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東京エルフ!  作者: 南野 雪花
終章 エルフ舞う!
33/40

エルフ舞う! 3


 降り注ぐ魔力弾。

 中空にキャストした三十以上の魔力体から毎秒七発を四秒間。ざっとの計算で、じつに千発以上という膨大な数の攻撃である。

 まさに総攻撃(フルアタック)の名にふさわしい。

「しかしそれは、そなたがモデルにした魔法少女ではなく、ライバルとか親友とか、そのへんの持ち技ではなかったか? ティナよ」

 爆煙の中から、ウパシノンノが律儀にツッコミをいれた。

「細けぇことはいいんだよ」

 床に突いた杖にもたれかかりながら、魔法少女が応える。

 少しばかり魔力を使いすぎた。

 くそエルフのやろーが立てた作戦は、無茶という言葉すらお上品に思えるようなものだった。

 口に出していた指示。

 あれは全部うそである。

 本当の作戦は、風の精霊(シルフ)たちが、それぞれの耳元でささやいてくれた。

 ウパシノンノ、のどか、マスク・ド・ドワーヴンの三人で敵の首魁と神格をなんとか(・・・・)するから、ティナひとりでそれ以外の敵を一掃しろ、と。

 前線への援護はいっさい不要ゆえ攻撃に集中せよ、と。

「ったく。エルフの指示で戦うドワーフなんて、故郷の連中に見せられないよ」

 よろめく魔法少女に仮面のヒーローが駆け寄り、小さな身体を支える。

「よくやったな。ティナ」

「女房だもん。このくらいはね」

 いちゃいちゃモード発動だ。

 全滅し、灰に変わってゆく敵の中から、ゆらりと立ちあがる影。

「やってくれたな……」

 伽羅だ。

 ドワーフたちのいちゃこらに怒ったわけでは、むろんない。

 怒りはむしろ自分自身に向けたもの。

 エルフごときの小細工に、まんまと一杯くわされた自分自身に。

「ふむ。怒るような話ではなかろう」

 迦楼羅王に正対するウパシノンノ。

「そなたは、最初から私たちを殺すつもりなどなかったのだからな」

 秀麗な顔を彩る微笑。

「そうなのかい? のんのん」

 いつのまにかエルフの隣に立った仙狸が訊ねる。

「のどかを狙った攻撃。あれが本気で放たれていたなら、抱えて跳んだ私ごと消し炭になっていただろうよ」

「あ……」

 言われて気付く。

 相手は神格だ。

 力量だけで考えれば、部屋に入った瞬間に四人を蒸発させてしまうことだって可能だったはずである。

「ようは手加減をされていたということだ。では、どうして手加減などする必要があったのか。慢心が理由でないと考えれば、自ずと答えは見えてこよう」

「……(さと)い娘だね。ウパシノンノだっけ」

 淡々としたエルフの解説に、伽羅が苦笑した。

「娘と呼ばれる歳でもないゆえな。そなたが契約により不本意な戦いを強いられているのだという程度は読みとれる程度の知恵はつけておるよ」

 まともに戦っても勝ち目のない相手。

 しかし、だからこそ勝ち筋がある。

 慢心とエルフは言ったが、巨大な力を手に入れ、まさに慢心している首魁を倒すこと。

「それで契約が解除されるか、じつのところ賭けではあったが」

「どうやら君は賭けに勝ったようだよ」

 一度目を閉じ、大きく息を吐いた迦楼羅王。

 拳を降ろし、剣を消す。

「それにしても、どのくらい勝算があったんだい? 参考までに聞いておきたいかな」

 手加減の攻撃から契約の内容まで察したのは見事としかいいようがない。極小の時間で作戦を構築し、完璧に実行してのけた手腕も驚嘆に値する。

 神算鬼謀(しんさんきぼう)と評しても、さほど言い過ぎではないだろう。

 それほどの名軍師が賭け(ベットし)たギャンブル。

 はたしてどの程度の自信があって、命を賭け台に乗せたのか。

「賭けの確率は常に五分五分だよ。八割の勝率とかいったところで、自分が負ける方の二割に入ってしまえば意味がないからな。ゆえに、のるかそるか、それだけだ」

「ユニークな考えだね。気に入ったよ」

 つかつかと歩み寄った伽羅が、ぽんぽんとウパシノンノの肩を叩く。

(あたし)の負けだ。君たちの軍門に降ろう」

 爽やかな笑顔とともに。 

「え? 契約がなくなったから神界(しんかい)に帰るとかではないのか?」

 きょとんとするエルフ。

 なんで降るとか、そういう話になるのか。

「え?」

 やはりきょとんとする伽羅。

 晴れて自由の身になったのに、どうして帰らなくてはならないのか、と、表情が語っている。

 現代人間社会を楽しむ気まんまんですよ!

 これで帰れとかいったら、間違いなくもう一戦交えることになってしまう。

 しかも次は弱点のない本気の迦楼羅王だ。

 絶対に勝てませんとも。

 賭けても良いが、そんな賭けに勝っても仕方がないってレベルだ。

 確率は常に五分とかほざいていたやつと同一人物とは思えないようなことを考えながら、マスク・ド・ドワーヴンとティナを見る。

 神格など、どう考えても個人の裁量で扱えるようなシロモノではない。

 なにやら後ろ盾のありそうな連中に任せるのが上策だ。

「そなたらの組織で……て、なんで目をそらすのだ! ドワーフども!」

 あさっての方向を向いちゃってるドワーフたちに、思わず怒鳴ってしまう。

「や。だって無理だし。のんのん」

 両手をティナが広げてみせた。

 彼らの仕事は終わり。

 事後処理は契約に含まれていない。

 沖縄に帰るだけだが、さすがにカミサマつれて帰るわけにはいかないのである。

「な、なんという無責任な……」

 酸欠の金魚みたいに、ぱくぱくと口を開閉させるウパシノンノ。

 とはいえ、政府関係者に預けるというのはうまくないのも事実だったりする。

 また誰かに利用されちゃうかもしれないからだ。

 その意味では、沖縄ヒーローたちの見解は正しい。

「のどか……」

「そうくるんじゃないかと思ったよ。そんな泣きそうな顔で見つめなさんな」

 肩をすくめた仙狸が、エルフの頭に手を置いた。

「カミサマのことは、『ぴゅあにゃん』(うち)でなんとかするさね。住むところも働くところもないだろうし」

「ふむ。のどかっていったっけ。よろしくお願いするよ」

 軽く頭を下げる伽羅。

 仏法の守護者がねこみみメイド。

 ひどい世の中である。

「どうしてこうなるのだ……」

 ぶつぶつとエルフが呟いていたが、むろん一顧だにされなかった。




 結果からいえば、蜜音の姉は助けられなかった。

 彼女の人格はすでに破壊されており、培養液の中で細胞だけが生かされている状態だったからである。

 いかな妖怪といえども、この状態からの復活はない。

 ウパシノンノたちとしては、せめてその魂を解き放ち、安らかに眠らせてやるくらいしかできることがなかった。

 蜜音の姉ばかりではない。

 日本正常化委員会の本拠地には、数多くの妖怪たちがひどい状態で保管(・・)されていた。

「……まるで悪夢館(マルペルチュイ)だな」

 妖怪たちの肉体を消滅させてゆく陰鬱(いんうつ)な作業に従事しながら、ぽつりとエルフが呟いた。

「なにそれ?」

 聞きとがめたのはティナである。

 人間の世界にきて間もない彼女は、ウパシノンノほど人間の文化には精通していない。

「ジャン・レイの小説だよ。ベルギーの作家の」

 幻想文学のひとつだ。

 出版されたのは一九四三年。

 キリスト教の広がりによって追放され、弱体化した神々を、カッサーブという魔術師が悪夢館に蒐集(しゅうしゅう)し、人間の器に閉じこめてしまう。

 そうして神と人が交わって生まれた半神の主人公の物語である。

「なんかファンタジーだねえ」

「美しく幻想的、というわけにはいかんがな。しかもけっこう読みにくい」

 肩をすくめて見せる。

「やな作業しているときに、暗いことを考えたら、重くなるだけだよ。のんのん」

 ぱんぱんと腰のあたりを叩いてくるティナ。

 身長差的に、肩とか頭までは手が届かないのだ。

「そなたはいつも正しいな。ドワーフのくせに」

「のんのんがエルフのくせに優しいのと一緒。どこの世界にも変わり者はいるんだよ」

 にぱっと笑う魔法少女だった。


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