第6章 : カミノト
〜 沖縄駐屯地 〜
その日の正午過ぎ、俺たちは沖縄に到着していた。
研究物資を輸送する飛行機はかなり大型の輸送機だった。
翔吾さんに連れられて担当課に書類を提出しにいく。
暑い…。北海道とは大違いだ。Tシャツでも良い気がする。三郷空佐が仮の身分証を作っていてくれたらしく、担当者のチェックはすんなりと通った。
出発は夜になるとのことだったので、基地内をブラブラしつつ食堂を目指す。
食える時に食っとけ。ちゃんとしたメシはしばらくお預けになる。
最期の晩餐ならぬ、最期のランチだ
…南極に着いたら、どうやってアジトに行けばいいんでしょう
そうだな、犬ゾリとかで行くんじゃ無いか?
適当ですね
なんとかなるって!行ってから考えるんだよ!そういうことは!
…じぃ。主任がケンカするわけだ
おまっ…、あ、そうだ、雄二おまえ、まひるに電話とかしなくていいのか
!
出発したらもう電話とかできないぞ
…たしかに
最後のチャンスだぞ
…その、実は、いろいろ、電話しづらいというか…出発する時に…
雄二ぃ、いいかこういうのはな、理屈じゃないんだ
…!
電話をしたいならしてもいいんだ。声が聞きたいなら電話するんだ雄二ぃ
…くっ…、そ、その喋り方ムカつきますね…
俺は妹を泣かす奴は許さないが薄情な奴はもっと許さない
最後だ。電話してこーい!
なんか変だな…って、それビールじゃないっすか!
沖縄はゆるいねぇー、基地内にアルコールがあるんだなぁ〜
売ってないでしょ!手荷物か!手荷物だな!
おまえも飲むか?何本か持ってきたんだ
…い、頂きますよ
ほらやるよ。やるけど電話するならな
わ、わかりました…
良い子だ、お兄ちゃん素直な子は大好きだよ
とんでもないな、とりあえず、頂きます
こういうのは後悔ないようにしないとな!
奴らのアジトに乗り込む覚悟はあるくせに電話くらいわけないだろ、カンパイ
…
主任に電話…か。何を言えばいいんだろう。
これから南極に行くと言うべきだろうか…
また怒られるかもしれない。
また…泣かせてしまうかも。
勢いだよ、勢い!
バーン!と背中を叩いて翔吾さんはどこかへ行ってしまった。
電話、か…
〜 最期の電話 〜
勢い、たしかに大事かもしれない。
電話、してみようか。
ボタンを押し、プリペイド式の電話に登録した電話帳を立ち上げる。
少し長いコール音の後、主任は電話に出てくれた。
もしもし?
…主任、俺です。わかりますか?
…。 …園くん? 久しぶり
ご無沙汰、しています。今大丈夫ですか?
大丈夫。元気だった?
はい。あの、翔吾さんから聞いているかもしれませんが、いま、沖縄にいます
そう、なんだね…
いろいろあって、これから南極に
…うん。聞いたわ、翔吾兄も一緒に?
はい
南極に行って、どうするの?
…その、たぶん少女達に会って
うん…
隙を見て、施設を破壊、できればな…と
どうやって…
それはその、なんとか
あんまり考えてないのね…
…
やっぱり、無理やりにでも一緒に行けば良かった…
俺も、主任のそばにいたかったです…
…え?
主任、これから、世界はパニックになります
…う、うん
どうか、無事に
…
ありがとう、大丈夫。わたしの方は心配しないで
はい
実は、翔吾兄の話を父さんに話したの
南極にアジトとがあることをですか?
そう、あまり作戦のことを話すのはまずいのだけど、
いま各国と連携して、南極の拠点を攻撃する作戦があるの
…!
わたしは、園くんは行くべきじゃないと思う
…
ここで、その作戦を待ってみない?
いまなら、まだ戻れる。なんだったら、私がそっちに行ってもいい
…主任。
…
その作戦、成功すると思いますか
…それは
俺、やっぱり南極に行きます
…
強く、なったね。…
もう、私じゃ、止められないね…
俺は…
それから、2人とも黙ってしまった。
プリペイド式の通話時間が残り少ないことをつけるコール音がする。
主任、電話が切れます
…!
最期に、俺言うことが、俺…
主任のことが
電話が、切れてしまった。
最後まで、大事なことがいえなかった。
〜 滑走路 〜
時間だ
翔吾さんに連れられて、輸送機のもとにいく。
翔吾さんは輸送する研究物資を確認していき、適当に了承のサインをしている。そのあと、パイロットとルートの打ち合わせをして、小包を受け取って戻ってきた。
そして機内に乗り込む。俺もその後に続いた。
機内の席は横並びで、シートベルトというか、パイロットの人が装着するようなクロスのベルトをつけて座るタイプだった。
翔吾さんと並んで座る。
その小包はなんですか?
ん?あぁ空佐からだ。お守りだってさ
?
パイロットがスイッチをオンにしていき、離陸前の最終確認に入る。
これで、日本を離れる。
この旅の最終目的地に行くために。
〜 輸送機 〜
どれくらい、飛んだんだろう。気付くと眠ってしまっていた。
時間を確認する手段はない。日の出、とか見えないかな…とか思っていると。翔吾さんも目を覚ました。
翔吾さんがパイロットに声をかける。
…いまどこらへんだい?
ぁあ、もう南極の上空に入った
時間通り順調だ。あと少しで到着するよ
そうかい
…なぁ雄二。南極に着いて南極点まで行くのにどれくらいかかるか知ってるか?
? えーっと、
かなりの日数がかかるみたいなんだ。いろんな国の基地を渡り歩いてな
そう、なんですね
…そうなんだよ。まともなルートで行くと、天候にも左右されるし、いろいろ障害があるんだよ
…そこでな
…?
翔吾さんが小包ををガサガサする。さっき受け取った小包だ。
雄二おまえ、覚悟してここまできたんだよな?
? はい。それはもちろん
どんな手を使ってでも南極点に行くって言ったよな?
はい
俺も、何としてでも奴らの元に行くと言った、よし、じゃあ
…っ!
ガチッ
翔吾さんが何か手に持っていたものを操作する。
操縦士、両手を挙げろっ!
っ!?
しょ、翔吾さん!?
雄二!こいつらを縛れ!機体につなげるようにな!
気、気は確かか霧島空尉!?
俺はいたってまともだ!さっさと操縦席を変われ!!雄二!これを持ってろ!
翔吾さんに渡されたのは拳銃と手榴弾だった。
なっ!?
気をつけろ!その銃に安全装置はない!絶対に落とすな!
本気?いや、翔吾さんは本気だ!そんな、そんな手段を!
覚悟しろ、雄二!これより当機は安全航路から外れ、地獄の穴へ向かう直行便になる! 気合い入れろ!!
指示された通りパイロット達を縛る。
でも、こんな、こんな手が…!
雄二!壁にパラシュートがある!袋から出せ!
は、はい!
輸送物資のオレンジ色の包みを開けろ!でかい奴だ!
こ、これですね!
中に空自の極寒冷地降下装備が入ってる!それを着ろ!宇宙服みたいなやつだ!俺のもよこせ! スカイダイビングの経験は!?
ありません!
よし!! 着たら後ろのハッチを開けろ!!減圧されるぞ! なにかに捕まれ!!
…ハッチを開けていくと輸送機の下は真っ白な雲海が広がっている。
ちょうど日の出だ!
か、風が!! オレンジ色の装備の包みが暴風で吹き飛んでいく。
輸送物資の固定レバーをひけ!!
はい!
次々に物資が輸送機から降り落とされていく。
よし、俺もそっちにいく!
よせ!霧島空尉!!ゼロ地点降下は無理だ!
やってみないでわかるかよ! ここまでありがとうな!!
そう言って翔吾さんはパイロットを縛っていた紐をナイフで切ると、俺の後ろに滑り着きハーネスで身体をつないだ。
用意はいいか!!
っ無理だ! こんなっ!!
気合いを入れろ!ガッツはどうした!!いくぞ!!!!
…うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
〜 ゼロ地点降下 〜
輸送機から飛び出し、
南極の雲海に向け真っ逆さまに堕ちていく!
輸送機がみるみる小さくなり雲海に突っ込んだ
雲の下は猛烈な吹雪だ
こんなんでパラシュートは開けるの、か?
死、しぬ…!! こんな、
ここまできて…!!!
極寒冷地降下装備の視界が途端に真っ白になり何も見えなくなる。
ヘルメットの中になにかメーターが付いていて、それがなんだか動いてる。
こ、高度計?
こ、これを頼りにパラシュートを開くのか、赤い、赤いメーターに差し替かった瞬間、ものすごい衝撃が身体を襲った。
パラシュートが開いたのだ
そして、ゆっくりと堕ちていくのがわかる
まだ、まだ安心はできない。目の前が真っ白なのがさらに不安を掻き立てる。
しょ、障害物とか、ちゃんと陸に着ける?
だめだ…、やっぱりゆっくり目指すルートがいい!
こんな手は…!!
ヘルメットの横っ面に衝撃が走る。
高度計がゼロ付近になっている。
翔吾さんが叩いたんだろうか、
陸…? 着く…の? 身体が強張る。
そして、
再びすごい衝撃を受け、俺たちは転がるように地面にたどり着いていた。
〜 南極点 〜
奇跡…
奇跡としか言いようがなかった。
2人は南極の大地に無事降下していた。
ふと、翔吾さんの声が聞こえる。装備に無線が付いているようだ。応答する。
おーい、ケガないか?歩けるか?
…は、はい… なんとか… でも、まだ身体が震えて…
ちょっとこれはさすがに無茶だったなー
翔吾さん曰く、2%くらいの確率で成功すると思ってた。
とのことだった。2%て…
でもまだ全く油断できない、
全方位猛吹雪で視界が真っ白なのだ。
身体が埋まり歩くのも困難だった。
足の装備を組み立てろ!ちょっとは歩きやすくなるはずだ
…!
よし、まず近くに落下した物資のところまで行く。レーダーが便りだ。ゆっくりしてる暇はない。雪だるまになるぞ!
なるほど。先に落とした物資に発信器が…、
それで高度と距離を計測していたのか。
1キロぐらい歩いただろうか。物資のもとにたどり着いた。翔吾さんがそれを切り開くとプレハブのような作りの物がはいっていた。それを2人で組み立てる。
なんとか2人が中に入れる大きさの小屋が出来る。
中に入って扉を閉めた。
ヘルメットを取り、床に置く。中はかなり暖かかった。
…はぁ、はぁ…
…ふぅぅ、…なんとか、なったなぁ
い、
生きてる…こんな…
…。ははは…
は、はは
はっはっはっはー…!!
あははは…!
しばらく2人で身体を抱き合わせて震えながら笑った。
こんな、こんな方法で、南極点にまでくるなんて…信じられない!
すごいぞ…! 空佐に感謝しないとな!あの人、まじでなんとかしてくれた!
空佐の、アイデアなんですか?
そうだ!まともな手段だと時間がかかりすぎるから、装備を用意してダイブしろと言われた!輸送機を、ハイジャックして! どうせ国際指名手配だから!死ぬ気で飛んでこいとか言いやがって!
もっと、事前に言っておいて!!せめてヒント!!
大丈夫だったんだから、良いだろ! 変に情報を知ってたら、おまえ輸送機に乗ったか!?
くっ…!?
そう、だろう? 結果オーライだぜ!!はっはっは!
…まったく。でも、よかった…
はぁ…はぁ、
さて、これから、どうするか、だが、
まず、GPSを出して場所の確認だ。闇雲に歩くには南極は広すぎる
…こ、これですね
よし、待てよ
翔吾さんが地図とGPSを見比べ場所を探していく。
大穴の場所はわかるのか?
…はい、たしか、この辺りです
そこそこあるな。まずは天候が落ち着くのを待つ。埋まっても上から脱出できる。体力と精神を回復させろ
はい
いろいろ考えがあったが今は生きてることを神様に感謝した。
…神様? 神様は今ゆいちゃん達なんだっけ…
これからその神様に会いにいくんだな…
そんなことを思った。
〜 カミノト 〜
数時間後、天候の回復を待って俺たちはポッドから外に出た。幸い吹雪は止み、視界が保たれる。
ポッドに備え付けのソリを使い、最小限の装備を引きずりひたすら歩いた。
どれぐらい進んだかはわからない。辺り一面雪景色というか氷一色で目印が無かった。 生命の存在が限られた絶界。
その上をGPSの信号だけを頼りに歩いて行く。
そして、またさらに歩いた頃、俺たちはついにたどり着いた。
この旅の終着点。
少女達の住まい。
あの大穴の元へと。




