エルフ舞う! 8
『ぴゅあにゃん』に移動した四人。
素行がどうこうとほざいていたウパシノンノを含め、全員で早退である。
なんというか、剛の者たちだ。
もちろんまだメイドカフェは開店前だ。
客を入れる時間になったら、とてもではないができる話ではないゆえに。
「ふうむ。完全に混じっちゃってるね」
伽羅が、竜弥の尻尾を引っ張ったり持ち上げたりしながら感想を述べる。
あひんとか、うひぃとか少年が変な声を出しているが、べつに気にしていないようだった。
「しかも認識阻害が常時発動している。知っている人間以外は、気付かないだろうね」
「まあ、僕も芦名澤もこのバカが土下座するまで気付きませんでしたし」
肩をすくめる悠人。
麻奈も同様のポーズを決めた。
現在、『ぴゅあにゃん』には関係者が集まっている。
のどか、ウパシノンノ、伽羅、悠人、麻奈、蜜音、そして竜弥だ。
ちなみにうしろ二人は被告席である。
「しかし面倒な事態になったな。人間が妖怪になってしまうなど、聞いたこともないぞ」
「だね。吸血鬼じゃあるまいし」
難しい顔の年長組。
肉体的接触によって眷属を増やす人外は何種類か存在する。仙狸がいったように、吸血鬼などはそのさいたるもので、吸血行為によって下僕を作るのだ。
「逆にドワーフなどは、自らの血を経口接種させることで、異種族を血族となしてゆくな」
「どっちにしても、亜人やモンスターの話さね。妖怪はそんな増え方はしないよ」
「うむ。私もこのような事例は初めて見た」
仙狸や篠崎狐のような、人間の精を糧とする妖怪が性交によって仲間を増やしていったら、そりゃもう大変なことになってしまう。
「うう……すみません……」
ちっちゃくなっている蜜音。
まあこの場合、どう考えても感染源は彼女なので。
「確定的なことは言えないけど、たぶん共振じゃないかと思うよ」
あひあひ言っていた竜弥をぽいっと捨て、伽羅が自説を開陳する。
姉を喪った蜜音は寂しさを抱えていた。
それを埋めたのが竜弥だ。
彼女は共に生きたいと望み、彼はその思いに応えた。
結果、同じ刻を生きるため、竜弥は妖狐へと変貌した。
「んな無茶苦茶な……」
「いや悠人。本来的に妖怪ってのは想いによって生きるものなんだ。想いのありようによって、いろんな変化があるし、想いをうしなえば消滅してしまう」
「そうなんですか? のどかさん」
迦楼羅王の言葉を受け、仙狸に視線を送る。
妖怪というカテゴリに関しては、彼女が一番詳しい。
「だいたいあってるよ。けどまあ、なるほどねぇ。共振かあ」
ふうむと腕を組む。
「一緒にいたいと願い、守りたいと望み、ともに歩くと誓った。それがこの現象を引き起こしたというわけか」
妙に感心したようなウパシノンノ。
なんというか、想いのチカラというのは侮れない。
愛は種族どころか、常識まで飛び越えてしまった。
「まあ蜜音が妖怪として未熟だったのと、竜弥の竜気が強力で、しかも蜜音に吸われ慣れてたって要素がなけりゃ、こんなことにはならなかったろうけどね」
伽羅が肩をすくめる。
様々な偶然が重なって、必然を引き寄せてしまった。
「あれ? でもあたし、仙狸になってないですよ?」
小首をかしげる麻奈。
彼女とのどかは深い関係にある。竜弥と蜜音がそうなるずっと前から。
「のどか店長は、あたしと一緒に生きたいとは願わなかったってことですか?」
「ばっかまなまな。そんなわけないでしょ」
悪戯っぽく言った麻奈に、少しだけ寂しそうな顔を向ける。
表情の意味に気付かず、高校生組がきょとんとした。
口を挟んだのは、神格である伽羅である。
「永遠ってのは、なんだと思う?」
と。
呪いだ、と、ウパシノンノは思う。
孤独だ、と、のどかは自嘲する。
いつまでも続く命。
自分を知るものが誰もいなくなっても。
誰も自分のことを思ってくれなくなっても。
何もかも滅んでしまっても、なお尽きない命。
孤独の呪いという言葉が、たしかに相応しい。
時間とは、森羅万象すべての上に佇立する絶対の専制者だ。
生物であろうとそうでなかろうと、例外なく過去へと押し流してゆく。
どれほど崇高な理想も、どれだけ高貴な血統も、いずれ変質し、濁り、べつのものへと変わってゆく。
この星にだって終わりがあるように。
「わたしはまなまなに、孤独の呪いなんかかけたくないんだよ。永遠の命なんて、最初から生きてないのと同じさね」
「のどか店長……」
「もし永遠なんてものがあるとすれば」
それは絆だ。
親から子へ、子から孫へ、孫からひ孫へと連綿と続いてゆく命の連鎖。
何気なく繰り返される生命の営みそのものを永遠と呼ぶのだろう。
妖怪になるというのは、その環から外れるということ。
「まなまなをこっち側に呼ぶわけにはいかないよ。あんたはいずれ結婚し子を産み死んでゆく。わたしとは違うさね」
「……意地悪ですね。のどか店長は」
突き放すような仙狸の言葉に、たくさんの感謝と少しの恨みを込めて見つめ返す麻奈だった。
ついてこいと言われたら、どこまでだってついていくのに。
永遠をともに過ごす覚悟くらいあるのに。
そういうことを、彼女は絶対に言ってくれない。
「人を惑わすのが妖怪ってもんさ。けどまあ約束はするよ。まなまなの子供も孫もひ孫も玄孫も、ずっとわたしが守ってやるさね」
危機あれば、必ず駆けつけようと。
「のどか店長っ」
ひしっと抱きつく麻奈。
「それじゃあ足りないかね?」
「充分ですっ!」
らぶらぶモード全開である。
仲間たちがいることも忘れ、すっかり二人だけの世界だ。
「……同性愛者の芦名澤がどうやって子孫を残すのか、というツッコミは野暮なのだろうか……」
「知らぬ。私に振るな」
置き去りにされた悠人とウパシノンノがぼそぼそと会話を交わしていた。
竜弥と蜜音。のどかと麻奈。
なんというか、暑苦しいカップルである。
すこしは僕たちを見習えばいいのに。
などと、得手勝手なことを考える悠人だった。
「人類の科学はどんどん進歩しているからね。そのうち異性の協力なしで子孫を残せるようになるかもしれないさ」
置き去り三号の伽羅が言った。
ちなみにこの人だけパートナーがいないが、本人はべつに気にした様子はなかった。
人間のオス程度ではお眼鏡にかなわないのだ。
神様ですから!
彼女をおとしたいなら、帝釈天かシヴァ神でも連れてこいってレベルである。
「そして男と女に分かれて戦争を始めるわけだな。未来が手に取るようにわかるぞ」
我が意を得たりとばかりに頷くウパシノンノ。
「そんなばかな」
律儀に合いの手を入れる悠人であった。
「なにやってんだ? あんたらは」
伽羅が呆れる。
そもそも、遊んでいる場合では、まったくない。
竜弥が妖怪になった理由は彼女の仮説で良いとしても、事態の解決には半グラムも寄与しないのだ。
今後どうするか。
それこそが最大の問題である。
認識阻害があるため、そうそう滅多にバレることはないが。
「ゆーて、写真とか撮られたら一発でバレちゃうからなぁ」
「あのときはすまん」
経験者たちが語る。
機械の目は、人間に狐の尻尾が生えているわけないだろ、という先入観をもって像を結ばない。
あるものをただあるように映し出すだけだから、ごまかしがきかないのだ。
「対処療法だけど、手はあるよ」
「そうなんですか? 伽羅さん」
「変化の術さ。完全に人間に変身してしまえば良い」
幻術や小手先の小細工ではなく。
「おおう……そんなことが……」
「我だって、この姿は変化したものだしね」
さすがに仏法の守護者として顕現するのはまずい。
すべての悪を燃やし尽くす霊鳥の王。
翼を広げると、その大きさは十八万キロにも及ぶという。
ちなみ地球一周は四万キロだ。
「火○鳥みたいだろ?」
「危険なネタはいいですから」
ともあれ、伽羅が変化の術を教えることとなった。
生徒は竜弥。
他に、興味を示したウパシノンノも習うらしい。
ねこ耳メイド神様は魔法の先生。
ちょっと盛りすぎて、なにがなんだか判らない。




