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Painkiller  作者: Patrick Silvestre
3/5

Painkillerー3

心臓がはち切れそうになりながら、私は再び整備室に舞い戻った。最も人気のない所、機械仕掛けの神殿に、私は立っていた。人が出払った整備室は、ピラミッドにも似た荘厳な(おもむき)があった。整備用トルーパーのデッキスタンドが壁に沿って並んでいて、室内の中央にはATを固定するためのドッグが設置されている。高さ約八メートルの天井からは、無数の鉄鎖が蜘蛛の糸のように垂れ下がっている。灰色の床には機体搬入用のマーカーが無数に刻まれていて、色とりどりの線をたどった先には、整備工具や機体部品の入ったコンテナが無造作に転がっていた。


弾んだ息を整えながら、私はコンテナの方へ近づいていった。その時、コンテナの影で何かが動いた。(とつ)()に腰に手を伸ばしたが、ヤード内では拳銃を携帯していなかった。身体に染みこんだ、セピア色に褪せた訓練の成果がそうさせたのだった。


「誰だ!」


候補生(ガデツト)(しつ)()する時の口調で、私は(すい)()した。コンテナの影から黒人青年が両手を挙げて現れた。その顔には見覚えがあった。自信に満ちた(はしばみ)色の目、不敵に微笑(ほほえ)む分厚い唇。(こう)(こう)と室内を照らす蛍光灯の光に現れたのは、いつぞやの優等生(ストライパー)、ダニー・ハリスだった。


「こんなところで何してるんだ」


ダニーも私の存在を認めたらしい。目を大きく見開くと両手を下ろし、俊敏な動きで直立姿勢(ブレイス・アツプ)をとった。


練兵軍曹(ドリル・サージェント)がお戻りにならないので、待機しておりました」


教科書的な角度で敬礼しながら、ダニーは言った。


「|なんだと《What's a fuck》…… まぁいい。とにかく、ここにいちゃ危険だ」


私は手近なコンテナのレバーを解錠し、ざっと中を検めると、その中へダニーを押し込んだ。


「いいか、絶対に出てくるんじゃないぞ! 何があってもだ! これは命令だ!!」


(Aye)知しました( aye)


私はダニー青年の目をじっと見据えながら、重々しい扉を閉じた。扉が閉まる直前、僅かな隙間からダニーは何か言いたげな素振りを見せたが、私は敢えて気付かなったふりをした。重々しい扉が閉まる鈍い音がして、整備室には不気味な沈黙が訪れた。ダニーの手前、誠実な教官を演じたはいいが、その後のプランは何も考えていなかった。首筋にすっと冷気が走った。心臓の鼓動がはっきりと分かった。私の手には黄泉への扉を開ける鍵が、しっかりと握られていた。


生まれて初めて感じる胃を掴まれたような恐怖に、全身がこわばった。全ての感覚が澄み渡り、身体がふわっと軽くなる。アドレナリンの過剰分泌だろうと一人の自分が(とう)(てつ)な推論を導き出し、もう一人の自分が今すぐこの場を離れろと絶叫している。その時、天井から伸びた機体固定用のチェーンがゆらりと振れた。足裏から振動が伝わって、全身を駆け上った。私は咄嗟にコンテナの影に身を潜めた。振動は次第に強まり、やがて巨人の足音が聞こえてきた。蒼白(あおじろ)い蛍光灯の灯りが消えて、整備室は暗闇に満たされた。


私はじっと息を殺して、陽光の差し込む入り口を凝視した。足音が止んだかと思った次の瞬間、唯一の光源である入り口が巨人によって遮られた。灰色の床面に、巨人の影が伸びていく。それは私の足元に達して、ぴたりと止まった。私はコンテナの影に横たわって、ガタガタと歯を震わせた。Licが機械の神殿に足を踏み入れようとしたとき、鈍い金属音が響き渡った。私はひんやりとした床を這って、コンテナの影から入り口の様子を(うかが)った。


黒光りしたLicが凹型パーツの下敷きになって倒れている。刹那、入り口の左側からジープが飛んできた。Licは素早く身を起こすと、引き締まった脚をムチのようにしならせてジープを蹴落とした。ジープの飛んできた方向から、(せき)(わん)のMDLが一機、雄叫びを上げながら突進してくる。スピーカー越しに(とどろ)いたその声は、マーシャルのものだった。バスケットボールのような頭部は吹き飛び、左膝からは白煙が立ち上っている。いったい何が彼をここまで突き動かすのか、私には分からなかった。


Licは大腿部から筒状の熱交換ユニットを吐き出すと、その場で跳び上がってMDLの突進を(かわ)した。再びLicが地面に降りたった時、MDLの背中にはカーボン・ナノファイバー製の巨大なナイフが突き刺さっていた。トルーパーのコクピット――巨人の胸部――に、それは深々とめり込んでいた。マーシャルが死んだ。私の目の前で、あっけなく。溶岩のように溢れる薄桃色の液体を眺めながら、私は放心していた。




このまま()(すべ)もなく、むざむざ殺されるのだろうか。かつては期待の新人、今は凡俗たる教官。物知り顔で候補生(ガデツト)たちに戦争のなんたるかを説いているが、戦争から最も遠い所にいる卑怯者。時折ちらつく自分自身の影に怯えて暮らす、小心翼々とした生き方に甘んじていて良いのだろうか。寝食を共にした盟友たちが、あっけなく死んでいく――これが戦争なのだ。



いいぞ、やってやる……笑われたって構うもんか。私――いや、俺だって、カール・イグレシアスになれることを証明してやる。どうせ死ぬのなら、最期くらい輝いたっていいじゃないか。命の尽きた恒星が、光彩を放って散っていくように。



来いよ、最新兵器の木偶野郎(son of a bitch)

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