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旅人ラルプ  作者: 風結
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3話  三つ目の村ーー「炎竜」

 俺が長いこと拠点にしていた「大地(ラープ)」の中央と西の境にある人種の村ーー「炎竜」。


 「地竜」から一巡り掛けて到着。本来なら、あと五日余計に掛かるのだが、リザードマンの支配域を突っ切ったので短縮できた。


 俺は運が良い。幸いにも(メス)とは遭遇しなかった。


 もしかしたら「地竜」から追っ手があるかもしれないから仕方がなく選択したが、来周期の儀式の日まではもう御免被りたいところだ。


 村を見渡すことができる大樹に登るため、ルオにロープを手渡す。


 幹の太さは、大人が両手を広げた五人、いいや、六人分くらいはある。道具を使わなければ登っていけないわけだが、これまで通り、まずは静観してお手並み拝見。


 手頃な石を拾い、ロープの先端を巻きつける。


「えいっ!」


 狙ったわけではないだろう。枝に当たって跳ね返った石は、丈夫なそうな枝を越えて反対側に。


 俺は運が良いーーと言ったが、運が良いのは俺じゃなくてルオかもしれない。


 ーー「双雷竜」に気に入られた者は運命に打ち克つ。


 信心深い者の中にはそんなことを(まこと)しやかに語る者もいる。現実主義な俺の友人などは、魔力の質と量、とばっさり切り捨てちまうが、俺はそこまで割り切れない。


 スルスル~と石を下ろしてきて、ロープの長さが足りないことに気づく。迷うことなく、片方の靴を脱いで足を上げたので、俺は半歩踏み出す。俺の腿を踏み台にして肩車の状態に。もう片方の靴を脱ぐと、俺が買ってやったリュックに入れる。


 石を外し、ロープを(よじ)る。幸い、俺が手を伸ばせば届いたので、ルオから受け取り、解けないように先端を握る。


「ふっ!」


 足を使わずに腕だけで登っていく。


 体の使い方がわかっている者は、実際にその動きをしなくてもある程度予測できる。経験からそれを知っている俺でも、ルオの才能には驚きを禁じ得ない。


 ルオは危なげなく枝に辿り着いたので、今度は俺の番だ。足を使ったほうが楽なのだが、先達者の沽券(こけん)に関わるのでーーなどということはもちろんない。


 相方になったルオには、俺のことを知ってもらう。


「よっと」


 のんびりと疲れないように登ってから、ロープを()わえる。


「こうして上下に、それから束の上からぐるぐる~と巻きつける。最後に、下の輪に通して、こうして戻して、上のロープの先端を引っ張ると」

「これはーー、両方の先端を引っ張ると、一気に解けるようになっているんですか?」


 ……一気に解き、驚かせようとした俺の目論見がもろくも崩れ去る。


「これは基本の結び方だな。他にも幾つかある。どうせなら、気に入った形のものをリュックに入れておきたいだろう?」


 ーーこれからはロープの使い方も教えるぞ。


 ロープを差し出した俺の意図を(あやま)たず了解したルオは、受け取ってリュックに入れる。


「なんだ? まだ根に持っているのか?」

「……そんなことはありません」


 ロープを仕舞う際に見えた、三冊の小説。


 俺が上げた、「ラープの地」で最も有名な英雄の物語だ。


 物語を読んだルオは当然気づいた。ルオを旅に連れ出すとき、彼に掛けた言葉が小説から拝借したものだったことに。


 そんなしこりを残しつつも、ルオは物語の(とりこ)になった。時間があれば読み(ふけ)り、俺を質問攻めにした。そうして一回読んだだけで、すべての言葉を覚え、使いこなせるようになっていた。


「ルオが羨ましいな。俺は絵本の物語を読んだときには、誰にも言えなかったし、物語の意味をぜんぶ理解するのに三周期も掛かっちまった。なにより、物語のことを、面白さを、共有できる相手がいなかった」

「でも、ラープさんは、言葉に対して特別な感覚を持っているんじゃないですか?」


 うわ、とんでもないな。そんなことまで感づいちまうのか。


「まあな。自分でも馬鹿だと思えるくらいに、頭の中で知った言葉を繰り返し唱え、文字を刻み続けた。いつしか俺の内では、言葉は感覚的なものになった」


 これもまた、俺が旅を続けていられる理由のひとつ。


「『大地(ラープ)』には三つの言語がある。ーーあるんだが、かなり幅というか乱れがある。どうやら俺は、そういったものに惑わされることなく、相手の言葉を理解することができるみたいだな」


 「大地(ラープ)」の他種族を纏め上げるには、言語の統一が必要かもしれない。


 今のままでは、意思疎通に限界がある。俺には想像もつかないが、「英雄」ならこの壁を打ち壊すことができるのだろうか。


「この大樹以外に、背の高い樹木は見当たりませんが、態となんですか?」


 またしても先取りされる。


 俺はまだ相方だから良いが、これが我が子なら大変だろうな。ーーフラウズナとその種の苦労を分かち合う日は、いつのことになるやら。


 十周期後、手をつないで。もう十周期で結婚ーーくらいじゃないと、俺のほうの子種がなくなっちまいそうなんだが。……まさかリュリケイルは、時間切れを狙っているとか、そんなことはないよな?


「ああ、態とだ。なぜそんなことをしているか、わかるか?」


 未来に不安を覚える。愛しい人を得た所為か、それが増大している。しかし、それに振り回されては、フラウズナに相応しい男にはなれない。


 不安を押し殺し、「炎竜」の村を見下ろしながら、ルオとの会話に集中する。


「こちらから見えているーーということは、『炎竜』の村からも見えているということです。村に降り掛かる危険を事前に察知するための方法のひとつ、ですか?」

「正解。ーーどうした? 俺の後ろになにかあるのか?」

「いえ、なんでもありません」


 まただ。ルオは俺の右後ろを見ていた。ときどき、ふと彼の視線がそちらを向く。


 ルオの様子からして、悪意めいたものはないようだが。


「以前話したが、村を壁で囲っていないのは『炎竜』だけだ。こっちの理由もわかるか?」

「ーー(あなど)られない、ためですか?」


 その洞察力に今更驚いたりはしないが、これは教え甲斐があるのかないのか微妙なところだ。


「そういうことだ。人種は、強い種族じゃない。他種族からは、賢い種族だと思われているから、壁などで防衛しても攻め込まれる理由にはならない。だが、壁の内側に()もっているいるだけじゃ()められる。そこで『炎竜』だ。壁を造らず、やろうと思えば、自分たちだけの力で撃退することができると、示し続けているんだ」

「人種の中で強い人が集まっているんですか?」

「いいや、そこまでじゃないな。一見すると、普通の村に見えるが、『炎竜』は要塞化されているんだ」

「地下に張り巡らされているんですか?」

「そうだな。『地竜』とは違った意味での人種の砦でもある。最初の防衛が、村を円形に、二重に囲っている家屋や倉庫だ。あそこに警備の人員が詰めているーー」

「嘘ーーですか?」


 ここのところ、見抜かれる比率が高くなっている。他の才と比べて、こちらのほうの成長がゆっくりなのは、恐らくは好ましいことなのだろう。


「今度は、俺が嘘を吐いていることを見抜けたか?」

「ラープさんから、エルフの里やドワーフのこと、人種の村の話を聞きました。警備に人員をたくさん()けるほど人種に余裕はないと思います。……ラープさんが嘘を吐いているかどうかはわかりませんでした。こんなこと、する必要があるんですか……?」


 ブーたれるルオ。


 こういった子供らしい一面が見られると安心してしまうのは仕方がない。その感性を伸ばすためにも、多くの人種や亜人種と交流させてやらないとな。


「『大地(ラープ)』で生きていくためにも、自分自身を守るためにも、相手の嘘を見抜く能力は必要になる。だけどな、ルオはバゥラの友達だ。お前は嘘を吐かなくて良い。バゥラの友達として、受け継いだ者として、正しい道を歩め」

「……やめてください」


 くしゃくしゃと、強めに頭を撫でてやるが、ルオは抵抗しない。


 ルオにはバゥラ以外の、他者との触れ合いが足りていない。俺だけじゃ必要量には満たないだろうから、なにか考えておかないとな。


「でも、ラルプさんは嘘が上手いですけど、プーパのほうがもっと上手いと思います」

「ん? そうか? 好妖精は結構あからさまだったと思うが」


 あからさま、というか、直接的、というか。大抵の妖精の目的は『悪戯』なので、嘘の種類が異なるのは当然だろう。


「ラープさん。プーパを甘く見たらいけません。僕は長い付き合いなので、ラープさんよりもプーパのことを知っています。ときどき思いました。表からではわからない、深い()()()があるような気がしました」


 プーパと同様に、ルオの勘も侮れない。「なにか」がある、という彼の言葉を否定するつもりはない。


 「捨て場」という特殊な場所にいる、翔べない妖精。それだけで竜の翼も羽搏くってものだ。


「う~ん、プーパと出会った頃から思い出してーー、……うわ、最初っからかっ!?」

「気づきましたか?」


 すまなそうな、気の毒そうな顔をするルオ。彼は、別れのときにプーパを友と認めた。友達がやったことで、罪の意識を感じているのだろう。


「ルオ。お前が気にすることじゃない。気づけなかった俺の落ち度だ。それに、俺を『捨て場』に、ルオの(もと)に連れていくには、それくらいのことをする必要があった。なにより、旅の相方ができたんだから、プーパには感謝……うん、感謝はしておこう」


 改めて記憶を再現してみる。


 掘っ立て小屋は粗末な造りだった。翻って、俺の記憶の中の、ドワーフの乙女たちが着替えていた部屋の作りはしっかりしたものだった。それはそうだ。うら若き女性たちが着替えをする場所なのだから、覗きに対する対策は万全だろう。


 まさか正面から堂々と覗きをする者が現れるなど、想定していなかったのかもしれない。


 いいや、重要なのはそこじゃない。


 俺はいつも通りに、掘っ立て小屋に入ったが、実際にはそうじゃなかったということだ。


 俺の勘違い、という線もわずかながらあるが、普通に考えれば、何者かの介在があったと見るべきだろう。


 完全に油断していた。魔力的な関与があれば「察ちゃん」が教えてくれる。恐らくプーパは、俺じゃなくて、俺が見ていた「景色」のほうに干渉していたのだ。


 盲点というべきか見事に騙されてしまった。


「くっくっくっ、次に会ったときには着せ替え人形にしてやろう」


 数着といわず十着くらい。プーパも恥じらう、ハチャメチャ可愛い服を用意してやる。


 俺が復讐を誓っていると、すでにルオは準備を終えていた。


「行きます」


 ロープを解いて自分に結び、残りを俺に渡してくる。


 魔力を手のひらと足の裏に。飛び移って幹に貼りつく。


「いち、に、さん、し、ご、ろく、なな、お~、新記録だな」


 ずるっ。


 褒めたのがいけなかった、ということはないだろうが、直後にルオが足を滑らせる。


 子供とはいえ、十分に重さがある。油断なくロープを操り、ルオを地面まで下ろす。


 次は俺の番ーーと言いたいところだが、今日は俺が魔力を温存する日なので、素直にロープで下りる。


 ルオの魔力量のお陰で、野宿に魔力を使う必要がなくなった。これまでできなかった魔法の鍛錬に魔力を振り分けられるようになった。これは嬉しい誤算だ。


 プーパが言っていたが、魔力の属性に難があるのか、ルオは魔法はからっきしで、魔力操作は上の下、というところだった。


 短剣を渡して、ルオに先導させる。森を真っ直ぐ進むには、経験が要る。素人だと、同じ場所をぐるぐる回ってしまうこともある。今回は大樹が目印になるので、むずかしくないだろう。


「ときに、魔物より恐ろしいのが人種だ。とはいえ、過度の警戒は禁止。『炎竜』なら、俺の側にいれば酷いことにはならない。ーー娘さん以外は」

「今も逆恨みをされているんですか?」


 短剣で道を作りながら、踏み締めながら、当然警戒を怠ることなく、会話までこなしてしまう。


 「鈴ちゃん」以外の魔法具を解除する。


「フラウズナは、爺さんは娘さんのことが大好きだから、と言っていた。逆もまた(しか)り、娘さんも爺さんのことが大好きで、俺を恨むことで哀しみを軽減しているのかもしれないな」


 もしそうだとしたら、本当に食えない爺さんだ。魔法具の対価とすれば安いものかもしれないが、死んでまで迷惑をかけないでほしい。


「どこから入るかは決まっているんですよね」


 森を抜けたので、短剣を受け取る。代わりに、ドワーフから購入したナイフを渡す。


「決まった経路(ルート)がある。それ以外だと、普通に死ぬから(はぐ)れるなよ。あと、ナイフだが、ルオの魔力量からして、魔力操作がこなれるまでは魔力を籠めないようにな」


 ドンブラとの真剣勝負で勝った。


 俺が賭けたのは魔法具の「(かん)ちゃん」。食べ物を甘くしてくれる、人によっては秘宝とも言える魔法具だ。これは酒の味も変えるとあって、甘い物が大好きなドンブラが乗ってきた。


 家宝のナイフ。「魔力ナイフ」と言っていたが、きっとあのナイフなら、ルオの魔力量でも受け容れられただろうに。


 勝負の内容は、当然酒飲み競争。


 それだと俺が不利だから、魔法具の使用が可となった。


 酒でドワーフを潰すのは不可能だ。だから俺は、すべての魔力を「甘ちゃん」に注ぎ込んだ。甘い物を口にし続けると、いずれ体が甘みを拒絶するようになる。それを狙ってのことだ。


 死ぬほど飲んだ俺は、実際に死に掛けて、ドワーフの秘薬とやらでなんとか命を拾うことが出来た。


 俺にとって「甘ちゃん」は重要な、有用な魔法具じゃなかったから、「魔力ナイフ」と交換しようと思っていたんだが。


 ドンブラめ。


 機会があったら、ルオのためにも絶対、交換を成立させてやる。


「さっき言ったが、人種に余裕はない。周囲の家屋は無人で、罠になっている。上手く嵌まればオーガだって逃げ出すほどだ」


 外周の家屋の間を通って右に。内周の二つ目、倉庫の間を通る。しかし村には向かわず、内周を逆方向に歩き、先程通った倉庫の壁を叩く。


「ーー炎竜の名は?」

「エーレアリステシアゥナ」


 炎竜ミースガルタンシェアリのほかに、世界に名の通った炎竜はいない。


 因みに、「地竜」での合い言葉はイオラングリディアだ。二竜とも、東の大陸の有名な竜の名らしい。村を行き来する冒険者から、覚えにくいとの苦情が絶えないが、どこの村も改善する気はないようだ。


「デーバ。監視をサボっていたな?」

「そんなことないって。樹の上にいんのは見てたぞ」


 通常なら、壁を叩く前に声が掛かる。


 ルオを見て驚くデーバ。他人を騙すだけの能力にも欠けている。


 デーバは良いやつだが、監視の役を(あて)がわれていることからわかる通り、村では身分が低い。学ぶ機会もなかったから、ルオのほうが語彙(ごい)は豊富だろう。


 村によっては、デーバと同水準の人間が半分、という偏った村もある。村の上の人間にとっては都合が良いのかもしれないが、全体から見れば、それは悪手だ。


 集団の力を上げるには、個々人の力を上げてやる必要がある。それは「地竜」で実感した。十村の中でも裕福な「地竜」の人々は、ほぼすべての大人が議論に参加していた。


 考える力を持っている。自分がどうすれば良いかわかっている。これは、思っている以上に大きな力となる。


「ほれ、栗だ。デーバは好きだったよな」

「おーっ、ありがとう! ラルプさん大好きだー!!」


 この時季、村の外なら普通に手に入るのだが、ーーこらこら、くっつきすぎだ。


 この馴れ馴れしさも、俺が「炎竜」を拠点にしていた理由のひとつだ。末端の者が虐待されていない。爺さんのあとの村長であるジュナードさんも有能で、「炎竜」の雰囲気は明るい。俺の出身である「天竜」とは大違いだ。


 倉庫の裏の引き戸から入り、右手の扉から出る。ここから真っ直ぐ村に向かえば、罠を回避できる。


「ガルダさん、お久しぶりです。こっちは、最近できた相方です」

「っ、ルオです! よろしくお願いします!」


 「地竜」では紹介の機会がないままに追い出されたので、初々しいルオ。俺以外の人種とまともに話すのは初めてだが、ガルダさんなら問題ないだろう。


「ほう。ラルプの相方か。ーー可哀想に」


 本当に憐れむような顔をした彼の顔が、満面の笑みに早変わり。


「だが、羨ましくもある。俺もあと十、若ければ『竜患い』の仲間入りをしていたかもしれん」

「ガルダさんは、俺と同じで身分は冒険者だ。大抵は『炎竜』の近くで狩りをしている。村の外で鉢合わせることもあるから、しっかりと、あんまり似合っていない髭面を覚えておけ」

「はいっ……ぃえ、髭っ、よく似合ってると思います!」

「嘘は吐くなと言ったばかりなのにこいつは」


 頭をくしゃくしゃっとしてやる。俺が手を離すと、今度はガルダさんがぐしゃぐしゃ。


「いい子じゃないか。ーーあっと、そうだ。『お嬢様』はご機嫌斜めだから、高つ音までに出発したほうがいいぞ。真っ昼間から血の雨が降るのは勘弁だ」


 俺の頭までぐしゃぐしゃ。


 狩りの師匠でもあるので、今でも頭が上がらない。


「そういうわけだ。もうすぐ五十歳になる『お嬢様』に会わない内に、目的地に向かうぞ」

「あっ、ーー『娘さん』のことですか?」

「爺さんもな、もうちょい後始末をしてから逝ってくれれば良いものを。村長のジュナードさんですら、おいそれとは口出しできない相手だ」


 このままだと、次期村長になってしまうらしい。


 そうなったら終わりだ。「炎竜」には近づけなくなっちまう。


 魔法具の対価として相応しいものになる。エルフの里とドワーフの集落の先にあるという二村までの開拓を視野に入れるときがきたのかもしれない。


 通りすがりの三人と挨拶を交わしつつ、目的地に到着。娯楽の少ない村内で噂が広まるのは早い。これでルオのことは知れ渡るだろう。


「十村会議がなくなってから、村を統括する組織はない。他に十村を結びつけている組合が二つある。商人組合(ギルド)と冒険者組合。この二つは、看板や旗に竜を掲げることを許されているんだ」


 相変わらずの、翼を広げたド派手な金竜。商人らしいといえば商人らしいが、もう少し控え目にはできないものか。


「あら、可愛い子を連れていますね」


 見た目は普通の雑貨屋。扉を開けて入ると、奥にカウンターがあり、その先は倉庫になっている。


「ルオだ。旅の相方になったから手加減してやれよ、ユリアーナ」


 俺の友人である美人。フラウズナが日向が似合うとするなら、雨が似合うのがユバだ。


 「ユリアーナ」というのは偽名だが、それを知っている人間は少ない。俺の命の恩人でもある男女(おとこ)だ。場違いなドレスに手袋。露出している箇所は顔だけ。スカーフで盛り上げているが、もちろん真っ平だ。


「ーーーー」


 通常時は横にいるように言ったのに、俺を盾にするような素振りを見せる。


 もしかして、もう気づいたのか?


「どうした、ルオ? 相手が美人だから戸惑うのもわからなくはないがな。あんまり見詰めるのは失礼だぞ」

「駄目ですよ、ラルプ。良き性根の少年を苛めてはいけません。ルオさん、でしたね。怒ったりなどいたしませんから、気づいたことを口にされても構いませんよ」


 (おおやけ)では、女性らしいやわらかな喋りをするユバ。二十前半の美人とあって、男どもを骨抜きにしているが、見抜いてしまった少年には恐怖が勝ったようだ。


「……ま、間違っていたら、ごめんなさい。その……、臭いが、男の人のものなので、なにか意味があるんだと思うんですが……」


 理解できないものには恐怖が伴う。好奇心や勇気で、或いは答えを知ることで抑え込むことができるが、経験値が少ない少年には荷が勝ったか。


「これは、早目に話してしまったほうが良いようですねーー」


 ーー珍しい。


 扉が開いて、客を見たユバの顔が、半瞬だけ強張る。振り返ったルオの視線の位置が気になるが、俺は正面を向いたまま、声を掛ける。


「こんなところでの再会なんて奇遇だな、ーーリュリケイル」

「ええ、お久しぶりです、ラルプ。ですが、その前に、確かめておかなくてはなりません。店主ーーあなたは『銀竜』でしょうか?」


 余所行きのリュリケイル。それに初耳の単語。


 偶然の産物。ユバの瞳に映ったハイエルフの姿を視認した俺は、多少の演出をしてみたのだが、慣れないことはするもんじゃないな。


「はい。(うけたまわ)っております、森の貴婦人。十七代目の『銀竜』でございます」

「ーーそうですか」


 確認は終わったようだ。空気が緩んだのが伝わってくる。


「なによ、もう少し驚きなさいよ、ラルプ。『鈴ちゃん』を解除したあとから尾行していたんだけど、もしかして気づかれていたのかしら?」

「それは、『旅人の秘密』ということにしておこうか。驚いてはいるぞ。ただ、リュリケイルが『迷いの森』の外に出ていたことは知っていたから、予想外の事態ではないということだ」

「あらま、どうしてわかったの?」

「幾つもあったが、一番は。ーー紙、だな。リュリケイルは俺と同じで好奇心が旺盛だ。なのに、魔法使いが考案したらしい良質な紙にはまったく興味を示さなかった。つまり、紙が出回り始めた三周期以内に、外に出たことがあったということだ」


 フラウズナは、羊皮紙とは違う紙の質に驚いていた。


 ーーいいや、駄目だ。「運命の伴侶」の世界一可愛い姿を思い浮かべて緩んでいる場合じゃない。俺のことは、リュリケイルからフラウズナに伝わる。俺らしく振る舞いながらも、失敗はしないようにしないと。


「ただ、勘違いはしていた。戦争が始まったばかり。長期間里を空けられない。ーーどちらも、最長でも一星巡りくらいだと思っちまったが、ハイエルフからすれば半周期、或いは数周期だろうと該当するんだな」


 振り返ると、リュリケイルの視線が一瞬、右にーー。彼女の同行者が気になったが、まずはこちらから(ただ)しておくとしよう。


「騙されるのは、妖精だけで十分だ。俺の肩に精霊がいると言ったが、左肩じゃなくて右肩じゃないのか?」

「別に、意地悪ではないわよ。人種が精霊に気づく場合、意識の外側ーーみたいな感じが多いから、あれは善意。フラウだって、なにも言わなかったでしょ?」


 右から正面に戻ったかと思ったが、リュリケイルの澄んだ瞳は、心持ち、まだ右に比重があるような?


「さっそく浮気? これはフラウに報告しないといけないわね」

「やめてくれ!! 大概のことならなんでもするから、それだけはやめてくれ!?」


 俺とリュリケイルだけなら地面に頭をつけるほど頼み込んでいたところだが、さすがに()()の子供の前でそんなことをするわけにはいかない。


「やっぱり右目に、なにかあるのか?」


 ーー唇でも頬でもない場所。


 プーパは、俺の右の(まぶた)に接吻をした。「妖精の塗り薬」のような効果があるかもしれないと、色々試してはみたんだが、今のところなんの効果も差し障りもない。


「左目を閉じて、右だけで見てみて」

「わかっ…ってぇ?! いきなりかっ!!」


 今回は見えた。


 精霊魔法かなにかで隠していたのだろう、細剣を抜いたリュリケイルの刺突を、半歩下がって殺傷域から離脱する。


「それが効果のようですね。私ですら見えない刺突を、私より弱いラルプが回避することができました」


 ガルダさんが狩りの師匠なら、ユバは魔法と魔力操作の師匠。


 服装で誤魔化しているが、体は引き締まっていて、剣の腕も俺より上。若くして商人組合の組合長であることからもわかる、頭の出来も一級品。俺なんかよりも、ずっとずっと「英雄」に近い場所にいる美人(おとこ)だ。


「身体能力が上がったわけじゃないから、二撃目は躱せないな」

「ラルプには魔法具がある。『間』を得たことは大きいわ。ーー次からは死角から攻撃することにしましょう」

「嬉しそうに笑ってくれるな、リュリケイル。それと、ルオ。考え込んで、どうした? この綺麗なお姉さんは、刺激しなければ襲い掛かってこないから、怖がることはないぞ」


 俺の、冗談めいた本気の忠告を無視して、ルオは気負いもなく美人(おんな)に尋ねる。


「ラルプさんの右目には、他になにかーーありますか?」

「そうね。かなり複雑。フラウでも手古摺りそう。いったい、()()と遭遇したの? ーーぷぷっ、もしかして『呪い』? やっぱりラルプは面白いわ」

「好きなだけ笑っていろ。それで、ルオ。俺は爛漫妖精からどんな『呪い』を掛けられたんだ?」

「僕も、なにか、としかわかりません。ただ、僕はプーパのことをよく知っています。プーパは、素直ではなくて、ちゃっかりもしています。たぶんーー、()()()()と思います」

「……、ーーおいおい、そうきたか……」


 一拍。ルオの言葉の意味がわからなかったが、プーパを思い浮かべたら、あっさりと理解に至った。


 プーパは、旅の相棒になってくれなかった。だが、あの捻くれ妖精、またはツンデレ妖精は、便乗する気満々だったようだ。


「俺の右目を通して、プーパも見ている、ということか。ルオ、あのちゃっかり妖精に、千個くらい悪口を贈ってやれ」


 ルオの興味は、ここにいない妖精より、初めて会った同世代に向いているようだ。


「もしかして、そっちの子供も、ユリアーナに気づいているのか?」

「精霊の大半はね、好奇心旺盛なのよ。この子はーーメナは勘が鋭いから、精霊によらず気づいたかもしれないけどね」


 注目を浴びると、リュリケイルの後ろに隠れる少年ーーメナ。……ととっ、(なり)は少年っぽくしているが、違和感がある。ルオと同じ周期頃。このくらいの周期だと、見た目だけだとはっきりとはわからないな。


「だそうだ、ユリアーナ。口封じ、じゃなくて、口止めをしておいたほうが良いんじゃないか?」

「そのようですね。口止めを、強制などいたしませんが、どうかご協力いただけたなら幸いです」


 ユバは、こんがらがってしまった自身の過去を語る。


「私の母は体が弱く、育てやすい、息子ではなく娘を望んでいました。ですが、生まれたのは、男の子でした。そこで葛藤(かっとう)があったのかどうか、母は私を女の子として育てました。私は、自身のことを女だと思い込み、育ちました。転機となったのは、五歳のとき。父が亡くなってしまったのです。そのあと母は、私のことを女だと思い込んでしまったのです」

「俺もユバの母親に会ったが、ーーこんな言い方もなんだが、完全に記憶を捏造しちまっているな。周期的にそろそろ『竜の化石』になっちまいそうなユバを、俺の嫁にしようと画策しているのには辟易(へきえき)するが、それ以外は、人の好い、普通の女性だ」

「もう少ししたら、偽装結婚も考えなくてはいけないでしょう。ーー母が、私を女性だと思い込んでいるのなら。ーー私も女性として生きることを選びました。ですので、皆様にお願いいたします。お店の外では、私を女性として扱っていただきたいのです」


 顔を見ただけで丸わかり。潔癖な少年には納得がいかないのだろう。


「ルオ。責任は取れるか?」

「ーーえ?」

「俺たちは、部外者だ。責任を取る覚悟がないのなら、係わるべきじゃない」

「…………」

「母親が、ユバが男だということに気づいて、二人で穏やかに暮らす。そんな未来があるかもしれない。だが、真実というのは、必ずしも正しさの内にあるわけじゃない。壊れたままでも幸せになることはできる。あとは、当人たちが納得するかしないか、受け容れるか否か、だ」


 悩め。存分に悩んで、答えを出せば良い。


 それが間違っていないことを認めてやるために、頭をくしゃくしゃしてやる。


「メナ。いいかしら?」

「ーーはい。リリ姉様」


 ハイエルフーーではないように感じる。エルフ、人種と、どうも定まらない。


 不思議な魅力を具えたメナ。リュリケイルの後ろから横に。細やかな距離を、重たい一歩を踏み出した。


「ーー『大陸(ラープ)』はね、すでに二人の『英雄』を失っているの」

「流れからして、メナの親のことか? ーーん、んん? 『ラースハイム』に『エイムハイル』ーーだったか。二つ名のことを聞いたときに、あんまり良い顔をしていなかったが、メナの親が『ラースハイム』だったのか?」

「まったく、小賢しいわね、ラルプ。そう、メルチォナ姉さんは、『ラースハイム』。それだけでなく、『エイムハイル』でもあった。永いハイエルフの歴史でも、二人目の快挙。姉さんは、あたしの剣の師匠であると同時に、フラウの精霊魔法の師匠でもあった」

「リュリケイルが『英雄』と(とな)えるんだから、ーーどれだけ強かったんだ?」

「あたしとフラウが共闘しても、姉さんに傷一つ負わせることができない。強さの次元が違ったーーと言いたいところだけど、たぶん……、そこまでの差はなかったはずなのよ。ただ、強さの質というか、なにかが違ったーー」


 その「なにか」を理解できないから、『ラースハイム』を名乗ることに忸怩(じくじ)たるものを抱いていたのか。


「あたしは、メルチォナ姉さんを尊敬していた。憧れていた。でもね、ひとつだけ受けつけないことがあった。それが、ーー男の趣味」

「メナの父親は、ハイエルフではなく、ーーメナはハーフエルフと言うことか」

「胸が、むがむがするから、先に姉さんの相手が誰なのか言っておくわ。メナは、ハーフエルフであり、そして、ハーフドワーフでもあるのよ」

「……は?」


 俺の間抜け面を見ても、不機嫌さはそのまま。


 リュリケイルでもこうなのだから、二種族の確執は、本当に根深いものなのだろう。


「姉さんの一目惚れだったそうよ。直後に結婚を申し込んで、……なんか、似たようなのを最近見たようなーー」

「気にするな。話を先に進めてくれ」

「まあいいわ。それでね、当然と言えば当然だけど、完全無欠に拒否(きょひ)られたわ」

「残念。俺とフラウズナのように、運命はーー」

「それで諦めるような姉さんじゃないから、『あたしが勝ったら結婚しろ』と、決闘を申し入れたわ」

「それで、ドワーフのほうは受け容れたのか?」

「ええ、そして勝負は始まった」


 それはしたり。ドワーフの意地なのか、それとも自分の力に自信があったのか。いいや、違うような気がする。


「もしかしてそのドワーフは、『敗けたら首掻っ切って死んでやる』とか、そんなことを言ったんじゃないか?」

「いやね。男って、そういう生き物なのかしら? ーーラルプ。どうせだから、その先も予想して見せなさいな」

「メナが生まれたということは、ドワーフは敗けなかったということだ。さりとて、メルチォナさんが敗けたら、これも成立しないように思える。たぶん、引き分けだったんじゃないか? なんどもなんども引き分けて、そこに友情が芽生えて、やがて、やがて……?」


 自分で言っておいてなんだが、これでドワーフのほうに愛が芽生えるのか、はなはだ疑問だ。


「姉さんは言っていたわ。ドワーフを酔わせたあとで、『襲ってやった』とね。『あんまり抵抗されなかったから、あたしの粘り勝ち』とも言っていたわ」


 子供の前で、微妙な内容(こと)を。ドワーフが酔ったということは、(どく)でも盛ったのかもしれない。


 ルオは理解できなかったようだが、メナは。逆に、完全に把握できちまっているな、これは。ハーフエルフであり、ハーフドワーフ。見た目通りの周期じゃないのかもしれない。


「そんなこんなで、意気投合した、或いは認め合った二人は、行動を共にするようになった。ーー今でも、はっきりと覚えているわ。ハイエルフの族長会議の場でのこと」


 ここから、運命は転がり落ちていく。察しが良いルオは、バゥラのことを思い出したのか、歯を食い縛り、両手を固く握っている。


「『ラースハイム』、『エイムハイル』である姉さんは同席した。そのとき、なにかを感じていたのかしらね、あたしとフラウも参加するように姉さんに言われた。ーー会議の議題は、魔獣に関してのことだったわ」

「まさか、魔獣の縄張りに入った馬鹿がいたのか?」


 竜に匹敵する、とも言われるが、それはない。しかし裏を返せば、そう言わしめるくらいに強いということだ。人種や亜人が敵う相手じゃない。


 「大陸(ラープ)」に魔獣は、五獣いると言われているが、脅威とはなっていない。ーー縄張りに入りさえしなければ。


「嘘か本当かはわからない。その会議にドワーフの代表として参加していた、メナの父親は、こう言っていたわ。『魔獣の縄張りには上空も含まれていたようだ』とね」

「空って、……おいおい。その魔獣は『双雷竜』に闘いを挑んだというのか?」

「あたしとフラウは偶然、風の精霊と遊んでいるときに、樹冠から目撃した。勝負は、一瞬で決した。魔獣が憐れに思えるほど、一方的に、叩き伏せられた。それから、なにごともなかったように、二竜は飛び去っていったわ」


 当然の結果ではある。一竜にすら敵わないのに、相手は双竜。


 負けることがわかっていて挑んだ。いいや、魔獣はそんな殊勝な生き物ではないだろう。もっと純粋な、戦意だったのかもしれない。


「このとき、魔獣になにがあったのかはわからない。わかっていたのは、縄張りを越えて、周囲の種族を襲うようになったということ。わかっていたのは、ーー姉さんも、ドワーフも。……見て見ぬふりなんてできなかったということ」

「エルフやドワーフに被害が出るかわからない内から、ーー他種族のために命を張ることを選んだんだな」


 正に「英雄」の所業。いいや、違うな。二人は遣り遂げた。そうであるからこその「英雄」だと、俺は思う。


 小説の、英雄の物語で、成し遂げられなかった男が、自分のことを「英雄」と呼ぶなと言っていた。主人公の若者に、絶対に最後まで諦めるなーーと、そのように伝えたかったのではないかと。


「ーー逃げれば良かったのよ。敵対していた種族までもが、二人と一緒に魔獣と戦った。二人は最後まで命の炎を燃やした。ーー最後くらい、他人に任せて、……生きて帰ってくるべきだったのよ」


 そんな未来が訪れることがなかったことは、誰よりもリュリケイルが知っている。彼女は、二人を「英雄」と呼んだ。そう、二人は「英雄」になってしまった。


 物語の主人公と違うのは、生きて帰ることができなかったということ。残酷、ではないな、遣り切れない現実が横たわっている。


「メナをこんなところまで連れてきたということは、『英雄』の候補の一人、だと思って良いのか?」

「『英雄』の子供だからって、『英雄』になるとは限らない。ただ、ラルプには、メナを、そのためのスタートラインに立たせてほしいのよ」

「十分に仕込んであるのか?」

「メナは、始めフラウに預けられたから、身の回りのことは自分でできるわ。強くなりたいと、フラウの許可を得て、あたしの弟子になった。ーーあたしとフラウがいるから、里で平和に過ごすことはできるかもしれない。でもね、メナは、メルチォナ姉さんの子。いつかそのときが来るのなら、今がそうじゃないかと思っただけ」


 無理強いじゃない。メナ自身が選んだ。疑いなくそう思えるだけの熱が伝わってくる。


 ルオと、同じ眼差し。


 歩き出したメナは、俺の前に立ち、旅の同行者となることを高らかに宣言()()()()()


「……まだ、早かったようだな」

「ぷぷっ、ーーそうね。ラルプのことだから、馴染むのにそんなに掛からないと思うわよ。リュッケン爺さん以外の男は、前に話した通りだから、大人の男がちょっとだけ怖いだけよ」


 フラウズナを「ドワーフ」と呼んでいたハイエルフの男ども。実際に、ドワーフの血が流れているメナをどう扱っていたのかは、考えるまでもない。


「ハイエルフじゃなくて、ドワーフが引き取るという話はなかったのか?」


 ルオの背中に隠れて、ぎゅ~と服を握っているメナ。仲の良い兄と弟みたいだが。


「冗談じゃないわ。メナは、世界で二番目に可愛いのよ。ごちゃごちゃ揉めてたドワーフの隙を衝いて、ぶんどってきたわ」

「ドラッペが、よく引き下がったな」

「ああ、現族長の、『英雄』の弟ね。あれはしつこかったわよ。諦めずに、三周期も『迷いの森』に挑み続けたわ。リュッケン爺さんがボケる前のことだったから、そのドワーフと話して、追い返したそうだけど。ほんと、嫌ね、ドワーフって、どこまで野蛮なのよ」


 「英雄」は、ドラッペの兄だったのか。でっかい器の持ち主という感じだったが、兄のことも含め、色々とあって磨かれたものだったようだ。


 崖の下に手紙を置いておいたから、きっとプーパが届けてくれたはず。……悪戯して、文面を弄っていたら、お尻を百回、指でぺんぺんしてやるぞ。


「ルオ、だったわね。メナに(なつ)かれるなんて、ーー精霊が見えているの?」

「見えては、いません。でも、存在は感じています」

「メナを護ってほしいし、『ラースハイム』として、ルオに『祝福』を与えておこうかしら」

「こらこら、ルオ。顔に出ているぞ」

「え、…いえ、そんなことは……」


 嘘を吐かなくて良い、とは言ったが、もう少し隠せるようにはしないといけないようだ。


「ーーぷぷっ、さすがラルプの相方ね」

「なんだ、知っているのか?」

「エルフの里の書物は、族長と『エイルハイム』が管理しているのよ。一時期、入り浸っていたことがあったから、当然、『英雄』の物語も読んだわ。ルオ、『精霊王』じゃなくて、ごめんなさいね」


 物語の中で、若者は「精霊王」から「祝福」を受ける。俺も、夢見たことがあった。絵本に描かれた「精霊王」は神秘的で、ただただ輝いて見えた。


「『精霊王』なんてものはいるのか?」


 冗談のつもりで気軽に振ってみたのだが、リュリケイルの眉間にしわができた。


「まさか、いるのか?」

「ちょっと待って。今、思い出しているから。まだあたしが幼かった、八百周期くらい前のことだから、ーーぅ、…ス、……バ…ラ、慥か、バラス……だったかしら。リュッケン爺さんが、昔語りとして話していたわ」

「『精霊王』はどこにいるんだ? なにか、役割でもあるのか?」

「ラープ、がっつきすぎ。ルオまで引いているわよ」


 いいや、俺ほどじゃないが、ルオもがっついているぞ。エルフも妖精だけあって、平気で振り回してくる。


「メルチォナ姉さんなら、知っていたかもしれない。フラウなら、いずれわかるかもしれない。上位精霊を宿すこともできないあたしには、到底御心を知ることはできないわね」

「こらこら、ルオ。残念そうな顔をするな」

「卑怯です、ラルプさん。僕よりも失望が深く顔に刻まれています」


 ここら辺で良いか。


 保護者での会話というか、最終確認が必要になる。


「ユバ。商談だ。リュリケイルも、売りに来たんだろう?」

「もちろん。金銭はあまり必要としていないけど、売買というものに興味があるわ」

「それでは、御二人とも、奥へどうぞ」


 如才(じょさい)ない。ユバは、いつの間に用意したのか、お菓子が入った籠を、ルオに渡す。


「ルオ。メナの言葉をちゃんと俺に伝えられるくらいには、仲良くなっておけ」

「はい。わかっています。メナは、妹のようなものです。だから、ちゃんと子供を産んでもらうためにも、仲良くなっておきます」

「ぼっ……」


 真っ赤になって倒れそうになるメナだが、短い時間にどれだけの葛藤があったのか、ぷるぷる震えながらもルオにひっしと引っついていた。


 メナもリュリケイルも否定していないから、メナは女の子で間違いないようだ。


 旅は過酷だ。


 メナには、色々と慣れてもらう必要がある。……あるんだが、いきなり強烈な攻撃を放ってくれたルオに、常識を植えつけることが先のようだ。


「大丈夫です。遣り方は知りませんが、メナからちゃんと聞いておきます。妹を護るのは、兄の役目です。間違えないように、一生懸命覚えます」

「ぼふっ……」


 俺のほうが近いが、この役目はリュリケイルものだ。


「もしかしてこれは、ラルプの趣味なのかしら?」


 メナをやわらかく支えたリュリケイル。


瑕疵(かし)の九割は、確実に悪戯妖精だ。教育が行き届いていなかったのは謝るから、()()()みたいな目で俺を見ないでくれ」


 だから美人は苦手なんだ。


 表には兆していないが、正直、怖い。魔物の殺意のほうがまだ増しだ。やりたくなんてないが、これを乗り越えるためには、いつか、俺の所有者だった女と向き合わないといけないときが来るのかもしれない。


「竜にも角にも、ルオ、その知識は間違いだ。正しい知識は、メナから聞いておけ。ただし、メナをせっついたら駄目だ。メナから話してくれるまで、ちゃんと待っていろ」

「……プーパの友達を、やめたくなってきました」

「そこは諦めろ。プーパは妖精だ。それを受け容れられるくらいの度量を持て」


 ルオがプーパの友達をやめるはずがない。わかっていても、言わずにはいられなかった。


 くしゃくしゃしてやってから、奥に入っていく。


「『(だん)ちゃん』を使ったから、外に声は漏れないぞ」

「便利な魔法具が多いわね。『結界』を使ったわけじゃないから、(さと)られにくいようね。フラウとの間を、これまで以上に取り持ってあげるから、ひとつ頂戴」

「わかった。どれが良い?」

「…………」

「ふふっ、ラルプは面白い男です。()()ならないように、気をつけておいたほうが良いですよ?」

「ほれ、良いから、奥に引っ込んでいろ。ルオとメナの一式、頼むぞ」


 買い取ってもらう革袋を渡すと、リュリケイルも倣う。


「どうする? 俺に向いていない、使っていない魔法具ならある。貸すくらいなら、してやるぞ?」

「一応、聞いておくわ。どんなものがあるの?」

「魔力の消費が激しすぎて、使えないのが、この『(ろう)ちゃん』だ。手に魔力を纏わせ、強力な一撃を放つことができる。ルオなら使えるだろうが、限界というものがわかっていないから危なくて渡せない」

「それをもらうわ。ーーと言いたいところだけど、それはメナに上げて。あの子は、戦いに酔ったり、呑まれたりすることは絶対にない。本当の勇気を持っているのが、メナ。ーー真っ直ぐに育ててくれないと、承知しないわよ」

「メナよりも、手放すことを決意したリュリケイルのほうが大変そうだな。……まさか、ついてくるとか言わないよな?」

「なによ、嫌なの?」


 不味い。苦手だというのに、リュリケイルの魅力が上回る。


 態とやっているのだろう、甘やかな、フラウズナを彷彿とさせる、温かな笑顔を向けてくる。



  風は吹いていなかった。

  空の雲は、あんなにも(はや)く過ぎ去っていくのに。

  思い出だけが強風に棚引いて、薄まってゆく。

  どうしてだろう。誰も彼もが、空の風になってしまった。

  大切なものが、どこまでも零れ落ちてゆくのに、

  それでも風を望む者が(つい)えることはなく。

  果てなく続く、道の先頭を歩くようになってから、

  風は吹かなくなってしまった。

  ああ、嫌だ嫌だ。

  いったい誰の策略なのか、気づいてしまった。

  最後まで気づけなかったなら、どれだけ幸せだっただろう。

  後ろで、風に吹かれている者たちのことに。

  きっと風は、自身が風であることを忘れてしまった、

  夢の名残だったのかもしれない。



 きっと、罪悪感からなのだろう。


 いつもより多く、魂が奏でちまった。しかも、蛇足。最後に答えを、自分で言ってしまってどうする。この場合は、空から見下ろす側にーー、いいや、こんなことで魂を痛めつけている場合じゃない。


 フラウズナには、あとで百回愛を奏でる(あやまる)として、保護者の、大人の会話の始まりである。


「ルオは、『捨て場』に捨てられたらしい。そこでバゥラという大きな生き物から、生命力のようなものを分け与えられて、これまで生きてきた。俺が洞穴に行ったときには、バゥラは小さな、よくわからないものになっていた」

「あたしたちハイエルフは、あの場所を『落ち葉』と呼んでいるわ」

「『落ち葉』ーーか。土と、それと養分。なにか、特別な場所なのか?」

「特に語るべきことはないわ。あたしは『落ち葉』に行ったことがないもの。ラルプは迷い込んだ。そして、見た。それ以上のものなんてないわ」


 リュリケイルは優しい。これが精一杯の言葉なのだろう。


 「ラースハイム」である彼女。「エイムハイル」であるフラウズナも、なにがしかの役割を背負っているのかもしれない。


「まず聞いておく。メナは、俺より周期が上だな?」

「メナはしばらく、今の姿で成長が止まっていた。もし止まったままだったなら、手を離すことはしなかったわ」

「ーーリュリケイル。やっぱりお前さん、子供を作ったほうがーー、……いいや、俺が間違っていた。だから、そんな魅力的な、拗ねた顔を向けないでくれ」


 子離れできない親のようだ。などと言ったら、心臓を一突きにされるだろうから、ぎゅっと口を閉じる。


「なんなのかしらね。突然、歯車が回り出したような、嫌な感じ。メナの成長、ラルプの来訪、『落ち葉』のルオ。……こんなに楽しそうなことになっているのに、どうしてあたしは同行できないのよ。ーー答えなさい、ラルプ」


 なんだろうな。大人の会話のはずだったのに、女の愚痴に付き合わされることになるとは。


「歯車が回っているとするなら、ハイエルフの戦争もそうだろう? それはいったい、誰が仕組んだんだ?」


 リュリケイルは答えなんて期待していないだろうから、適当に話を逸らしてやる。


「誰が仕組んだってーー、誰?」

「なんだ? 理由もなく戦争をしているのか? ハイエルフはよほど暇なんだな」

「そうね。ハイエルフは大抵暇を持て余しているわよ」

「ん? あ~、いいや、まさか?」

「なんでかしらね、ラルプが呼吸しているだけで、ムシャクシャしてきたわ。早く答えないと、足の小指を突き刺すわよ」


 余計な可能性に思い至ってしまった俺と、有言実行のリュリケイル。フラウズナを間に挟んで、妙な関係になっちまったな。


「いやな、先に言っておくが、ただの想像だぞ。妄想だぞ。ーーハイエルフ間の戦争は、リュリケイルを里に留めるために起こされたものなんじゃないかと、思っただけだ」

「……そんなことして、なんの意味があるのよ」


 これ、俺が答えないといけないのか?


 やりたくなんてないが、リュリケイルに弱みを握られている以上、他の選択肢が浮かばないので、彼女の機嫌を損ねることにする。


「フラウズナは、『永遠の伴侶』だ。そのために、結実させる努力を惜しまない。ーーリュリケイル。お前さんは、俺がフラウズナに向けているのと同等の想いを捧げられたとして、どう対応する?」

「…………」

「お前さんがそんなだから、わからないのさ。そのための努力を惜しまないハイエルフが一人でもいればーーと言いたいところなんだが」

「……なに? 途中でやめないでよ」

「それなんだが、リュリケイルが『迷いの森』の外に出ていることを知らない、お前さんに思いを寄せているハイエルフの男どもが、こんな暴挙に出るとはいまいち思えないんだ。でだ、俺が知っている範囲で、条件に合致するハイエルフが一人いる」

「……誰?」

「少しは自分で考えてくれ。リュッケン爺さんだよ。話しぶりからして、リュリケイルの祖父なんだろう?」

「……爺さんがなんでそんなことするのよ」


 もはや駄々っ子だ。唇を曲げた姿ですら魅力的なのだから、本当に、ハイエルフの男たちは大変だな。


「リュリケイルは、リュッケン爺さんがボケたと言っていたが、恐らくそれは、爺さんの演技だな。ーーそうだな、俺だったら、ボケた振りして手紙を置いておくかな。その手紙には、リュリケイルの将来を心配した内容が記されている。それで最後に、死ぬ前にお前さんの子供が見たい、とかそんなことが書いてある」

「ーーあんのっ、糞爺ぃっ!!」

「あー、手紙に書いてあったのか?」

「書いてあったわ! 書いてあったわよ!! フラウを見てたら、すんごい幸せそうだし! 少しだけっ、少しだけよ! きちんと考えてみようかな? とか思ったあたしは、馬鹿丸出しじゃないの!?」


 悪気はなかったんだ。殺人幇助になったとしても許してくれ、リュッケン爺さん。


 しかし、情報交換をするつもりが、グダグダになっちまったな。


「メナのこと、色々頼もうと思っていたけど、ラルプなら大丈夫ね。所有物だったラルプなら、何者でもなかったあなたなら。メナのことを任せられるわ」

「俺がなにをしなくても、ルオがしっかりと手を握っていてくれるさ」


 俺は意地悪なのかもしれない。


 我慢できずに、余計な一言を言い放っちまった。


「メナが、羨ましいのか?」


 緊急事態につき、全魔法具発動。


 大丈夫だ。俺は死ななかった。


 ユバの治癒魔法のお世話になっちまった。治療費として金貨二枚の出費だったが、命の代価とすれば安いものだ。


「ルオ。メナから、ちゃんと教えてもらったか?」

「問題ありません。次からは、プーパから教えてもらったことは、事前にラルプさんに聞くことにします」


 じろりとメナを見る。メナは目を逸らした。


「それで、子供はどうやって生まれてくるんだ?」

「はい。二人が魂を結わえると、竜が運んできてくれます。それが運命の相手なら、『双雷竜』がやってきて、祝福してくれるんです」


 ルオには段階が必要だろう。今はこれで良い。メナはメナで大変そうなので、リュリケイルに任せることにする。


「いつでも帰ってきていいのよ。中途半端で帰ってきたら怒るけど、そんなことは知らないわ。あたしとフラウのいる、あの場所も、メナの居場所なんだから。忘れたら駄目よ」

「リリ姉様……、ありがとう。ーー行ってきます」


 また一人、旅立ちを決意した、眼差しの先にはーー。


「村を出るまで、ついてくる気かよ」

「ぶ~ぶ~、それくらいいいじゃない」


 未練たらたら。手をつないだ二人。これじゃどっちが姉か妹か、わかったものじゃない。


 リュリケイルの反対の手には、炎竜になったルオ。


 周期が上のお姉さんの魅力にやられたのかと思ったが、ーーもしかして、またおかしな勘違いをしているんじゃないだろうな?


「あとで聞いておかないとな」


 別に、両手が空いているから、寂しいとか、そんなことは微塵も思っていないぞ。


 なぜなら、そんな余裕は、雷竜が食べちまったからだ。


「あの盗人(ぬすっと)を捕まえたら、金貨十枚! まずは拷問からよ!!」


 俺の錯覚だ。


 雷竜より恐ろしい存在なんて、この世界にいるはずがないからだ。


「ガルダさんっ、デーバもかっ! 二人とも見損なったぞ!!」


 ルオのお陰だ。


 リュリケイル相手に消費したが、魔力を温存しておいたので、村に戻ってきた二人の弓と短剣の攻撃を潜り抜け、押し寄せる村人から逃げおおせたのだった。


 精霊魔法で姿を消し、ゆっくりと歩いてきた三人と合流。ボロボロになった服と、フラウズナへの手紙をリュリケイルに渡す。


「フラウなら、この布で小物かなにかを作ってくれるわよ」


 いいや、別に不埒な想像なんてしていないぞ。そんな暇もなく、またぞろルオがとんでもないことを言ってくれたからな。


「事前に聞くんじゃなかったのか!?」

「メナ! 手を離さないで!」

「うん!」


 最後の強敵(いかりくるったおんな)が精霊魔法をぶっ放してくるが、なんのその。


 ーーそれから、また、俺たちは旅を続ける。

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