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東京エルフ!  作者: 南野 雪花
エルフが街にやってきた!
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エルフが街にやってきた! 4


 平凡な高校生、高槻悠人は(よわい)十七にして配偶者を得た。

 しかもハリウッド女優すらかすんでしまうほどの超絶美女の。

 もちろん彼には断る権利があった。

 拒絶したとしても代償は、半日ほどの記憶の欠落だけ。

 リスクなどほとんどない。

 しかし彼は拒絶しなかった。

 するわけがなかった。

「だってエルフだよ? 奥さんはエルフ。やばいでしょっ!」

 むしろ小躍りして喜んだほどである。

「誰に語りかけているのだね? そなたは」

「さーせん。つい」

「私としてはそんなに簡単に承諾して良いものかと問いたいがな」

 ウパシノンノは苦笑している。

 彼女の持っている常識では、人間族というのはもっとずっと結婚には慎重なはずである。

 二つ返事でOKというのは、ずいぶんと向こう見ずだ。

「降る時の違いが、いずれ重くのしかかるとは考えなかったのか?」

 エルフと人間では寿命が違いすぎる。

 悠人が老衰死するような歳になっても、ウパシノンノは今の姿のままだ。

 人間の生などせいぜい百年程度。

 彼女らエルフにとっては一夜の夢と大差ない。

「考えなかったのかと聞かれれば、考えませんでした」

「おいおい」

「ではのんのんは、誰かを好きになったとき、相手の家柄や年齢を理由に諦めますか?」

「そういう水準の話ではないと思うのだがな」

「そういう次元の話ですって。僕たちはさっき知り合ったばかりですもん。お互いのことよく知らない。知らないってことは、これから知っていけばいいってことですよ」

「結婚から始まる恋愛もある、か。そなたは面白いな。悠人」

 微笑するエルフ。

 やはり人間は面白い。

 結婚のことをゴールインと呼んでみたり、人生の墓場と自嘲したり、今度は始まり(ビギニング)ときた。

「とはいえ、問題がないわけじゃないんですよ。僕まだ結婚できる年齢じゃないんですよね」

 この国の法律では、男性は満十八歳にならないと結婚できない。しかもその年齢は未成年のため、結婚には親権者の同意が必要になる。

「知っている。故に、私も東京に赴こうと思う。婚約者としてな。そなたの両親も説得せねばならぬだろうしな」

 やたらとウキウキしているように見えるウパシノンノ。

 恋人の両親に会うというのは、けっこう気が滅入るイベントではないだろうか。

「どうしてそんなに乗り気なんです?」

「普通に話せ。悠人。私とそなたは夫婦になるのだ」

「あ、うん」

「そりゃあ東京にいくのだからな。テレビもパソコン通信もないこんな村いやだーというやつだ」

「元ネタが判りません……」

 なんとこのエルフ、悠人の両親とのご対面より、東京観光に不等号が開くらしい。

「東京オリンピック以来だ。日韓ワールドカップの時は都合がつかなかったし、なかなかにたぎるな」

 前者は一九六四年。後者は二〇〇二年である。

 どちらも非常に大きなイベントだ。

 世界各国から観光客が訪れた。

 それは事実なのだが、

「エルフってさ。そういうミーハーなイベントには興味ないのかと思ったよ」

 大げさに肩をすくめる悠人だった。




「そういえばのんのんって、お金持ってるの?」

 先立つものがなくては旅行どころではない。

 エルフの郷で暮らす彼女に東京までの旅費を捻出できるか、そこが問題である。

 甲斐性のないことではあるが悠人の手持ち資金からは、さすがにもうひとり分の飛行機代とかは出てこないのだ。

「へそくりを使う。当座の生活費にも足りるはずだ」

 そういってベッドの下から箱を引っ張り出すウパシノンノ。

 蓋を開けると、運転免許証やら保険証やらに混じって札束が入っていた。

「日本国籍あるんだ……」

「ないと困るからな。終戦のどさくさに紛れて戸籍を作った。もちろん偽名のな」

「うわぁ……」

「書類さえきちんと整っていれば、役所はべつに疑わんよ。ただまあ、歳を取らないのは面倒でな。二十年に一度くらいの割合で、()に入れ替わっている」

 偽の出生届、偽の死亡届。

 偽の免許証に偽の国民健康保険証。

 なかなかに難儀な人生である。

 人間ではないが。

「それはいいとして、偽札はまずいんじゃないかな?」

「偽札ではない。日本銀行が発行した本物の金だ」

「見たことないんだけど……」

「二千円札だな。西暦二〇〇〇年を記念して発行されたのだが、まったく定着しなかったらしいぞ」

 ちなみに、二〇〇三年度以降は生産されていないし、製造元も当然のように大蔵省印刷局のものしか存在しない。

 現在の紙幣は、国立印刷所が生産したものだ。

「価値があがるかと思って買っておいたのだが、あがる気配も見せずに現在に至っている」

 百枚の束が三つ。

 六十万円分である。

 たしかにこれだけあれば、当座の生活費にはなるだろう。

 ただ、東京は家賃が高いという話なので、できれば悠人の家に住み着いてしまいところではある。

「いちおう十八歳ということになっているから、私は悠人より年上だな」

「ええ、まあ、はい。名実ともに?」

 実際の年の差は一歳どころではない。

「では寝るとしよう。そなたも疲れているだろうしな」

 そういってベッドを指し示すウパシノンノ。

「い、一緒にですかっ!?」

「なにか問題が?」

「僕は床でいいです……」

「なにを言っておるのだ。そなたは。そんな疲れきった身体で性交などできるわけがないだろう。余計なことを考えず目を閉じろ。すぐに眠りの沼に落ちる」

 どんと新郎を突き飛ばす新婦だった。

 ひどい初夜もあったものである。




 紆余曲折があり、現在ふたりは東京にいる。

「はしょりすぎじゃないですかねぇっ!」

「だから、そなたは誰に文句を言っているのだ?」

「うう。だってだって……」

 いろいろあったのだ。

 二千円札はそのままだと使いづらいので銀行で両替してもらったら変な顔をされたり、認識阻害は機械には効果がないらしく、空港の保安検査所でウパシノンノの弓矢が引っかかり一悶着があったり。

 けっこう波瀾万丈の冒険を経て、羽田空港に降り立ったのである。

 あと、すげー目立ってたし。

 そんじょそこらのアイドルなんて水準ではない美女を連れて歩いているのだ。

 婚約者として。

 行き交う男性たちから、悠人は殺人的な眼光を向けられっぱなしだった。

「まあ、それはそれで優越感もすごかったんだけどね」

 ミルクとガムシロップのたっぷり入ったコーヒーをすすりながら呟く少年。

 ファストフードの客たちが、改めて殺意を視線に込めてくれる。

 かゆいかゆい。

 耳に快し敗者の嘆ってやつだ。

 気分は藤原道長(ふじわらのみちなが)である。

「なにをしているのだか」

 やれやれとウパシノンノが肩をすくめた。

 人間族は大昔から外見というものにずいぶんと重きを置く。

「外面的な美など、いくらでも作れるものであろうにな」

 化粧でも美容整形手術でも、外見を変える方法は数多い。

 大切なのはそこではないだろう。

「超絶美女ののんのんが言っても、嫌味にしかならないよ? 外見より性格が大事とか」

 悠人の言葉に、店の客たちがうむうむと頷く。

 とくに女性陣が多いようだ。

 まあ、持たざる者の気持ちなど、しょせん持っている者には判らないのだ。

「性格の話などしていない。私が大切だといったのは身体の相性だ」

 ぶふぉっ! と、客たちが飲み物を噴き出した。

 もちろん悠人も。

 コーヒーが気管に入っちゃったよ!

「の、のんのん……」

 げへげへと咳き込みながら、ウパシノンノがこれ以上おかしなことを口走るのを止めようとする。

「離婚の原因の最たるものは性生活の不一致だしな。性交に喜びを見出せない夫婦生活は、控えめにいっても地獄であろうよ」

 間に合わなかった。

 言い切っちゃったよこのエルフ。

 頭を抱える悠人。

 ファストフード店のあちこちから咳き込む声が聞こえていた。


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