エルフ舞う! 1
右に戦うマスク・ド・ドワーヴン。
左に守る魔法少女。
突き進む仙狸に、いくつもの精霊魔法を同時に操るエルフ。
勇戦を続ける四人。
改造人間どもがみるみる数を減じてゆく。
蜜音を救出したときよりも苦戦していないように見えるのは、四人が完全に本気だからだ。
最初から、敵を殲滅するつもりで戦っている。
良心の呵責がないわけではない。
とくに、人間と親しく交わってきたウパシノンノや、元人間のマスク・ド・ドワーヴンなどは、ごりっとした痛みを一人殺すごとに感じている。
許されぬ罪を背負っているのだ、と。
しかし、顔にも態度にも出さない。
仮に、彼らが哀れな被験者だとしても、望んで力を得たのではないとしても、それを理由に見過ごすわけにはいかないから。
人ではなく、妖怪でもない歪な存在。
野に放つことはもちろんできない。かといって、長らえても生体実験に使われるだけ。
「優しいね。のんのんは」
背中合わせに戦う魔法少女が笑う。
ウパシノンノの攻撃は、すべて一撃必殺のもの。
相手を即死させている。
痛みすら感じさせることなく。
まるでそれが慈悲であるかのように。
「偽善だよ。命を奪うことになんらかわりはない」
表情を動かすことなく、次々と風の矢を放つ。
痛かろうが痛くなかろうが同じである。敵の改造人間たちだって、死にたいと思っているわけではない。
死に至る一瞬まで、生き続けたいと願っている。
当たり前だ。
たとえばサバンナに住むガゼルだって、肉食獣に腹を食い破られ、内臓を撒き散らしながらでも、足が動く限りは走って逃げようとする。
諦めるということは、絶対にしない。
「生存競争でしょ。これも」
二手先を読んだようなティナの言葉。
ガゼルを襲い、食べてしまうライオンに善悪は存在しない。
食わなければ飢えて死ぬだけだ。
それは、現在の状況にもそのまま敷衍できる。
妖怪をさらい、改造人間を生み出す組織を放置したら、次に狩られるのは自分たちだ。
生きるため、生き続けるために倒さなくてはならない。
逆に、日本正常化委員会とやらにしても同じだろう。
人外がいる限り、人間に安寧は訪れないと考えているだろうから。
生存競争。
「あたいたちは人間を滅ぼしたりしない。あたいはそれを知ってるけど、証明するのは難しいでしょ」
「ないことの証明は至難だな」
ふとウパシノンノの秀麗な顔に刻まれる苦笑。
ない、というのを証明するのは難しい。
エゾオオカミは絶滅したといわれているが、いないのを見たひとはいないのである。
見なくなったから、いないということになっただけ。
「だから、あたいはあたいと武士が生きるために戦う。それだけだよ」
「まったく。ドワーフは単純で良いな」
「エルフが難しく考え過ぎんのよ。だいたい、難しい議論なんて簡単な問題をかたづけてからするもんでしょ」
「……まったくだな」
殴られたような顔をするエルフ。
一本取られた。
どう共存するかとか、今後の関係はとか、そんなものは後回しで良い。
至近に迫った危機をなんとかしなくては、そもそも明日がないのだ。
「まさかそなたに気付かされるとはな」
休むことなく敵を屠りながら、素直でない謝意を示す。
「感謝はカタチのあるモノでね! 東京のおいしいもんたべたいな! あたい」
魔法少女の杖からも、間断なく攻撃魔法が放たれる。
「そういうのは亭主にねだるが良い。女二人で美食など、哀しいだけではないか」
「いえてるね!」
ますます激しく、ますます加熱する戦場。
四名の人外がまかり通る。
悠人自身は戦う術を持たない。
肉弾戦などできないし、魔法を使うこともできないから。
しかしいまは、ウパシノンノに託されたナイフ『風花』がある。
いくつかの魔法が封入されたマジックアイテムだ。
回復や補助を、彼が担当することができる。
ただ、悠人は魔力を適切にコントロールができないため、力を行使した瞬間に魔力切れでぶっ倒れてしまう。
そこで登場するのが麻奈だ。
のどかと深い関係でもある彼女は魔力タンクともいえる膨大な魔力の持ち主であり、しかも吸われ慣れている。
風花が求める魔力を、過不足なく渡すことができるのだ。
本陣となるカウンターにこの二人が位置し、支援と指示出しをおこなう。
前線で奮闘するのは蜜音と香上。
竜弥の竜気によってパワーアップした篠崎狐と、補助魔法によって飛躍的に身体能力が向上したおっさんだ。
敵の数は多いが、圧倒まではできなくともどうにか互角に戦えている。
もちろん敵もバカではないから、膠着状態になりかかった戦況を打開すべく、さまざまな手段を講じた。
前衛ふたりをすり抜けて、一挙に本陣を突こうとしたり、などである。
成功すれば、戦闘力の乏しい悠人と麻奈はあっさり倒されてしまっただろう。
それを防ぐのが夜虎の仕事だ。
前線と本陣を繋ぐ遊撃。
サッカーでいうとボランチのような役割である。
敵があやしげな動きを見せる都度、その前方に立ちはだかって潰す。
あるいは敵が六人全員でユーワーキーに襲いかかれば、さすがに数の差で圧倒できる。
しかし、蜜音と香上が最前線で頑張っているため、そんな手段がとれるわけがない。
この二人を無視して突進した瞬間、無防備な背中を攻撃されるだけ。
「蜜音さん。少し前に出すぎています。二メートルほど後退してください。大石。君は蜜音さんから離れない」
悠人の指示が飛ぶ。
蜜音と竜弥はセットでないと意味がないから。
前線の二人のうち、一方を吸い出そうとした敵の目論見も、あえなく失敗した。
なんというか、悠人の指揮ぶりは堅実というより、非常に慎重であった。
賭博をせず、無理な攻撃もおこなわず、ひたすら守勢に徹する。
まさに負けない戦い。
高校生の若者っぽくは、ぜんぜんない。
不利な状況にも、負けることにも慣れている老将みたいである。
黒装束どもにしてみれば、そんな程度の覚悟で戦場に出てくるなよ、と舌打ちしたくなるような采配だ。
攻め続ける敵。
守り続ける味方。
永遠にも等しいような長時間に思えたが、実際には十五分にも満たない攻防である。
やがて、満ちていた潮が引くように撤退を始める黒装束ども。
エルフの伴侶たる少年は、ついに敵に勝機を掴ませなかった。
味方にも勝機を与えられなかったが。
「逃げた? なんで?」
小首をかしげるのは夜虎だ。
最も地味で、しかし重要なポジションを担っていたユーワーキーの少女は、けっこう打撃をもらってしまっている。
かなり控えめにいっても、断崖の上でつま先立ちをするような戦況だった。
このまま戦い続けたら、どちらが勝つか判らなかったというのが本当のところだろう。
「敵としては、増援を投入して一気に戦局を決定づけるってのが本当のところだろうけどな」
構えていた拳をおろし、大きく息を吐いた香上。
「なんで敵はそうしなかったの? ユキさん」
「簡単な理屈さ。それどころじゃなくなったんだよ。ウパシノンノさんたちが動いているんだから当然だな」
少女の質問に、おっさんが応える。
穏やかな信頼をこめて。
なぜか、むーと頬を膨らますユーワーキーだった。
香上の信頼に応えたわけでもないが、たしかにウパシノンノたちの戦いは最終局面を迎えている。
本気で戦うヒーロー、仙狸、ドワーフ、エルフに対して、改造人間ごときではやはり荷が重かった。
序盤こそ数で押せたものの、時間の経過とともに有利さはなくなってゆく。
損耗比率という言葉すら哀しくなるくらいだ。
ウパシノンノたちの損害はゼロ。
日本正常化委員会の方は、すでに五十以上の戦力を失っている。
「そして戦力の逐次投入の愚を悟り、この先に集結している。数は二十程度だが。生粋の妖怪も混じっているっぽいな」
最上階。
豪奢な絨毯の敷かれた廊下の先にある扉を指さすエルフ。
「ラスボス登場ってわけだな」
仮面の下、唇を歪めるマスク・ド・ドワーヴン。
「おもてなしの準備は万端ってわけだね。さすがおもてなしの国」
上唇を、ドワーフ娘がぺろりとなめた。
金瞳が戦闘衝動に爛々と輝いている。
「ならいくっきゃないね」
たんっと助走したのどかが、思い切り扉を蹴破る。
「ごめんください」
えらく日常的な挨拶とともに。




