東京人外魔境 9
「これで良し、と」
臨時休業とかかれたプレートを入口の前にかけ、のどかが店内に戻ってきた。
予告なしに店を閉めるとは、なかなかにフリーダムである。
店内に集うのは人外・妖怪・人間の混成チーム。
具体的には、ウパシノンノ、のどか、蜜音、夜虎、香上。それに先ほど駆けつけた悠人、竜弥、麻奈だ。
といっても、全員で日本正常化委員会とやらの本拠地に乗り込むわけではない。
まともな戦闘力を有しているのは、のどかとウパシノンノの二名だけだから。
蜜音は普通に弱いし、夜虎もだいぶ弱い。
戦闘に特化した妖怪や人外に比較して。
もちろん人間たちはもっとずっと弱いのである。
香上は有段者っぽいが、残念ながら人間の使う格闘技で妖怪や異能者と戦うのは無理というものだ。
「ゆえに悠人。そなたが皆を守るのだ。これを渡しておく」
ウパシノンノが恋人に武器を手渡す。
刃渡り二十センチほどのナイフだ。
美しい装飾が施され、不思議な光沢を放つそれは、武器というより美術品のようだった。
「これは……?」
「風花。私の作ったマジックアイテムだ。気休め程度にはなろう」
「気休めて」
苦笑しながら柄を見る悠人。
なにやら文字が彫ってあった。
夫戦勇気也。
「むむ……」
読めない。
「それ戦いは勇気なり、と読む。そのままの意味だ」
巨大な敵と戦うとき最後に頼みとなるのは勇気。
怯えてうずくまっていては、戦えない。
「あとは勇気だけだ、というやつだな」
「ウパシノンノさん……古すぎる……」
思わずつっこむ香上である。
とあるマンガ作品で、強敵に追いつめられた主人公が、お前の力はその程度なのかと嘲弄され、叫び返したセリフだ。
「しかし、そやつは勝利したぞ」
それはフィクションだから、と、笑おうとして香上は表情をあらためた。
エルフの顔が、存外に本気そうだったから。
なるほど。
戦いは勇気。
負けるつもりで戦う馬鹿などいない。最後に勝敗を分けるのは、絶対に勝って生き残るのだという強い気持ちだ。
ぐっと気持ちを引き締めるおっさん。
彼が残留組の最年長者である。
若者たちの精神的支柱にならなくてはならない。
「んじゃ。いきますかね。できれば今夜中に片を付けてしまいたいし」
うん、と伸びをするのどか。
「急いては事をし損じるぞ」
「ゆーてのんのん。店都合で休んでんだからバイトの子たちの日給は保障しなきゃいけないんだよ? でも売り上げはゼロ。何日も続いたら店がつぶれるってなもんさ」
「よし。今夜中に片付けよう」
見事に手のひらを返すエルフだった。
バイト先がなくなってしまうのは、非常に困るのである。
あまりの変わり身のはやさに、居合わせた仲間たちがずるっとこけた。
不夜城トーキョー。
この眠らない街の繁華街の一角に、日本正常化委員会の本拠地がある。
もちろん看板を出しているわけではない。
「けど、こんなごみごみしたところにあるなんてね」
ふんと鼻を鳴らすドワーフ娘。
悪の秘密結社のアジトなんてものは、郊外にででーんと存在しているものだと思っていた。
アニメや特撮でもだいたいそうだし。
「けど、考えてみたらそんなわけはないんだよな」
マスク・ド・ドワーヴンが肩をすくめる。
人里離れた秘密基地なんて、敵対陣営にしてみれば襲いたい放題だ。
ミサイルでも毒ガスでもなんでも撃ち込んで一網打尽。
その後に、事実そのものをなかったことにする。
それでまるっと解決だ。
日本における日本政府にはそれだけのチカラがあるし、目撃者がいなければマスコミだって騒ぎようがない。
しかし、基地が東京の繁華街ではそうそう派手な手段もとれないのだ。
万単位で住民の避難が必要になるし、万が一にでも一般人に犠牲が出たらとんでもないことになってしまうから。
そういう意味で、敵には頭がある。
街そのものを人質にとっているようなものだ。
路地裏にたたずむ二人。
彼らの前に、音もなく降り立つ影。
「遅いよ。のんのん。あたいが連絡してから何時間待たせるのさ」
「こちらにも準備というものがある。おしゃれもせずにデートに赴くわけにはいくまい? ティナ」
「ま、そりゃそーだ」
にやりと笑い合うドワーフ娘とエルフ女。
なんかすげー気心が知れている感じだ。
つい先日とはうってかわった様子に仮面のヒーローが肩をすくめる。
「いがみ合ってたんじゃなかったのかよ」
「様式美なんだってさ。トンチキなことを抜かしやがるから、さっきオシオキしておいたよ。具体的には吊り天井でぱんつ晒しの刑三十秒」
「やあ、のどかさん。それはむごいな……」
ウパシノンノに引き続いて現れた仙狸に顔を向ける。
「ドワーフ娘のオシオキはアンタに任せるよ。マスク・ド・ドワーヴン。ひいひい言わせてやんな」
「おかしなことをけしかけんでくれ」
ひとしきり笑い、仮面の下の表情を引き締めた。
四人。
これで総戦力だ。
対する敵は、どれほどの戦力を揃えているのかまったく判らない。
先日、能力者と思しき者と拳を交えたが、けっして油断できる相手ではなかった。
完全に人間をやめちゃってるレベルの戦闘力、身体能力。
そして異能。
「のどかさん。ウパシノンノさん。もう殺さないように手加減してと言ってられる状態じゃない」
「うむ。改造人間の方は、殺すしかあるまいな。野に放つわけにもいかんし」
神妙に頷くエルフ。
妖怪の細胞を移植された改造人間がどれくらい存在するかは判らない。
哀れな被験体だとは思うが、だからこそ放置するわけにもいかないのだ。
「せめて苦しみを感じさせずに、な」
「だね」
ぽんとウパシノンノの肩を叩くのどか。
あるいは、儀式のようなものだ。
これから赴くのは戦場。わずかな逡巡も命取りになる。
助けられるかも、などと考えてしまったら、それが隙になってしまうのだ。
「確認しよう」
軽く頷いたマスク・ド・ドワーヴンが、戦略目標を提示する。
一、改造人間の作成技術の奪取。
それが不可能と判断された場合には、資料その他の完全破壊。
二、囚われている妖怪の救出。
それが不可能と判断された場合には、速やかな消滅。
三、首謀者の拘束、または殺害。
「この三つが最低条件だ。ひとつでも漏らせば、奴らはすぐに再起するだろう」
「具体的にはどうする?」
「一階から侵入して虱潰し」
「言うと思った。じつにドワーフらしい作戦だ」
アメリカンな仕草で両手を広げてみせるウパシノンノだった。
とはいえ、他に方法がなかったりする。
二正面作戦をとるには、ドワーフチームとエルフチームの連携力が低すぎるし、どちらかが囮になって敵をひきつけたとしても、最終的に完全破壊が目的なのだから同じこと。
「シンプルが一番なんだよ。のんのん」
「そなたらのは、シンプルというより猪突猛進であろうが」
「小細工大好きエルフさんよりはマシっ」
またぞろいがみ合っているフリをしているが、もうマスク・ド・ドワーヴンものどかも騙されない。
「遊んでないで行くぞ」
ぽいっと投げ捨てる。
微妙に寂しそうな顔を、ウパシノンノとティアが浮かべた。
ツッコミを放棄されてしまうと、ボケとしては立つ瀬がないのである。
正面の自動ドアがひらき、ビル内に客が入ってくる。
往年の特撮ヒーローみたいなのと、ねこ耳メイドと、小柄な魔法少女と、金髪の女子高生だ。
なんの団体なんだって話である。
普通だったら通報されても、まったく、これっぽっちもおかしくない。
しかし、一階ロビーに人の姿はなかった。
受付台はあるものの、その上には無機質な内線電話がひとつ、ぽつんと置かれているだけである。
「一階に人はいない。二階から四階が事務部門。戦闘員等の配置はない。五階から十二階までが研究施設だな。戦闘員の数は……これはちょっと数えている暇がなさそうだ。こちらに向かっている」
報告書を読み上げるように状況を説明するウパシノンノ。
人間レーダーの本領発揮だ。
マスク・ド・ドワーヴンが階段方向を、のどかが五基ほど並んでいるエレベーターを警戒する。
ティアとウパシノンノが中間に位置につき、どちらでも援護できる構えだ。
「両側から接近中。接敵まで五、四、三、二、一、ナウ!」
言葉と同時にエレベーターのドアが開き、階段から影が踊り出す。
「状況開始!」
エルフの声が高らかに響いた。




