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東京エルフ!  作者: 南野 雪花
終章 エルフ舞う!
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エルフ舞う! 9


 ドアベルが鳴り、二人組の客が入ってくる。

「お帰りなさいませ。ご主人様……て、なんだ。オスカルではないか」

 応対したウパシノンノが相好(そうごう)を崩した。

 接客態度としてどうなんだって話である。

「お久しぶりです。ウパシノンノさん。オスカルはやめてくださいよ」

 ややたどたどしい日本語が帰ってきた。

「浅草いらいだな。息災であったか?」

 彼女の忠告に従い、どうやら現地の言葉を学び始めたらしいヴィラニカと、疲れた表情の耕治を席へと案内する。

 なんだかやたらと大荷物を抱えている。

 デート中に知己となった異世界人たちだ。

「まるで家出か夜逃げのようだな」

 おしぼりと水をテーブルに運びながら、エルフ娘が笑う。

「買い出しですよ」

 むっさい顔で応えるのは耕治だ。

 ドラッグストアのビニール袋には、青い缶が大量に詰め込まれていた。

 わりと有名なスキンケアクリームである。

「手荒れに良く効きます。我が国では神薬(しんやく)として重宝されていますよ。ウパシノンノさん」

 にこにこと笑いながら、ヴィラニカが説明した。

「中国人観光客か。そなたらは」

 日本の製品を爆買(ばくが)いする中国人観光客は、ドラッグストアなどにもよく出没して、逆むけに塗る液状絆創膏や、発熱時の冷却シートなどを大量に買いあさるという。

「いやいや。ほんとに効くんですって。高級化粧品とほとんど成分かわらないのに、このお値段ですし」

「いっそ王族をやめてセールスマンにでも転職したらどうだ?」

 和気藹々(わきあいあい)と馬鹿話で盛り上がりながら、注文をとってゆく。

 平和なことである。

 しかしその平和も、長くは続かなかった。

 ふたたびドアベルが鳴り、入ってきた男が、

「なんじゃあこりゃあ!?」

 と、叫び声をあげたからである。

 もう、撃たれた腹を押さえていないのが不思議なほどだ。

「今度は玄真か。今宵は千客万来(せんきゃくばんらい)だな。しかも珍客ばかりだ」

 ヴィラニカたちに挨拶し、応対に向かおうとするウパシノンノ。

 だが、彼女より前に他のメイドが動いていた。

『ぴゅあにゃん』で一番の美女である伽羅。

 彼女に接客してもらったら、その一週間は夢見心地ですごせるってくらいの人気メイドさんだ。

「お帰りなさいませ。ご主人さま」

 にこり。

「ひぃっ!?」

 しかし黒ずくめの男は、そういう境地には至ることができなかったようで、情けない悲鳴をあげた。

 そりゃあ、鬼が仏法の守護者に、にっこり微笑まれたら、どうなるかって話である。

「い、いえ……お、おかまいなく……」

 蛇に睨まれたカエルみたいに、だらっだらと汗を流す。

 どうやらエルフ娘の一党は神格を手に入れたらしいという情報をキャッチして偵察にきてみれば、藪をつついて出てきたのは鬼にとっては天敵ともいえる仏教系のカミサマだった。

 救いを求めるようにきょろきょろと視線をさまよわせる。

 目に映るのは、仙狸とかエルフとか篠崎狐とか異世界人とかだ。

 どうなってんだ。この世の中。

 一歩二歩と後退する。

 どんと背がぶつかった。

「なにをやってるんですか。玄真さん」

「ここにもおかしなのがいやがった……」

 自分のことをはるか遠くの棚に上げて呟いたりして。

 困ったような表情を浮かべる青年。

 年の頃なら二十代の前半。

 無造作に流した黒髪と涼やかな目元が印象的なイケメンである。

 これまた無造作に着こなした純白のサマーコートが、黒ずくめの玄真と見事なコントラストを奏でていた。

「ウホッ! いい男!」

 なにやら不穏当なことを伽羅が言ったが、とてもとても小さな声だったので、誰の可聴域にも入らなかった。

 さいわいなことに。

「素敵なご主人さま。おかえりなさいませ」

「定型句だと判っていても照れてしまいますね。聖といいます」

「伽羅です。可愛がってくださいね。聖さん」

 妖しく光る迦楼羅王の瞳。

 もちろん青年は気付かない。

 素直に席に案内されてゆく。

「ほら玄真さん。いきますよ」

 同僚を促しながら。

「任せます。いっさい任せます」

 天敵の狙いが逸れたことを確信し、さっさと事態を投げてしまう黒鬼さんであった。

「それで、ご主人さまはなにものなんですか?」

 聖の対面(といめん)に座り、伽羅が口を開く。

『ぴゅあにゃん』では着席しての接客はおこなっていない。

 健全営業なのである

 ただし、時と場合によったりもする。

 どうやら政府のエージェントらしき人外が相手だ。しっかりと存念を探っておかなくては、のちに禍根を残すかもしれない。

 玄真の素性をシルフから耳打ちされた伽羅は、踏み込むことにした。

 情報源はもちろんウパシノンノで、のどかも軽く頷いている。

「いまさら隠しても仕方ありませんので言ってしまいますね。私たちは新山総理の私設秘書です」

 あっさりと聖が白状するが、これは計算のうちだろう。

 すでに玄真とウパシノンノが接触しているため、ある程度の情報は掴まれていることを前提とした腹の探り合いだ。

(わたし)の質問は、そこではないのですよ。ご主人さま」

 にこにこと笑う伽羅。

 きりきりとした痛みを胃のあたりに感じて手で押さえる玄真。

 じつに心温まる構図である。

 彼らのテーブルは、もう冷房なんか必要ないんじゃないかってくらいの気温だ。

 精神的に。

「安心してくださいな。黒のご主人さま。店の中で調伏(ちょうぶく)とかしませんから」

「……外ではするってことじゃないか? それ……」

 にこにこ。

 きりきり。

「おふたりとも。まあまあ」

 まるで平和主義者のように、白い方のご主人さま両手をあげてたしなめる。

「私たちは敵対するためにきたのではありませんよ。伽羅さん」

 見方によっては、煽っているとしか思えないようなセリフだ。

 玄真が頭を抱える。

 なんでこの同僚は、神格を目の前にしてこんなに自然体なのか。

 バカなの?

 ボケなの?

「面白い方ですね。白のご主人さまは」

 伽羅の意見は、むしろ玄真に近い。

 普通の人間ならいざ知らず、人外が霊格に気付かないはずがない。

 のどかやウパシノンノのような強者(ツワモノ)ならば、なおさらだ。

 だからこそ直接の対戦を避けたりもした。

 そして彼女の見るところ、この白コートの青年の戦闘力は仙狸やエルフの比ではない。

 目の前の鬼すらも凌駕しているだろう。

 あるいは我と互角か、それ以上か。

 内心に呟き、背筋を這うゾクゾクとした快感を楽しむ。

 仏法の守護者、迦楼羅王の本質は闘神(とうじん)だ。

 あまねく悪を討ち滅ぼし、燃やしつくし、喰らいつくす戦いの神なのである。

 ゆえに彼女は強者を愛す。

 肉体的な強さのみならず、たとえばウパシノンノのような神算鬼謀も尊敬し慈しむ。

 神格と対峙して、なお泰然自若(たいぜんじじゃく)たる異能者。

 これが楽しくないわけがない。

「本当に、なにものなのですか?」

「うーん……」

「問うだけ無駄ですぜ。姉御。こいつっていうか、こいつらの一族は、自分が何者なのか判っていないんで」

 肩をすくめるのは玄真である。

 伽羅のことは姉御と呼ぶことにしたらしい。

「というと?」

 かわいらしく小首をかしげてみせる、ねこ耳メイド神さま。

 下顎に人差し指を当てたりして、もう、あざとさの極致だ。

「いかなる神話大系にも属さない、まつろわぬ神の末裔。なんていわれてますがね。ホントのところは誰にも」

「なんですかそのおかしげな冠言葉は。私はごく普通の、新卒一年目の勤め人ですよ」

「こんな普通の勤め人はいない」

「断言しなくても……」

 はじまった聖と玄真の漫才に、くすりと伽羅が苦笑する。

「白のご主人さま。がぜん興味がでてきちゃった。これからよろしく可愛がってくださいね」

 通ってね、と、言外に語ったりして。

「よし。この店のことは、聖に任せた。託した」

 すぐに玄真が食いつく。

「ちょ! おまっ! なんでそんな話になるんですかっ! エルフ案件は玄真さんの担当でしょうが!」

 逃げやがった。

 聖の担当はあくまでも日本正常化委員会の動向を探ること。たまたま、かぶる状況があったから共同作戦のような格好になっただけだ。

 正常化委員会が壊滅したいま、日常の業務に戻れるはずなのに。

 いんすぱいとおぶ。

「じゃあ相手に聞いてみようぜ。姉御。俺と聖、この店との折衝役としてどっちが良いと思う?」

「それはもちろん聖さんね。きみとなら一戦交えるのも(やぶさ)かじゃないわ」

 婉然たる笑み。

 どういう意味の一戦なのか、あまりにも怖くて訊けない。

 酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせる白コートのヒーローだった。



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