桃色の冬
恋をしたあの日から、何者にもなれなかった私は、変われた気がしたんだ。
「好きです」
勇気をだして伝えた想い。顔は熱いし、指は震える。そんな私の手を取って、君は笑ってくれた。
「俺も」
その瞬間、世界は大きく色を変える。何もかもが眩しくて、綺麗なピンク色。それが物凄く嬉しくて、泣き出したのが懐かしい。
あの時は、ただ二人でこれからの未来を夢見てた。キラキラのイルミネーションは、私たちの足元を照らしてくれて、街中に流れるクリスマスソングは、幸せの鈴の音を乗せて、日々を彩る。寒さすらもくっつく言い訳だった。
「バカップル」
友達に言われたときに、自覚した。たしかに、ちょっとやりすぎ? 優しい君は、私のわがままに付き合ってくれてるだけ? そんな不安は、君の言葉で打ち消される。
「ずっとこうしていられたらいいのに」
その言葉の本当の意味すら分からずに、私はふわふわと浮かれていた。
「別れよう」
君から言われたのは、まだ三ヶ月も経っていない頃。あんなに幸せだったのに。どうして。その言葉は喉に突っ掛って出てこなかった。だって君が、あまりにも苦しそうだったから。
「……わかった」
嫌だよ、なんて言えなくて。涙を押し殺して笑った時、初めて、君の泣きそうな顔を見た。あの苦しそうな表情は、罪悪感からではなく、絶望感だったことを、君がいなくなってから知った。私は、あの手を離してはいけなかったんだと、嫌われても縋るべきだったのだと、深くふかく、後悔をした。
「……奈々さんですか?」
電話で君の訃報を聞いた時、なんで私に何も話してくれなかったのか、なんで気づいてあげられなかったのか。そんな思いが渦巻いて、それがとても悔しくて、悲しかった。
君のお姉さんが教えてくれたのは、私への想いの数々だった。目と目が合ったとき、言葉をかわしたとき、手を繋いだとき。最初で最期のキスのこと。
溢れて止まらない涙を、受け入れてくれた人は、もういない。
冬が来る度に、君を思い出した。
冷たい手に息をかけて、寒いねって言った君が、私の手を握りしめたこと。雪の降る中で君を待っていた時に、君は何度も謝って、私を抱き締めてくれたこと。それがとても暖かくて、思わず抱き締め返したこと。初めてキスをした時のこと。
蘇る記憶全てが、私の宝物。
「太一」
真っ黒なワンピースが、ふわふわ揺れる。まだ肌寒い春の日だった。
灰色の世界の中、目の前の君のお墓の周りだけ、鮮やかに色がついていた。供えられた桃の花が、綺麗に咲いている。
「太一、ありがとう」
もう私に、あの冬が来ることはない。
だけど、君が遺してくれたこの想いが、世界に色があることを教えてくれた。
「また、会いに来るね」
君と私の、桃色の冬。
これからは、春になる前のこの日だけが、桃色になる。