表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東京エルフ!  作者: 南野 雪花
終章 エルフ舞う!
34/40

エルフ舞う! 4


 姉の死を知った蜜音は、子供のように大泣きした。

 当たり前である。

 肉親を喪ってへらへら笑っていられるものなど、人間だろうと妖怪だろうと存在しない。

 それでも彼女が二日という短期間で立ち直ることができたのには、多少の理由があった。

 相手は妖怪の特殊能力を得ようとする組織だ。

 誘拐されたのだと知れた時点で、予感めいたものはあっただろう。

 無事に取り戻せると楽観していたわけではない。

 非常に悪い言い方になるが、姉の悲報は「まさか」ではなく「やはり」であった。

 もちろん予想していたからといって衝撃がなくなるものではない。

 ともすれば崩れそうになる蜜音を支えたのは、竜弥だった。

 この二日間、彼は登校もせず、家にも帰らず、ずっと彼女に寄り添い続けた。

 普通は大騒ぎになるような行為だが、なんとこの件に関して、悠人の両親が口裏を合わせてくれたのである。

 検査入院のため欠席。

 というシナリオが用意された。

 精神科に検査入院というのは、なかなかに誤解を招きそうではあるが、こればかりは仕方がない。

 他のコネクションを使うのは、無意味に関係者を増やすだけだから。

「けどまあ、ちゃんと儀式はすませたようじゃないか。けっこうけっこう」

 出勤してきた蜜音を眺めやり、のどかがにやりと笑う。

「ご迷惑をおおかけしました。店長」

 ぺこりと頭をさげる篠崎狐に軽く手を振ってみせる。

 姉の忌引き休暇が二日というのは一般常識に照らしても、かなり短い方である。もちろん葬儀等があったわけではないが。

 戸籍もなく、社会的には存在しない妖怪たちだ。

「べつに迷惑だなんて思っちゃいないよ。わたしは好きでこの店をやってる。あんたは好きで居着いてる。それだけの話さね」

 優しいんだか突き放しているんだか判らない仙狸に、蜜音が微笑む。

 この距離感が心地良い。

 のどかは深入りしない。

 それが彼女のスタンス。

 だった。

 あの騒動エルフがやってくるまで。

「そんなことよりさ。どうだった? 竜気の味は」

 唐突に話題を変える。

 頬を赤らめる蜜音。

 ふだん吸収しているリビドーのことでは、もちろんない。

「もう離れられない、かも、です」




 別れの日は、あっさりとやってきた。

 蜜音が『ぴゅあにゃん』に復帰した翌日、ウパシノンノはティナからのLINEを受け取った。

 報酬の話がしたい、と。

 日本正常化委員会の壊滅から四日しか経過していない。

 彼女ら自身が語ったように、ここから先はヒーローたちの仕事ではないのだろう。

 もちろん、ウパシノンノの仕事でもない。

「とういうわけで悠人。次の日曜日に千葉(ちば)にいってくる」

 いつもの夫婦の時間に、エルフ妻が語りかけた。

 夫の方は、目を白黒といった風情だ。

「いろいろ突っ込みたいことは多いんだけどさ。なんで千葉?」

「アジフライを食べるためだな」

「なんてこった……よりツッコミどころが増えちゃったよ……」

 マスク・ド・ドワーヴンたちから報酬を得るのは、まあ良しとしよう。

 押しかけ援軍ではあるが、彼女とのどかの力添えがなければ、解決はずっとずっと先だったはずだ。

 カタチのない感謝で済ませるというわけには、大人の世界はいかない。

「かといって、現金の授受はなまぐさいしな。それをもって今後の取引の顔つなぎ(・・・・)とされるのも困る」

 解説してくれるウパシノンノ。

 今回たまたま共闘したが、べつに彼女はマスク・ド・ドワーヴンたちと同じ陣営に属しているわけではない。

 政府に飼われるつもりもないし、正義のために戦うつもりもないのだ。

「だから、一回の食事で手を打った。そなたが話していたアジフライも食べてみたかったしな」

 エルフが笑う。

 悪の秘密結社を叩きのめし、その首魁を倒した報酬がアジフライ。

 やっすい仕事もあったものである。

「なんというか、言葉も出ないね」

「それに、エルフがあまりドワーフたちと仲良くしていては、皆ががっかりしてしまうからな」

「いまさら誰もがっかりしないと思うよ? まあいいや、時刻表調べておくね」

「む? そなたは留守番だぞ?」

「なんで!?」

 思わず声を高める悠人。

 ツーマンセルのはずだ。

 セット販売のはずなのに、ひとりだけ残されるなんて哀しすぎる。

「僕が嫌いになったのかい? のんのん」

 うっとうしい泣き真似とかしたりして。

「めんどくさい男だな。そういうことではなく、顔を憶えられるのはまずかろうという話だ」

「あ……」

 悠人自身はマスク・ド・ドワーヴンと面識がない。

 テレビで報道される活躍やウパシノンノの話で、一方的に知っているだけだ。

 ここで、わざわざ名乗りあって関係者を増やす必要は、世界の彼方まで探しても存在しないのである。

「でもさ。のんのんだけで行かせるのは心配だよ。二対一になっちゃうし」

「悠人がいても、べつに戦力にはならないと思うが」

 けっこうひどいことをいう奥さんだ。

 事実であるだけに、いっそうひどい。

 しかし悠人は激昂せず、ふふんと鼻を鳴らした。

「のんのんは甘いな。一般人(ぱんぴー)の僕がいたら、彼らは戦えないじゃないか。正義の味方なんだから」

「こいつは一本取られたな」

 ぺしんと自らの額を叩くウパシノンノ。

 いわれてみればその通りだ。

 マスク・ド・ドワーヴンとその妻ティナはヒーローである。

 非道なおこないをしない。

 事実として、人間の戦闘員に対しては殺さないよう気を使って戦っていた。

 つまり悠人がいるというだけで、彼らはウパシノンノを攻撃できなくなる。少なくとも、巻き込んでしまうような大規模魔法は絶対に使えないだろう。

 なんと悠人は、自分が弱いことを逆手にとってみせたのだ。

「そなたもワルよの」

「いえいえ。エルフさまにはかないませんよ」

 おかしげなことを言って笑う。

「それにさ。むこうは夫婦じゃない? 幸せオーラに耐えないといけないんだよ? こっちもみせつけてやらないと」

 さらに自説を開陳(かいちん)する少年。

 リア充に対抗するにはリア充をもってせよ。

 非リアがなにをほざいたところで、負け犬の遠吠えなのである。

 悠子(ゆうし)の兵法だ。

「うむ。それは全然、一本とられない」

 呆れたように言ったウパシノンノが右手を伸ばし、少年の額を指先で弾いた。




 こんな別れのシーンもあった。

 東京駅。

 新幹線のホーム。

 向かい合って立つ男と女。

 別れを惜しむかのようなその様は、かつて流行したシンデレラエクスプレスのようだ。

 バブル時代の話である。

 遠距離恋愛の恋人たちは、最終便の新幹線ホームで別れを惜しみ、抱きあったりなどしたらしい。

 発車のベルが鳴る、その瞬間まで。

 もちろん夜虎はそんな昔のことを知らないし、そもそも彼女と香上は恋人というわけでもない。

 結局、この中年は夜虎を抱くこともなく、最後まで紳士として振る舞った。

 つまらん男である。

「そのくせ、ホームまで見送りにくる。期待させないでよ……」

 とは、口には出さぬ少女の思いだ。

 優しくされたら、こんなにも優しくされたら、信じてしまう。

 叶うはずのない願いが叶うのではないかと、夢をみてしまう。

 いっそ突き放してくれたら、変な期待など抱かないのに。

「忘れ物はないか? 夜虎。切符はちゃんと判るところにしまったか?」

 少女の内心に気付くことなく、世話を焼くおっさん。

 最後の最後まで。

「子供扱いしないで」

 むうと睨み返す。

 そうしないと、まったく別の表情になってしまいそうだから。

「私はもう子供じゃないんだよ。ユキさん」

「自分を大人だと思っているうちは、立派に子供だと思うぞ」

 男の、わずかに老いの見え始めた顔に刻まれる苦笑。

 夜虎が俯く。

 小さな声が紡がれる。

「ん? なんだって?」

「……子供ならワガママいっても許されるよね」

 覗き込む香上の耳に滑り込む声。

 その瞬間、ぐいと男の体が引きよせられる。

「バカ。ユキさんのバカ。私をさらってよ。全部捨ててついてこいって言ってよ」

 乗車を促す最後のベルが鳴る。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ