エルフ舞う! 2
扉の向こう側はホールのような場所であった。
充分に予想されていたことである。
ウパシノンノたちは四人だが、敵はもっとずっと数が多い。
狭い廊下などで戦えば、数の差を活かすこともできずに各個撃破されるだけ。
大人数を展開できる場所で待ちかまえているであろうことは、仮に人間レーダーがいなくても判る。
だから、
「のどか!」
扉を蹴破った仙狸を、ウパシノンノが抱えて横っ飛びしたとき、マスク・ド・ドワーヴンも魔法少女も唖然とした。
一瞬前までのどかの頭があった空間を貫く光条。
「のんのん!?」
「読み違えた? この私が?」
二転三転と床を転がりながら、エルフが無念の臍をかむ。
敵の最大戦力が揃っているであろうことは読んでいた。そのなかには生粋の妖怪も含まれているだろうことも想定内だった。
「しかし、神格までいるとは思わなかった。気を付けろよ。そなたら」
前方に視線を注いだまま、仲間たちに忠告する。
蒼眸が見据えるのは敵の中心。
なにやらえらそうな男の傍らに、端然とたたずむ美女だ。
黒い髪。グラマラスな肢体。
「良く気付いたわね」
紅唇が紡ぐ声は、最高級のワインのように甘く、危険な香りをまとっている。
「神の転生体が存在するという話は、のどかから聞いていた。だが、この目で見るまで半信半疑だったよ。迦楼羅天」
身を起こしながらの言葉は、問いかけではなかった。
迦楼羅。
仏教の神で、インド神話のガルーダが前身といわれている。
日本人にとっては、八部衆の一角たる迦楼羅王という言い方の方が、馴染みが深いだろうか。
「いまは、伽羅と名乗っているわ」
「ウパシノンノという。そう長い付き合いにはならぬと思うが、憶えておくが良い」
言い放ち、一分の隙もない構えをとる。
両手に現れるのはいつもの短弓ではなく、二振りの短刀。
近接戦闘を得意としていない彼女にしては希有なことである。
「……戦る気なのかい? のんのん」
隣に立ったのどかが、掠れた声を絞り出した。
伝わるおびえの気配。
当然である。
敵は神格。
主神級ではないものの、かなり名の知れた神だ。
対してこちらは、ドワーフ、混ぜものドワーフ、仙狸、エルフ。
格的に、ちょっと勝算が立たない。
「逃げて逃がしてくれる相手でもないゆえな」
自嘲気味なウパシノンノの言葉に、神妙な顔で頷くのどか。
相手の正体が知れた。
それは、四人を逃がすつもりがないという意味である。
もし時間をおいて再戦ということになれば、必ず対策を練ってくるから。
「マスク・ド・ドワーヴンは右から、のどかは左から。正面は私が受け持つ。ティナ。そなたは全体の援護だ」
「あたいひとりで全員のバックアップをしろってかい?」
「できぬか?」
「誰にいってんのよ。エルフ女」
ふんと魔法少女が鼻を鳴らした。
虚勢である。
正直きついが、やるしかない。
神を相手の戦いだ。守勢にまわったら一瞬で突き崩される。
杖を振って、いくつもの魔法を待機状態にしておく。
攻撃あるのみ。
覚悟を決める。
同時に、ウパシノンノが飛び出した。
「ぬかるなよ。そなたら」
淡々とした言葉とともに。
三方から襲いくる人外たちを等分に眺めやり、伽羅は微笑した。
同時に仕掛けられたとしても、充分にしのぎきれる自信がある。
八部衆の名は伊達ではない。
亜人や妖怪ごときに遅れをとるはずがないのだ。
余裕たっぷりで迎え撃つ。
「ゆえに、そなたとなど戦わぬよ。迦楼羅王」
ウパシノンノが嘯いた次の瞬間、信じられないことが起こった。
マスク・ド・ドワーヴン。仮面のヒーローが伽羅に向かわず、一直線に奥へと駈ける。
首魁と思しき偉そうな男へと。
もちろん黒装束どもも、黙って見ているわけではない。
謎のマスクマンを阻むために展開する。
否、展開しようとした、と表現するのが妥当だろう。
疾走するマスク・ド・ドワーヴンが軌道を変えた瞬間、ティナが中空を漂う魔力球を撃ちだした。
「バインド!」
叫びとともに。
現れた無数の紐のような魔力体が、黒装束どもを拘束してゆく。
愛しい男の進む花道を啓開するように。
首魁に肉薄するマスク・ド・ドワーヴン。
ウパシノンノと対峙していた伽羅の姿がぶれ、一瞬後、男の前に立ちふさがる。
「小賢しい真似をっ!」
「まったくだな」
急制動をかけたヒーローが、一合も拳を交えることなく蜻蛉を切る。
ひらく間合い。
肩すかしをくらった格好になり、伽羅が蹈鞴を踏んだ。
「本命は、こっちだったりして」
すっと現れる仙狸。
首魁の背後に。
魔法少女とヒーローの、ど派手な立ち回りを隠れ蓑に、忍び寄っていたのだ。
「小細工を!」
再び消えた伽羅が、音高くのどかの腕を蹴り上げた。
爪剣が折れ飛ぶ。
「私に背を向けて、他の者と遊ぶ余裕があるのか。さすがだな」
皮肉混じりの声はエルフのもの。
仏法の守護者の肩に、ダガーが突き立つ。
激痛のなか、ぎょっとしたような顔をウパシノンノに向ける伽羅。
「そなたら神格が積極的に人間に手を貸す道理などない。となれば、導かれる結論も自ずと決まろう」
たんっと、軽くステップを刻んだエルフが、距離を取りながら解説する。
いかなる手段によるものか判らないが、神格を召還した人間は、契約によって縛ったのではないか。
そこまで読めば、どのような契約かは簡単に判る。
「なにがあっても自分を守れ、という類のものだろう。卑小で低劣な魔術師が考えそうなことだ」
冷笑がエルフの秀麗な顔に刻まれる。
血相を変えたのは、伽羅ではなく首魁の方だった。
「ゆえに、そなたは戦えぬよ。伽羅よ」
「世迷い言を!」
美女の手に現れる、金色の炎剣。
仏法において、この世の悪すべてを燃やし尽くすといわれる迦楼羅炎だ。
それが具現化した剣を、ウパシノンノのダガー程度で防げるはずがない。
ぐっと踏み込む。
「私と遊んでいて良いのか? そなたのマスターがピンチのようだが」
するするとさがりながら笑うエルフ。
伽羅の背後では、ふたたびマスク・ド・ドワーヴンが、突進攻撃を仕掛けている。
盾となり、矛となるべき戦闘員たちは、次々とティナが無力化してゆく。
絶妙のコンビプレイだ。
「悪辣な!」
エルフを追いかけ回すのを中断し、仮面男へと向かう神格。
そうすると、またまたマスク・ド・ドワーヴンは後退してしまう。
「それがそなたの限界だよ。魔術師よ。どれほど優れた刃があったとしとても、それを頼みとした時点で、そなたの負けは確定している」
思い切り挑発するウパシノンノに激昂したのか、首魁が攻撃魔法を展開しようとした。
周囲への警戒をおろそかにして。
とす、という軽い音。
「あ……が……?」
なにか理不尽なものでも見つめるように、自らの胸に刺さった爪を見つめる。
仙狸のソードクロー。
しかし、あの猫ははるかに間合いの外ではなかったのか。
「わたしたちに飛び道具がない、と思わせるための、のんのんの小細工さ。弓が得意なエルフが接近戦を挑んだこと、不思議だと思わなかったかい?」
驚くべき正確さで、折れた爪を投げつけたのどか。
ふふんと鼻を鳴らす。
彼女が伽羅の攻撃を受けたのはわざとだ。
爪を折らせるために、あえて一撃を受けてみせたのである。
もちろんそれは飛び道具を作るため。
そして、仙狸が最も弱いと勘違いさせるため。
「のどかは私たちの切り札だ。千年を閲した妖怪が、弱いわけがなかろう」
まともに戦えば、ウパシノンノやマスク・ド・ドワーヴン、ティナなどよりずっと強いのだ。
それを、いかにも後ろから攻撃するくらいしかできないと思わせたのが、この作戦の神髄である。
とどめは、のどかに。
ウパシノンノの煽りも、マスク・ド・ドワーヴンの派手な行動も、魔法少女の援護魔法も。
すべて釣り。
「という次第だ。納得いったかね?」
ちらりとティナに視線を送るウパシノンノ。
「まかせて! マルチロックファランクス!!」
魔法少女の杖が輝き、とても目算できないほど数の光弾が放たれた。
伽羅社長さま。
出演許可ありがとうございます!




