2、5話 野宿
「天才」という言葉は好きじゃない。
人は、人でしかない。人の領分を超えることはできない。どれだけ飛び抜けていようと、それは領分の内側でしかない。
「天」から与えられたもの。「人」を超えたもの。
俺はそんな風に見たくはない。能力を具えた、俺と同じ人間なのだ。
羨む気持ちを抑えることはしない。他者を認めることができなかった、あの頃なら、妬心に染まっていたかもしれないが。
ーー見張りを終えたルオが眠っている。
教えることは山程あった。特殊な生い立ちのルオには、常識が欠けていた。
プーパも頑張って仕込んでくれたんだろうが、悪戯妖精の常識がハチャメチャだった所為か、誤解や勘違いを正すのに苦労した。
水竜と地竜は仲良しだった。ーーととっ、眠気から変な妄想をしちまった。渇いた大地に水が染み込むように、ルオは吸収していった。
涵養 に努めようとか思っていた俺の指導方針は、一歩目で挫折した。
村での一日目くらいは、やわらかい寝床で寝かせてやりたかったんだがーー。
見上げてみれば。三日月がのほほんと夜空に寝転がっている。
「地竜」ーー「捨て場」の近くにある五つ目の、人種の村でのこと。
人種、だけでなく人種の村も、どこもかつかつだというのに、争いの種はいつどこででも発芽する。
「地竜」という隠語ーー村の名称がすでに人種の、争いの歴史の産物なのだ。
たかが村の名前と侮ること勿れ。俺にとってはどうでも良いことでも、それを大切に思う者はいる。
死んだ親の名前が村の名なら、子が存続させたいと願っても不思議はない。逆に、村の名が仇の名前なら、なくしたいと思うのも自然な感情だろう。
一時は人種の存続すら危うくなったらしい。
結局、今ではもう行われていない十村会議で、それぞれの村を属性ごとの竜の名称で呼ぶことで争いは収束した。
「地竜」は僻地にあった。
亜人種も近寄らない荒れた土地を 開墾していった。二百周期前に、荒れ地にやってきた人種の執念は凄まじかった。
ーー生命が、魂が軋んだ。
壊滅した村。蹂躙された人種。炎竜の炎ですら焼き尽くすことができない憎悪。
幾度も繰り返されてきた、「大地」での一齣。
復讐は果たされないまま、世代は移り、高い壁で囲われた農地が残った。人種の血と汗が染み込んだ大地は、八村の食料を賄うことになる。
人種の生命線ともいえる「地竜」で、新鮮な食材を使った料理の美味さを教えてやりたかったんだが。
最初に見せるのが人種の諍いなんて、ーーそんな現実、もう少しあとでも良いだろうに。ルオの服を買った直後に巻き込まれちまった。
ーー山を崩して、採草放牧地にする。
「地竜」は二つに割れていた。より豊かになろうとする拡張派と、これ以上肥大化すれば他種族に目をつけられるとの慎重派。そんなこんなで、外部の俺に意見を求めてきたから、正直に言っちまった。
ーー山に触れてはならない。付近一帯の水源に影響がでる。
村の外に出たことがない人種は、妖精の存在自体を疑っている者もいる。儘ならないものだ。妖精の善意の言葉を託った俺たちは、果たして村を追い出されることになる。
まったく。人種の間でも諍いが絶えないというのに、他種族を纏め上げるなど夢物語にしか聞こえない。
深つ音を過ぎたので、野宿用の三つの魔法具に魔力を籠める。ルオの魔力量は、俺以上だったので、これから魔力を別の方向に振り分けることができるだろう。
さっそくの恩恵。なにより独りでないことが大きかった。これまで一人で行動するのが当たり前だったから忘れていた。人が人と触れ合うことーー、
りーん。
ーー本当に、人生とは儘ならないものだ。竜にも角にも、仕事熱心な「鈴ちゃん」を撫でてから、ルオが寝入っていることを確認する。
明日以降の飯が豪勢になることを祈ってから、俺は行動に移った。