東京人外魔境 10
現れた黒装束は目算で三十。
「かなり歪な魔力を感じるね。てことは」
「全員、改造人間ということであろうな」
背中合わせになった魔法少女とエルフ。
けっこう身長差があるため、あんまり絵にならない。
「妖怪の身体能力と異能。それにプラスして人間の戦闘技術だよ。油断しないでね。のんのん」
「判っている。胸の中心に魔力だまりがあるな。あれを壊せば死ぬかな?」
「見えるの?」
「目は良いのでな」
「おけ。それ試してみようか」
魔法少女か敵に巨大な杖の先端を向け、エルフが短弓を引き絞る。
同時に放たれる魔法と矢。
黒装束どもの胸を貫く。
一撃。
わずか一撃で崩れてゆく数体。
さらさらと。
砂の城が波にさらわれるように。
それが、魔に堕した者の終焉。
人間であることをやめた彼らは、死して屍すらこの世に残すことはできない。
「ばっちり読み通りだね。武士! そいつらの弱点はここだよ!」
自分の胸を右手の親指でさして見せる魔法少女。
包囲の鉄環を狭めつつあった黒装束どもが蹈鞴を踏む。
当然だ。
いきなり急所を暴露されたのだから。
「了解だ!」
たんと床を蹴って、マスク・ド・ドワーヴンが飛び出す。
咄嗟に胸部をガードする黒装束ども。
絵に描いたような悪手であった。
もちろん、それを誘発させるため、魔法少女がわざわざ叫んだのである。
どこを気にしているのか見え見えの防御など、防御とはいわない。
ぶぉんと風を切って放たれるマスク・ド・ドワーヴンの右回し蹴り。
胸への攻撃がくると思っていた黒装束のガードは一瞬遅れた。
スイカがはぜ割れるような音を立てて、黒装束の頭がきれいに消し飛んだ。
どうと後ろに倒れ、灰化してゆく。
「妖怪としての弱点は胸。けど頭を吹き飛ばされたら、たいていの人間は死ぬ。さあ選べ。人として死ぬか妖怪として滅ぶか」
マスクの中から響く声。
物理的な痛みすら感じる迫力に圧倒されたか、黒装束どもが動きを止める。
戦場で立ちすくんだ敵を攻撃しないような戦士は、「きみは人道的なフレ○ズなんだね!」とは言ってもらえない。
ただのバカである。
そして、のどかもウパシノンノも、バカでも人道的でもなかった。
次々に撃ち出される矢が、それと同数の敵を灰に変えてゆく。
間隙を突いて突貫した仙狸の両手から、サーベルのように爪が伸び、正確無比な斬撃が敵の頸動脈を切り裂く。
いつものプロレス技ではない。
完全に、相手を殺すための攻撃だ。
「今宵の爪剣は、けっこう血に飢えてるよ」
秀麗な顔に浮かぶチェシャ猫笑い。
派手な音を立てて入口が蹴破られる。
『ぴゅあにゃん』に乱入してくる黒装束。
六名ほど。
予想されていたことではある。
敵には敵の情報網があり、この店に人外が逃げ込んだであろうことは掴まれているだろう、と。
襲撃の可能性があるからこそ、関係者全員が店に集まっていた。
単独で行動していて襲われたら、それこそ目も当てられないからである。
とはいえ、予想していたからといって衝撃がなくなるわけではない。
とくに実戦経験の皆無な高校生組は、完全に顔を引きつらせてしまっている。
「きみたちはカウンターの後ろに」
高校生たちに声をかけ、香上が前に出る。
正直しんどい。
徹夜明けで身体はボロボロだし、有段者といってもブランクが十年以上ある。
戦闘のプロを相手に、どこまで粘れるか。
「……死ぬだろうな。きっと」
内心に呟く。
なんだか変な能力を使う連中が六人。
勝ち目などない。
しかし、
「簡単な理屈さ。守らねばならんだろう。未来ある若者たちを」
覚悟完了。
「ィヤァァァァァァ!!」
雄叫びとともに飛びかかる。
先頭の黒装束が腕を払って迎撃する。
「挑むか。野良犬風情が」
初めて聞く敵の声だった。
頭と腹に衝撃。吹き飛ばされ、もんどり打って倒れ込む。
テーブルや椅子を薙ぎ倒しながら。
「他愛もない」
吐き捨てるような言葉。
「そりゃこっちのセリフだ。一撃で殺せないとはな。改造人間が聞いて呆れるぜ」
腹を押さえたまま、ゆらりと香上が立ちあがる。
おそらく肋骨の一、二本は折られただろう。
関係ない。
腕も動く。足も動く。
「良く言った。野良犬が」
「ボルゾイって知ってるかい? 狼を狩るために生まれた犬種さ。俺はたしかに野良犬だが、ボルゾイかもしれないぞ」
「手加減されたことも判らずに!」
今度こそ、息の根を止めるために突進する黒装束。
が、その拳はクロスした両腕に受け止められる。香上ではない。
「夜虎……」
咄嗟に飛び出したユーワーキーだ。
「昨夜、助けてもらったから。だから、おあいこ」
にこりと笑う。
ごくわずかに足が震えているのは、やっぱり怖いから。
それでも、この人を助けたい。
裏切るのではなく、尽くしたい。
そう思った。
覚悟を決めたのは、彼女だけではない。
蜜音も横に並ぶ。
「そのマナ。お姉ちゃんのだよね。どうやって手に入れたの? あなたたち」
両眼に灯る極低温の炎。
さっと黒装束たちが展開する。
まずい、と、悠人は思った。
戦えるのが香上ひとりだと考えたから、しかも彼の戦闘力が低いから、敵は油断してくれていた。
しかし、蜜音と夜虎が戦線参加するとなると、話は違ってくる。
篠崎狐とユーワーキーだ。
力の格としては高くないらしいが、異能を持った妖怪と人外である。
敵だって本気になる。
そして彼我の戦力差は、二人が加わったところで六対三。
不利はまったく覆っていない。
このまま事態が推移すれば、彼らは順当に敗北するだろう。
「どうする……? どうすればいい……?」
きょろきょろと視線を動かす。
解答の記された石版を探す狂った考古学者のように。
ふと、自らの右手が目に入る。
硬く握りしめているのは、ウパシノンノに託されたナイフだ。
柄には文字が彫られている。
「戦いは勇気……」
彼女は守れといった。
無茶苦茶を絵に描いてコンピュータグラフィックスで動かしたようなエルフだが、できもしないようなことをさせたりしないことを、悠人はよく知っている。
つまり、剣をとって戦え、とは言っていないということだ。
ただの高校生にすぎない彼が、マジックソードを手にしたからといって突然強くなるわけではない。
ならば……。
「大石! 前線へ! 蜜音さんとコンビを組んで!」
「お、おう!」
急な指示に面食らった竜弥だが、逆らうことはせず、カウンターを飛び越え、妖狐へと駆け寄る。
やや慌てて、蜜音が右手を伸ばす。
竜弥は左手だ。
二人の手が触れた瞬間。
蜜音の身体が輝き始めた。
戦闘の興奮状態で力を増した竜気を、一気に吸収したためである。
少女の周囲に、いくつもの炎が出現する。
「狐火!? できちゃった! でも……」
自分でやったくせに驚く蜜音だったが、それも当然である。
生まれてはじめて出した狐火は青白くはなく、黄金色の輝きを放っている。
竜気の影響だ。
黒装束たちは攻撃してこない。
妖怪の力を得た彼らには見えるから。蜜音の霊格が、バカみたいに跳ね上がっているのが。
短兵急な行動はできない。
攻撃は、次の手を見極めてから。
数で勝っているのに焦る必要はない。
そしてその一瞬の間こそが、悠人の狙いである。
「香上さん。一度後退してください。傷をいやします!」
「わかった!」
折られた腹を押さえながらさがる男に、裕也がナイフを向ける。
「命の精霊よ!」
柔らかく、暖かな光が包む。
傷を癒すだけに留まらず、香上の肉体が活力を取り戻してゆく。
それに比例して悠人は脱力感に苛まれていた。
素人の彼がいきなり魔法を使ったのだ。
当然の結末。
そして、そうなることを悠人は知っていた。
「芦名澤、悪いけど手を貸して」
「うん!」
悠人が伸ばした手を両手で握る、クラスメイトの少女。
途端に脱力感が消える。
麻奈のもつ膨大な魔力を、悠人を経由して風花が使っているのだ。
「OKです! 香上さん! 前線へ!」
「身体が軽い。こんな気分で戦えるのは初めてだ」
「そういうフラグはいいですから!」
おっさんのくだらない冗談に、怒鳴り返す悠人。
いままでの悲壮感は、完全に払拭された。
ウパシノンノに託された役割。
それは自ら剣をもって戦うことではない。
これまで彼女から学んだ知識のすべてを使って、指揮を執れ。
竜気。マナ。人外たちの戦闘力。
それらはすべて、悠人の頭に入っているはずだ、と。
だからメッセージつきで託された。
戦いは勇気。
「前衛は蜜音さんと香上さん! 中段に大石! 夜虎さんは遊撃! 前線と後方を有機的に結合させて! 芦名澤はバックアップをよろしく!」
矢継ぎ早な指示。
ぶんとナイフを振る。
凛としたそのさまに、黒装束どもが警戒を露わにした。
「みんな! 必ず勝つよ!!」
『おう!!』
唱和する五人の仲間。
ふたたび決戦の幕が上がる。




