エルフが街にやってきた! 8
女性が辱められるシーンがあります。ご注意ください。
放課後である。
ウパシノンノ、悠人、竜弥、麻奈の四名は、連れだって秋葉原の街を歩いていた。
主目的はウパシノンノの携帯端末を買うこと。
「ついでに、アルバイトも探そうと思うのだ」
生活密着型のエルフが言った。
まあ、仕送りとかをもらえる身ではないので、食い扶持は自分で稼がなくてはいけない。
悠人としては、甲斐性の無さに身の縮む思いである。
ウパシノンノをめとったところで、彼自身は一円の稼ぎもないのだ。
「のんのん先輩はどんな仕事がしたいんですか?」
「都会の仕事は、どれも面白そうだからな。迷ってしまう」
「だったらメイドやりませんか? あたしと一緒に」
「ほほう。雑役か」
麻奈との会話を楽しみながら、形の良い下顎を撫でるウパシノンノ。
面白そうではある。
住み込みとなると学校に行く時間がなくなってしまうが、放課後の数時間だけでも雇ってもらえるものだろうか。
「こうみえても家事労働はけっこう得意だぞ」
「のんのん。芦名澤さんのいうメイドは、メイドカフェのことだよ」
いちおう悠人が注釈を入れる。
メイドの格好をしたウェイトレスなのだ、と。
「ふむ? それは普通ではないか? ようするに女給だろう」
「これは説明が難しいっすねぇ」
ううむと竜弥が唸る。
女給というのは、明治末期から昭和にかけてカフェで働いていた女性たちのことを指す。
その当時のカフェとは、文化人たちが集うサロンのような場所であり、女給の仕事は配膳のみならずお酌や話し相手など多岐に渡った。
服装としては和服にエプロンという出で立ちだったり、英国風のメイド衣装だったり様々だ。
ようするに、現在のメイドカフェとほとんど変わらない。
「余談だが、水商売の女のことを夜の蝶というのは、エプロンを大きな蝶結びにしていたからだ。麻奈はずいぶんと大人な仕事をしているのだな」
「いやいや! ホステスとかじゃないんで!」
「ふむ。身は売らぬのだな」
「当たり前です!」
「なるほど。ならばそれをやってもいいか? 悠人」
「なんで高槻くんに訊くんです? のんのん先輩」
「いちおう、これとは結婚の約束をしているからな。気を使ったのだ」
さりげない爆弾発言である。
竜弥と麻奈が混乱の舞を踊る。
よく踊る人々だ。
「ゆゆゆゆ悠人!」
「たたたた高槻くん!」
「口約束だけだよ。僕がちゃんとした大人になったら、きちんとプロポーズするつもりだけどさ」
このときばかりは照れもせず、堂々とした態度で悠人が答えた。
本音だから。
「のんのんがやってみたいというなら僕は止めないよ。ただ、節度をまもってさえくれれば」
「承知した。尻を撫でられても殺してはいけない、ということだな」
「もうちょっと穏便な手段でおなしゃす」
「うむ。死なない程度に痛めつけよう。そのような次第で、そなたらは少し下がっているが良い」
両手を広げるウパシノンノ。
足を止め。
視線の先には、五、六人の男が立っていた。
「先ほどぶりだな。自慰娘。そやつらはそなたのセックスフレンドか?」
薄ら笑いを浮かべ、ウパシノンノが話しかける。
金髪やピアスの男どもと相対していても、眉ひとつ動かさない。
中にはナイフを持っている者までいるというのに。
「ふざけやがって……」
男たちの中心部で、はるかが吐き捨てる。
「べつにふざけてなどいない。事実として、そなたはそこの全員と肉体関係を持っているではないか」
「なっ!?」
「私の目から逃れることはできんと教えたばかりなのに、そなたは健忘症か? もう忘れたのか?」
青ざめる女子高生を、むしろ哀れむように見つめる。
「私をぼろぼろにしてしまえと依頼したようだが、人生を投げるにはまだ早いと思うぞ? この国は前科者に優しくはないからな」
煽る煽る。
かっとした男どもが一斉に襲いかかった。
「悠人。110番通報を。あと念のため救急車も呼んでやった方がよかろう」
どこ吹く風で振り返る。
「のんのん! 前!」
あまりの暢気さに、悠人の声はヨーデルになりかけた。
くすりと笑うウパシノンノ。
「問題ない」
次の瞬間、景気の良い音が鳴り響く。
連鎖して。
そして音の数と同数の男どもがアスファルトとキスをした。
涙と鼻水を垂れ流しながら、無様な悲鳴をあげて転げ回る。
一瞬の出来事だった。
悠人たち三人が状況を認識したのは、ウパシノンノが振り上げていた足をゆっくりと降ろしたときである。
「のんのん……」
「サバット。フランスの格闘技だな。殺さないよう、私が使える技の中で一番弱いものを選んだ」
呻吟する男どもに冷然と見おろす。
「折ったのは脛だ。三ヶ月もすれば歩けるようになるだろう。だが、次はこの程度では済まさん。良く憶えておくことだ」
言い捨てて女子高生へと歩を進める。
ゆっくりと。
だが力強い歩調で。
「ヒィッ!?」
ぺたんと尻餅をつき、その姿勢のままずりずりと後ずさるはるか。
「私は相互主義者でな。小娘。礼儀には礼儀を返すことをモットーとしている。つまり、陰湿さには陰湿さで返すし、暴力には暴力で返す。この意味が判るな?」
近づきながらの言葉。
真冬の北海道を吹き抜ける風よりも冷たく。
壊れた人形のようにかくかくと頷く娘。
アンモニア臭が漂い始める。
恐怖のあまり、はるかが失禁したのだ。
「ふむ。撮っておくか」
ごそごそと鞄を漁り、ウパシノンノが取り出したのは使い捨てカメラだった。
ぱしゃぱしゃとあられもない姿を撮影する。
「次は、これをばらまこう。この意味も判るな?」
出来損ないのオートマタが頷く。
「ならば良い。互いに余計なトラブルは避けようではないか」
にっこりと笑って振り返る。
もう、呆然とした様子の三人が、馬鹿みたいに口を開けて突っ立っていた。
「待たせたな。済んだぞ」
「のんのん!」
「のんのんさん!」
「のんのん先輩!」
駆け寄ってくる。
「悠人。救急車は?」
「あ、忘れてた」
あまりの手際の鮮やかさに、見入ってしまっていた。
「まあ良い。手は動くのだから、自分で何とかするだろう」
あっさりと切り捨てて歩き出す。
本日のミッションは、まだ全然終わっていないのだ。
「それにしても強いっすね。のんのんさん」
感心したように言う竜弥。
「私の使う四十八の格闘技のうちのひとつだ。サバットという。フランスあたりが原産だな」
「四十八種類も極めてるんですか!?」
「言葉のあやだ。殺人技は四十八と昔から決まっているだろう?」
またもや謎の発言である。
麻奈は当然として、悠人や竜弥まで首をかしげている。
「判らんなら良い」
ちょっとだけ寂しそうなエルフであった。
ともあれ、格闘技を極めること自体、ウパシノンノにとっては難しくもなんともない。
五十年六十年という長い時間をかけた修行も、数千年を生きる彼女にはちょっとしたロールプレイングゲームを二、三日かけてクリアするような感覚に過ぎないのだ。
まして人間よりもずっとずっと運動神経の良いエルフである。
「一番得意なのは弓術だがな。格闘技は汗を掻くから好かんよ」
ひどい言い様だ。
全国の格闘家の方々に謝罪するべきだろう。
「ただ、そなたらの顔も憶えられたかもしれんからな。しばらくは私と行動を共にしたほうが良かろう。巻き込んでしまって申し訳ない」
「いえいえ! のんのん先輩の勇姿がみれて嬉しいです!」
なぜか麻奈がウパシノンノの腕に絡みつく。
恋する乙女の表情で。
「あー これあかんやつや」
「うん。僕もそう思うよ。奇遇だね」
後ろの方で、少年たちがぼそぼそと会話していた。