端っこまで逃げたいが! 穴掘って隠れたいが!
……手遅れか。
俺たちの存在に、今、気づいたように、青年がこちらを見る。
ーーフラウズナ。先立つ不孝を許してくれ。
……いいや、彼女は俺の親じゃないし、というか、親だったら結婚できないーーなどと愛しい人の姿を幻視するのはここまで。
彼女に相応しい男であり続けるために。
俺は、覚悟を決めた。
「どうか、しましたか?」
声音はやわらかい。優しい笑顔。気取らない振る舞い。ーーだのに、底がない。
恐らくは、俺よりも深く感じ取っているだろうルオが、呼吸さえ儘ならないというのに、力強く言葉を発する。
「僕は、ルオです。彼女は、メナです。ーー僕は、メナの兄になりました。メナを守ると決めました。でも、僕とメナでは、生きる速さが違います。最後まで、メナを守ることができません。ーーそんなのは嫌なんです。だからっ、教えてほしいんです! どうすれば、あなたのようになれますか!」
うぎぎ……。
引き攣れるような、だが、噛み砕くように理解する。
甘く見ていた。バゥラと一緒だったルオ。
執着、いいや、違うのだろう、もっと純粋なものを抱え続けていた。
そのまま俺にも跳ね返る。
ーーフラウズナと同じ時間を、同じ速さで生きられたなら。
「そうですね。二人で共に生きたいというのなら、魂を結わえてしまうのがいいかもしれません。片方が死んでしまえば、もう片方も死んでしまう。そうした不利益はありますが、魂が等価となりますから、メナさんの寿命をルオ君に融通することで、同じ速さで、同じ時間を生きられるようになります」
「……そ、それでいいです! それがいいです! お願いします! ルオと一緒に生きるためにっ、どうすればいいのか教えてください!」
メナまで前に出て、ルオの横に並ぶ。
だが、二人よりも前に、俺の心は冷えていた。予感というか、確信に近い。望んだだけで答えが得られるようなーー、目の前にいる存在は、そんな易い相手ではない。
「君たちは竜じゃない。何故、竜でもない君たちに、僕がなにかをしてあげないといけないのか、教えていただけますか?」
邪竜はいつでも微笑んでいるものだ。
物語の台詞が頭の中から強制的に引っ張り出される。
希望が灯った瞬間の隔絶に、凍りつくルオとメナ。
ーーまだだ。俺が介入するとしても、ここじゃない。
「わては気づいた。バゥラの匂いがする」
「あてらのお願い。試してほしい」
バゥラの名に、尋ねようとしたルオを止める。もしかしたら、ルオの友のことを知る、唯一の機会を逃すことになるかもしれないが、ルオとメナの願いを叶えるためには、青年と「双雷竜」の会話を邪魔するのは悪手だ。
とてとてと近づいてきた「双雷竜」に、両手を差し出す青年。左右の手首辺りを、嬉しそうにガジガジと噛む「双雷竜」。
「セナとカナがそう言うのなら。ーーレッテ、お願いね」
肩に噛みついたまま、首肯する雷竜。「双雷竜」と違い、不機嫌そうな顔をしているが、元々そういう顔のようだ。
『結界』ーーなのだろうか。青年を中心に、半球状の薄い黄金の膜が出現する。
「これは、レッテのーーああ、リグレッテシェルナの『ぴりぴり』です。残念ながら、レッテの声は聞こえていないようですから、あとはひとつだけ。なにか、お願いがあるとするのなら、そんな遠くからではなく、僕の近くにきて、言ってください」
むずかしい言葉はなにひとつ使っていないのに、理解するのに精神力を総動員する必要があった。
ーー西の「大陸」。由来となっている雷竜。三竜を従えている、ように見える青年。
不意に、すとんっ、と落ちた。嵌まった。リュリケイルの言葉。薄気味悪い。魔力を供給した存在。……魔王?
「待て、ルオ」
頭が混乱したままだが、俺は自身の願いと役割を忘れなかった。
一歩目を踏み出したルオを止め、俺は「結界」の前までーー。
「ーーぃぎ!」
甘かった。
火傷くらいで済むかと思っていたが、黒く変色している。触れた指先に、感覚はない。しかし、間違えてはならない。俺にできることを、遣り切る。
「ルオ。魔力は纏うな。その身、ひとつで行け。ーー試練に、打ち克て」
俺の言葉に頷くルオ。宝物を手放すように、苦渋の表情で少年の手を離す少女。
「あなたの名を、教えていただけますか?」
理解するよりも前に、勝手に口が動いていた。
「俺はラルプ。旅人だ。村の所有物だったから、ただのラルプだ」
ようやく、青年が見ていたのが俺だったと、頭が理解する。
「ラルプさんですか、覚えておきましょう」
ーー名前を教えてくれ。
そうだ、頭がーー理解っちまった。聞けなかった。わかっちまったのに、わからなかった。
ーー『英雄』。
俺には踏み込めない。資格がない。……そうじゃない。きっと、この青年も「英雄」じゃない。それでも、俺とはなにかが違うと、わかっちまった。
「……ルオ」
ルオは、薄い膜に手を、ーーそう思ったときには、内に入っていて、小さな、百の雷竜を纏うように、「英雄」の歩みのごとく、輝かしくーー。
正常に機能してくれない、ぽんこつ頭をどうにかしようかと思ったところで、青年の、無慈悲な言葉が耳に届いた。
「レッテ。『ぱりぱり』をお願い」
あと半分にまで迫っていたルオが、ーー抗えない、奔流に巻き込まれる。
どの魔法具を使ったのかはわからない。だが、俺は間に合った。
「ラルプ……さん?」
「無事か? 十分だ、よくやった。褒めてやる」
ルオの頭をくしゃくくしゃしてやってーーん?
「指は治しましたが、余計なお世話でしたか?」
「いいやっ、助かる! 感謝する!」
心臓に悪い、というか、もうこの青年の存在自体が問題外のような気がしてきた。
ルオを下ろした、刹那に、俺は短剣と魔法をーー、
がしっ。がしっ。
左手をルオに。右手をメナに。
つかまれる。呼吸がとまっていたことに気づく。
気づいたら、青年が一歩の距離まで近づいていた。瞬間移動の魔法なんて聞いたことがないが、竜にも角にも、三竜を引っつけたままの青年が目の前にいた。
……俺はなにをしようとしていた。武器なんか、魔法具なんか、この相手に通じるはずがない。なにより、そんなことをしたら、三竜に消し飛ばされるだろう。
邪竜の笑みを浮かべながら、青年は、これまで通り、こともなげに言葉にする。
「破壊しようと思います」
「ーー、……」
……、ーー。ーー、……。
……態とだ。まるでわけがわからないが、なんとなく、この青年の性質を、垣間見た気がして、ーー精神を立て直す切っ掛けにする。
そうだ、相手の心を乱すために、態とそういった言葉を用いている。話術なのか処世術なのかは知らないが、勝てないことを自覚しつつ、乗せられないようにしなくてはならない。
「頻繁に使用している魔法具をひとつ、出してください」
……心を叱咤して、決めたばかりだというのに。俺は「鈴ちゃん」を手のひらに乗せて、唯々諾々と差し出していた。
自身の不甲斐なさに泣きたくなってきたが、このまま流れに乗るしかない。
それでもーー。
もし「鈴ちゃん」を破壊しようとしたら、命懸けでも止めてやる。魔法具は、ただの物かもしれない。だが、俺はそうは思わない。魔法具は俺を助けてくれた。なら、俺も魔法具を助ける。間違っていても構わない。それが、俺なんだ。
「この魔法具に、名前をつけていますか?」
「……は? あ、ああ、『鈴ちゃん』だが」
「『リンちゃん』ですか、よい音色です」
不思議なことに、青年が初めて笑ったーーような気がした。
青年は、魔力を籠めていない。だのに、「鈴ちゃん」を揺らし、鳴らない鈴の音に耳を傾けている。
「だいたいわかりました。では次に、指輪型の魔法具を出してください」
ポケットの中の、ガブリエルからもらった魔法具。
なぜ指輪のことを知っているのか、その瞬間に閃いてーー。
「趣味が悪いな」
「なんのことでしょう?」
青年は、嬉しそうに笑う。
冷や汗、どっさり。うっかり口にしちまったが、竜にも角にも、心臓、もう少し静かにしてくれ。
青年と雷竜は、「双雷竜」のあとに現れた。だからといって、本当に、そのときに「大地」にやってきたとは限らない。
バゴンに追われている、愉快な集団。俺が青年の立場だったとしたら、観覧して楽しむだろう。
たぶん、こちらが本命なのだろう、抗う意味もないので指輪を差し出す。
「先に言ったように、破壊しようと思います。ですが、この指輪は、ラルプさんのものです。他人のものを勝手に壊すのはいけないことです。なので、機会を与えようと思います」
なんでこんなことになっちまったんだろう。俺はなんで、こんな竜があさってを見るような相手と、正面から対峙しているのか。
「この魔法具に、名前をつけてください。その名前を僕が気に入ったら、破壊しないでおきましょう」
理不尽極まりないが、もうほんと、どうしたら良いのかわからない。
明らかに、この青年は楽しんでいる。俺を弄んで、悦に入っている。
「ラルプさん……」
「ラルプ……」
そんな不安そうな顔をするな。
ーー仕方がないな。相方の前だ、俺は俺らしく振る舞えば良い。
「ーーーー」
戻ってきた指輪を手のひらに包んで、心を預ける。これまでと同じように、魔法具に名前をつけるときにやってきた方法。
体があったかくなるような、使い道のわからない魔法具。
「温ちゃん」とかつけたくなるが、この魔法具の真価はそんなものではないだろう。
ーー駄目か。
届かなかった。魔法具に拒まれているーーそんな風に感じちまったから。悔しいが、それが俺の答えだ。敗北者の俺は、指輪を青年に渡す。
「駄目だった。俺じゃ、この魔法具に名前はつけられない」
受け取った青年が、ーーん、なんだ、じっと俺を見てくる。
「な、なんだ……?」
言葉にはしないが、そんな興味津々の眼差しで見られると、ちょっと気味が悪いんだが。
「いえ、ラルプさんが、僕の想定外の答えを引き当てたので、驚いていたところです。因みに、もしこの魔法具に名前をつけていたら、魔法具を破壊していました」
「……は?」
「理由は教えてあげません。名前をつけたら、気に入る、気に入らないに関係なく、破壊する。場合によっては、ラルプさんが所有する魔法具をすべて破壊しました」
「…………」
「ルオ君、メナさん。セナとカナがあなたたちを気に入ったので、『ラープの地』を再訪したときには、強制的に面会します」
「え、あ、はいっ!」
「お、お願いします!」
魂を結わえ、二人で生きる。その可能性が示されたことに、二人が慌てて頭を下げる。
なんかもう、どうとでもしてくれ。
頭が真っ白だ。十周期くらい寿命が縮まった気分だ。
ずぼっ。
肩を噛んでいたリグレッテシェルナが、青年の股の間に首を突っ込むと。
次の瞬間には、一人と一竜は空の彼方にいた。
「その魔法具は、一人では使えない」
「おぅ、ぶぉ、いびびびぃ~~」
良いぞ。そのまま頑張れ、ルオ。
俺がやっていたように、ラープセンナ様(?)がルオの頭をくしゃくしゃする。あの「結界」もそうだったが、雷竜自身にも魔力的な障壁のようなものがあるらしい。
ばちんっ、と弾かれるが、ラープカイナ様(?)の手をがっちりと握ったメナは、自分の頭の上に持っていく。
「その魔法具は、偽りがあっては使えない」
「ぴぃぴぃぴぃぴぃぴぃぴぃぴぃぴぃ~~っっ!」
ーースタートラインに立たせてほしい。
リュリケイルの頼みだったが、俺がなにをする必要もなく、「双雷竜」に応えるメナ。
「ぴゅ~い~~」
倒れるメナを、ルオが支える。彼女を「治癒」する「双雷竜」。
「あの御方は、なにをしに、『大地』に来られたのですか?」
なんとなく答えてくれそうな気がしたので、駄目元で聞いてみる。
「わてらは、竜の国ーーリシェルティアに来ないかと誘われている」
「あてらは、『解放』が行われるまでは『大地』にいると決めている」
フラウズナとリュリケイルに尋ねたら、「双雷竜」の言葉の意味がわかるだろうか。いいや、リュッケン爺さんのほうがーー俺が訪ねるまで、ぽっくり逝かないでくれよ。
カタカタ。
そうだったな。色々ありすぎて、すっかり忘れていた。ガブリエルの自己主張で、本来の目的を思い出す。
「ラープセンナ様。ラープカイナ様。デュラハンたちは、深く深く反省しています。お詫びのバゴンも献上いたしますので、どうか彼らを許してやってください」
ガタガタガタガタ。
「双雷竜」に見られ、一斉に揺れ始めるデュラハンたち。ルオやメナが、こうして向かい合っているというのに、それはちょっと情けなくないか?
「わてらとデュラハンの相性は悪い」
「あてらに怯えるのも仕方がない」
雷の属性と金属鎧のことだろうか。
なんにせよ、やることはやらないと。俺は、必死に抱え持つ首なし鎧からヘルムをぶんどって持ってくる。
「ガブリエル。族長なんだから、頑張れ」
「お願いしますじゃっ! バゴンを食べてしまったですじゃっ! 許してくれとは言わないですじゃっ! ただ、我の命ひとつで、どうかどうか他の者は許してくださいですじゃっ!」
こらこら、それじゃあ許してほしいのかほしくないのかわからないじゃないか。
「双雷竜」がガブリエルを見ているーーんだが、ああ、これはもしかして。
「あの、口を挟んでしまい、申し訳ないが、ーーデュラハンたちがバゴンの魔力を食べてしまったから怒っているとか、そういうわけじゃないようですね」
「ほ……、じゃ?」
ガブリエルの目が、ヘルムの内の光が大きく、真ん丸になる。
二百周期も勘違いしていたとなれば、そうなっても仕方がないことではあるが。
「『まほろば』に立ち入ったから、わてらは『おしおき』をした」
「そもそも、あてらはバゴンーー噛み応えのない食べ物は嫌い」
ガブリエルの、ヘルムの内の光が消えた。
「気持ちはわかる、とは言わないが、竜にも角にも、死ぬな、ガブリエル!」
「ぎょば~っ!? やめるですじゃっ! ヘルムの内っ、掻き回さっ、がりがり掻かないですじゃ~~っ!」
よし、生き返った。
ーー「まほろば」。
恐らくは、「捨て場」であり、「落ち葉」のことだろう。「双雷竜」はバゥラのことを知っていたし、間違いないような気がする。
あっさりしたものだ。
俺たちが馬鹿をやっている内に、飛び立ってしまった「双雷竜」。
「ララプ、たべる、おまつり!」
「ルルプ、おいしい、うたげ!」
どこかに隠れていたのか、入れ替わりにゴブリンたちがやってくる。
ーーさて、今回俺たちは、なにかを成し遂げたのだろうか。
いいや、もう、疲れた。なんでも良い、バゴンがあるんだから、皆で喰い尽くしてから考えよう。
沼地で、泥だらけになりながら、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。
ーー俺は予感していた。なにかが始まったことを。いいや、もう始まっていたことを。
「ぴぃ~っ」
「メナ様が大人気っす! ルオ様っ、一緒に助けるっす!」
「ラルプさん! 僕は手が離せないので、お願いしまっ!?」
遠ざかる景色に重なった、確かな手応え。
「ルオっ、メナっ! もうちょい我慢しろ!」
ーー温かなものを感じながら、俺は皆のところに駆けていった。
なんだか、「双雷竜」も宴に交っていたような気がしたが、きっと気の所為だろう。
「これはまた、片づけが大変だな」
目を覚まし、見てみれば。出発までには時間が掛かりそうだが、急ぐ旅でもない。
相変わらず仲良くくっついている二人を起こすことから始めるとしよう。
「双雷竜」が山に帰っていく竜影を尻目に。
ーーそれから、また、俺たちは旅を続ける。