エルフが街にやってきた! 9
無事に携帯端末を購入し、四人はまたまた連れだってメイドカフェに向かった。
麻奈のアルバイト先である。
事前に彼女が話を通してくれたため、まずは見学という運びになったのだ。
そして扉を開けると、そこは異世界だった。
やたらとラブリーな内装と、それにマッチした音楽。
ふりふりのメイドコスチュームで動き回るウェイトレスたち。
「私の知っているカフェーとは、だいぶ違うな」
なんだか呆れたように見まわすウパシノンノ。
彼女の常識にてらせば、女給というのは猫耳を装備したりはしていなかったはずだ。
客への媚びっぷりも、どちらかというと風俗か水商売みたいである。
「ようするにイメージクラブの延長線か」
ふむと頷く。
バブル崩壊後の一九九〇年代初頭から登場した風俗業。
性的ロールプレイングといって、ある職業になりきって接客したり、普段とは異なるシチュエーションを楽しむ遊びだ。
「そんないかがわしい店じゃないですよ! のんのん先輩!」
麻奈が憤慨する。
彼女の働いているメイドカフェ『ぴゅあにゃん』は、けっして性風俗を扱う店ではなく、れっきとした飲食店である。
法的にも風俗営業にあたる接待行為はしていない。
具体的には、客の口元まで匙を運んであーんとかしてあげたら、接待とみなされるため、風俗営業の届け出が必要となる。
入口できゃいきゃい騒いでいる四人に、メイドさんが近づいてきた。
「おかえりなさいませご主人様。おかえりなさいませお嬢さ……ま……?」
定型通りの挨拶。
その途中で硬直する。
ぷるぷるとウパシノンノを指さしたりして。
接客業としてはどうなんだって態度である。
「ななななんでいるのーっ!?」
メイドさんの絶叫が木霊した。
迷惑な話である。
「それはこちらの台詞だな。そなたの縄張りは愛知県の方ではなかったか? 領地替えしたのか?」
苦笑するウパシノンノ。
どうやらこの二人、知己らしい。
悠人としては、もう悪い予感しかしない。
なにしろ彼はウパシノンノが人間でないことを知っている。そしてどうやらこのメイドさんも知っているらしい。
ということは、この人もまた人間ではないということだ。
けっこう混じってるって本当だったんだなぁ。
どうでもいい感慨を抱いちゃう。
「のどか店長? どうしたんですか?」
小首をかしげる麻奈。
どちらかといえば、これが普通の反応だ。
慣れちゃった悠人が異常なのである。
「あ、や。まなまな。昔の知り合いっていうか。なんていうか。とにかくこっちにきてっ」
ホールにいるスタッフに声をかけ、休憩室へと引っ張っていく。
おもにウパシノンノを。
なんとなく流れで、他三名も続く。
「その耳、出していてバレないのか? 他の者は作り物をつけているようだが」
「しゃべんなっ だまってろっ ちゃんと説明すっからっ」
「…………」
「なんで黙り込むのよ!」
「そなたが黙れと言ったのではないか」
「返事はしてもいいのよっ!」
心温まる会話に、後続の三人が苦笑を浮かべた。
「まず前提として、私の正体を語る必要があるだろうな」
休憩室の椅子に腰を降ろし、ウパシノンノが口を開いた。
「いいのかい? のんのん」
心配そうな表情の悠人。
エルフであることが知れてしまえば、どんなトラブルが起きるか判らないのだ。
「良い。親しい者に隠し続けるというのも、案外しんどいものがあるしな。麻奈。竜弥。できれば他言無用に願いたいのだが」
そういって髪を掻き上げるウパシノンノ。
「私はエルフなのだ」
言霊が届いた瞬間、竜弥も麻奈もエルフの長い耳を認識した。
それはファンタジー作品で語られる、美しき森の妖精そのままに。
声もなく見入る二人。
「そして、わたしも人間じゃないんだよねぇ」
メイドさんが笑う。
麻奈に、のどか店長と呼ばれていた女性だ。
ウパシノンノにおさおさ劣らぬほど美しい。
染めていない黒髪と不思議な光沢をもった緑がかった黒い瞳。肌は健康的に白く、スタイルもスレンダーなウパシノンノよりずっと女性的だ。
「仙狸という。タヌキという字を書くが、これは山猫という意味だ」
中国の妖怪であるとウパシノンノが説明する。
美男や美女の姿をとって人間の精を吸い取るが、べつに悪い妖怪というわけでもない。
日本における猫又の原型になったらしい。
「じゃあその耳、本物なんですか? のどか店長」
麻奈の質問にメイドが頷く。
なにしろこの店には猫耳メイドしかいないので、それが本物か偽物かなどと考えたこともなかった。
むしろ、当然のように作り物だと思っていた。
「思いこみっておそろしいねぇ」
くすくすと笑う。
「そもそも、そなたの名は閑ではなかったか? なんでそんな名乗りをしているのだ?」
口を挟むウパシノンノ。
「フルネームは長閑。日本語っぽくのどかにしただけよ。あんただって名前を変えてるでしょ」
「私はウパシノンノと名乗っている」
「原型とどめてないじゃない」
「けっこう気に入っているので問題ない」
「あんたが良いなら良いんだけどさ……」
肩をすくめる仙狸。
神でも妖怪でもいいが、名前というのは非常に重要な意味を持つ。
ほいほいと変えて良いものではないし、偽名を使うにしても原型から遠く離れないように気を使うものだ。
「一昨年くらいまで出入りしていたアステカの蛇神もカトルって名乗ってたしね」
「そんなのまできているのか。やはり都会は面白いな」
「しばらく姿も見てないし。どこでどうしているのやら」
「それよ。そなただってなんで東京にいるのだ? 愛知を根城にしていたはずではなかったか?」
「人が多いからね。路地裏で春を売るより、こっちの方が効率よく精を集められるのさ」
大胆な発言に高校生たちが顔を赤くする。
未成年の前で、なんてことを言うのだ。
「その後の展開があるように振る舞うことで、よりリビドーは高まるってね。だからうちの店は過剰なサービスはしないんだよ。仲良くなったらもっとサービスしてくれるかも。付き合ってくれるかもって思わせるのが神髄さ」
阿漕なことを言っているが、水商売とはそういうものである。
どぎつい例をだせば、いちど寝てしまったら客は満足して、もう足を運ばなくなってしまう。
気のある素振りを続けることで、いつまでも通わせなくてはならないのだ。
「ふむ。ちらりずむというやつだな」
「まったくかすりもしてないよ。ウパシノンノ」
「細かいことは良い。それよりのどかよ。私を雇ってくれ」
「はい?」
エルフの論理展開についてゆけず、仙狸の頭上に疑問符が浮かんだ。
なるべく縄張りが重ならないようにするのが常識ではないか。
「生活費と学費を稼がねばならんのでな。割の良いアルバイトを探している」
「学費て……」
「高校生をやってみることにした」
「おこがましいわっ あんたいくつだよっ! わたしより年上でしょうが!! はるかに!!」
六千歳の女子高生。
二千五百歳ほどのメイド。
どちらが罪深いか、たぶん答えは誰も知らない。
「ダメか?」
「べつに良いけどさ。あんたほどの美貌なら客受けも良いだろうし。まなまなの紹介でもあるし」
「良かった。そなたの恥ずかしい過去を使って脅迫せずに済んだ」
笑いながら怖ろしいことを言うウパシノンノだった。
「その恥ずかしい過去とやらはブーメランになるぞ。あんたの嬌態をわたしが忘れたと思うなよ」
半眼を向けるのどか。
「な、なにがあったんだ……」
「やめろ大石。聞かない方が身のためだ」
男子高校生たちがぼそぼそいっている。
おそらく、疑いなく、ろくでもない過去に違いないのだから。