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東京エルフ!  作者: 南野 雪花
エルフが街にやってきた!
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エルフが街にやってきた! 7

女性が辱められるシーンがあります。

ご注意ください。


「名乗ってるってことは、本名は違うんすか?」

 高校生たちが落ち着きをとりもどし、あらためて食事タイムとなった教室で、竜弥が訊ねる。

 ウパシノンノと悠人はのり弁。竜弥の食事は母親手作りの弁当だ。

「その卵焼きはうまそうだな。私の柴漬けと交換せぬか?」

「はい! 喜んで!」

 あきらかに等価交換じゃない取引により、ウパシノンノののり弁はどんどん豪勢になってゆく。

「で、名前の話であったか。べつに偽名というわけではない。私の名は、にん……ニホンジンには発音しづらいのでな。こちらに移住してきたときに貰った名を通り名として登録したのだ」

 人間、といおうとして、さすがに言い直す。

 ちなみに通り名、通名(つうめい)制度というのは、在日外国人などが本名とはべつにもつ名前で、ちゃんと法的な効力を持つ。

 ただ、ウパシノンノの場合は、ちゃんと日本人としての戸籍を持っているので、通名ではなく通称だ。

 芸名やペンネームなどと同じである。

「日本人としての和名は神衣雪華(かむい ゆきか)だ。とはいえ、ウパシノンノという響きの方が気に入っている」

 竜弥から奪った卵焼きをもぐもぐと食べながら解説する。

「そっちはどういう意味なの? 響きからしてアイヌ語っぽいけど」

 悠人の質問である。

 彼ののり弁はノーマルタイプだ。

「ウパシは雪。ノンノは花だな。アイヌ語であっている」

 白く閉ざされた極北の大地に凛と咲く一輪の花。

 なんとなく想像してしまう悠人だった。

 彼だけでなく、竜弥や他のクラスメイトもぼーっとしている。

 あるいは同じビジョンを見ているのかもしれない。

「ところでな。悠人、竜弥。そなたらに頼みがあるのだが」

「あ、うん」

「はい喜んで!」

 ウパシノンノの頼みを断るはずがあろうか。いや、ない。

 反語まで作っちゃう竜弥だったが、そもそも彼女はまだ何も言っていない。

「携帯端末が欲しいのだ。今朝からLINEを交換しようと幾人にも言われているのだが、私はこれしか持っていないゆえな」

 ことりと机に何かを置く。

 見たこともない機械だった。

 小さな小さなスクリーンのついた直方体。

「ナニコレ?」

 首をかしげる悠人。

ポケットベル(ポケベル)だ」

「ナニソレ?」

 悠人とは反対方向に、竜弥が首をかしげた。

 まさに、みたこともきいたこともないというやつだ。

「構造などを説明するのは面倒なので割愛するが、ようするに二世代前くらいの通信機器だな。一九九〇年代はこれが主流だった」

「ふえええっ」

 驚いたように、悠人が手に取る。

 彼が生まれるより前の話ではあるが、ものすごい大昔というわけでもない。

 一九九七年に発表された女性アイドルグループの歌の中にも登場するくらい、当時の女子高生たちにとって、なくてはならないアイテムだった。

 一九九三年の曲などでは不倫のためのアイテムとして扱われている。

 個人にメッセージを送ることができる、というのが、目的に添っていたのだろう。

 後期型になれば文字を送ることもできたが、ほとんどは数字のみ。

 この組み合わせに思いを込めた。

「14106で愛している。などだな」

「え? 意味がわかんないんすけど。暗号すか?」

「語呂合わせだ。1をアイと読み、4はシ。106というのは電話、つまりテルだな」

「く……くだらねぇ……」

 悶絶する竜弥。

「しかし、二十年前には当たり前だった。技術の進歩というのはすごいな」

「だね。僕たちがいま使っているものだって、二十年経ったら時代遅れになっているんだろうね」

 感慨深げに頷く悠人であった。

 歴史の生き証人ともいえる人と一緒にいると、なんとなくそんなことを考えてしまう。

「できればそなたらだけでなく、女性にもきてほしいのだがな。男の見立てでは不安なのだ」

「え? なんで?」

「おしゃれなものが欲しいからな」

 簡にして要を得た答えだった。

 一言もなく引き下がる悠人と竜弥。

 自分がお洒落だとは思えない二人なのである。

 といっても女子生徒の友達もいない。

 彼女いない連合の名は伊達ではないのだ。

 互いの瞳の中に、情けない自分の顔を見出して意気消沈するのみである。

 やれやれと肩をすくめたウパシノンノが教室を見渡す。

 名乗り出てくれるものがいないかと。

 が、興味はあれど勇気はないといった風情で、誰も手を挙げようとはしない。

 やはりだめか。どうにも日本人というのは引っ込み思案(シャイ)なものが多いな。

 と、ため息を吐くエルフ。

 自分の教室でも誘ってはみたのだ。

 しかし、積極的に仲良くしてくれるものは存在しなかった。

 敬して遠ざけるという言葉通りに。

「あ、あの……先輩」

 気まずい沈黙を破って、ひとりの女子生徒が進み出る。

 ボブカットに切りそろえた黒髪と同色の瞳。小柄な身体。

芦名澤麻奈(あしなざわ まな)であったな。たしか」

「憶えてくれてたんですかっ!?」

「異な事を言う。先ほど名乗ったばかりではないか。一時間も経たんのに忘れるほど耄碌(もーろく)してはいないぞ」

「あ、いえ……そういう意味ではなく……」

 ごにょごにょと口ごもる麻奈。

 一言二言言葉を交わしただけで完全に顔と名前を一致させてしまうウパシノンノの記憶力の方に驚いたのだ。

「そなたが買い物に付き合ってくれるのか?」

「はい。あたしでよければ」

「そうか。そなたに百万の感謝を。よろしくな」

「はい! 先輩!」

「のんのん」

「はい。のんのん先輩」

 訂正され、なぜか頬を染める麻奈であった。




 教室に戻ると、鞄が消えていた。

 机にも落書きがあった。

「ふむ。いやがらせの一環か。なかなかに元気の良い輩がいるようだな」

 苦笑しながら周囲を見渡す。

 にやにや笑っている女子生徒の一団があった。

「恨みを買うほどの付き合いは、まだないはずなのだがな」

 内心に呟くが、転校初日に授業をサボったり校外に外出なんかしたら、目立つに決まっている。

 ましてこれほどの美人だ。

 出る杭は打たれちゃうのが世の常というものだろう。

幹本(みきもと)はるか。そなたが手下に命じて窓の外に捨てさせた鞄を取ってくるが良い。それで今回だけは不問に付してやろう」

 冷然と命じる。

 ざわりと教室がざわめいた。

 クラスカーストの頂点に君臨する人間に対して、転校生が取るような態度ではない。

 が、それ以上に、まるで犯行現場を見ていたような口ぶりに驚いたのである。

「あたしがやったって証拠でもあんのかい!」

「空気と水のある場所で私の()から逃れられると思っているのか。度しがたいにもほどがあるな」

 風と水の精霊は、彼女にとってごく親しい友人だ。

 真空中にでも行かない限り、風の精霊(シルフ)はすべて見ている。

 そしてそれを子細漏らさず報告してくれる。

 もちろん人間たちには判らないだろうが。

「なにをいって……」

「言葉の通りだ。私はそなたのすべてを知っている。もう三日も便秘していることも、そろそろ生理が始まりそうなのでやりだめとばかりに昨夜は三度も自慰行為をおこなったことも。ふむ? 今朝もしたのか。ずいぶんと絶倫だな。若さゆえか」

 耳元で笑いながら告げる精霊の声を、人間にも理解可能な言語に直してやる。

 酸欠の金魚のように女子生徒がぱくぱくと口を開閉する。

 事実無根だったから、ではない。

「しかし、泥棒は感心せんな。そなたが着服したサッカー部の男子生徒のシャープペンシルは、新しいものを買い直して返してやるべきだろう。自慰行為に使用された文房具を返されても困るだろうしな」

 目を白黒、顔色を赤青といった感じのはるか。

 教室でこんな恥を掻かされるとは、想像の限度を超えている。

「さて、まだ続けるか? もう少しつっこんだ話もできるが」

「て、てめえ……」

「さっさと私の鞄を拾ってくるが良い。二度と街を歩けなくされる前にな」

「くっ」

 教室を飛びだしてゆく。

 取り巻きが何人か後ろに続いた。

「……人間というものは、何百年経っても精神的にはあまり変わらんな」

 内心に呟き、肩をすくめるウパシノンノだった。


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