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東京エルフ!  作者: 南野 雪花
エルフが街にやってきた!
3/40

エルフが街にやってきた! 3


「私の通り名はウパシノンノ。親しみを込めてのんのんとでも呼ぶが良い」

「ええええええるふ!?」

「おかしな男だな。エルフをさがしにきたのに、エルフにあって腰を抜かすとは」

 ウパシノンノが笑い、尻餅をついた少年を起こしてやった。

 情報が交換され、悠人はエルフの家へと招き入れられる。

 テーブルや椅子があり、多少の家具も置いてある普通の家だ。

「あ、テレビがあるんだ」

 思わず口に出してしまう悠人。

 これもまた漠然としたイメージだが、中世風ファンタジーのような暮らしをしているのだと思っていた。

「数年前から砂嵐しか映らない。私の家のものだけでなく郷のテレビがすべてな。人間族は放送をやめてしまったのだろうと話していたのだ」

「……たぶん間違ってますよ」

 悠人は電気工事に詳しいわけではない。

 わけではないが、さすがに地上波デジタル放送をアナログテレビで見るのは無理なんじゃないかなーというくらいは判る。

 おそらく昭和時代のものと思われる箱形テレビには、きっとチューナーとか内蔵されてないだろうし。

 二〇一一年に完全移行してしまったから、アナログテレビだけでは、もうなんにも映らない。

「テレビが旧式すぎるだけだと思うんですよね……」

「失礼な。三十年ほど前に購入したばかりの新品だぞ」

 憤慨するウパシノンノ。

 はあ、と、悠人がため息を漏らした。

 やはり人間とエルフではタイムスケールが違うのだろうか。三十年も前のテレビなど、彼の知識に照らせば骨董品である。

「だいたい一年も経つと、時代遅れの機種になってしまうものなんですよ。のんのんさん」

「さんはいらぬが、なるほどな。パソコン通信ができなくなったのも、そのあたりに理由がありそうだな」

「パソコン通信……だと……」

 インターネットが普及する前に用いられていた通信ネットワークである。

 現在のようにオープンなものではなく、ごく限られた範囲というか、いまでいうチャット機能くらいしかなく、画像の送受信などはほとんどできなかった、と、悠人は授業で習ったことがある。

 ちなみに、二〇〇六年にすべての商用プロバイダが撤退し、事実上廃止となった。

「ほら。そこにパソコンがおいてあるだろ」

「PC-9801……五インチフロッピーツードライブモデル……」

「買った当時は最新だった。ハードディスクも十メガあったしな。いまではこれも骨董品なのだろうな」

「骨董品というか……情報処理技術遺産のひとつです……」

 十六ビットパソコンの草分け。

 これまで専門家しか扱えなかったパソコンを、一般人の手に渡るようにした名機。

 これがなければ、日本のパソコン普及はもっとずっと後になっただろうといわれるほどの機体だ。

「遺産ときたか。大仰なことだ」

 苦笑しながら、テーブルに少年を誘うウパシノンノ。

 そこには古ぼけたラジオが置かれていた。

「テレビもダメ、パソコン通信もダメときては、これくらいしか情報を得る手段がないのでな」

「僕がエルフに会いたいと思ったのも、ラジオがきっかけでした」

「ああ。私も(くだん)の放送は聴取していた。あの手紙を出したのも私だしな」

「あなただったのですか……」

「私だったのだ」

「まったく気がつかなかった……」

「暇をもてあましたエルフの」

「やめてくださいよっ! 危険なネタを振るのは! そもそもなんでそんなネタを知ってるんですか!」

「何故かと問われれば、聞いたからだな。何年か前にここを訪れた者からな」

 ウパシノンノがかいつまんで事情を説明し、悠人が大きく頷いた。

 ラジオ番組では知人を捜して欲しいと訴えていたのだ。

 連絡先を書いたメモを紛失してしまったから、と。

「本当のことだったんですね」

「疑っていたのに、エルフに会いに来たのか? 酔狂だな。そなたは」

「半信半疑……正確には疑が八割ってところでしたが。ところで、探し人とはあえたんです? のんのん」

「会えてはいないが電話はきた。元気にやっているようで安心した」

「電話あるんだ……」

「なければパソコン通信などできるわけがないだろう」

「ごもっともで……」

 テレビに電話にパソコン。

 非常にちぐはぐな印象だ。

 こんな人里から遠く離れた場所に、そもそも電気がきているとか。

「たいして離れてはいないがな。温根湯(おんねゆ)温泉郷まで、徒歩で三時間ほどだ」

 悠人の表情を読んだのか、小首をかしげてウパシノンノが解説する。

「すげー離れてると思いますけどっ」

自動車(くるま)なら一時間ちょっとだな」

「なんで先にそっちを言わないんですかねっ」

 自動車が使えるということは、ちゃんと道があるという意味である。

 悠人のようにわざわざ山から侵入を試みなくても、普通に訪れることができるのだ。

「もっとも、結界が張ってあるからな。普通ならば気にも留めずに通り過ぎるだろうし、私たちを見てもエルフだとは気付かない」

「そういうもんなんですか……」

「認識阻害といってな。ファンタジー小説などでは、わりとポピュラーなものではないか?」

 見えているのに見えていない。

 そこにあっても気付かない。

「私がエルフだと名乗るまで、そなたも気付かなかっただろう?」

「言われてみれば……」

 いくら空腹で目を回していたといっても、さすがに迂闊すぎる。

 これほどの美人だし、なによりもその大きくて尖った耳をきれいさっぱりスルーするとか。

「それで、だ。悠人よ」

 対面(といめん)に座り、ウパシノンノが笑う。

「はい」

「そなたはエルフに出会った。この後はどうするつもりかな?」




 なんにも考えていなかった。

 ただ会いたかった。

 自分の目で見てみたかった。

 それだけ。

 その後の展望など、なにひとつない。

「えっと……」

 視線をさまよわせる悠人。

「まったくなんにも考えていませんでした、という顔だな」

 くすくすとウパシノンノが笑い、テーブルに薬瓶を置いた。

「忘却の薬だ。これを飲めば、だいたい十時間分くらいの記憶が飛ぶ」

 ここで見たものやあったことを忘れる、という意味である。

「飲めってことですよね」

「それが選択のひとつだ。ここはいちおう隠れ里でな。存在自体が部外秘なのだ」

 現代の日本にエルフの実在を信じるようなファンタジーな人間もいないだろうがと付け加える。

「や。けっこう信じる人はいると思いますけど」

「それはそれでまずいのだよ。なにしろ私たちは寿命が長いからな。秘密を探ろうとする輩に捕まり、どこかの秘密研究所で同人誌のようなえろい拷問をされたあげくに解剖とかされてしまうかもしれない」

「えろい拷問はされないと思うんですけど、たしかにその可能性はありますよね……」

 人間よりもはるかに長い時を生きる幻想種族。

 それがエルフだ。

 不老不死に憧れる人間などいくらでもいるだろうし、長寿の秘密を探ろうとする人間だって掃いて捨てるほどいるだろう。

「ちなみにのんのんはいくつなんですか?」

「生まれてからということであれば数えていないから良く判らない。たぶん六千年くらいだ。日本に居着いてからであれば、三百四十二年だな」

「…………」

 スケールが大きすぎて理解できない。

 そもそも三百四十二年前っていつだろう。

「江戸時代。世界史でいうとグリニッジ天文台が完成した年だ」

「さーせん。ぜんぜんピンときません」

「それは仕方のないことだな。話を戻していいかね?」

「あ、はい」

 エルフの郷に迷い込んだものは選ばなくてはいけない。

 忘れるか、家族となるか。

「参考までに、知人は後者だった。私と義姉妹の契りを交わしたのだ」

「でも東京に帰りましたよね?」

「どこに住むかは問題ではないよ。悠人。単身赴任したからといって家族でなくなるわけではないだろう?」

「なんですかその例えは……」

「進学でひとり暮らしとか方が良いか?」

「ぜんぜん変わっていませんよ……」

 ひどい話である。

 ともあれ、家族となればエルフのことは憶えていられる、という趣旨であることは理解できた。

「じゃあ僕も忘れたくないです。義兄弟でもなんでも」

「無理だな。エルフが兄弟姉妹の契りを結ぶのはひとりだけだ。そんなに軽い契約ではないのだよ」

 ウパシノンノはすでに契約を結んでいるため、もう空き枠はない。

「え……じゃあ一択なんじゃ……」

 情けなさそうな悠人に、絶世の美女が微笑する。

「最初から存在しない選択肢を提示するわけがない。兄弟が無理でももう一つ家族の枠がある」

「それは……?」

「婿だな」

「はい?」

「ハズバンドだな」

「なんで英語で言い直したのっ!?」


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