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東京エルフ!  作者: 南野 雪花
終章 エルフ舞う!
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エルフ舞う! 7


 日常が戻ってきた。

 なにも変わらない、ただ繰り返す穏やかな日々。

 それがどれほど貴重なものか、人は失うまで気がつかない。

「気付かないのである」

 意味のわからないことを呟く悠人。

 じとっと投げる視線の先には、みょーにつやつやした竜弥がいる。

 振りまくオーラが幸せ色だ。

 全身で、おそれいったか童貞ども、と語っている。

 うざい。

「もう純粋で無垢な大石竜弥は、どこにもいないんだね……」

 ため息とともに吐き出した言葉。

「そういう流れなの? あたしはてっきり戦いのなかでいろんな価値観が変わっちゃったとか、そういう話なのかと思ったよ?」

 聞きとがめた麻奈が苦笑を浮かべる。

 ウパシノンノの知己となり、様々なことを知った。

 人外が普通に存在し、東京の闇にうごめく者どもがいて、この国の影に陰謀がある。

 普通に生きているだけでは、けっして気付かない薄闇の世界だ。

「いやあ、そういう感慨もあるのはたしかなんだけどさ」

 悠人が肩をすくめる。

 幸せいっぱいの竜弥をみていると、どーでもいいような気がしてくるのだ。

「気持ちは判るわ」

 教室の一角で、きらっきら輝かれていたら、鬱陶しいことこの上ない。

 しかも今の竜弥(このバカ)には、どんな嫌味攻撃も通用しないのである。

 幸福バリアとかに守られていやがるから、すべてを負け犬の遠吠えとして受け流してしまう。

「HAHAHA どうしたんだい。セリョール&セニョリータ。俺のことをじっと見つめたりして」

 二人の視線に気付いた竜弥が近づいてくる。

「うざ……」

「こなくていいのに……」

 しっしっと手を振る悠人と麻奈。

 もちろんまったく効果がなかった。

「きみたちまで嫉妬かい? いやだなぁ。これだから処女と童貞(みけいけん)は」

「……風花(エアリアル)に攻撃魔法ってあったかな」

「……魔力切れの心配はいらないよ。高槻くん」

 ゆらりと立ちあがる。

 ついでに怒気まで立ちのぼっている。

「墓碑銘の心配はいらないよ。大石。バカここに眠るとか、てきとうな文言を彫っておいてやるから」

「むしろ墓いらないよね? アイスの棒でも刺しておけば充分だよね?」

 本気だった。

 この上なく本気だった。

 ()られる。

 本能によって察した、竜弥が、がばっと床に手をつく。

「調子乗って申し訳ありませんっしたっ!!」

 見事なまでのダイビング土下座であった。

 尻尾まで、しゅんとうなだれている。

「…………」

「…………」

 悠人と麻奈が無言で視線を交わす。

 もちろん、竜弥の処し方を目と目で相談しているわけではない。

 見つめ合って素直におしゃべりできないわけでもない。

 もっとずっと、大きな問題が、二人の前にうずくまっている。

 文字通りの意味で。

「大石くん……こころみに問うんだけど、それはなんのファッション?」

 恋人が狐だから、自分ももふもふの尻尾を付けてみたんだい♪

 という回答を麻奈は期待していた。

 それなら、「ああ、バカのやることだから」といって流すことができる。

「知らねっ なんか生えてたっ」

 そして期待とは、たいていの場合は叶えられないものである。

 喜色満面の竜弥。

 なにがそんなに嬉しいんだか。

 むしろおたつけ。パニックを起こせ。

「初めて結ばれたあと、生えたんだ。同族になれたんだよ。俺たち」

 頬を染めている場合ではないだろう。

「……のんのんとのどかさんに相談するしかないよね……」

「だね……次から次へとこのバカは……」

 げっそりと呟く悠人と麻奈であった。

 視界のすみで、バカが恥ずかしそうに身をよじっている。




 自分に非がなくとも責められる。

 そんなシーンは人生にいくらでもある。

 たとえば、竜弥と蜜音が傍目(はため)も気にせずイチャコラしたせいで、ウパシノンノが生徒指導室に呼び出されたりとかだ。

「きみの友人が、ずいぶんと異性と親密な付き合いをしているようだが、きみは大丈夫なんだろうね?」

 しかつめらしい黒縁メガネをかけ、しかつめらしい表情をしたしかつめらしい教師が、じろりと金髪の少女を睨む。

「ふむ。それを私に問い質すことの意味が理解しかねるな? 竜弥の生活態度と私のそれと、いったいなんの関連性があるのだろうか」

 小首をかしげるウパシノンノ。

 仕草は可愛らしいが、蒼穹の瞳はまったく笑っていない。

 一緒に呼び出されたはるかには、べつに右側に視線を送らなくてもはっきりと認識できた。

「やばいから! 先生! はやく謝って!!」

 とは、内心の声である。

 彼女は、これまでの経験から、世の中には逆らってはいけない人間がいることを学んでいた。

 そりゃもう、嫌というほど学んでいるのだ。

「なんだその態度は! 学年一位だから調子に乗っているのかっ!?」

 教師が怒っている。

「なにをそんなに激昂している?」

 もちろんウパシノンノは涼しい顔だ。

 当たり前である。

 子犬がきゃんきゃんと吠えてかかってきたとして、それで本気で怒る人間などいない。

 圧倒的な力の差があるから。

 しかし、あまりにうるさいと、温厚な人間だって蹴りの一発くらいは入れるかもしれない。

老師どの(せんせい)細君(さいくん)と上手くいっておらぬのは、べつに私のせいではないと思うぞ?」

「な!?」

「あるいはご子息が仕事に就かず、家に引きこもっているのも、私の成績とは無関係だな」

 加速度的に悪くなってゆく教師の顔色。

 だから言ったのに、と、はるかが同情するふりをした。

 なにしろ彼女は一言の警句も発していないから。

「しかし児童買春は良くないな。未だ健常な判断力を備えていない中学生を買うというのは、教育者以前に、人間としていかがなものだろうか」

 もう教師の表情は、処刑場に引きずり出される罪人のそれと異ならなかった。

「さて。話が逸れたな。私の素行に何か問題があるという話だろうか? 老師どの(せんせい)

 じっと見つめる金髪娘。

 うん。生きた心地がしないよね。

 判るよ。

 鏡を見せられたガマガエルみたいに汗をだらだら流す中年教師に、憐れみの視線をプレゼントするはるかだった。

「いや……何も問題はない……」

「ふむ。ではどうして私は呼び出されたのかという疑問が残ってしまうが、きっとはるかの成績が上がったので褒められるということなのだろう」

「そうなの?」

「そ、そうなんだ! 幹本よくがんばったな!」

 ウパシノンノが出してやった助け船に、一も二もなく飛びつく。

 見事な処世術である。

 短い会話で、彼は知った。

 こいつは敵に回すべきではない、と。

 生徒をケンゼンに指導するか、自らの地位と職業を失うか。

 ごく簡単な二者択一である。

 どうせあと半年ほどでウパシノンノたち三年生は卒業してしまう。

 触らぬ悪魔(・・)に祟りなしだ。

「では、当然のように追々試などはないのだろうな」

「当たり前だとも!」

 薄ら暗い取引が成立する。

 はるかはきょとんとしていたが、もう一回試験を受けなくても良いというのは朗報であるため、とくに異論を挟まなかった。

「それは重畳。でははるか。教室に戻るとしようか」

 一礼して生徒指導室を出る二人。

 無機質な廊下を歩みながら、はるかが首をかしげる。

「なんか意外だね。ウパシノンノ」

「なにがだ?」

「悪徳教師め! ゆ゛る゛さ゛ん゛! とかいってとっちめるのかと思ったよ」

「あの手の(やから)はな。はるか」

 ウパシノンノが苦笑する。

「ん?」

「正義漢ぶった相手には反発をおぼえるものだ。逆に巨悪に対しても萎縮してしまう」

 あまり脅かしすぎると、自棄(やけ)になって突発的な行動に走る可能性があるのだ。

 現在に絶望した者は、未来を考えないから。

 だからこそウパシノンノは小悪党ぶりを発揮して取引を持ちかけた。

 こちらの不正に協力しろ、と。

 ようするに、同じ穴のムジナだと思わせたのである。

 これで互いに言えない秘密ができた。

 一方的に弱みを握るのではなく、双方が握っていれば身動きが取れなくなる。

「政治家と高級官僚のようにな」

「つーか、私の追試通ってないことが前提じゃん。それ」

「通っていると思ったのか?」

「ぐ……」

「私としても、そなたにばかりかまってはやれぬのだよ。なにやらトラブルが発生しているらしいからな」

 言って、廊下の先を指さす。

 竜弥を引きずりながら、悠人と麻奈が走っていた。



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