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第2章 : カミアイ

〜 園山雄二の部屋 〜


パソコンの前で、園山雄二は凍り付いた。

朝の情報番組やSNS、ニュースで流れてきた映像を見ていたが、どれもこれも自分が数日前に夢に見たものと瓜二つの光景だったからだ。


なに…、なにが起きてる?

現実…?


朝の情報番組では複数の石油産油国の国王や王子、以下王位継承権を持つ血縁に連なるものたちが相次いで銃撃に合って死亡したと伝えている。夢で見た顔。

彼らの声と血の匂いが思い返される。

夢を見始めてから連日、毎夜の様に寝汗が酷い。

雄二は冷や汗を大量に吸ったTシャツを脱ぎ捨て身体を拭くと、

スーツに着替えてスクーターに乗り勤務先へ向かった。

勤め先は、簡単なチラシやDM、地方のニュースサイトを手がける小さな広告会社で、家にいるより朝の情報が多く得られると思えた。

事務所にはすでに出勤している数人の同僚たちが、テロ怖いねーまた戦争になるのかなーなどと雑談していた。

それを尻目に主任のデスクへまっすぐに向かった。

雄二は息を少し整え話を切り出してみることにした。

他に手頃な相談相手はいない。

主任は歳が近い中で一番頭が切れる。この人ならおかしなことを言い出す自分に、病院に行ったら?以外の良い意見をくれるかもしれない。


主任、ちょっと話が、あるんですが、

どうしたの園くん。チャイムが鳴る前に出社なんて珍しい。ついに社会人の自覚に目覚めたの

いえそうじゃなくて、いやそうなんですけど、それどころじゃなくて

じゃなんなの

ニュース見ましたか?

見たわ。また芸能人が麻薬で逮捕だって。映画の続編どうなるのかしら

そっちではなく!

戦闘機テロ?

そっちです!

あーあれのこと?うちじゃ扱えないわよ。ネタがワールドワイドすぎるわ。地元ネタと国内ネタ以外NGなのよ、うち

それは良いんですけど、その、…やばいん、です

なにが?

その、変だと思われるもしれないんですけど、夢で、

…夢?

夢…に見るんです。毎日。テロの!

あんた意外と繊細ね。事件見てうなされるなんて

主任はケラケラ笑っている。


いやそうじゃなく!

先に、見てるんですよ!夢で!ニュースとか、SNSよりも前に!死んでる人が、撃たれてるところが!全部先に見てるんです!

ふーん。…病院に行った方がいいんじゃない?

まじなんですよ!

…へぇ


なんだか頭がおかしくなっていく気分だ。現に主任はそう思ってるんだろう。頭痛がひどくなってしまった。


そうね、たとえば大きい事件が起きたあと、ニュースの映像がデジャヴみたいに、まるで以前見たことある光景に感じることはあるかもしれないって、前にテレビでやってたわ

デジャヴ…?

一種の錯覚よ。締め切りに間に合うなら1日くらい休んでもいいわよ

…デジャヴ、なんかじゃない…


同僚達が、話しこんでいるこちらの背中を見ている気がする。


…今日これから、フランスの大統領とその近くにいた閣僚達が殺される

…へぇ

次は中国、ロシア、明日は日本とオーストラリア。次はアメリカ、カナダ、ブラジルの大統領とマフィア達。ドイツやインド、イギリス…中東で戦争してる国と地域、違う宗教で揉めている民族…!

世界中のやばい地域のやばいやつらが、経済を牛耳ってる連中が、一週間以内に全員殺される…


主任はだまって聞いている


これはデジャヴじゃない

名前はわからないが、顔を見た。死ぬ間際の顔。順番もわかる

これから起きる事件の内容を全部見たんです

それをやってる犯人も知ってる

…ちょっと、会議室に行きましょう


主任は俺の手をつかみ、そう言って足早く席を立った。


〜 会議室 〜


…それで、なにが起きるの?

主任は呆れた顔をしてため息をついたが、とりあえず話は聞いてくれる気になったらしい。

まだ詳しく話してないのに気持ちが少し楽になった気がする。

始業のチャイムが鳴りはじめた。


…。初めの一週間で、大きい国のやばい政治家、富豪、マフィア連中、経済界の人間が軒並み皆殺しになる。

それから、軍隊、警察、治安維持部隊なんかも、反撃する人は殺される。たまたまそこに通りかかってしまった市民も。

戦争、宗教、麻薬に密猟。動物を虐待して喜ぶ奴ら、環境問題を食い物にしてる人間、ほかに子供や弱者に酷いことをしている奴らは全員ターゲットなんだ。そして、

そして、そいつらに酷い目に合わされていた被害者達も殺される。その場に出くわしたもの、目撃したもの、世界中で、老人や子供。女も男も関係ない。

…いたるところが死体と瓦礫の山になる


悪い人間を狙うのはわかるわ、私でも殺してやりたいと思うもの。

でもなぜ無関係な人や、まして被害者も殺されるの?

それは…


…どこでだれが死ぬか順番が分かるって言ったわね。ボードに書ける?出来れば日付けも


俺は思い出す限りをホワイトボードに書いて行った。

名前を知らない人は特徴を、まったくわからない人はあいまいになってしまったが、内容を出来る限り細かく羅列し、ちょうど今日から10日分のできごとがボードに並んだ


主任は黙って見ている。書き終わった内容を見た後、ボードをスマホに撮って保存した。


犯人はだれなの?

女子高生…

…、いきなり信憑性が0になったわ

まじ、なんです。千葉県の、投稿されたYouTuveの動画を見たらわかる。制服から学校名も、わかるはずです。


雄二は例のYouTuveの動画をキャプチャーした画像を見せた。

続けてその画像を検索にかけ、出てきた学校のサイトを見せる。


名前は、夢で見て、知ってます。家も

…そう


主任は少し考えているようだった。

こちらはなんだか肩の力が抜けて、座りたい気分になった。朝なのにもう疲れた。最近眠れていないのかもしれない。


半日ぐらいなら、取材ってことでそのよもやま話の裏どりをしても良いかも、ね…

なんです?

外回りに行きましょう


主任は有無を言わさず出て行った。


雄二が事務所を出る時、テレビからフランスの議会が襲撃されたと速報に流れた。



〜 乗用車・車内 〜


主任が社用車を出してくれた。

本来なら自分が運転するところだが、顔が青いので運転席には主任が座っている。

ナビの画面にはさきほど襲われた、弾痕だらけになったフランスの議事場が、ニュース記者の絶叫のような説明と共に途切れ途切れで映し出されている。現場は大パニックだ。

あの黒い人型の戦闘機が襲った時の様子も、映像に映し出される。

だれかのスマートフォンの動画だろうか。最近のカメラは高性能で良く撮れるのだろうが、この映像はひどく視点がブレている。

いままで主観でしか見ていなかったが戦闘機は本当にロボットのように変形した。

特撮やアニメで見るような、人型の戦闘ロボット。

あれにこれから会いにいく少女が乗っている、とはあまり思えない。

夢で見た時よりニュースのほうが現実感が無かった。


…どうしてフランスを襲ったのかしら。ほかに悪いことをしてる国はいっぱいあるのに

ひとりごとのように主任は呟いた。俺は答えるか少し迷ったが、答えておくことにした。なぜか答えを知っている。


フランスに、行ってみたかった、から

行きたかった?

そう。一度

…。なるほど


なぜ、そんなことがわかるの? とは聞かれなかった。



〜 千葉県 某市 〜


それで、その高校生に会いに学校に行けば良いの?

ええ。でももう、あの子は学校には行っていません

家の場所に行くには学校に行く通学路しか知らないんで、とりあえず、学校から通学路をたどって家に行きましょう。学校にいつから来てないか、できればそれも確認したい

…あんたがその子の変態ストーカーじゃないことを祈るわ


学校は授業中で、校庭には誰も出ていない。

校内の用務員室らしいところへ向かい、会社名と名前を伝えると、先生のいる職員室へと案内してくれた。


担任の先生に適当なことは伝えられないが、どうしたら良いのか検討もつかない。

あなたの生徒はテロリストですと伝えても、まともに答えてはくれないだろう。

すると主任が、ウチのサイトで美術展のコンクールがあったんですけど、こちらの生徒さんが最優秀作に選ばれたので、記念品を贈呈したい、のようなことを言い出した。

俺が少し引きつった笑みで適当に話を合わせると、担任の先生は喜んでくれたが、その生徒の名前をだすと一瞬にして表情が固くなる。


ああ、もしかしたらこの人は、昨日から頻繁にSNSで流れてきているあの子の投稿した動画を見たのかもしれない。

あの黒い戦闘機が現れ始めたのは3日前。

紛争地域の武装勢力を銃撃によって壊滅させたり、

日本のニュースで取り上げられるような要人を対象にしはじめたのは一昨日からだ。

動画は初めの銃撃の時点から公開されていたが昨日の夜まで拡散はされているわけではなかった。

今朝のニュースで事件のことは報道されたが、動画のことはまだSNSでしか流れていない。

学校内であの動画が問題になるのは、これからのことだろう。

間髪入れずに学校にこれて、良かったのかもしれない。


実は、

その子、一週間ほど学校を休んでいるんです。連絡も取れなくて、…その

休み…、友人に連絡とか、捜索届けとかは…?

先生は黙っている。

無関係の人間になんと答えていいのかわからないのだろう。


…なるほど、そうですか。では、仕方ありません…

お時間を取らせて、すみませんでした。ありがとうございました

…ちょっと!

もう、充分です、だいたい、わかりましたし、これ以上は…

記念品はまた、後日郵送ででもお送りいたしますね

そう、ですね…それでお願いします


主任は不満げだったが席を立った。


他にもいろいろ聞けばいいじゃない。どういう子なのか、とか家族は何人なのか、とか

これ以上は怪しまれますよ。彼女はこれから事件の重要参考人になって身元を特定されるのは時間の問題です

操作の対象になる直前に、怪しい2人が彼女を訪ねて来たってなったら、こっちだって捕まるかもしれないっ

それはまあ、そうだけど…


元来た廊下を歩いていると、終業のチャイムが鳴り、授業を終えた先生と生徒達が廊下に出てきた。

2人は逃げるように車に戻る。


ここからは俺が運転します。道だけしかわからないんで

そうね


キーを受け取り、学校を後にした。

社用車のナビをニュースに切り替える。

フランスの銃撃の後、まだ次の銃撃は起きていないようだった。

次は中国とロシアのはずだが、まだ速報には流れていない。

これから襲いに行くのだろうか

雄二は車を発進させた。問題の少女の家へ向かう為に。



〜 住宅街・一軒家の前 〜


あ、ここは…

ここ?

園くん?

あ、はい。…ここ、ここです

意外と普通ね。もっと砦みたいな所を想像してたわ


平日だからか、道路に車は少ない。人通りの少ない静かな住宅街を進んでいき、二階建ての小さな一軒家の前で停車した。

築10年ほどのよくも悪くも特徴のない、どこにでもある普通の家。

平和な街並、普通の家。平凡な毎日。


二階のカーテンは締め切られ、彼女の部屋の中は確認できない。

家の前がの空き地になっており、その前に停車して、2人は車を降りた。


なんて聞いたら良いのか、わからないわ

俺が、話します。

そもそも家にいるのかしら

いる、はずです。


これから会う少女は、もう人間では無いのかもしれない。

そんなことを考えながら、雄二はインターホンのボタンを押す。

備つきのカメラで、こちらの様子は見えているのだろうか。


はーい☆


インターホン越しに聞こえた声は、動画で聞いた通りの声だった。



〜 訪問 〜


どちらさま〜??


こちらの緊張感とはまったく違う、屈託の無い、少しテンション高めの少女の声がインターホンから聞こえてきた。


…。

少し頭の中が白くなりかけたが、気を取り直してそのまま用件を伝えてみることにした。


突然、訪ねてきてすみません。俺は、園山、雄二という、ものです。あなたは、

榊 ゆいさん、ですか?


…そーですけど〜?


実は、変なことを言うようですが、

…数日前から、夢で、夢であなたの、

あなたのやっていることを見ていました。

少し、その、活動のことについて話を、させていただきたい。


主任が眉を潜めて髪をかき揚げ、耳をインターホンに近づける。


い〜ですよー?  (プツッ)



不審者だと、思われてないですかね?

…もしそうなら、そもそも出てはこないでしょう



ガチャ


扉から顔を出したのは、やはり動画のままの少女だった。



〜 少女の家 〜


紅茶でいいですかぁ〜?

あ、はい、あ、いえお構いなく…

わたしは、頂くわ

1ついれるのも2ついれるのも一緒ですよぉ〜?


彼女はパタパターっとキッチンへ向かってかけて行った。


家の中は電気がついていなかった。

生活感があるのかないのか、整理され薄暗く、住人のいない家に不法に侵入しているかのような居心地の悪さを感じる。そんな雰囲気だ。


二階のあたしの部屋でお話ししよ〜?


お盆を持ち、二階に上がる彼女に2人ともついていく。

部屋もまた普通の、年相応の女の子の部屋。

戦争なんて微塵も感じない、対極にあたるようなごく普通の女子の部屋。唯一違和感を感じたのは、静電気でネオンを発する球があるぐらいか。


今日は、家の人はいないの?

主任が口を開いた。

この家にはゆいだけだよー☆

答えになっていない答え。

そこがさらに不安を駆り立てる。


コポポ…

ティーポットから紅茶が、2つのコップに交互に注がれていく。


単刀直入に、聞こうと思う。

なぜ、あんな活動をしているのか、なぜできているのか。

紅茶を入れ終わって少女は答える。

えへへ

ゆいはねー、選ばれたのー


な、なにに?

神様のアイドル

神様、…アイドル?

神様でもあり、アイドルでもあるの。すごい?

…いや、意味が、わからないんだけど

神様が、いるというの?この世界に…

主任が質問する。


神様はね、いないの。ずうっとね、いなかったの

いたらこんなひどい世界には、ならないよねー

だから、神様なんてずうっといなかったんだよ


だれが、キミを選んだんだ?

それはねー、ちょっと説明がむずかしいかな?


これから、中国とロシアに、行くのか?

フランスに行ったみたいに


?、どこに行くかは、まだ決めてなかったんだけど、

お兄ちゃんがそういうなら、そのほうが良いかもねー☆⤴︎


どういう意味だ…? 微妙に会話が成り立ってない気がする。

ゆいは立ち上がった。


そろそろ、ゆい、行かなきゃ☆!


ま、まってくれ。俺は、なぜ夢を見る!キミの夢、

あの活動に、俺はなんの関係があるんだ!?


ゆいは少しだまっていた


それはねー

えへへ


続けて満面の笑みを見せる。


っ秘密だよ!★



〜 何もない家 〜


秘密、だと? ここまで、来て、引き下がれるわけが…

なぜか視界が霞む。


立ち上がろうとしたが足がもつれた。床に倒れ込んでしまう。

しまっ…紅茶に、なにか入れられたのか…


同じように主任も意識が朦朧としているようだった。

少女がしゃがんで顔を近づけてくる。


お兄ちゃんもね、

役割に選ばれたんだよ

役、割…


これからいっぱいがんばるから

ゆいのこと、見ててね


視界が真っ暗になっていく。


ずうっと見てて? 約束だよ☆!


最後に聞こえた言葉が、妙に耳に残った。



どれぐらい眠ってたんだろう。

先に目を覚ました主任に頬を数回叩かれて目が覚めた。

窓の外は夕方のようだ。

夕焼けが街を紅く染めている。


カーテン。そういえば窓にカーテンがない。

それどころか、部屋に何もない。

さっきまでとは違う部屋に連れて行かれたのかと思ったが、他の部屋にも何もなくなっている。


主任… これはいったい

…とりあえず、今はこの家から出ましょう。…すごく気味が悪いわ


幸い、自分たちの靴はキレイにそろえて残されていた。

外に出て、車を確認する。

家を見上げてみたが、中身が無くなった以外に外観の変化はないようだった。



〜 帰路・車内 〜


帰りは主任が運転席に座った。

日はすっかり暮れ、帰りを急ぐ車で道路が少し混み合い始めている。

ニュースでは今日のお昼過ぎ、中国とロシアの大きな都市に、相次いで所属不明の異様な戦闘機が飛来したと報じていた。

どれぐらいの被害が出ているのか、まだ二つの国からは詳細が発表されていないらしい。

自分が数日前に夢に見ていた限りでは、かなりの地域で政治家や軍関係者、その他大勢が殺されてしまったはずだ。

発表が遅れているのは二つの国、独自の事情だろう。


これで、朝のフランスと合わせると三つの国が襲われた。

3ヶ国とも優れた軍隊をもっている。そんな国が、簡単に防衛を突破されズタズタに引き裂かれた。

さっきまで会っていた、あの少女がやっていることと到底信じられない。


…少し、お腹空かない?

そういえば、なにも食べてませんね

ファストフード以外でどこかに入るわ。どうせ渋滞であまり進みはしないでしょう


主任は車のウインカーを出し、そう呟いた。



〜 国道沿いの和食系レストラン 〜


雄二は山菜そばを、主任はカレーうどんを注文した。

料理がくるのを待つ間、少女が新しいyoutuve動画をアップしていないか確認してみたが、今日はまだなにも投稿していないようだ。

ただ、これまでの動画の再生数が急激に伸びている。


さっきの家の住所を調べたのだけど、

主任がスマートフォンの画面をこちらに見せてくれた。

あの家は事故物件サイトに登録されてるわ

えっ?

十数年前に強盗殺人事件があったみたい。母親と、赤ちゃんが亡くなってる

犯人はその場で自殺。父親と長女、そして次女。その3人は幼稚園と仕事に行ってて無事だったみたい。…ひどい事件ね


彼女はその事件の、被害者…

…たぶん、そうだと思うわ


家族が殺される…。ひどい事件、悲しい出来事。

幸せで平凡な暮らしは、突然あの家から奪われていた。

あの少女は…。


なぜ、あの戦闘機が、権力者だけじゃなくその犠牲者も

殺すのかって、聞いてましたね…

えぇ

あの戦闘機は、…強い、感情を狙って殺してるんです

強い、感情?

悲しい気持ち、とか、強い愉悦、とか怨みや憎しみ、歪んだ快楽の感情が芽生えた人間を、殺しています


悲しい感情の連鎖を、生まないようにするために

…なるほど


あの悪魔のような力を手に入れて、彼女は救われたんだろうか。それとも救われないまま、本当の悪魔になってしまったんだろうか。


…酷い目にあって、しかもそれが原因で抱いた感情のせいでさらに殺されたんじゃ、被害者は浮かばれないわね

それが…、彼女は言ってました。わたしに殺された人達は、魂をエミュレート…つまり、魂を選別されて生き返れるんだって

良い魂を持っていれば生き返れるの? どうやって?

どうやるのかまでは見当もつきませんが、たしかにそう告げてました。銃撃の時

そう…。だから躊躇なく無差別に人を殺せるのね


自分だったらどうするだろうか。あとで生き返らせれるなら、いまは殺しても良いって気持ちになれるだろうか?

…なる、かもしれない。そして、少なくとも彼女はそう判断している。

悪い人間のいない世界。悲しみのない世界。人間世界の浄化。

幼稚な発想だけど、強固な意思がある。

そして実行できる力を持ってしまった。悪魔のような力を…。



明日、日本の国会とオーストラリアが襲われるのよね?

…そうなります

今日、彼女と話した感じだと、目的地を決めていない感じだったわ

俺は、未来のことを見てたってことでしょうか

わからないけど、うーん。…でもまぁ、それなら、


主任が箸をおいた。

やりようがないわけじゃあないわ



〜 事務所 〜


とりあえず一旦会社へ戻ってきた。

職場からは人の気配はほとんどなくなっていた。違う部署の人たちはチラホラと残って作業をしている。


主任がデスクからいくつか名刺を持ってきた。


前に取材とかで、地域の自衛隊の訓練施設とか、警察署とかに行ったのよね

その時、えらい人たちや広報の人達と、名刺を交換してきたってわけ

なるほど

ほかにもいろいろツテがあって…まぁそれはいいわ

変な情報だけど、伝えるだけは伝えておいたほうが良いと思うのよ。多少はなにかの役に立ててくれるかもしれないし


…主任は、

なに?

きっと良い人ですね

はぁ? ほめてるの?

いえ…、なんとなく、そう思っただけです

わたしが死んで選別されたら、あの子に生き返れるように言っといてもらえると助かるわー

ははは


主任から名刺の一部を受け取り、2人で手分けしてメールを送ると、今日は帰ることにした。


主任曰く、取材は空振りで本日の外回りは失敗だったようだ。


使えるネタがなかったわ。締め切りどうしよう…


家に帰ると、日付けが変わっていた。

このままふとんに入ろうと思ったが

一応、あの子のyoutuveチャンネルを確認しておくことにした。

雄二はブックマークに登録していた、例の動画ページにアクセスし、


…そして、また、

背中に寒気が走るのを感じていた。画面に明滅する『NEW!』の文字。

動画が、追加されていた。



〜 神カツ・Ⅲ 〜


ブツーン…(テレビのディスプレイが立ち上がる音)


どうもー! ディスプレイの前のみんな〜★

元気してるー?? 

こんばんハラショー!!⤴︎⤴︎⤴︎


今日はー、神カツのー第三弾だよー☆!

フランスと中国に! 行ってきましたー♡


すっごく! キレーだったよー!!!

ゆい、テンションブチアゲになっちゃったー⤴︎⤴︎⤴︎!


でも中国はちょっとスモッグが酷かったかな?

大気汚染、深刻だね!!


えへへ、と、昼間訪ねた少女が画面の中で笑っている。

この部屋はどこで撮影しているんだろう。少なくともあの家にこんな部屋はなかった。

少女が画面の外をチラチラ見ている。


今日はー、動画を見てくれているみーんなにー!

重・大・発表ーがー! ありまーすっ☆

きゃー!パチパチパチー♪(手を叩く音)


ゆい、いま神様アイドルを1人でやってるんですけど、

これからいろーんな国で神カツするのにー

ちょーっと1人だとたーいへーん! みたいな感じでーす!

そこでー、ゆいにー!


仲間がー!!

なーんと! 神様アイドルにーっ 新メンバー!!


な、なん、

冷や汗が、背中をつたって流れていく。

っなんだとぉー…?!!!


きてきてーっ、と、少女が画面の外に手を振り呼びかける。

スーっともう1人、小柄な少女の背中が画面の中に現れる。

腰まで伸びた銀髪の髪、ブルーの瞳。

ゆいが小さなラッパをどこからか取り出しプーっ♪と鳴らした。

銀髪の少女が口を開いて自己紹介を始める。


…アンゲリーナ・ヴォルコヴナ・ヴォズネセンスキー…です

リーネ、と、呼んで、ください…


大人しそうな少女は、ペコッと、カメラに向けて頭を下げた。


リーネちゃんはねー、ロシア出身なんだよ〜☆

めっちゃかわいいぃぃぃー!! 14歳!

今日、神カツは初めてだったんだよねー

なのでー、母国! ロシアを担当してもらいましたー! パッパラー♪(効果音)


ロシアはー、広くて大変だったでしょー??

…はい

道に迷ったり、しなかったー??

…大丈夫、でした

これからいっしょにー、がんばろーっ☆!! ぉおー!!

わーいわーい!

…ゎーぃゎーぃ


2人が画面の中でくるくると踊る。


それでは今日のカツドー内容をー、ダイジェスト風でー

レェェェッツ、ジェノサイード★ (決めゼリフ)

…ジェノサイード(決めゼリフ)


ブツーン(画面が暗転し、切り替わる音)



そのあとの動画には、フランスとロシア、中国の高官たちや人相の悪い人物が次々に映し出され、そして殺されていく光景が流されていった。

現場で反撃するその国の軍隊と警察官達。私設兵のような男たち。

戦闘機や戦車の攻撃でも、まるでびくともしないそれぞれの黒い人型戦闘ロボット。

圧倒的な攻撃力と説明のつかない異常な防御力。

一方的すぎるほど一方的な虐殺の光景。

戦意を喪失して逃げ惑う人達にも、最期まで容赦がなかった。

市街地の商店や建物が発泡スチロールのように粉々に粉砕され、命が、生活が刈り取られていく…


雄二のスマホがヴヴヴッと鳴る。

主任からだった。


園くん!動画見た?!

はいっ! ふ、2人に、なりましたっ…

どういうことなの!まさか、増えるなんて!

わかりません! 夢に見るのは主観の体験だけで、まさか2人分見てたなんて!

と、とにかくめちゃくちゃやばいわ!

そう、ですね。

今日はいったん、そうね、いったん落ち着いて、明日また続きを話しましょう。

はい! また、なにか先のことを見たら言います!


電話を切ったが、興奮して眠れない気がした。


これで黒い戦闘機は、二機になった。

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