第1章 : カミカツ
ブツー…ン
(ヒビ割れた真っ暗なディスプレイにスイッチが入る音)
画面に現れたのは女子高生。背中には大小様々な銃火器を、なんとなく翼に見立てて背負っている。
…っ? とっとっと…
えへへっ☆
戸惑った表情から満面の笑み。そして明るい声が発せられる。
画面の向こうのみなさーん! こーんちにわー☆
今日からっ! YouTuve始めてみましたー☆
神様系女子高生のー、ゆいですっ!
んっ★デストロイ!(=決めゼリフ)
突然ですが!
ゆいはなんとー
神様です!
そしてー
女子高生でもありまーす!
神様でー、女子高生でー、今日からYouTuverでーす! やったー☆⤴︎⤴︎⤴︎
でもゆいみたいな子にー
いきなり、「わたし、神様でーす☆ 」とか言われてもー
だれも信じられないですよねー?
ゆいも信じられませーん(パタパターと両手を振る)
なのでー
今日からゆいはYouTuverになってー
神様としての活動、略してカミカツを!!
動画で配信することにしちゃいましたー☆
きゃー(照)パチパチー
神様の活動っていうのはー
ズバリ!
世界にはびこる悪い人達を、
バッタバッタと!イッソーしちゃうことでーす! パフパフー♪
(後ろから取り出した手持ちのラッパを鳴らす)
そこでー、今回のターゲットはー
祝! YouTuverデビューということで!
世界で今一番目立って悪いことをしているテロリストを!!
壊滅させちゃいまーす☆!!!(パッパラー!=効果音)
にゃんにゃんイェイ(*゜▽゜)ノ☆
それではさっそくー
レぇぇぇッツ!
ん★ジェノサイド!!
ブツーン…
(ディスプレイのスイッチが消え画面が暗転する)
〜 辺境、砂漠の国境地帯 〜
布を張っただけの簡易な、日よけのテントがたくさん並ぶマーケット地区。
強い日差しの下、雑多な市場が賑わっている。
並べられているのは武器。買い物客は物騒な顔をした男達。
死の商人による闇市が行われている。
法も届かず、太陽の光を遮る黒いテントの中には神の視線も届いていない。
盗品と略奪品のボロボロのアサルトライフルやマシンガン、カゴにはどこかの軍隊の横流し品の武器と衣類が、雑に突っ込まれ売られていく。
遠くの方から悲鳴に似た轟音が聞こえる。
男達は音のする空の方角を見上げる。
鳥に似た黒い影が徐々に近付き大きくなる。
そしてそのまま猛烈なスピードで通りすぎて行ってしまった。
人々がその姿を見送っている。
〜 飛んでいく飛翔物体 〜
黒い影は戦闘機の姿をしていた。
地面に写る影は猛烈な勢いで進んでいる。
やがて目標の地点に到達すると、細部のロックが次々に外れ、影が機械的な変形を取り始めた。
腕と脚、次に胴体が割れ、頭部がせり上がってくる。
猛烈なスピードは減速し、発していた飛翔音が少しずつ小さくなる。
黒い戦闘機は人型に変形し、背中には名残りとしての大きな翼、
左右対象に均整の取れた両腕両脚には、不釣り合いなほど巨大なガトリング砲が取り付けられ、それが一斉に前を向く。
巨大な人型の物体は、何かを待つように空中に停滞する。
そしてその前方では、砦と化した住居郡から、周囲を警戒するように見回りに出てきたテロリストの兵達が、空に現れた巨大な影を見つめて呆然としている。
〜 静止した戦闘機 〜
人型の戦闘機はゆっくりと前方を見渡した。
周囲を確認するために頭をゆっくり左右に振り、次いで身体を回転させる。
ちょうど360°、周囲の索敵を終えるころ、戦闘機の機体にさらに新しく、肩、頭に二対、腰、背中から伸びた翼にガトリング砲が出現していた。
両腕と両脚を含む12塔全てのガトリング砲が予備動作の回転を始める。
シュゥゥゥン…
シュウウウウウン…
飛翔音とは違う、モーターが生み出す駆動音。
そして目標、というよりはもっと広範囲の、
機体の前方に広がる景色そのものに向け砲身を向けて行く。
隙間なく、余すところなく。砲身から伸びる扇状の射線範囲が重なり
ゥゥゥ… ン
そして、
閃光が爆けた。
…ッヴ、
ッヴラァァァァァァァァ…!!!!!!!
…爆発。
斉射はもはや爆発だった。
黒い戦闘機だった人型のマシンは、
巨大な燃える鋼鉄を高速で吐き出す黒い太陽と化していた。
機体中に装着された砲身から発射される弾丸は、まるでスコールのように地面に降り注いで行く。
砲弾の掃射からかろうじて難を逃れた兵士達も、
その後にやってきた衝撃波で身体をバラバラに引き裂かれ蒸発してしまう。
黒い戦闘機はゆっくりと回転し、周囲の地形を全て弾丸の幕で塗り潰し始めた。
機体から見える景色、砂山、乾燥した岩の大地全てが鉄の雨に穿たれ、地形を、姿形を変えていく。
地下に掘られた塹壕のアジト、元々住んでいた住民達から奪い取った土壁の家々。新たに作られた見張り台、
どこにいても、どこに走りこんでいっても、
テロリスト達にはもう逃げる場所も隠れる壁も、そして逃がれようとする自分自身の影さえも、この地上からかき消え消えてしまう。
そしてそれは捕虜、無理矢理連れてこられた女や子供達も例外ではなかった。
その場所に存在する全ての生命が、感情の染み込んだ大地ごとこの世界から消えていく。
それは暴力による浄化だった。
哀しみごと全てを消し去り、負の連鎖を断ち切った後に、何も残さない究極の手段。最悪の手法。
血涙混じりの炎が土の旋風に飲み込まれ上空に立ち昇るころ、
掃射の終えた人型の戦闘機は首だけを左右に振り、辺りを見回すと再び姿を飛行形態へと変えた。
そして、元来た方角へと飛び去っていった。
…
〜 夜明け前、ワンルームマンションの一部屋 〜
会社員、園山雄二は肩で大きく息をしていた。
棚に置いてあるネオンのボールを見つめている。
さっき見てしまった悪夢。
Tシャツはびしょびしょに濡れてしまっていた。
布団が大量の汗で湿っている。
妙にリアルな夢だった。
吐き気が込み上げるほどリアルな夢。血と肉と、
鉄の破片が飛び交う虐殺の光景。
目の前の全てが血色に染まり、
死だけが生みだされる戦慄の地獄絵図。
現実と全く同じ、異常なリアリティを感じた。
焦げた鉄の匂いが、まだ鼻に燻っている気さえする。
…なん、だ… いまの…
生まれて初めて見る壮絶な光景だった。
もう二度と見たくない類の。
もう一度ネオンの球に視線を移す。
ほとばしるイナズマのパターンを探すと無意識に安心する。
この稲光を生み出し続けるネオン球は、学生時代一人暮らしを始めたばかりの時に部屋の雰囲気を変えようとつい買ってしまったものだ。
今では軽いノリのあとの後悔を再確認する代償になっている。
シャワー…風呂に入ろう。
汗をたっぷり吸ったTシャツを洗濯カゴに入れた時、グシャっとした音がした。
その音はさっきの悪夢で見た血溜まりに人間の身体が崩れ落ちる音に似ていて、ギョッとする。
雄二は再び鳥肌が立つのを感じた。
背中に流れる冷たい汗のせいで、
とてももう一度眠りにはつけそうになかった。
〜 石油で成り立つ富裕国家 〜
赤を基調に、金や銀で装飾された調度品の並ぶ、センスが良いとはとても言い難い豪華な部屋。
赤黒く毛深い身体をソファーに横たえ、輸入物のワインを口に含んだ仏頂面の男が座っている。眼光は細く鋭く、口元には立派な口髭を蓄えている。
傍らには数名の若い女性が、踊り子の衣装に身を包み、互いに互いの身体を手で確認し合うかのように身体を触りその肢体と様子を披露させられている。
その部屋に飾られている調度品の一つであるかのように。
突然、使用人らしき年配の男が部屋に飛び込んできた。
使用人の男は仏頂面の男に耳打ちし、仏頂面はさらに眼光が鋭くなる。
ワイングラスが壁に投げつけられ、砕け散ってしまった。
〜 神活 2 〜
ブツー…ン
?
(小声)これでスイッチ入ってるの?
…!
えへへっ
ヤッホー!こーんにちはー♡
神様系アイドルの、ゆいです!
おはサラダマンダラーッ☆
昨日の放送! みんな見てくれたかなー?
うん♪
昨日のカミカツの内容はー、そのうちニュースでも流してもらえると思うからー
みんなも確認(チェックイットナーウ♡)してもらえたら、うれしいな♡
今日はー、神様活動の第2弾!
昨日のー
続きだよ☆
昨日、テロリストの兵隊さんたちの住処を
ゆい、いっぱい壊してきたのね?★
そしたらなんとー
テロリストさんたちに
お金を渡して援助してる人達がいるみたいなの!
ゆい、ぎょーてーん!!
びっくりだよー
せっかくテロリストの兵隊さん達をやっつけてもー
またお金を出して兵隊さんを雇われたらー
意味ないよねー?
だから今日はー、
そのお金を渡してる人達をー
皆殺ししに行きまーす!!
ペローン♪
ペローンペローンペローン♪(どこからか取り出したスイッチを押すと効果音が流れる)
きゅんきゅんポコン☆ ってへ☆
じゃーさっそくー
レェぇッツ! デストロイ★!!
〜 奇抜なデザインの高層ビルが並ぶリゾート地 〜
仏頂面の口髭の男が電話を掛けまくっている。
どの電話も繋がらないようで、こめかみに血管が浮かんでいる。
使用人の男性に電話を投げつけ、部屋から出ようと立ち上がる。
踊り子の衣装の女達は怯えて肩を抱き合い、震えていたがやがて大きなテラスの窓の外を見て、目を見開き悲鳴を上げた。
口髭の男は眉を寄せ上げ、不愉快そうに窓の外に視線を走らせ…
黒い、巨大な何かが、
こちらを見ていた。
〜リゾート地の高層ビル郡〜
黒い人型の戦闘機が高層ビルの外に浮かんでいる。
突然飛来した轟音と叩きつけるような爆風。
リゾート街は騒然とし、道行く人は何が起きたのか理解できず逃げ惑い、またあるものは頭上に浮かぶ黒い人型を見つめている。
〜 豪華なビルの一室 〜
仏頂面の口髭の男はデスクの引き出しの裏に隠していた拳銃を取り出し、黒い巨大な鉄の顔に向けて発泡した。
拳銃の弾は厚い装甲に阻まれ、あさっての方向へ弾かれていく。
男は構わず弾が切れるまで打ち続け、拳銃の弾が無くなると今度は拳銃本体を顔に向けて投げつけた。
身を翻し部屋の奥へ走り出す。
使用人の男と女達はは地面にへたり込み、ことの成り行きを見守っている。
黒い影は、部屋の奥へ逃げた男を捕まえようと、巨大な腕を伸ばしてきた。
男は備え付けの直通エレベーターのボタンを何度も押し、黒い影の方を確認するために振り返ったが、その時にはすでに巨大な手のマニュピュレーターは男を捕らえる檻ように左右に展開され、広がっていく。
男は黒い巨大な手に身体を掴まれた。
そして
…ギュイ… 力が込められ
ぐしぃぁぁぁーっ!!!!
断末魔は聞こえなかった。
代わりに血のしぶきが、辺り一帯を真っ赤に染め上げていく。
戦闘機は満足したかのように、高層ビルに突っ込んでいた手を引き抜き、
ブルブルと手についた血を振り払うと、また、飛行形態へ変形し、高度を上げ始めそして飛び去っていった。
次のターゲットの元へ向かうために。
〜 リゾート街・港に停泊したカジノ船 〜
装飾の施された派手な金のネックレスに腕輪、両手に様々な宝石をあしらった指輪と時計をつけた、モデルのような若い男が、派手なワンピースドレスの女と船のロビーから外へ向かう道を歩いていく。
黒いスーツとサングラスをかけた護衛の男達が船から出てきた2人に近付き、その周囲を固めた。
数時間前、国王である父親が、黒い巨大な何かに無残な肉塊に変えられたと連絡があったのだ。
若い男は黙って聞いていたがやがて怒りの表情を浮かべた。
冗談にしても酷い。
この国では王族の血縁者をジョークの種にすることは許されないのだ。
王位が自分に移ることに一瞬歓喜したのだが、今は連絡してきたものを捕まえて、詳細を確認しなければと思った。
…黒い戦闘機が突然目の前に着陸するまでは。
〜 黒い戦闘機・飛行形態 〜
地面に着陸した黒い飛行戦闘機のコクピットが開いた。
顔を出したのは、見たことないユニフォーム、水兵を模したシャツに短いスカート姿の少女だった。
背中には無数の武器。
戦闘機から飛び降り、軽い足取りでこちらに歩いてくる。
サングラスの男たちは呆然とした若い男をガードしようとフォーメーションを組み、訓練通りに動いた。
4人が懐から拳銃を取り出し構える。
少女の両手にはそれぞれサブマシンガンが握られ、
若い男の方に銃口を向け
ボディガードの男達は少女より早く銃の引き金を引いていた。
乾いたハンドガンの音が夜の港に鳴り響く。
命中はしているようだった。
だが女の子は倒れなかった。
当たった弾は鋼鉄に弾かれたように違う方向へ飛んでいく。
サングラスの男達は若い男とワンピースの女を避難させるため、もう一度客船の奥の方へ下がってと促した。
その時、少女は持っていた銃の安全装置を片方ずつ
叩き落とすように解除し、ついに発砲を始めた。
ボディガードの男たちが次々に悲鳴を上げ地面に倒れてこんでいく。
ワンピースの女も撃たれた。
若い男が目を見開き少女の方を見上げる。
ごめんね
でも、ゆいに殺された人はたましいをエミュレートされてまた生き返れるから、
だから今だけ我慢してね★
若い男は、ゆいと名乗った少女の両手から発せられる連続した発砲音の中、まるで踊るように息絶えた。
ふ〜☆
あ?でも、もう悪い人は生き返れないから! やっぱりごめんね☆
白い硝煙の匂いが風に舞う中、少女はまた戦闘機に向けて踵を返して戻っていく。
そして、
これと似た事件が、この日以降世界のあちこちで発生するようになる。
表向きは富豪の血族を狙ったテロリストによる連続殺傷事件とニュースで流された。
だが被害者の名前や内情を知る同種のものたちは、別の高いメッセージ性を感じとっていた。
身の回りの防備を固め、兵を配置し、それが落ち着くと変化した勢力図の縄張りを、どうすれば自身のテリトリーの拡大に繋がるかを考える。
他人の血が流れることで富を得てきた者たち。
腐敗した世界の影にいて、悪臭を嗅ぎ慣れたものだけが持つ嗅覚が、ますますその鋭さを増していくようだった。
極東アジアの動画配信サイトに投稿された、犯人の目線で捉えている犯行映像がネット上に拡散したのはこの後のことだ。
動画には最後に英文で次の言葉が添えられている。
『次はおまえ達だ。地上にはびこる悪物ども』 と。




