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東京エルフ!  作者: 南野 雪花
第3章 東京人外魔境
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東京人外魔境 5


 また聞き慣れない言葉が飛び出した。

 竜気(ドラゴンオーラ)

「すごい強そうだけど」

「まえに私は、名は体を表すという話をしたな。悠人よ」

「うん」

 麻奈の名が、魔力を示すマナに通じるという話題になったときだ。

「竜弥というのは、巨大な竜(ラージドラゴン)という意味を持つ。すなわち、竜弥とはその名の通りドラゴンなのだ」

「こじつけすぎじゃない? たかが名前で」

 首をかしげる悠人。

 こればかりは、現代の日本人には理解できないだろう。

「名付けるってのは、本当は重大な意味があるんだよ。いまのご時世じゃ響きだけ決めて、後から字を当てるなんてことやってるけどね」

 言葉足らずなウパシノンノをフォローするように、のどかが語を継いだ。

 彼女ら妖怪も、もっと強い力を持つ神仙や神格さえも、まったく違った名を名乗ることはできない。

 自己同一性(アイデンティティ)が崩壊してしまうからだ。

 自分は何者であるか、というのは、とってもとっても大事なのである。

「じゃあ、僕は?」

「そのままの意味だ。長き刻を持つ人間。それがそなただよ。悠人」

「そうだったのか……」

 長命のエルフと、出会うべくして出会った、ということなのか。

「つまり俺ってすごいってことだな!」

 ふんすと胸を張る竜弥。

 竜気(ドラゴンオーラ)の持ち主などと言われ、調子に乗ってやがる。

「いや。べつにすごくはない。わりと日本人には使われる字だし。とくに辰年うまれの者にな」

 少年の希望を粉みじんに打ち砕くエルフだった。

 ひどい話である。

「でも、何かを成す人物が多いのもたしかさ。中国の(りゅう)氏にしたって、諸説はあるけど(みずち)って意味もあるしね。近いところだと、今の総理大臣も新山鉦辰っていうだろ」

 またもやフォローするのどか。

 蛟というのはドラゴンの眷属であり、成長過程とも捉えられている。

 いずれにしても竜に関係のあるものだ。

 このような竜気を持つ者は大成することがままあるし、他人に対して影響力をもつことがある。

 常に強いエナジーを放っているからだ。

「このケースでいうと、まだ自然吸収に慣れてない蜜音にとっては、パワー垂れ流しの竜弥のリビドーは受け取りやすかったってことだね」

「褒めてないでしょ? のどかさん」

 半眼を向ける竜弥であった。

「でも、暖かかった。いままでと全然違う。人のリビドーってこんなに美味しいものなの?」

 どこかぼうっとした表情で言う蜜音。

 頬も上気している。

「守りたいと思った、助けたいと願った。そういう人の感情ってのは強烈なもんさ。まして竜気だからね」

「すてき……竜弥くん……」

「お、おう」

 潤んだ瞳で見つめられ、大いに少年が照れている。

 騙されるなー 食料として見られてるだけだぞー

 というツッコミを、悠人は飲み込んだ。

 それよりも気になることがあったからだ。

「蜜音さんのお姉さんがいなくなったのってさ。もしかして」

「であろうな。(くだん)の日本なんたら委員会の蠢動(しゅんどう)と考えれば筋が通るだろう。時期的にもな」

 ウパシノンノが頷き、蜜音を見る。

「そなたを誘拐した者と、そなたの姉を拐かした者は同一の組織らしいという結論になる。この結論を受け、そなたはなんとする?」

「なんとって……」

「泣き寝入りするのか、姉を取り返すのか、という趣旨の質問だ」

「でも私には何の力も……」

 戦って勝てるわけがない。

 事実として、彼女は一度拉致されている。

 挑んだところで二の舞を踊るだけだ。

「ふむ。泣き寝入りを選択するのだな。それもまた良いだろう」

 突き放すようなウパシノンノの声。

 こそこそとネズミのように逃げ隠れし、次は自分の番かと怯えながら暮らすのも選択のひとつだ。

 戦わなければ、負けることはない。

「や、やだ! お姉ちゃんを取り返したい!」

 思わず拳を握りしめ、蜜音が叫ぶ。

 自分がやらなければ、姉は絶対に助けられない。

 じっと隠れていたって事態はまったく好転しない。

 ただ生きているだけ。死なないように隠れているだけ。

 そんなの、最初から死んでいるのとまったく変わらない。

「あいわかった。そなたがそう決めたのであれば、私も協力しよう」

 ふ、と笑うウパシノンノ。

 その言葉を待っていたように。

「ていうか、けしかけましたよね。あきらかに」

「のんのんは昔からこういうやつさ。ようするに騒動師なんだよ」

 ぼそぼそと麻奈とのどかが会話を交わしている。

「俺も協力するぜ。蜜音」

 竜弥が自らの胸を叩いた。

 もう呼び捨てにしちゃてるよ。こいつ。

 肩をすくめる悠人であったが、べつに異を唱えたりしなかった。

 ウパシノンノがやるというのだ。

 彼はそれを全力でバックアップするだけ。

 口に出すまでもない。当然のことである。

「まあ、ドワーフ連中にばかり良い格好をさせるのも業腹(ごうはら)だしな」

「それが本音かーい!」

 仰角四十五度で放たれた仙狸の裏拳(うらけん)ツッコミが、的確にエルフのテンプルをとらえた。




「ちょっと意外だったかな。のんのんは静観するのかと思ってたよ」

 帰宅した婚約者を迎え、悠人が微笑する。

 夜である。

 妖怪・亜人・人間によるインスタント連合の集会は、最初の客がきた時点で一時散会となり、悠人は自宅に戻った。

 もちろんウパシノンノは勤務があるので『ぴゅあにゃん』残留組である。

「静観して事態が解決するなら、喜んでそうするがな」

「しないの?」

「ドワーフは力押しがお家芸だ。間違いなく大騒動になる」

「またそういうことを……」

「冗談だ。あやつらは敵に致命傷を負わせぬよう気を使って戦っていたしな」

 ベットに腰掛け、うんと伸びをするウパシノンノ。

 殺さないようにというのは、そうとう実力差がないとできない。

 たとえば、ウパシノンノが突っかかってきたチンピラたちにやったのように。

「それだけ余裕があるということだが、いずれその余裕も吹き飛ぶだろう」

「そうなの?」

「あきらかに、対特殊能力者戦闘の訓練を積んだ者たちだった。私ひとりであったなら、捕らえられていたかもしれん」

「まさか……」

「しかも敵は、まだ雑魚しか戦線投入していない。先日のアレは単なる遭遇戦だから油断していたと考えるべきだろう」

 この先、戦局はどんどん厳しさを増してゆく。

 マスク・ド・ドワーヴンも、全力で戦わなければならなくなるだろう。

「そうなれば、妖怪なり人外なりの存在が衆目に晒されてしまう」

 政府関係者をはじめとした一部の者しか知らないことを民衆が知ったとき何が起きるか。

 魔法も妖怪も幻想種族も、この世界には普通に存在しているのだと。

「良くて排斥運動。悪くすれば魔女狩りだ。私としては、そういう未来は避けたいのだよ。そなたと結婚できなくなってしまうからな」

 憎しみ合う敵同士の結婚。

 ロミオとジュリエットである。

「えらく個人的な動機だなぁ。結婚できないのは僕も嫌だけどさ」

 悠人が苦笑する。

「人もエルフも、大儀のためになど戦わぬよ。自分の未来のために戦うのだ」

 生真面目そうなウパシノンノの顔。

 世をはかなんで自殺するようなタイプには、まったく見えなかった。

「さっと本拠地を探し出し、首謀者をなんとかしよう」

「殺すの?」

「それで解決すると思うか?」

 質問に質問を返す。

「……しないと思う。違う人がトップに立つだけじゃないかな」

「うむ。それでは意味がないので、使うのは別の手だ」

 にやりと笑うエルフ。

 非常に怖い。

「参考までに、どのような手をお考えで?」

「精神の精霊に働きかけ下僕にする。日本なんたら委員会は役人の集まりというしな。上さえ掌握してしまえば、あとはなんとでもなるだろう」

 想定していたより怖いプロジェクトでした!

 ドワーフは力押しばかりだと言えないと思います!

「どうした? なにか言いたそうだな?」

「イエ、ナンデモアリマセン」

 だらだらと汗を流す悠人であった。



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