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東京エルフ!  作者: 南野 雪花
第3章 東京人外魔境
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東京人外魔境 4


 蜜音を保護したからといって、べつにのどかは事件に介入するつもりなどない。

 そもそも彼女は無位無冠の民間人である。

 天下国家をうかがう謀略など、はっきりきっぱり縁がない。

「あとの話は、お偉いさんと正義のヒーローに任せるさ」

 とは、蜜音の身柄を引き受ける条件として、マスク・ド・ドワーヴンに言った言葉である。

 その蜜音は、のどかの私室のベッドで眠っている。

 全裸で!

 無事に救出されたとはいえ、彼女はけっこうぎりぎりの状態だった。

 栄養的な意味で。

 魔力はほぼ枯渇状態。

 このまま数日が経過したら、存在を維持できずに消滅しちゃうだろうってくらいだったのである。

 そこで、まったく不本意ながら、のどかは自分の魔力を分け与えることにした。

 方法としては、麻奈からエナジーを貰うときの逆である。

 ゆえに、つい数刻前までのどかの部屋では、ウパシノンノが見たら卒倒するような情景が展開されていた。

「あー 不本意だ。不本意だっと」

 すっげー楽しそうに言いながらベッドから降り、自分のために水割りを作る。

 急場は脱した。

 あとは、『ぴゅあにゃん』でリビドーの自然吸収を身につけさせれば、人間の世界で生活するのにも困らないだろう。

「しっかし、まともにリビドー集めもできない妖怪と、妖怪を捕まえる連中か。どうなってんだろうね。この世の中は」

 グラスを傾けながら呟く。

 人間と人妖(バケモノ)の戦いは、これまで幾度もあった。

 だが、妖怪のチカラを人間が我がものとしようとしたのは初めてである。

「気付いているのかね。薄闇の領域に踏み込んでるって」

 妖怪のチカラを手に入れた人間は、もう人間ではない。

 立派なバケモノだ。

 そうまでして力を欲する理由が、のどかには判らない。

 判りたくもない。

 だからこそ、事態を早々に手放した。

「ぉ姉ちゃん……ぃかないで……」

 ベッドから聞こえる小さな声。

 寝言だろうか。

 あるいはうなされているのか。

 お姉ちゃん。なかなか悪くない。

「もうちっとくらい魔力を分けてやった方がいいかもね。うん。大事なことだしね」

 誰に言い訳しているのか判らないことをのたまいながら、ベッドに近づいてゆく。

 ウパシノンノなどとは比較にならない豊かな胸が揺れる。

 艶めかしく、赤い舌が上唇を舐めた。




 嬉しくもない中間試験が終わり、季節はすっかり秋めいてきた。

 一日(いちじつ)、悠人と竜弥は連れだって『ぴゅあにゃん』へと足を運ぶ。

 滅多にないことである。

 とくに深い事情があるわけではなく、たんに懐具合の問題だ。

 健全営業が売り物の『ぴゅあにゃん』であるが、料金そのものはけっして安くはない。

 高校生の小遣い程度で通える店ではないのである。

 にもかかわらず、ふたりが来店できたのは、試験の成績が躍進したことにより、スポンサー()から金一封が下賜されたから。

 もっとも、せっかく渡した小遣いをメイドカフェなんぞで乱費(らんぴ)したと親に知られたら、もう二度とお小遣いなどもらえないかもしれない。

「お帰りなさいませ、って、高槻くんと大石くんか。挨拶して損した」

 店の扉を開けた瞬間、よってきた麻奈がひどいことを言う。

「接客業としてどうなんだ? それ」

 呆れたように肩をすくめる竜弥。

 いちおう、こんなんでも客なのである。

 ナイガシロにされるのはどうなんだって話だ。

「ごめんごめん。こちらへどうぞ」

 席に案内される。

「あれ? メイドさん増えたんか? 芦名澤」

「めざといね。飢えてる?」

「ほっとけっ」

 もともと大人数が働いているわけでもない。

 減るならともかく、増えればすぐ判る。

 ましてその新人メイドの猫耳は、他のメイドとちょっと違うような気がするし。

「あ……」

 悠人も気が付いた。

 蜜音である。

 すっとふたりに顔を近づける麻奈。

薄闇の向こう側(あっち)の人だよ」

「うん。知ってるよ」

 軽く頷く悠人。なにしろ、いちど襲われかけたことがあるから。

『ぴゅあにゃん』で働くことになったという話も、ウパシノンノから聞いているし。

 誘拐事件から半月ほど。

 もうすっかり店にも馴染んでいる様子である。

 自らの体験は水に流し、微笑ましく見つめる。

 他方、微笑ましいでは済まないのが竜弥だ。

 頬を染め、ぼーっと熱い視線なんか送ったりして。

「おーい。大石くん。もどってこーい」

 ひらひらと麻奈が手を振る。

「なまらめんこいべや……」

「なぜ北海道弁で言うのか」

 悠人が苦笑した。

 とても可愛いじゃないか、というくらいの意味である。

 視線に気付いたのか、蜜音が席に近づいてきた。

 頭の上に付いているのは猫ではなく狐の耳。そして他のメイドたちとは違い、もっふもふの尻尾がある。

 なかなか堂に入ったコスプレ、と、普通の人ならば思うだろう。

 が、こいつの正体は、妖怪の篠崎狐である。

「蜜音です。よろしく可愛がってください。ご主人様」

「竜弥ですっ よろしくっ」

 ヨーデルになりかかった声で返す。

 もう真っ赤っかだ。

「ドラゴン……つよそうな名前ですね。ご主人様」

 とろんと潤んだ目を蜜音。

「き、きみのために強くなるよ!」

 わけのわからんことを言ってるし。

 頑張れ大石。あとせいぜい(性的な意味で)食われないように気を付けろ。

 心の中でエールを送る悠人だった。

 わいのわいの騒いでいると、ウパシノンノとのどかもやってきて、話に花が咲く。

 まだ開店直後で他に客もいないことも手伝って、非常にフリーダムな雰囲気だ。

「あらためて紹介した方が良いだろうね。この子は篠崎狐。わたしと同じタイプなんだけど、まだ魔力の自然吸収が上手くできないんで、ここで修行させてるんだよ」

 これができないと、女性型の妖怪ならば、いちいち男から精をもらわなくてはいけなのだとのどかが説明する。

 高校生たちには刺激の強い話題だが、すっかり慣れちゃってる三人である。

 いまさら驚きも照れもしない。

「そういうのって増えてるんですか? のどかさん」

 悠人の質問だ。

 妖怪という存在がそんなに不便なもので、しかも知識の継承がちゃんとできていないなら、非常にまずい事態なのではないかと思えてしまう。

「それ質問に関しては、じつは答えようがないのだ。悠人よ」

 肩をすくめたのはウパシノンノだ。

 妖怪の戸籍など存在しない。

 まだいる(・・)のか、それとも滅びたのか。

 それすら確かめようがないのである。

「……私はお姉ちゃんとふたりで暮らしていたの」

 ぽつりと蜜音が言った。

 親はいない。幼少期に捨てられたのか、それとも最初からいなかったのか判らないが、物心ついたときには姉しかいなかった。

 大都会の片隅で、慎ましく生きてきた。

 しかし数年前、突如として姉が消えてしまった。

 とりのこされた蜜音は、春を売りながら生き延びてきた。

 彼女にはそれしかできなかったから。

 壮絶な過去に黙り込む高校生たち。

 突然、竜弥が、がたっと席を立ち、狐娘を抱きしめる。

「いいんだ蜜音。俺が守るから。これからはずっと俺が守るから」

「……あったかい……これがリビドー……精とは全然違う……」

 蜜音が抱きしめ返す。

 かんどー的なシーンだった。

「うむ。すっかり化かされたな。おちつけ。竜弥。そなたが思うほどその娘は苦労などしておらぬぞ」

「ん? どゆこと? のんのん」

 ぺいぺいと両者を引き剥がしたウパシノンノに、悠人が訊ねた。

「狐のもつ特殊能力は人を化かすことだ。姉がいなくなった後、蜜音はちゃっかり金持ちの家に転がり込んでいる」

 ゆえに、金銭的な苦労はまったくしていない。

 ごく単純に、精というカタチでしか魔力を補給できないため、夜な夜な街に出てはボーイハントをしていただけである。

 完全に利害の一致による性交渉のため、少なくとも男性の側だけを被告席に立たせるのは筋が通らないだろう。

「台無しですよ。のんのん先輩」

 麻奈が首を振る。

 まったくだ。

 大きく頷く悠人。

 ちょっとだけほろっときちゃった数分を返してくれって気分である。

「でもまあ、自然吸収ができたじゃないか。さすがは竜気(ドラゴンオーラ)の持ち主だねぇ」

 やや呆れたような表情ではあったが、のどかが笑った。



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