表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Painkiller  作者: Patrick Silvestre
4/5

Painkillerー4

気がつくと、身体が勝手に動いていた。堅く閉ざされたコンテナの奥から、(きつ)(きよう)したダニーの視線を感じた。壁に沿って並んだデッキスタンドへ達したのと同時に、()()が俺を視界に捉えた。神殿に(ちん)()する石像のように、じっと突っ立っているMDLに乗り込む。鋼鉄の膝を足がかりにして、狭いコクピットに躍り込む。座り心地の悪いシートに腰を下ろした時、Licがこちらに向かって動き始めた。ゆっくりと閉じていくハッチの隙間から、Licの紅い目がこちらを冷然と見つめていた。


駆動系のスイッチを一斉にONにする。オートバランサーとスピードリミッターをOFFにする。ディスプレイの表示を待つ(ゆう)()はない。必要最低限の機能だけを(たずさ)えて、うすのろなエンジンを起動させる。禍々(まがまが)しいエラーランプが暗闇の中に明滅する。(かまびす)しい警告音が狭いコクピットに反響する。腰椎の古傷が悲痛な叫びをあげる。血圧計のような筒状をした操作ユニットに四肢を突っ込む。久方ぶりに味わうゴムのような感触に身体が戦慄(わなな)く。


膝を折って回避行動に入る。人体と同じ複雑な動きを可能にする人工筋肉ヒユーマニティ・アクシヨン・ユニツト――パイロットの動きを寸分(たが)わず人工筋肉に伝える疑似神経アーティフィシヤル・ニユーロン――これらが織り成す非日常的なG負担で、俺の脳内が攪拌される。下腹から込み上げる衝動をぐっと(こら)えたその刹那、俺の頭上で空気の(さつ)()音が通過した。左に跳んで間合いを確保する。残りのスイッチ群を一斉にONにする。まるでタイミングを見計らったかのように、全方向型ディスプレイが表示されて、俺の視界は機械の巨人と同化した。



思惑が外れたLicは、中腰に構えた姿勢でじっとこちらの様子を伺っている。俺はデッキスタンドに立てかけられた凹型パーツとスプレーガンを掴み取って、乱れた呼吸を整えた。漆黒の機体をつぶさに観察する。それは従来のATと比べて、より人間的だった。装甲パネルの継ぎ目はシームレスな構造になっているし、一見すると(きや)(しや)に思える体躯は一切の余剰を許さないある種のストイシズムさえ感じる。


俺はLicの弱点を頭の中で列挙しようとした。ビデオテープを巻き戻すように、つい数日前ロッキード社のプレスで読んだ内容を呼び起こす――血液のように、機体内を循環させた特殊な液体。運動に伴って生じた熱を、銃弾のような形状をした熱交換ユニットによって吐き出す。単機に備わっているのは、せいぜい五つが限度だろう。六〇分間のフル稼働で二個交換すると考えて、残りは三つ。元来、Licは上空からの支援ありきの運用で設計されている。くわえて、人工関節を被覆する緩衝剤シヨツク・アブソーバー。大立ち回りを演じれば、これをオーバーヒートさせることができる。


Licは中腰の姿勢を保ったまま、右足でトントンと地面を叩いてリズムを取り始めた。まるでハードロックでも聴いているかのようなその挙動は、生死を分かつ戦場において、ひどく滑稽に見えた。その時、俺はあることに気が付いた。Licの製造元はアメリカのロッキードだ。しかもロッキードは、つい先週プレスリリースを出したばかりで、他国への輸出はまだ行われていない。ともすれば、この機体は疑問の余地なくアメリカ軍のものだということになる……なんてこった(Hollyshit)、と呟こうとしたその刹那、Licが急速に加速してこちらに向かってきた。反応が遅れた僅か数秒の差で、俺はLicの跳び蹴りを(かわ)し損なった。腹部に鈍い衝撃が走って、俺は軽々しく吹き飛ばされた。


右手に持った凹型パーツがするりと抜け落ちる。身体は数メートル空を舞い、コンテナの上に落下した。立ち上がる暇もなく、再びLicが迫り来る。俺は足裏を接地させると、滑走用のミニタイヤをフル回転させた。地面に背中を擦りつけながら四メートルほど移動すると、先刻まで俺が居た床面にはナイフが突き立っていた。俺は素早く上体を起こすと、天井から垂れ下がった鉄鎖を乱暴に引きちぎった。無我夢中で鉄鎖を振り回しながら、Licとの間合いを詰める。


Licは、じりじりと数歩後退すると、だしぬけに左手を突き出した。てかてかとした黒い腕に鉄鎖が絡みつく。鎖はたるみを失って、弦のごとくぴんと伸びきった。俺は鎖を引き寄せながら、左手に持ったスプレーガンを床一面にまき散らした。綱引きの要領で鎖を引き戻そうとしたLicは、足を滑らせて尻餅をついた。俺は力いっぱい鎖を引き寄せた。Licはゴキブリのように両足をばたつかせながら、右手に構えたアサルトライフルを構えた。俺はさらにぐいっと鎖を引っ張ると、片方の手で銃口を左に()らした。


薄暗い室内にマズルフラッシュが(きら)めき、左肩に激痛が走った。激痛はじわじわと広がり、俺は絶叫に近い雄叫びを上げながら、憎たらしいLicの細面に頭突きを食らわせた。相手がよろめいた隙に、胸部へ左フックを見舞う。Licはなんとか持ちこたえると、両足をハの字に広げて腰を落とした。次の瞬間、Licは鎖の巻かれた左手をぎゅっと引っ張って、そのまま仰向けに倒れ込んだ。珍妙な動きの意図に気付いた時にはもう、俺の右腕は薄桃色の飛沫(しぶき)をまき散らしながら、もぎ取られていた。先刻まで俺の一部だったものが、回転を伴って空を舞う。無様に引きちぎられた肉塊の断面は、まるで単体の生命であるかのように、不規則な(けい)(れん)を繰り返していた。


均衡を崩したLicは、大きな衝撃音を伴って仰向けに倒れ込んだ。俺の右腕にかつて味わったことのない激痛が走る。下腹の方からぎゅるぎゅると地鳴りのような(うめ)きがこみ上げてくる。俺は胃の中身を余すことなくコクピットにぶちまけた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ