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東京エルフ!  作者: 南野 雪花
エルフが街にやってきた!
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エルフが街にやってきた! 6


 なんと、ウパシノンノが高校に通うことになった。

「せっかくだし、人間の学校に行ってみるのも悪くはない」

 とは、無理を通して道理を十光年も彼方に投げ捨ててしまったひとの台詞である。

 だいたい、終戦後のどさくさに紛れて作ったものから派生した戸籍しかもっていないくせに、どうやって転入の手続きをしたのやら。

「てゆうか、ホントにどうやったんだよ」

「そなたが通っているのが公立の学校で良かった。私立だと私のコネクションはあまり役に立たないからな」

「普通逆じゃない?」

「役人の方が、上の命令には忠実だということだよ」

 皮肉っぽく唇を歪めるエルフ。

 朝の通学路。

 並んで歩く二人。

 端正すぎる容姿のウパシノンノには、野暮ったい都立高校の制服はびっくりするほど似合っていなかった。

 そもそも耳がおかしい。

 制服とエルフ耳という取り合わせは、もう、違和感しかない。

 これに気付くのは彼女がエルフだと知っている悠人だけなのだが。

「で、結局なにをしたのさ」

「上位官庁に働きかけた。具体的には内閣府だな」

「はい?」

 思わず間の抜けた声を、少年が口走らせる。

 ウパシノンノは、内閣に知人がいるということだろうか。

 壮絶すぎて理解が追いつかない。

「聞くのが怖いんだけど……」

「べつに怖がる類の話ではない。ごく個人的な知人がいるだけだ」

 政府高官と交友のあるエルフ。

「途方もないと思うんだけど?」

「政治的な要求をできる間柄ではないよ。せいぜい、か弱い女の子が高校に転入するのをバックアップできる程度だ」

 誰がか弱くて、誰が女の子なのか、という質問を悠人はしなかった。

 命が惜しいですから!

「ちなみに知人ってのは僕も知ってる政治家だったりするの?」

 訊いたのは別のことである。

「さあ? 私は政治には興味がないからな。新山鉦辰(にいやま かねとき)という男だ」

 ぶふおっ! と、悠人が噴き出す。

「そそそそそそっ!?」

「なんだそれは? 創作ダンスか?」

 動揺の舞を眺めながら、ウパシノンノが首をかしげた。

 ちなみに創作ダンスとは三、四十年くらい前の高校などで女子学生がやらされていた奇妙な踊りのことである。

「総理大臣じゃないですかやだーっ!!」

 もちろん悠人は、ウパシノンノの謎知識に突っ込む余裕などなかった。

 内閣総理大臣、新山鉦辰。

 小学生でも知っている名前だ。

 その政治手腕は凄まじいの一言に尽き、超大国であるアメリカやロシアの大統領ですら、用があるときには呼びつけることもせず、わざわざアジアの小国まで足を運ぶという。

「なんでそんな人と知り合いなの!?」

「たいした話ではない。彼がまだ少年だった頃に知り合い、幾度かしとね(・・・)をともにしただけだ」

「ぐ……」

 驚愕から一転、胸を押さえる悠人。

 大人とはいえない年齢の彼でも、ウパシノンノの言葉の意味を理解できないほど子供ではない。

 つまり、新山総理という人物は、かつてウパシノンノと男女の関係にあったということである。

 エルフの瞳に後悔の色が浮かぶ。

 貞操(ていそう)観念の違いについて失念していた。

 人間は、恋人やパートナーに対する独占欲が非常に強い。ともすれば自分の所有物であると錯覚するほどに。

 独身時代のことだから、とか、自分と知り合う前のことだから、とかいって簡単に割り切れない。

 長い時を生きる中で、そういう価値観にも触れてきたはずなのに。

「すまなかったな。悠人」

 素直に頭を下げる。

「いいいいんだよ。のんのんっ 僕は処女厨じゃないしっ」

 ヨーデルになりかかった声で格好付けてみせる悠人。

 私の年齢(六千歳)で処女だったらそちらの方が怖い、と、ウパシノンノは言わなかった。

 口にしたのは別のことである。

「そなたが生きている限り、そなた以外の男には抱かれぬと誓おう。この世にあまねくすべての精霊に」

 通学路での誓約。

 ロマンチックなんだか散文的なんだか良く判らない状況だ。

 しかもけっこうなまぐさい。

「……生きている間だけなんだね」

「ああ。死者に操を立てるという習慣は、エルフにはないのでな。そこは勘弁するがよい」

 真面目くさったウパシノンノの顔。

「じゃあ、なるべく長生きしないと」

 わだかまりを解く笑みを、悠人が浮かべた。




 ちなみに、悠人とウパシノンノは学年が違う。

 年齢が違うためだが、もちろんそれは実年齢のことではない。

 実際の歳なら、なにしろ彼女は日本全国に存在するすべての高校生より年長なのだから。

 基準となったのは運転免許証である。

 これに生年月日が記載されているため、十八歳ということになっているのだ。

 まあ、嘘で塗り固めて造型したような経歴なので、どの学年に編入しようとたいした問題ではないのだが。

 長い夏休みがあけ、新学期。

 ウパシノンノを知るであろうクラスメイトは教室にいなかった。

 なんでも夏休みの間に、芸能人の多く通う学校に転校してしまったらしい。

 残念なような、ほんの少しだけほっとしたようなため息を悠人はついた。

 再会させてやりたいという思いと同時に、彼そっちのけで義姉妹が盛り上がってしまったら寂しいという思いがあるから。

 なかなかにめんどくさい少年なのである。

 そのめんどくさい少年が、男子生徒たちに取り囲まれていた。

 もちろん、ウパシノンノと一緒に登校したからだ。

 目立つなって方が無理というものだろう。

 朝のホームルームが始まるまでの短い間も、休み時間も、ひたすら質問攻めである。

 あの美人は誰だとか。

 どこで知りあったのかとか。

 まさかエルフだと答えるわけにもいかないし、よくある学園ものの作品のように親戚だと答えることもできない。

 なかでもしつこかったのは大石(おおいし)という級友である。

 元々けっこう仲が良くて遠慮のない間柄。

 だからこそ裏切られたと思ったのかもしれない。

「俺はショックだよ! お前だけは仲間だと思っていたのに!」

「なんの仲間だよ……」

「彼女いない連合」

「いつそんな連合が設立されたのさ」

 苦笑する悠人。

 これで済んでいるのは、なんというか勝者の余裕というものだろう。

 その余裕が吹き飛んだのは、昼休みに突入したのと同時だった。

「悠人。エサを持ってきた」

 教室の入口にウパシノンノが現れたのである。

 学生食堂(がくしょく)にでも案内しようと思っていた悠人としては、機先を制された格好だ。

「て、ほか弁……」

「うむ。やはり都会はいいな。ちょっと歩けば美味そうなものが買える」

「また無駄遣いして……」

「無駄遣いではない。フェア中だったので、のり弁が二百九十円だった」

 それはたしかに安いが、まだ昼休みは始まったばかり。

 すぐに手渡されるような商品ではない上に、セール中なら混み合っているだろう。

 いつ買ってきたのだ。この自由エルフは。

「むろん、四限を抜けて買ってきたのだ」

 なにが無論なのかという問いを、悠人は発しなかった。

 だって無駄だもの!

 ざわつく教室。

 寸劇のような掛け合いもさることながら、上級生でしかも超絶美人の外国人があらわれたら、たいていはこうなってしまう。

「机を借りて良いだろうか」

「は、はひぃ!」

 ウパシノンノの声をかけられた悠人の前の席の生徒が、飛びあがるような勢いで席を空けてくれる。

「そなたに感謝を」

 あげく笑顔を向けられ、茹でダコみたいに真っ赤っかになっていた。

 気持ちは判る、と、内心で肩をすくめる悠人だった。

 くっつけられる机。

 なぜか三つ。

「……大石?」

 ものすげー自然な動作で混じっている男に半眼を向けてやる。

「大石竜弥(りゅうや)です。どうぞよろしく」

 しれっと自己紹介したりして。

「ふむ。先祖は赤穂浪士(あこうろうし)か?」

「よくいわれます」

 無駄に爽やかな笑顔。

 言われているところなんか一度も見たことないぞ、と、悠人は内心で突っ込んだ。

 そもそも赤穂浪士ってなんだ?

「私はウパシノンノと名乗っている。親しみを込めて、のんのんとでも呼んでくれれば良い」

 差し出された右手。

 制服のズボンで何度も手を拭ってから、大石少年が握りかえした。

 しかも両手で。

「これから、よろしくな。竜弥」

 嫌がりもせず、にっこりと笑いかけるエルフ。

 すばらしい営業スマイルだった。

 教室が騒然となる。

 クラスメイトが押し寄せ、次から次へと名乗り、手が差し出される。

 アイドルの握手会かよってレベルだ。

 あまりの騒ぎに目を丸くしたウパシノンノ。

 やがて辟易したように一言。

「おちつけ。そなたら」

 良く通る声での一喝だ。

 すっと波が引くように教室が落ち着いてゆく。



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