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東京エルフ!  作者: 南野 雪花
第3章 東京人外魔境
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東京人外魔境 8


「ふたつばかり質問があるんだけどね。香上さんや」

 開口一番、のどかが言った。

 夕方の『ぴゅあにゃん』。

 開店準備をしていた、のどかの前に現れた男は、年若い女性を伴っていた。

 ややクセのある黒髪をショートカットに、大きな黒目がちの瞳をもった、なかなかチャーミングな顔立ちの娘である。

 けっこうのどかの好みに近いが、このさいそれはどうでも良い。

 あまり浮気すると、麻奈が妬いてしまうから。

「なんなりと。のどかさん」

 どことなーく疲れ切った口調のおっさん。

「あんたはいつスカウトマンに転職したんだい? あいにくとウチはスカウトはやってないよ?」

「転職していない。この子はスカウトしたわけじゃない」

「誘拐したのかい? それは通報案件だねぇ」

「待って。お願い。俺の話を聞いて」

 すがるような香上の声。

 さすがに哀れになったのか、からかうのをやめて、店長さんがふたりをテーブル席に案内する。

「……とても信じてはもらえないだろうが、この子は人間じゃないんだ」

「ユーワーキーだね。みりゃわかるさ」

「へ?」

「ん? だからわたしのところに連れてきたんだろ?」

「…………」

「違うのかい?」

 なにやら認識に齟齬(そご)があるらしい。

 香上が頭を抱えている。

 どこに行けば、常識は落ちているのだろう。

 天竺(てんじく)とかまで、とりにいかないといけないのだろうか。

 ふうと息を吐くのどか。

「まあ、とりあえず話してみなよ。何があったのか」

 やがて明らかになったのは、次のような事情であった。

 黒装束の襲撃を退けたふたりであったが、夜虎はすっかり怯えてしまって、ホテルに帰るのも嫌だと言いだした。

 また襲われるかもしれないのだから、当然である。

 一緒にいて欲しいと請われた香上だが、それはそれで困ったことになる。

 独身男のマンションに、高校生くらいの娘を引っ張りこむ。

 通報もんである。

 それ以前の問題として、再襲撃があった場合、香上だけではどーにもならない。

 白コートのヒーローは、もういないのである。

 安心できるような状況ではまったくないのに、二人でいることで気がゆるんだのか、夜虎は天真爛漫(てんしんらんまん)っぷりを発揮した。

 翼を出すときに下着まで破れてしまったから、服を貸して欲しいとか。

 戦闘で汚れたから風呂を貸して欲しいとか。

 素肌にワイシャツだけの姿で動き回ったりとか。

 ひとりで寝るのは怖いから一緒に寝て欲しいとか。

 初対面の男の家に転がり込んで、自殺行為とも思える行動を取り続けた。

 おかげで香上は一睡もしていない。

 完徹(かんてつ)ってやつだ。

 もう一晩これをやれっていわれたら死んじゃう。

 若くないのである。

 そんなわけで、朝を迎えた後に部下に体調不良で欠勤すると電話した。

 仮病で仕事を休むなんて、十五年ぶりくらいの話である。

 さすがに日中の襲撃はないとは思いつつも、香上と夜虎はふたりして、なるべく人の多い場所で過ごした。

 そして、今後の夜虎の身の振りを相談するため、『ぴゅあにゃん』を訪れたのである。

 どうしてここかといえば、年頃の娘さんの知人など、この店にしかいないからだ。

「紳士かっ」

 話を聞き終えたのどかが、腹を抱えて大笑いする。

「いやいや。夜虎だっけ? きみも大変だねぇ」

 べしべしとユーワーキーの肩を叩いたりして。

 無言のまま、ぶすっと睨み返す少女。

「のどかさん? 何を言ってるんだ?」

「香上さんは知らないかもだけど、ユーワーキーって魔物は人間の仲間になるんだよ。より正確には仲間のフリをするってかんじかな。だから、心の隙間に入り込む手練手管(てれんてくだ)には長けてるんだ」

「つまり……?」

「あんたを誘惑して抱かせ、自分を守るべき者として認識させようとしたってこと。人間のオスは抱いた女に対して独占欲まがいの責任を持ちたがるもんだからね」

 俺の女だ。俺が守る。というやつだ。

「俺は利用されるところだったのか?」

「ちがっ」

 声を高めかける夜虎を、右手を挙げてのどかが制する。

「そいつは見解の相違だね。ユーワーキーは弱い。だから自分を守ってくれる者に対して、自分のすべてを差し出そうとするんだ。一種の求愛行動だよ」

 のどか先生の魔物講座だ。

 夜虎が真っ赤っかになっている。

「く、詳しいな。のどかさん」

 照れてるんだか、面食らってるんだか、良く判らない表情のおっさん。

「まあ、もう気付いてるだろうけど、わたしも人外だからね」

 肩をすくめると、頭ににょきっと猫耳が現れた。

 認識阻害を解いたのだ。

「猫娘……」

「古いねぇ。わたしは仙狸(せんり)。中国の産さ」

 幻想種族ではなく妖怪であると付け加える。

「なんと……」

 納得してしまったのは、昨夜から驚きの連続で神経が麻痺しちゃってるのだろう。

「そして私はエルフだな」

 しかし、その声が聞こえたとき、香上は平静を保ちえなかった。

「ウパシノンノさん!?」

 男の視線を浴びて立つ金髪の美少女。

 形の良い頭の両側には、長い耳が突き出している。

 ファンタジー作品に描かれる、美しき森の乙女そのままに。

「ディード!」

「うむ。四十代のものは、必ず彼女を連想するな。どれほど偉大な作品だったか、よくわかる」

 ウパシノンノが笑う。

「あのぅ……私もいます。いちおう……」

 非常に申し訳なさそうに、ウパシノンノの背後から蜜音が申し出た。

 狐耳を生やして。




「次の土日に仕掛けようと思っていたのだが、先に敵が動いたか。ドワーフ連中は手こずっているのかもしれんな」

 腕を組んだウパシノンノが、ううむと唸った。

「なんで土日?」

 夜虎が素朴な疑問を呈する。

「平日は学校とバイトがあるからな」

「あ、ハイ」

 簡にして要をえた答えだった。

 なんだろう。

 いま東京で起こっているのは、ともすれば人外と人間の全面戦争に発展するような、重大な案件なのではないだろうか。

 学校とかバイトとか、そったら理由で何日も先送りして良いんだろうか。

 四国ユーワーキーはそう思ったが、口に出すのは避けた。

 だって、なんかこのエルフ怖いし。

「しかし、事態の進行が想像以上にはやい。敵の規模がでかいのか、ドワーフどもが無能なのか、ドワーフどもが無能なのか、ドワーフどもが無能なのか、どれかだろうな」

「それだと、四分の三の確率でドワーフが無能って結論になってしまうんじゃないか? ウパシノンノさん」

 呆れたように、香上が指摘した。

 エルフとドワーフが仲が悪いってのは、多くのファンタジー作品で語られているが、じっさいに目撃すると笑えてくる。

「うむ。私もそうであれば良いと思っている。ユキどの」

「んなわけあるか。無理っくりドワーフのせいにすんじゃないよ」

 ぽこっとウパシノンノの頭を叩き、のどかが軌道修正をおこなう。

 どこからどう考えても、敵の規模が大きすぎてマスク・ド・ドワーヴンたちも手を出しかねているという結論しか導けない。

「むう……」

 頬を膨らますエルフ。

 可愛い。

 にへらと笑った香上の足を、なぜか夜虎が思い切り踏みつけた。

「ともあれ、これ以上後手に回るのは避けたいところだな。ユキどのの言っていた白コートの男についても気になるし」

「だねえ。妖怪なのか、人外なのか、それともべつの何かなのか。それすら判らないしね。あんたにも見えないのかい? のんのん」

「シルフからの情報はない。昨夜の騒動も知らなかった。精霊の働きを阻害する何かがある可能性もある」

「厄介だね。そいつは」

 のどかが思慮深げに腕を組む。

 人間レーダーのウパシノンノがアテにならないとしたら、情報という一点しかない優位性まで失われてしまう。

 小さく見えて、これはかなり大きい。

「ゆえに、とっとと仕掛けるべきではないかと思うのだ」

 速攻あるのみ。

 時間をかければかけるほど状況は悪くなる一方だ。

「またそういう考えなしなことを……マスク・ド・ドワーヴンとの連携だってとれてないってのに」

 呆れるのどか。

 どう考えても、彼らと協力し合うべきだろう。

 それぞれ勝手に動いてどうするのか。

 ウパシノンノが小首をかしげる。

「取れてるぞ? 連携」

 携帯端末を取り出しながら。

「さきほどドワーフ娘から連絡があった。どうやら敵の本拠地が知れたようだな」

「なんで連絡取り合ってんの……?」

 このまえ共闘したとき、あんだけいがみ合ってたくせに。

 なんで普通にLINEの交換とかしてんの?

「私もティナもアニメ好きだしな。趣味が合ったのだ」

「いやいや! あんたらケンカしてたよねっ 何回もっ!」

「あれは様式美だ。エルフとドワーフが仲良くしていたら、みんながっかりするでうわっ!? なにをするのどか!」

 無言のまま立ちあがった仙狸が、ウパシノンノの両手両足を取って倒れ込む。

 ぐぐーっと持ち上げられるエルフの身体。

 ロメロスペシャル。

 吊り天井とも呼ばれるプロレス技だ。

「みぎゃーっ! 痛い痛い!!」

 不本意なブリッジをさせられるウパシノンノ。

 ミニスカートから下着が覗く。

 今度という今度は、香上も助けなかった。

 黒である。



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