エルフ舞う! 10
さらに珍客の来訪は続く。
「高槻くんに大石くん。浮気相手を正妻の店に連れてくるのは、どうかと思うよ?」
開口一番、麻奈がひどいことを言った。
なにしろ『ぴゅあにゃん』を訪れた悠人と竜弥は、女性を伴っていたから。
じつは、ひとりは麻奈もよく知っている相手である。
夏休み前までは同級生だった少女だ。
「ひさしぶり。私がお義兄様と浮気とか、洒落にならない発言はやめてくれるとありがたいわ。姉様に会いに来ただけよ」
苦笑しながらの挨拶。
もう一方は知らない顔だが、かなりの美少女である。
上背こそ低いものの、トランジスタグラマーとでもいうのか、出るところはちゃんと出ている。
「のんのんいる?」
なんということでしょう。
男どもは、オマケというか案内役というか、ただのダシであった。
「僕の扱いが悪すぎる……」
「悠人で扱いが悪いなら、一人で案内するのが嫌だからってだけで呼び出された俺の立場は、どうなるんですかねぇ」
ダシと、巻き込まれたダシですらない何かがぼそぼそと会話を交わす。
むろん一顧だにされなかった。
「なんとも珍しい取り合わせだな」
ヴィラニカたちの接客を他のメイドに任せ、苦笑しながらウパシノンノが歩み寄ってきた。
「私は舞台が終わった報告に」
「あたいは今回の件で報酬がけっこうもらえたから東京観光に」
ウパシノンノに何度も連絡を取ろうとしたのに、一向に繋がらないため、仕方なく、やむを得ず、他に手段がないため悠人に連絡したという次第であった。
「しくしくしく……」
「悠人ー 強く生きるんだー このひろいせかいー」
海底に沈んでゆくマリンスノーのような友人に、変な抑揚を付けて歌いかけてやる竜弥狐であった。
ものすごくどうでもいい。
「そもそも、仕事中に私用電話をできるわけがなかろう。少しは考えぬか。ドワーフ娘はともかくとして、ピリカアトゥイまで」
呆れたように言うエルフ娘だった。
妙なところで物堅いのだ。
ともあれ、ティナは休暇を楽しむため、半月ほど東京に滞在することになった。相方の方は飲食店を経営しているので、そういうわけにはいかずに沖縄へ帰還した。
「それは良いのだが、そなたらは新婚であろう? 半月も離れていて平気なのか?」
「見聞を広めてこいってさ。優しいんだぁ。武士は」
くねくねと身をよじらすティナ。
熱々でけっこうなことである。
「ただ、東京は魔都らしいから、なるべくのんのんと一緒に行動するようにって」
「なんということだ。私に選択権はないのか」
「しゃーないやん? あたい東京で頼れるのはのんのんだけだし」
「ドワーフがエルフを頼るとか……」
新機軸すぎて泣けてくる。
「そもそも、私は平日は学校と仕事があるのだ。あまりそなたと遊んでやる時間はないぞ?」
「うん。だからあたいもここで雇ってよ。短期バイトで」
「あのなぁ……」
頭を抱えるウパシノンノだった。
彼女もまた雇われ人のひとりにすぎず、従業員の採用権をもっているわけではない。
頭が痛くなってきた。
そしてエルフの頭痛は、まだ治まらない。
ティアの話が一段落したと思ったのか、義妹が加わる。
「さっきも言いましたが、私も舞台が終わったので挨拶と、ようやく少し時間が取れるようになったので、姉様との時間を増やしたいと思って」
「もちろん、ピリカアトゥイに向けて閉ざすドアを私はもっていない。ともに過ごすのに吝かではないのだが」
先に語ったように、仕事と学校があるのだ。
もちろん悠人との時間だって大切にしたい。
ウパシノンノ自身が自由にできる時間というのは限られている。
「ええ。だから私も雇ってもらえると嬉しいかな、と。短期バイトで」
「ピリカアトゥイ……そなたもか……」
ブルータスに裏切られたジュリアス・シーザーよろしく、天を振り仰ぐエルフだった。
室内なので空は見えない。
「ま、良いんじゃない?」
あっさり決めちゃうのどか。
さすが仙狸さま。即断即決である。
「良いのか?」
「一時的にせよ戦力が増えるのはありがたいさね。トランジスタグラマーなティナと、あんたの義妹は芸能人なんだろ? 客が増えるってね」
客が増えるということは、当然のようにリビドーだって貯まる。
『ぴゅあにゃん』で働く人外メイドにとっても、それは望むところである。
「まだ卵ですけど」
やや照れくさそうにするピリカアトゥイ。
テレビなどに、そんなに露出しているわけではない。
ついこの前、初舞台を踏んだばかりだ。
卵というのは言いすぎとしても、まだまだ卵の殻をおしりにつけたひよこみたいなもんだ。
それでも、のどかの芸能人という一言は効果抜群だったようで、客席にざわめきが広がってゆく。
そりゃそうだろう。
将来は大物女優になるかもしれない少女に、ご主人さまと呼んでもらえる。
滾るってもんですよ。
男とは、ネームバリューに弱い生き物である。
高まってゆくリビドー。
「くふ」
のどかが色っぽく目を細める。
これだ。
こうでなくては。
「ごめんなさい竜弥くん。これは浮気じゃないの。浮気じゃないけど身体が求めちゃうの」
謎のセリフを吐きながら、身体をくねらせる蜜音。
ちらりとウパシノンノとピリカアトゥイが視線を交わす。
客席に右手を伸ばして一言。
『おちつけ。そなたら』
義姉妹の声が、ぴったりとユニゾンした。
す、と波が引くように、店内が落ち着いてゆく。
なにやってんだって話である。
「なんの騒ぎ……というか、なんの落ち着きなんだ? これは」
店内に入った香上が目撃したのは、ウパシノンノとピリカアトゥイの一喝によって、謎の落ち着きを取り戻した『ぴゅあにゃん』という惨状だった。
「あらユキさん久しぶり……て、ずいぶんいい男になったじゃない」
くすくすと笑うのどか。
香上の顔は、大昔のコントみたいに目の回りに青あざができ、唇のよこには絆創膏が貼られた、惨憺たるありさまだった。
「三回の口論と、一回の殴り合いの結果だよ」
肩をすくめる中年男。
「いい歳こいて何やってんだい?」
「花嫁を得るというのは修羅の道だったようだ。不惑に入って初めて知ったよ。俺は」
だからみんな若いうちに結婚するんだなと笑う。
歳を取ると、殴り合いとかちょーしんどい。
たぶん、そういう話では、まったくまったくないはずだ。
「ともあれ筋は通したさ」
笑っているおっさんの背後から、ぴょこんと少女が顔を出す。
「夜虎? なんで?」
「はずかしながら、かえってまいりました」
照れくさそうに。
「古いねぇ」
太平洋戦争でグァムに派遣され、終戦を知らないまま、ジャングルの中で生活し、一九七二に日本に帰還した故横井庄一氏の発言と言われている。
生きて故郷の土を踏まずという決意のもと、二十八年間の孤独な戦いを生き抜き抜いた男だ。
ともあれ、いまは香上の話である。
なんとこの中年男は、帰郷するユーワーキーに同行し、その足で両親に結婚の許可を求めたという。
お嬢さんを僕にくださいってやつだ。
父親は、当然のように怒り狂った。
当たり前である、東京に仕事を探しに行ったはずの娘が、男を連れて戻ってきた。
これで気分は上々って父親は、たぶん山にこもって聖人か仙人にでもなった方が良いだろう。
ちなみに夜虎の故郷は山奥である。
仙人にはなれなかった父親と香上は、三回にわたる口論と、とっくみあいの大げんかの末、ついにおっさんは生涯の伴侶をゲットした。
「殴られても蹴られても投げ飛ばされても起きあがって向かっていくユキさんに、父さんも感心したの」
頬を染めるユーワーキーの少女。
自分のため、ぼろぼろになりながらも戦う男の姿は、かなり心に響いたらしい。
「なんとか許可をもらえたが、東京は物騒だしな。また前のような事件が起きないとも限らない。それでのどかさんに相談しようと思って」
「OK。夜虎のことは、うちで面倒見るよ」
「えらく簡単に決めたな……」
「二人でも三人でも一緒さね」
右手の親指で奥のテーブル席を指す。
ティナやピリカアトゥイたちが談笑していた。
「よろしくおねがいしますっ」
ぺこりと頭をさげる夜虎。
「いいってことさ」
のどかが笑う。
ジグソーパズルのピースが、収まるべきところに収まるように。
愉快な仲間たちが集ってゆく。
「エルフ、異世界人、仙狸、篠崎狐、ユーワーキー、ドワーフ、仏法の守護者、そして鬼ですか。百鬼夜行ですね」
「俺を含めるんじゃねえ」
呟いた聖に玄真が半眼を向けた。
巻き込まれたくない。
心の底から、巻き込まれたくないのだ。
何か言い返そうとした白コートの青年の胸元で携帯端末か震える。
彼のものだけでなく、黒ずくめの男のものも。
同時に画面を確認し、ほぼ同時にため息を吐いた。
「まったく……」
「次から次へと……」
日本正常化委員会の残党が、なにやら別の組織と野合したらしい。
「え。なになに?」
興味津々。
伽羅が端末を覗き込む。
「へえ。またまた楽しそうなことが起きそうじゃない。退屈しなくていいね!」
笑ってる。
とてもその境地に至ることのできない黒と白が、やれやれと肩をすくめた。
「みんな! 面白い話があるよ!」
大きく手を振って、迦楼羅王が愉快な仲間たちを呼ぶ。
新たな物語の幕が、えらくにぎやかにあがってゆく。
最後までお付き合いくださり、まことにありがとうございます。
またいつか、文の間でお目にかかりましょう。
あらためて、
もちこさん、Swindさん、はらくろさん、弥生さん
之さん、夜虎さん、伽羅社長
それから、のどかさん
出演ありがとうございました!
そして読んでくださった方々に、
百万の感謝を!!




